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第一部 インサイド
第7話 参加者たちの素顔
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――――――――――――――――
残り時間――13時間
残りデストラップ――13個
残り生存者――13名
――――――――――――――――
液晶テレビの大画面に突然映像が映った。打ちっ放しのコンクリートの壁を背にして立つスーツ姿の男。一見するとどこにでもいる実直そうなサラリーマンにしか見えない男──『死神の代理人』を自称する紫人である。
「皆さん、こんばんは。『死神の代理人』をしております紫人です。今夜はお忙しい中、全員欠けることなくこうしてお集まりいただき、まことに感謝しております」
相変わらず馬鹿丁寧な口調で話し始めた。
「さて、これから皆さんが挑戦するゲームについて説明をしたいところなのですが、皆さんはまだ自己紹介が済んでいらっしゃらないようなので、どうでしょう、最初に参加者の皆さんの自己紹介を始めませんか?」
テレビ画面の中の紫人はまるで参加者の顔色をうかがう様に、顔を左右に振った。
「おっ、それいいじゃん。ナイスアイデアだよ。ほら、オレさ、一番最後に来たから、その前の状況がまったく分からないんだよな」
アイドルオタクの男が紫人の提案にいの一番に飛びついた。
「開始時間ギリギリで来た、お前の責任だろうが!」
またまた、栗色髪の男が食ってかかった。とりあえず一言言わないと済まないタイプみたいだ。やっぱりこの男とはお近付きしたくないなと、スオウは改めて思ってしまった。
「まあまあ、いろいろご意見はお有りだとは思いますが、今夜見ず知らずの人間が同じ目的の下、こうして集まったのですから、親睦を深める為にも自己紹介をするのはいかかでしょうか? 名前も分からぬままゲームを始めてしまうより、お互いに顔と名前を覚えてからの方が、ゲームを攻略するうえでも有利だと思うのですが?」
「おお、なるほどね。さすが死神の代理人を努めているだけのことはあるな。言葉に説得力がある。ただ、でかい声で文句を言うだけのヤツとは大違いだ」
アイドルオタクの男が声をあげた。名前こそ出していないが、誰のことを言っているのかは明白である。
「なんだと! キサマみたいなキモイ男に言われたくねえよ!」
「それじゃ、オレから自己紹介を始めるぜ」
「おい、シカトしてんのかよ!」
「ゲームを攻略するうえでも有利だっていうのならば、自己紹介ぐらいしてもいいんじゃないの? どうせ、たかだか10分もあれば済むことだし」
意外にも賛意の声をあげたのは、キレイめファッションの女性であった。
「…………」
さすがに相手が女性だと、しかもキレイな女性だとなおさら文句が言いづらいのか、栗色髪の男は不貞腐れたようにそっぽを向いてしまった。
「じゃあ、改めてオレから自己紹介するぜ。──えーと、オレの名前は、春元康。このジャンパーに書いてあるアイドルグループ『エリムス』のファンであり、裏方として手伝いもしている。この中で『エリムス』を知っている人はいるかな? あれ? ひとりもいないのか?」
「『エリムス』なんて聞いたこともねえよ! どうせまったく売れてないドブスのアイドルグループなんだろう。だいたい春元康って名前からして、いかがわしいアイドルプロデューサーみたいで、いかにも胡散臭過ぎるぜ!」
栗色髪の男の文句を春元はさらっと聞き流して、さらに自己紹介を続ける。
「そっか、やっぱり『エリムス』の知名度はイマイチみたいだな。まだまだ地下アイドルから抜け出せていないからしょうがないけどな。でも、一年後にはスーパーアイドルになっている予定だから──って、自己紹介のつもりが、『エリムス』の説明になっちまったな。とにかく、今夜のゲームは勝ちにいくつもりだから、みんな、よろしく頼むよ!」
春元が自己紹介を終えた。とにかく熱狂的なアイドルファンであることは分かった。おそらく春元のようなファンが何人かいて、手弁当で運営の手伝いをしているのだろう。いずれにしても、この春元という男は見かけ通りの人間らしかった。特に気になる点は見受けられない。
「では、春元さんの隣から順番に自己紹介をお願いできますか?」
紫人がテレビ画面の中から指示してきた。春元の隣ということは、次はスオウが自己紹介する番である。
スオウはイスから立ち上がった。
「スオウといいます。高校二年生です。えーと、あとは特に何か言うことはないかな……」
高校生の身分なので、自己紹介といってもこれくらいしか言うことはなかった。ここでわざわざ妹のことを話す必要はないと思ったので、結局、そのままイスに座りなおした。
「次はわたしの番みたいね。──イツカと言います。隣に座るスオウ君と同じ高校二年生です。どうしても今夜のゲームに勝たなければいけない理由があるので、絶対に負けません!」
イツカは最後に宣誓するかのように大きな声で言った。
「ありがとうございます。その意気込みで頑張ってください。──では次の方、お願いします」
イツカの隣に座っているのは、安物のスーツを着た男性である。
「慧登。フリーター。以上」
慧登はたった三単語でシンプルにまとめて自己紹介を終えた。フリーターだから着慣れないスーツを着て仕事先を探しているのかもしれないな、とスオウは慧登の姿を見て考えた。
慧登の隣は、キレイめファッションで身を固めた女性である。
「玲子。読者モデル。歳はヒ・ミ・ツ」
こちらもシンプルに自己紹介を済ませた。最後に色っぽい言い方で締めたが、こういう場なので、かえって滑った感じになってしまった。玲子は少しだけ口元を歪めて見せた。あるいはこの表情こそ、玲子の素顔なのかもしれない。
玲子の隣は、ビジネススーツ姿の女性である。
「伊寺幸代といいます。税理士をしています。年齢的に激しい運動は得意ではありませんが、皆さんの足を引っ張らないように頑張りたいと思います」
50代という歳相応の良識有る丁寧で謙虚な物言いであった。
伊寺の隣は、ジーパンにジャケットのラフな格好をした男性である。
「唐橋。年齢は36歳。個人で株式のトレーダーをやっている」
癖なのかもしれないが、唐橋は終始右足で貧乏揺すりをしていた。そして、もうひとつ特徴的だったのが、あの栗色髪の男と同じく、右手に持ったスマホの画面にことあるごとに真剣な視線を向けていることだった。
そうか。トレーダーっていうことは、今も株価を確認しているのか。
スオウはひとり納得したように小さくうなずいた。しかしだとしたら、あの栗色髪の男はどうしてスマホをずっといじっているのか? それは今だに検討がつかなかった。少なくとも唐橋のように株式のトレードをしているようには見えない。
唐橋の隣は、ボサボサの髪に無精ひげを生やした年配の男性である。
「わしは平岩哲夫。66歳。年金暮らしをしている。趣味はエコロジーとリサイクル。地球に優しい生活を日々心がけておる。以上じゃ」
初めてフルネームで自己紹介をする平岩であった。人は見かけによらないとはよく言ったもので、平岩の外見と地球に優しい生活というのが、どうしても結ぶ付かないスオウだった。
これで楕円形に並べられたイスの内、右側に座る参加者たちの自己紹介が終わった。
さあ、ここから先は問題児たちの登場だな。
スオウは左側に座った参加者たちの顔をチラッと見つめた。栗色髪の男。夜の雰囲気を漂わせた派手な身なりの女性。前髪で顔を完全に隠した女子高生。なぜか喪服を着ている女性。そして、ラストに控えているのが包帯男である。いずれも見た目からして、一癖も二癖もある者たちだ。
液晶テレビの横に座った栗色髪の男が、いかにも面倒くさそうに立ち上がった。一応、自己紹介をする気はあるらしい。
「ヒカリ。職業、有名人」
それだけをつっけんどんに言って、すぐに座ってしまった。
「ふふっ」
春元の口から笑いが漏れた。
「なに笑ってやがるんだっ!」
即座にヒカリが噛み付いた。
「ヒカリなんていう有名人は聞いたことがないって思ってな。まだ『エリムス』の方が有名だぜ」
さっきのお返しとばかりに春元が言った。ここまでくると、この二人は犬猿の仲といっても良かった。
「キサマ、ケンカ売ってんのか!」
ヒカリが立ち上がりかけたが、その機先を制するように紫人の声が二人の間に割って入ってきた。
「それではトラブルが発生する前に、次の方、お願いします」
「クソがっ」
ヒカリが一言吐き捨てて、イスに座りなおす。
「アタシの番ね。──ヴァニラ・モナカよ。もちろん、これは源氏名だから。歌舞伎町でキャバ嬢をやってまーす。歌舞伎町に遊びに来た際は、どうかお店に寄っていってね。お酒一杯くらいはおごるから」
夜の世界の住人らしく、艶めかしいしなを作って挨拶をするヴァニラであった。もっとも、ただの派手な女性でないことは、その足元を見れば分かった。今夜のゲームを考えてか、しっかりとランニングシューズを履いていたのだ。こちらの女性も『人は見かけによらない』に当てはまりそうなタイプである。
そのヴァニラの隣に座るのはセーラー服姿の少女である。
「あ、あ、あの……西と……言います……」
今にも消え入りそうな小さな声で言った。まだ怒りが収まっていなかったらしいヒカリが、その声に対してすぐに食ってかかる。
「はあ? 声が小さくて聞こえないんだけどさ。えーと、東さんだっけ? あれ、北さんだったかな? それとも南さんかな? あるいは北東さん?」
ヒカリは明らかに分かっていながら、ねちっこく名前をからかう。
「あ、あ、あの……す、す、すいません……。苗字が覚えにくかったら……名前で覚えてください。──美佳といいます……」
「はあ? 美──」
「はい、美佳ちゃんね。分かったよ。アイドルみたいな可愛い名前だね」
ヒカリがまたちょっかいをかけそうになる前に、敢えて話に割り込んだと分かる春元の言葉だった。意外と場の空気を読める人間らしい。
「そういえば美佳ちゃん、言いたくなかったら別に言わなくてもいいんだけど、その髪型は何か意味があるの?」
春元が続けて美佳に声をかけた。
「べ、べ、別に……その……意味は、と、と、特にないです……」
深く俯いてしまう美佳だった。その理由がスオウには分かった。美佳の顔の肌はかなり荒れているのが、遠目からでも見て取れたのである。年頃の少女にとってはニキビひとつでも一大事だ。肌荒れを隠すために、敢えてあのような特殊な髪形をしているだろう。その肌荒れが如何に美佳の心を痛める原因になっているのか、女性ではないスオウでも理解出来た。おそらく、ゲーム参加の理由もそこにあるのだろう、とスオウは思った。
美佳の隣は、あの喪服美女である。
喪服美女は楚々とした仕草で立ち上がると、その場で一同に対して、深々と会釈をした。
「毒嶋櫻子といいます。歳は21です。この度、故あって、今宵のゲームに参加させていただくことになりました。なにとぞ、どうかお見知りおきを」
そこでさらに一段深く頭を下げる櫻子だった。丁寧なのは分かるのだが、あまりにも丁寧過ぎて、スオウは逆に怖く感じてしまった。誰かに似ているなと考えて、紫人と雰囲気が似ているのだと気が付いた。人に丁寧に接しようとするあまり、かえって非人間的、あるいは人工的に見えてしまっているのだ。
「ちょっといいかな」
口を挟んだのは春元である。
「えーと、これはどうしても聞かないわけにはいかないんだけど──」
春元はそこでいったん言葉を切ってから、さらに言葉を続けた。
「その喪服には、何か特別な意味でもあるのかな?」
スオウも最初に見たときからすごく気になっていた点である。
「はい。今宵のゲームは命を懸けたゲームとお聞きしましたので、それに見合った服装はと考えて、この喪服を選びました。もしも皆様をご不安にさせたのであれば、配慮が足りなかった私の責任です」
「いやいや、責任って、別に責めているわけじゃないから……」
さすがの春元も櫻子の返答に面食らってしまっているらしい。
これで自己紹介もいよいよ最後のひとりとなった。櫻子の隣に座る、あの包帯男である。
包帯男がパイプイスの足をギギギと鳴らしながら無言で立ち上がった。
「がぐぼうぎん……」
包帯男はしゃがれたガラガラ声でつぶやいた。喉に何かしらの異常があると誰でも分かるような濁った口調である。
「はあ? がぐぼうぎん……? なんだそれ? 外国の名前なのか?」
ヒカリが不満そうに首を傾げた。スオウも包帯男の言葉が理解出来ずにいた。
「ねえ、ひょっとしたら、白包院って言ったんじゃないの?」
隣に座るイツカが小声で教えてくれた。
「えーと、これも確認しておきたいんだけど、あんた、その包帯は何なんだ? 何かのコスプレなのか?」
白包院が座るなり、それを待っていたかのように春元が口を開いた。
しかし、白包院は前を向いたまま、まったく返事をする気配がない。
「やれやれ、こっちはノーコメントか」
春元がお手上げだとばかりに肩をすくめた。
「──どうやら、これで皆様方の自己紹介はお済みになったみたいですね。それではここから改めて、ゲームの説明に移りたいと思います」
テレビ画面から紫人の声が聞こえてきた。
残り時間――13時間
残りデストラップ――13個
残り生存者――13名
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液晶テレビの大画面に突然映像が映った。打ちっ放しのコンクリートの壁を背にして立つスーツ姿の男。一見するとどこにでもいる実直そうなサラリーマンにしか見えない男──『死神の代理人』を自称する紫人である。
「皆さん、こんばんは。『死神の代理人』をしております紫人です。今夜はお忙しい中、全員欠けることなくこうしてお集まりいただき、まことに感謝しております」
相変わらず馬鹿丁寧な口調で話し始めた。
「さて、これから皆さんが挑戦するゲームについて説明をしたいところなのですが、皆さんはまだ自己紹介が済んでいらっしゃらないようなので、どうでしょう、最初に参加者の皆さんの自己紹介を始めませんか?」
テレビ画面の中の紫人はまるで参加者の顔色をうかがう様に、顔を左右に振った。
「おっ、それいいじゃん。ナイスアイデアだよ。ほら、オレさ、一番最後に来たから、その前の状況がまったく分からないんだよな」
アイドルオタクの男が紫人の提案にいの一番に飛びついた。
「開始時間ギリギリで来た、お前の責任だろうが!」
またまた、栗色髪の男が食ってかかった。とりあえず一言言わないと済まないタイプみたいだ。やっぱりこの男とはお近付きしたくないなと、スオウは改めて思ってしまった。
「まあまあ、いろいろご意見はお有りだとは思いますが、今夜見ず知らずの人間が同じ目的の下、こうして集まったのですから、親睦を深める為にも自己紹介をするのはいかかでしょうか? 名前も分からぬままゲームを始めてしまうより、お互いに顔と名前を覚えてからの方が、ゲームを攻略するうえでも有利だと思うのですが?」
「おお、なるほどね。さすが死神の代理人を努めているだけのことはあるな。言葉に説得力がある。ただ、でかい声で文句を言うだけのヤツとは大違いだ」
アイドルオタクの男が声をあげた。名前こそ出していないが、誰のことを言っているのかは明白である。
「なんだと! キサマみたいなキモイ男に言われたくねえよ!」
「それじゃ、オレから自己紹介を始めるぜ」
「おい、シカトしてんのかよ!」
「ゲームを攻略するうえでも有利だっていうのならば、自己紹介ぐらいしてもいいんじゃないの? どうせ、たかだか10分もあれば済むことだし」
意外にも賛意の声をあげたのは、キレイめファッションの女性であった。
「…………」
さすがに相手が女性だと、しかもキレイな女性だとなおさら文句が言いづらいのか、栗色髪の男は不貞腐れたようにそっぽを向いてしまった。
「じゃあ、改めてオレから自己紹介するぜ。──えーと、オレの名前は、春元康。このジャンパーに書いてあるアイドルグループ『エリムス』のファンであり、裏方として手伝いもしている。この中で『エリムス』を知っている人はいるかな? あれ? ひとりもいないのか?」
「『エリムス』なんて聞いたこともねえよ! どうせまったく売れてないドブスのアイドルグループなんだろう。だいたい春元康って名前からして、いかがわしいアイドルプロデューサーみたいで、いかにも胡散臭過ぎるぜ!」
栗色髪の男の文句を春元はさらっと聞き流して、さらに自己紹介を続ける。
「そっか、やっぱり『エリムス』の知名度はイマイチみたいだな。まだまだ地下アイドルから抜け出せていないからしょうがないけどな。でも、一年後にはスーパーアイドルになっている予定だから──って、自己紹介のつもりが、『エリムス』の説明になっちまったな。とにかく、今夜のゲームは勝ちにいくつもりだから、みんな、よろしく頼むよ!」
春元が自己紹介を終えた。とにかく熱狂的なアイドルファンであることは分かった。おそらく春元のようなファンが何人かいて、手弁当で運営の手伝いをしているのだろう。いずれにしても、この春元という男は見かけ通りの人間らしかった。特に気になる点は見受けられない。
「では、春元さんの隣から順番に自己紹介をお願いできますか?」
紫人がテレビ画面の中から指示してきた。春元の隣ということは、次はスオウが自己紹介する番である。
スオウはイスから立ち上がった。
「スオウといいます。高校二年生です。えーと、あとは特に何か言うことはないかな……」
高校生の身分なので、自己紹介といってもこれくらいしか言うことはなかった。ここでわざわざ妹のことを話す必要はないと思ったので、結局、そのままイスに座りなおした。
「次はわたしの番みたいね。──イツカと言います。隣に座るスオウ君と同じ高校二年生です。どうしても今夜のゲームに勝たなければいけない理由があるので、絶対に負けません!」
イツカは最後に宣誓するかのように大きな声で言った。
「ありがとうございます。その意気込みで頑張ってください。──では次の方、お願いします」
イツカの隣に座っているのは、安物のスーツを着た男性である。
「慧登。フリーター。以上」
慧登はたった三単語でシンプルにまとめて自己紹介を終えた。フリーターだから着慣れないスーツを着て仕事先を探しているのかもしれないな、とスオウは慧登の姿を見て考えた。
慧登の隣は、キレイめファッションで身を固めた女性である。
「玲子。読者モデル。歳はヒ・ミ・ツ」
こちらもシンプルに自己紹介を済ませた。最後に色っぽい言い方で締めたが、こういう場なので、かえって滑った感じになってしまった。玲子は少しだけ口元を歪めて見せた。あるいはこの表情こそ、玲子の素顔なのかもしれない。
玲子の隣は、ビジネススーツ姿の女性である。
「伊寺幸代といいます。税理士をしています。年齢的に激しい運動は得意ではありませんが、皆さんの足を引っ張らないように頑張りたいと思います」
50代という歳相応の良識有る丁寧で謙虚な物言いであった。
伊寺の隣は、ジーパンにジャケットのラフな格好をした男性である。
「唐橋。年齢は36歳。個人で株式のトレーダーをやっている」
癖なのかもしれないが、唐橋は終始右足で貧乏揺すりをしていた。そして、もうひとつ特徴的だったのが、あの栗色髪の男と同じく、右手に持ったスマホの画面にことあるごとに真剣な視線を向けていることだった。
そうか。トレーダーっていうことは、今も株価を確認しているのか。
スオウはひとり納得したように小さくうなずいた。しかしだとしたら、あの栗色髪の男はどうしてスマホをずっといじっているのか? それは今だに検討がつかなかった。少なくとも唐橋のように株式のトレードをしているようには見えない。
唐橋の隣は、ボサボサの髪に無精ひげを生やした年配の男性である。
「わしは平岩哲夫。66歳。年金暮らしをしている。趣味はエコロジーとリサイクル。地球に優しい生活を日々心がけておる。以上じゃ」
初めてフルネームで自己紹介をする平岩であった。人は見かけによらないとはよく言ったもので、平岩の外見と地球に優しい生活というのが、どうしても結ぶ付かないスオウだった。
これで楕円形に並べられたイスの内、右側に座る参加者たちの自己紹介が終わった。
さあ、ここから先は問題児たちの登場だな。
スオウは左側に座った参加者たちの顔をチラッと見つめた。栗色髪の男。夜の雰囲気を漂わせた派手な身なりの女性。前髪で顔を完全に隠した女子高生。なぜか喪服を着ている女性。そして、ラストに控えているのが包帯男である。いずれも見た目からして、一癖も二癖もある者たちだ。
液晶テレビの横に座った栗色髪の男が、いかにも面倒くさそうに立ち上がった。一応、自己紹介をする気はあるらしい。
「ヒカリ。職業、有名人」
それだけをつっけんどんに言って、すぐに座ってしまった。
「ふふっ」
春元の口から笑いが漏れた。
「なに笑ってやがるんだっ!」
即座にヒカリが噛み付いた。
「ヒカリなんていう有名人は聞いたことがないって思ってな。まだ『エリムス』の方が有名だぜ」
さっきのお返しとばかりに春元が言った。ここまでくると、この二人は犬猿の仲といっても良かった。
「キサマ、ケンカ売ってんのか!」
ヒカリが立ち上がりかけたが、その機先を制するように紫人の声が二人の間に割って入ってきた。
「それではトラブルが発生する前に、次の方、お願いします」
「クソがっ」
ヒカリが一言吐き捨てて、イスに座りなおす。
「アタシの番ね。──ヴァニラ・モナカよ。もちろん、これは源氏名だから。歌舞伎町でキャバ嬢をやってまーす。歌舞伎町に遊びに来た際は、どうかお店に寄っていってね。お酒一杯くらいはおごるから」
夜の世界の住人らしく、艶めかしいしなを作って挨拶をするヴァニラであった。もっとも、ただの派手な女性でないことは、その足元を見れば分かった。今夜のゲームを考えてか、しっかりとランニングシューズを履いていたのだ。こちらの女性も『人は見かけによらない』に当てはまりそうなタイプである。
そのヴァニラの隣に座るのはセーラー服姿の少女である。
「あ、あ、あの……西と……言います……」
今にも消え入りそうな小さな声で言った。まだ怒りが収まっていなかったらしいヒカリが、その声に対してすぐに食ってかかる。
「はあ? 声が小さくて聞こえないんだけどさ。えーと、東さんだっけ? あれ、北さんだったかな? それとも南さんかな? あるいは北東さん?」
ヒカリは明らかに分かっていながら、ねちっこく名前をからかう。
「あ、あ、あの……す、す、すいません……。苗字が覚えにくかったら……名前で覚えてください。──美佳といいます……」
「はあ? 美──」
「はい、美佳ちゃんね。分かったよ。アイドルみたいな可愛い名前だね」
ヒカリがまたちょっかいをかけそうになる前に、敢えて話に割り込んだと分かる春元の言葉だった。意外と場の空気を読める人間らしい。
「そういえば美佳ちゃん、言いたくなかったら別に言わなくてもいいんだけど、その髪型は何か意味があるの?」
春元が続けて美佳に声をかけた。
「べ、べ、別に……その……意味は、と、と、特にないです……」
深く俯いてしまう美佳だった。その理由がスオウには分かった。美佳の顔の肌はかなり荒れているのが、遠目からでも見て取れたのである。年頃の少女にとってはニキビひとつでも一大事だ。肌荒れを隠すために、敢えてあのような特殊な髪形をしているだろう。その肌荒れが如何に美佳の心を痛める原因になっているのか、女性ではないスオウでも理解出来た。おそらく、ゲーム参加の理由もそこにあるのだろう、とスオウは思った。
美佳の隣は、あの喪服美女である。
喪服美女は楚々とした仕草で立ち上がると、その場で一同に対して、深々と会釈をした。
「毒嶋櫻子といいます。歳は21です。この度、故あって、今宵のゲームに参加させていただくことになりました。なにとぞ、どうかお見知りおきを」
そこでさらに一段深く頭を下げる櫻子だった。丁寧なのは分かるのだが、あまりにも丁寧過ぎて、スオウは逆に怖く感じてしまった。誰かに似ているなと考えて、紫人と雰囲気が似ているのだと気が付いた。人に丁寧に接しようとするあまり、かえって非人間的、あるいは人工的に見えてしまっているのだ。
「ちょっといいかな」
口を挟んだのは春元である。
「えーと、これはどうしても聞かないわけにはいかないんだけど──」
春元はそこでいったん言葉を切ってから、さらに言葉を続けた。
「その喪服には、何か特別な意味でもあるのかな?」
スオウも最初に見たときからすごく気になっていた点である。
「はい。今宵のゲームは命を懸けたゲームとお聞きしましたので、それに見合った服装はと考えて、この喪服を選びました。もしも皆様をご不安にさせたのであれば、配慮が足りなかった私の責任です」
「いやいや、責任って、別に責めているわけじゃないから……」
さすがの春元も櫻子の返答に面食らってしまっているらしい。
これで自己紹介もいよいよ最後のひとりとなった。櫻子の隣に座る、あの包帯男である。
包帯男がパイプイスの足をギギギと鳴らしながら無言で立ち上がった。
「がぐぼうぎん……」
包帯男はしゃがれたガラガラ声でつぶやいた。喉に何かしらの異常があると誰でも分かるような濁った口調である。
「はあ? がぐぼうぎん……? なんだそれ? 外国の名前なのか?」
ヒカリが不満そうに首を傾げた。スオウも包帯男の言葉が理解出来ずにいた。
「ねえ、ひょっとしたら、白包院って言ったんじゃないの?」
隣に座るイツカが小声で教えてくれた。
「えーと、これも確認しておきたいんだけど、あんた、その包帯は何なんだ? 何かのコスプレなのか?」
白包院が座るなり、それを待っていたかのように春元が口を開いた。
しかし、白包院は前を向いたまま、まったく返事をする気配がない。
「やれやれ、こっちはノーコメントか」
春元がお手上げだとばかりに肩をすくめた。
「──どうやら、これで皆様方の自己紹介はお済みになったみたいですね。それではここから改めて、ゲームの説明に移りたいと思います」
テレビ画面から紫人の声が聞こえてきた。
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