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第二部 ジェノサイド

第21話 新しいチーム

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 残り時間――7時間54分

 残りデストラップ――8個

 残り生存者――10名     
  
 死亡者――3名 

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「このマップで見る限り、比較的安全だと思われるのは、ここに位置している広い芝生広場だと思うんだけどな。──みんなはどう思う?」

 長い熟考の末に最初に春元が顔を上げて、その場にいる皆の顔を見回して意見を求めてきた。

 ここまでゲームを進めてきて、園内のどこにも安全地帯などないことくらいは、スオウをはじめ全員が理解していた。しかしそれでも、少しでも安全だと思われる場所へ移動した方がいいということになり、それぞれが頭を悩ませて考えていたところだったのだ。

 もっとも、玲子は終始ぼんやりとした表情を浮かべて、どこか遠くの方を見つめる目付きをしており、何も考えていないことは一目瞭然だった。美佳は手にしたマップを開くことなく、ちょこんとイスに座っているだけである。ヴァニラに至っては、壁に掛かった鏡を前にして、崩れた髪を入念にセットし直しているといった具合である。

「芝生広場ですか……」

 スオウはマップ上で芝生広場の位置をさっそく確認した。園内の中央にある池のほとりに位置している。周囲にアトラクション施設はなく、純粋に芝生だけが広がっているエリアのようだ。その為、デストラップが発生する要素は少ないように思われた。

「周りに何もないのがいいかもしれないですね」

 スオウはマップを見て思ったことをそのまま言った。

「オレも真っ先にそれを考えたんだ。近くに人工物がないということは、それに伴うデストラップの要素を排除して考えることが出来るからな」

 どうやら春元もスオウと同じ考え方をしていたらしい。

「うん、天気予報を見ても安全そうだね」

 イツカがスマホを操作しながら言う。

「えっ、天気予報? あっ、そっか。周りに何もないから、雨が降ったら濡れちゃう心配があるわね。せっかく髪の毛をセットしたばかりなのに、すぐに濡れたら堪んないものね!」

 ヴァニラはキレイにセットし直した髪型が崩れることの方を心配しているらしい。

「ヴァニラさん、違うよ。わたしは雨じゃなくて、雷の心配をしていたの」

 イツカがすかさず訂正する。

「雷か──。そうか、周囲に何もないということは、落雷があったときに逃げ場所がなくて危険極まりないよな」

 スオウはイツカの先を読む思考力に感心した。確かにいくら前兆が分かったとしても、空から突然やってくる落雷なんて、どう考えても避けようがない。

「さすがイツカちゃんだな。髪の毛のことしか考えていない人間には、到底発想出来ないことだよ」

 例によって、春元がヴァニラに対してイヤミを言った。もっとも、それが場を和ませる為の冗談であるということは、もうスオウも分かっている。

「ずっとアイドルのことばかり考えているキモイ人間になんて言われたくないんだけど!」

 ヴァニラの反論の言葉も、まるで漫才のツッコミのように聞こえる。こんな状況だというのに、本当にこの2人は仲が良いなあと改めて思ってしまうスオウだった。2人の関係のことを知らない慧登だけが、心配そうに2人のやりとりを見つめている。

「この2人ならば大丈夫ですよ。レストランホールからずっとこんな感じだったんで」

 スオウは慧登にそっと耳打ちして教えた。

「なんだ、そうだったんだ。本気で言い合いを始めたんじゃないかと思って、内心ヒヤヒヤしたよ。何せ俺たちの方はチームワークがガタガタだったからな……」

 後悔の色を滲ませた慧登の視線は、イスに浅く腰掛けている玲子に向けられていた。口にこそ出していないが、慧登が玲子に対してある特別な感情を抱いているということは見て分かった。むろん、この場でそのことについて問い質すという野暮なマネはしなかったが。

「まだゲームの途中ですから、これからお互い協力してやっていきましょう。そうすれば、きっとこのゲームに勝ち残れるはずだから」

「ありがとう。そう言ってもらえると助かるよ」

 スオウと慧登が新たな協力体勢を約束し合っていたとき、例の2人は合いも変わらず言い合いを続けていた。

「何度も言ってるが、『エリムス』は最高の地下アイドルなんだぞ!」

「地下なのに最高も何もないでしょ! ていうか、地下の最高って地上ってことじゃないの?」

「いや、そんな細かいツッコミはこの際いいんだよ!」

「じゃあ、いっそうのこと地下深くまで潜っていって、地球の中心を目指したらいいんじゃないの? 地底人が応援してくれるわよ、きっと」

「えっ、地底人って本当にいるのか?」

「いるわけないでしょ!」

 もはや本格的なノリツッコミ漫才と化している、2人の激しい舌戦であった。

「──とりあえず、芝生広場が次の目的地ということで決まりみたいだね」

 イツカが春元とヴァニラを見つめながら呆れ気味の口調で言った。

「まあ、そういうことになりそうかな」

 スオウも春元たちの様子に苦笑を浮かべながら、イツカの言葉を了承した。


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 幸代の遺体が発見された場所で慧登たちと分かれたはずの櫻子の姿は、なぜか『ミニチュア王国』内にあった。

 右手に大事そうに持ったスマホを、今は地面に向けている。カシャカシャと何度もシャッター音があがる。櫻子は写真を撮っているのだ。それも何枚も何十枚も。

 地面には黒い物体が横たわっていた。一見しただけでは、それが何であるのか分からなかった。しかし、よくよく目を凝らして見れば、それが人の形をしているのが見てとれた。そして、さらに注意深く観察すれば、それが人の焼死体だと分かる。

 完全に炭化してしまった人の形をした人為らざる物体。

 櫻子はその物体を執拗にスマホで撮り続けているのだ。その様は異常ですらあったが、当の櫻子の表情にはなんの感情も浮かんでいなかった。

 ただ被写体となる遺体の写真を淡々と撮っているだけである。

 10分近く撮影をしたところで、ようやく撮るのを止めた。スマホを服に仕舞うと、次に折り畳まれたマップを手に取る。

「次に新しい犠牲者が出そうな場所はどの辺りになりそうかしら?」

 抑揚がまったく無い平坦なトーンで怖いことをサラリとつぶやく。

「さっき園内放送であった迷子センターの近くまで行けば、遺体のひとつでも転がっているかしら?」

 さらに怖いことをつぶやくと、櫻子は『ミニチュア王国』の出口に向かって歩き出した。

 薄ら寒い狂気をまとった喪服の美女は我が道を突き進んでいく――。


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 ヒカリはひとりになってからずっと手にしたスマホを凝視し続けていた。画面上では、ゲーム開始から今に至るまでの間にヒカリ自身が撮り溜めた動画が、順番に再生されている。怯えたり、あるいは狼狽したりするゲーム参加者たちの様子も、しっかりと映し出されていた。

 その動画をヒカリはネット上の配信サイトに勝手にアップさせていた。

 今ヒカリが一番注目しているのは、しかし動画の内容そのものではなく、動画の右下に表示されている再生数の方だった。

 この数字こそがヒカリに単独行動を決意させたものなのだ。

「へへへ、このくらいの数字ならば、すぐに目標に到達しそうだな」

 口元に自然と不敵な笑みが浮いてきた。

「このまま上手く数字が伸びていけば、もう命を懸けたゲームなんかやらなくて済むな」

 つぶやいている間にも、右下の数字はどんどん変わっていく。一の位から数字が上昇していき、より大きな数字になっていく。

「あとはどこか安全な場所にでも隠れて、デストラップに気を付けながら待機していればいいか。いや、この数字をさらに伸ばしていく為に、もっとエキサイティングな動画を撮っておいた方がいいかもしれねえな」

 そこでふとヒカリは眉根を寄せた。

「待てよ。まさか、あの喪服女もオレと『同じこと』をやっていたのか? それでゲーム参加者の遺体を撮影していたのか? いや、そんなわけないか……。それはさすがに考えすぎってもんだよな……」

 首を大きく左右に振って、たった今思いついた考えを否定する。

「まあ、あの女の目的は分からねえが、とにかく俺もあの女に負けないくらいのとびっきりの動画を撮影しないとな。この際、誰でもいいからデストラップに引っ掛かってくれねえかな。それもより迫力のある恐ろしいデストラップにな!」

 ヒカリの笑みがひと際深くなった。心の内で考えている暗い欲望が、そのまま嫌らしい形の笑みに表われていた。

 もちろん、そのことにヒカリ自身はまったく気が付いていなかったが──。


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 春元とヴァニラによる漫才が終わると、スオウたちチームは芝生広場へと移動を開始した。

 芝生広場へと向かう道のりは意外と楽であった。『巨大迷宮』の先を曲がって園内中央に向かって歩いて行くと、すぐ目の前に芝生が広がっているのが見えてきたのである。道中に危険なこともなかった。

 しかし、芝生広場に着いたところで、大きな誤算に気付くこととなった。

 芝生広場は煌びやかに光り輝いていたのである。

 色の種類は、赤、青、黄、緑、橙、白──。

 LEDライトによるイルミネーションが広場一面に施されていたのだった。

「これって……」

 春元が芝生を見るなり絶句した。

「まいったな……」

 スオウとしてもそうとしか言いようがなかった。手にしたマップにはこのイルミネーションのことは一切触れられていなかったのである。

「この遊園地の最後の夜だから、スタッフが張り切って飾り付けをしたのかもしれないわね。いっそうのことイルミネーションでも見て回る?」

 ヴァニラが冗談交じりに言った。

「この状況だと、なんだか落雷の心配よりも、むしろ感電の心配をしないといけないかもしれないね」

 イツカが一番重要な点をついてきた。これが通常の遊園地の営業時であれば、何も危険はない。しかし、今は命を懸けたゲームの真っ最中である。人を魅了してやまないキレイなイルミネーションも、いつデストラップと化すか分からないのだ。

「これじゃ、芝生一面に電気が流れているようなもんだよな。デストラップとしては、これ以上ないくらい厄介だぜ」

 慧登が隣に立つ玲子のことを気遣いながらイルミネーションの方を睨みつける。これがゲームの最中でさえなければ、まるで恋人同士のように見えなくもなかったが、今の2人にはそんな甘い時間は許されていない。

「春元さん、どうしますか?」

 スオウは春元に意見を仰いだ。

「実はオレ、昔っから電気のビリビリに弱いんだよなあ。静電気とかあると、絶対に声をあげちまうし……」

 珍しく弱気な発言する春元である。


 新しいチーム体制となった七人が華やかなイルミネーションを前にして困惑していると、園内の入り口付近の方から騒々しい車の排気音が聞こえてきた。
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