27 / 71
第二部 ジェノサイド
第22話 招かれざる参加者は突然に
しおりを挟む
――――――――――――――――
残り時間――7時間36分
残りデストラップ――8個
残り生存者――10名
死亡者――3名
――――――――――――――――
廃園となったはずの遊園地の駐車場に、耳障りな排気音をあげながら二台の車が荒っぽい運転で入ってくると、騒音レベルの甲高いブレーキ音を響かせて、地面に描かれた白線を無視して止まった。
前に止まった安い国産車の助手席から若い男がひとり勢いよく降りると、後ろに止まる外国製の高級車に向かっていく。男は派手なスカジャンを羽織り、髪は金髪に染めている。深夜のコンビニの駐車場では絶対に会いたくない風体だ。高級車の後部座席の窓ガラスの横まで歩くと、そこで直立不動の姿勢で立つ。
電動音をとともに、外車の後部座席の窓ガラスがゆっくりと開いていく。
「ご指示をお願いします!」
男が緊張混じりの声で、車内にいる人間に指示を仰ぐ。
「お前たち3人は先に園内に入って、徹底的にヤツを捜し出すんだ! もしもヤツを見付けたら、どんな手を使っても構わないから捕まえるんだ!」
後部座席に陣取った人間は車内から降りることなく、命令を発していく。
「はい、分かりました!」
男は軍人がする返事みたいに、必要以上に声を張り上げる。
「武器ぐらいは用意してあるんだろうな?」
「はい、あります!」
「よし、いざとなったら武器を使っても構わない。ただし、ヤツが口を利ける状態にだけはしておけよ!」
「はい、分かりました!」
「これで二千五百万が戻ってくれば、お前たちにも臨時ボーナスをはずんでやるから、気合を入れていけ!」
「はい、分かりました!」
「おお、そうだ、ひとつ言うことがあった。中に入ったら、まず最初に入り口の門を開けておけ。鍵はブチ壊しても構わない。どうせ廃園になった遊園地だからな」
「はい、分かりました!」
「俺は後からゆっくり車で中に入らせてもらうからな」
「はい、分かりました!」
「よし、俺からの指示はこれで終わりだ」
「はい、ありがとうございました!」
男は直角に腰を曲げて、きれいに頭を下げる。組織内における上下関係の厳しさが垣間見られる光景であった。男は頭を戻すと、駆け足で前の車に戻って行く。すぐに車内から別の2人の若い男が外に出てきた。
これで合計3人。揃いも揃って、ひと目で暴力的なことを生業にしていると分かる人種である。3人はその場で何かを確認するように短い会話をすると、互いにうなずき合って、遊園地の入り口に向かって走って行った。
「──おい、例のモノは持ってきたか?」
高級車の後部座席に深く座ったまま3人の後ろ姿を目で追っていた男は、運転席の男に呼びかけた。年齢は後部座席の男が40代で、運転席の男は30代半ばといったところである。
「はい。言われた通りに準備してきました」
運転席の男は助手席に置いてある銀色のジュラルミンケースを軽くコンコンと叩いて見せた。
「まあ、使うことはないと思うが、もしもヤツが口を割らないようだったら、脅しに使うからな。いつでも使えるように弾を込めておけよ!」
「はい、分かりました」
国産車に乗っていた男と違って、落ち着きのある声で運転席の男は返事をした。組織内において、それなりの地位にあると分かる話し方である。
「あと気をつけなきゃいけないのが、あの刑事の動きだな。どうせ最後の美味しいところだけ持っていく気なんだろうがな。まったくこっちだっていつまでも悪徳刑事の食べ残しばかりじゃ、いい加減、腹が空いちまうぜ。たまには美味いもんをたらふく食わせてもらわないと、割りが合わねえってもんだ。まあ、美味いもんを食うには、いろいろと策を練らないといけねえけどな」
後部座席の男は何かを企んでいるかのような意味ありげな笑みを浮かべた。
――――――――――――――――
園内の入り口の方から、堅い金属質の音が聞こえてきた。
「あれ? 今、何かが壊れるような音がしませんでした?」
スオウは音が聞こえた方に顔を向けた。現在、この遊園地内にいるのはゲーム参加者だけのはずである。そして、ゲーム参加者は園内の外に出ることを禁止されているので、入り口付近から音が聞こえてくるのはおかしいのだ。
「オレも耳障りな音を聞いたぞ。少し前に車の排気音も聞こえたし、まさかとは思うが、この時間に園内に解体業者でも入ってきたのか?」
春元も不可解な表情を浮かべている。
「春元さん、この音がデストラップの前兆ってことはないですよね?」
この場面で一番憂慮しなくてはいけないのが、次のデストラップの発生だ。
「いや、あの音だけじゃ、なんとも言えないな……」
「もう、そんな音なんてどうでもいいでしょ! それよりも、この目の前に広がったイルミネーションの芝生をどうするつもりよ? こっちの方がデストラップの発生の可能性が高いんでしょ!」
二人の会話にヴァニラが猛然と入ってきた。腰に両手を当てて、今にも春元に食って掛かりそうな勢いである。
「分かってる、分かってるから。そう大きな声を出さないでくれよ」
春元はヴァニラの剣幕に押されたのか、珍しく反論することなく、必死になだめる。
「確かにヴァニラの言う通りだな。今は目に見えない脅威よりも、目に見える脅威について考えるとするか。──というわけで、さっきも言ったけどオレは電気が苦手なんで、ここはスオウ君に一任するよ」
「えっ? おれですか?」
急に話を振られたスオウだったが、もちろん、イルミネーションに対する策など考えていない。しかし、春元に指名された以上は急いで考えなくてはならない。
「えーと、こういうのはどうですか? イルミネーションの電源を探して、スイッチをオフにするとか……」
電気が危険ならば、その大元である電源さえ止めてしまえばいいのだ。
「いや、それだと、こちらからわざわざ危ない電気に近付くことになる。感電の可能性が一段と高くなるぞ」
春元が詰めの甘さを指摘してくる。
「それじゃ、電気を通さない絶縁体を使って、イルミネーションをどかすとかはどうですか? 例えば、ゴム手袋とかだったら、遊園地でも掃除のときに使っていそうだし、探せば園内のどこかにあるんじゃないですか?」
「なるほど、それは案としては筋が通っているな」
今度は春元も納得してくれたみたいである。
「ていうか、ゴムでいいのなら、これでもいいんじゃないの?」
ヴァニラが自分の足元を指差した。ヴァニラが両足に履いているのは、底がゴム製で出来たスポーツシューズである。
「アタシがこの美脚でもって、イルミネーションを芝生の外まで蹴り出せばいいんでしょ?」
「ナイス、ヴァニラさん! 今夜、初めて良いこと言いましたね!」
「スオウ君、一言多い!」
「おっ、スオウ君もとうとうヴァニラの標的になったか」
「あんたの口をこの靴のゴム底で塞いでもいいのよ!」
3人が名案が浮かんだとばかりに少し騒いでいると、イツカが申し訳なさそうな顔で会話に口を挟んできた。
「あのー、真面目に議論しているときに申し訳ないんだけど、元来た道をそのまま戻ればいいんじゃないですか?」
イツカがたった今歩いてきた道の方に目を向けた。確かにこれだけ芝生一面にイルミネーションが設置されているとなると、一番良い案は別の場所に移動することだ。どうしてもイルミネーションが設置されている芝生の上を歩かなければいけないということはないのだから。
「そっか。イツカの案が一番安全だよな!」
灯台下暗しとは、まさに今の状況を指す言葉であろう。スオウたち3人は目の前に広がるイルミネーションで飾られた芝生のことばかりに目を奪われて、複雑に考え過ぎていたのである。
「えっ? 今、なんか言った?」
右足を振り上げて、まさに今イルミネーションを蹴りつけようとしていたヴァニラがピタッと動きを止めて、そのまま生きた彫像と化す。
「えーと……ヴァニラ、とりあえずそのキレイなおみ足を仕舞ってくれるかい」
春元がやれやれという顔でヴァニラに言うと、一同の方に顔を向けた。
「みんな、ここまで歩かせてきて申し訳ないが、ここは一旦来た道を戻って、また作戦を練り直すとしよう」
そのとき、春元の声に重なるようにして、お馴染みの音が聞こえてきた。メールの着信音である。
『緊急メールを送らせていただきます。これよりゲームに新しい参加者が加わることになりました。皆様の内の誰かと大変深く関わりのある人物なので、特別に今夜のゲームにご招待をしました。もちろん、新しい参加者と協力してゲームを進めて頂いてもいっこうに構いません。それでは皆様のよりいっそうのご活躍を期待しております』
「はあ? 新しい参加者って、いったいどういうことなんだよ?」
たった今作戦を練り直したばかりだというのにも関わらず、想像だにしない新しい展開が起きたことに、スオウは驚きを隠せなかった。
――――――――――――――――
スマホに届いたメールを見るなり、櫻子の口元にわずかな動きが生じた。唇の端が数ミリだけクイっと上がったのである。
「参加者が増えるということは、それだけ死ぬ人間が増えるということと捉えてもいいのかしら?」
さっそく手にしたスマホをいじくりだす。
「メモリーの空きはまだ十二分に残っているわね」
それはつまり、まだまだ人の遺体の写真を撮って保存出来るということを意味していた。
「ふふ、これからもっと面白くなりそうね」
喪服に身を包んだ美貌の主は、人の死を求めて再び歩き出した。その足取りには少しの迷いも感じられない。
――――――――――――――――
スマホに届いたメールを見て、一瞬怪訝そうな表情を浮かべかけたヒカリだったが、ある考えに思い至ると、途端に歓喜の笑みを浮かべた。
「これはいい連絡事項だぜ。参加者が増えれば、それだけデストラップに引っ掛かるバカが増えるってことだからな。これで動画のネタがさらに増えそうだ!」
底意地の悪い笑みを浮かべるヒカリだが、自分がデストラップに掛かるとは微塵も考えていない。
「よし、そういうことならば、まずは新しいゲーム参加者の顔を、この目で確認しておいた方がいいかもしれないな」
現在、ヒカリは『白鳥の湖』の手前辺りまで歩いてきていた。美佳によると、『巨大迷宮』の近くには『ケルベロス』がいるとのことだったので、仕方なく『白鳥の湖』に向かおうとしていたのだ。『白鳥の湖』には『とある理由』があって出来れば近付きたくなかったので、このメールの内容は作戦変更をするのにちょうど良かった。
ヒカリは新しいゲーム参加者を捜すべく、場所移動を始めることにした。
「どんなやつがやって来たのか知らねえが、頭のニブイやつだとありがたいな」
手にしたスマホで早く動画を撮りたくて気持ちがうずうずしていた。意味もなく、両手を開いたり握ったりと頻繁に繰り返してしまう。
「そうか、こういう状況ならば、そろそろ『いつものヤツ』を始めてもいいかもしれないな。それで『今までの失敗』を全部帳消しにしてやるぜ。待ってろよ、俺の『視聴者たち』! 今夜、オレの最高のショータイムを見せてやるからな!」
ヒカリは自分の欲望を成就させるべく歩き出した。
残り時間――7時間36分
残りデストラップ――8個
残り生存者――10名
死亡者――3名
――――――――――――――――
廃園となったはずの遊園地の駐車場に、耳障りな排気音をあげながら二台の車が荒っぽい運転で入ってくると、騒音レベルの甲高いブレーキ音を響かせて、地面に描かれた白線を無視して止まった。
前に止まった安い国産車の助手席から若い男がひとり勢いよく降りると、後ろに止まる外国製の高級車に向かっていく。男は派手なスカジャンを羽織り、髪は金髪に染めている。深夜のコンビニの駐車場では絶対に会いたくない風体だ。高級車の後部座席の窓ガラスの横まで歩くと、そこで直立不動の姿勢で立つ。
電動音をとともに、外車の後部座席の窓ガラスがゆっくりと開いていく。
「ご指示をお願いします!」
男が緊張混じりの声で、車内にいる人間に指示を仰ぐ。
「お前たち3人は先に園内に入って、徹底的にヤツを捜し出すんだ! もしもヤツを見付けたら、どんな手を使っても構わないから捕まえるんだ!」
後部座席に陣取った人間は車内から降りることなく、命令を発していく。
「はい、分かりました!」
男は軍人がする返事みたいに、必要以上に声を張り上げる。
「武器ぐらいは用意してあるんだろうな?」
「はい、あります!」
「よし、いざとなったら武器を使っても構わない。ただし、ヤツが口を利ける状態にだけはしておけよ!」
「はい、分かりました!」
「これで二千五百万が戻ってくれば、お前たちにも臨時ボーナスをはずんでやるから、気合を入れていけ!」
「はい、分かりました!」
「おお、そうだ、ひとつ言うことがあった。中に入ったら、まず最初に入り口の門を開けておけ。鍵はブチ壊しても構わない。どうせ廃園になった遊園地だからな」
「はい、分かりました!」
「俺は後からゆっくり車で中に入らせてもらうからな」
「はい、分かりました!」
「よし、俺からの指示はこれで終わりだ」
「はい、ありがとうございました!」
男は直角に腰を曲げて、きれいに頭を下げる。組織内における上下関係の厳しさが垣間見られる光景であった。男は頭を戻すと、駆け足で前の車に戻って行く。すぐに車内から別の2人の若い男が外に出てきた。
これで合計3人。揃いも揃って、ひと目で暴力的なことを生業にしていると分かる人種である。3人はその場で何かを確認するように短い会話をすると、互いにうなずき合って、遊園地の入り口に向かって走って行った。
「──おい、例のモノは持ってきたか?」
高級車の後部座席に深く座ったまま3人の後ろ姿を目で追っていた男は、運転席の男に呼びかけた。年齢は後部座席の男が40代で、運転席の男は30代半ばといったところである。
「はい。言われた通りに準備してきました」
運転席の男は助手席に置いてある銀色のジュラルミンケースを軽くコンコンと叩いて見せた。
「まあ、使うことはないと思うが、もしもヤツが口を割らないようだったら、脅しに使うからな。いつでも使えるように弾を込めておけよ!」
「はい、分かりました」
国産車に乗っていた男と違って、落ち着きのある声で運転席の男は返事をした。組織内において、それなりの地位にあると分かる話し方である。
「あと気をつけなきゃいけないのが、あの刑事の動きだな。どうせ最後の美味しいところだけ持っていく気なんだろうがな。まったくこっちだっていつまでも悪徳刑事の食べ残しばかりじゃ、いい加減、腹が空いちまうぜ。たまには美味いもんをたらふく食わせてもらわないと、割りが合わねえってもんだ。まあ、美味いもんを食うには、いろいろと策を練らないといけねえけどな」
後部座席の男は何かを企んでいるかのような意味ありげな笑みを浮かべた。
――――――――――――――――
園内の入り口の方から、堅い金属質の音が聞こえてきた。
「あれ? 今、何かが壊れるような音がしませんでした?」
スオウは音が聞こえた方に顔を向けた。現在、この遊園地内にいるのはゲーム参加者だけのはずである。そして、ゲーム参加者は園内の外に出ることを禁止されているので、入り口付近から音が聞こえてくるのはおかしいのだ。
「オレも耳障りな音を聞いたぞ。少し前に車の排気音も聞こえたし、まさかとは思うが、この時間に園内に解体業者でも入ってきたのか?」
春元も不可解な表情を浮かべている。
「春元さん、この音がデストラップの前兆ってことはないですよね?」
この場面で一番憂慮しなくてはいけないのが、次のデストラップの発生だ。
「いや、あの音だけじゃ、なんとも言えないな……」
「もう、そんな音なんてどうでもいいでしょ! それよりも、この目の前に広がったイルミネーションの芝生をどうするつもりよ? こっちの方がデストラップの発生の可能性が高いんでしょ!」
二人の会話にヴァニラが猛然と入ってきた。腰に両手を当てて、今にも春元に食って掛かりそうな勢いである。
「分かってる、分かってるから。そう大きな声を出さないでくれよ」
春元はヴァニラの剣幕に押されたのか、珍しく反論することなく、必死になだめる。
「確かにヴァニラの言う通りだな。今は目に見えない脅威よりも、目に見える脅威について考えるとするか。──というわけで、さっきも言ったけどオレは電気が苦手なんで、ここはスオウ君に一任するよ」
「えっ? おれですか?」
急に話を振られたスオウだったが、もちろん、イルミネーションに対する策など考えていない。しかし、春元に指名された以上は急いで考えなくてはならない。
「えーと、こういうのはどうですか? イルミネーションの電源を探して、スイッチをオフにするとか……」
電気が危険ならば、その大元である電源さえ止めてしまえばいいのだ。
「いや、それだと、こちらからわざわざ危ない電気に近付くことになる。感電の可能性が一段と高くなるぞ」
春元が詰めの甘さを指摘してくる。
「それじゃ、電気を通さない絶縁体を使って、イルミネーションをどかすとかはどうですか? 例えば、ゴム手袋とかだったら、遊園地でも掃除のときに使っていそうだし、探せば園内のどこかにあるんじゃないですか?」
「なるほど、それは案としては筋が通っているな」
今度は春元も納得してくれたみたいである。
「ていうか、ゴムでいいのなら、これでもいいんじゃないの?」
ヴァニラが自分の足元を指差した。ヴァニラが両足に履いているのは、底がゴム製で出来たスポーツシューズである。
「アタシがこの美脚でもって、イルミネーションを芝生の外まで蹴り出せばいいんでしょ?」
「ナイス、ヴァニラさん! 今夜、初めて良いこと言いましたね!」
「スオウ君、一言多い!」
「おっ、スオウ君もとうとうヴァニラの標的になったか」
「あんたの口をこの靴のゴム底で塞いでもいいのよ!」
3人が名案が浮かんだとばかりに少し騒いでいると、イツカが申し訳なさそうな顔で会話に口を挟んできた。
「あのー、真面目に議論しているときに申し訳ないんだけど、元来た道をそのまま戻ればいいんじゃないですか?」
イツカがたった今歩いてきた道の方に目を向けた。確かにこれだけ芝生一面にイルミネーションが設置されているとなると、一番良い案は別の場所に移動することだ。どうしてもイルミネーションが設置されている芝生の上を歩かなければいけないということはないのだから。
「そっか。イツカの案が一番安全だよな!」
灯台下暗しとは、まさに今の状況を指す言葉であろう。スオウたち3人は目の前に広がるイルミネーションで飾られた芝生のことばかりに目を奪われて、複雑に考え過ぎていたのである。
「えっ? 今、なんか言った?」
右足を振り上げて、まさに今イルミネーションを蹴りつけようとしていたヴァニラがピタッと動きを止めて、そのまま生きた彫像と化す。
「えーと……ヴァニラ、とりあえずそのキレイなおみ足を仕舞ってくれるかい」
春元がやれやれという顔でヴァニラに言うと、一同の方に顔を向けた。
「みんな、ここまで歩かせてきて申し訳ないが、ここは一旦来た道を戻って、また作戦を練り直すとしよう」
そのとき、春元の声に重なるようにして、お馴染みの音が聞こえてきた。メールの着信音である。
『緊急メールを送らせていただきます。これよりゲームに新しい参加者が加わることになりました。皆様の内の誰かと大変深く関わりのある人物なので、特別に今夜のゲームにご招待をしました。もちろん、新しい参加者と協力してゲームを進めて頂いてもいっこうに構いません。それでは皆様のよりいっそうのご活躍を期待しております』
「はあ? 新しい参加者って、いったいどういうことなんだよ?」
たった今作戦を練り直したばかりだというのにも関わらず、想像だにしない新しい展開が起きたことに、スオウは驚きを隠せなかった。
――――――――――――――――
スマホに届いたメールを見るなり、櫻子の口元にわずかな動きが生じた。唇の端が数ミリだけクイっと上がったのである。
「参加者が増えるということは、それだけ死ぬ人間が増えるということと捉えてもいいのかしら?」
さっそく手にしたスマホをいじくりだす。
「メモリーの空きはまだ十二分に残っているわね」
それはつまり、まだまだ人の遺体の写真を撮って保存出来るということを意味していた。
「ふふ、これからもっと面白くなりそうね」
喪服に身を包んだ美貌の主は、人の死を求めて再び歩き出した。その足取りには少しの迷いも感じられない。
――――――――――――――――
スマホに届いたメールを見て、一瞬怪訝そうな表情を浮かべかけたヒカリだったが、ある考えに思い至ると、途端に歓喜の笑みを浮かべた。
「これはいい連絡事項だぜ。参加者が増えれば、それだけデストラップに引っ掛かるバカが増えるってことだからな。これで動画のネタがさらに増えそうだ!」
底意地の悪い笑みを浮かべるヒカリだが、自分がデストラップに掛かるとは微塵も考えていない。
「よし、そういうことならば、まずは新しいゲーム参加者の顔を、この目で確認しておいた方がいいかもしれないな」
現在、ヒカリは『白鳥の湖』の手前辺りまで歩いてきていた。美佳によると、『巨大迷宮』の近くには『ケルベロス』がいるとのことだったので、仕方なく『白鳥の湖』に向かおうとしていたのだ。『白鳥の湖』には『とある理由』があって出来れば近付きたくなかったので、このメールの内容は作戦変更をするのにちょうど良かった。
ヒカリは新しいゲーム参加者を捜すべく、場所移動を始めることにした。
「どんなやつがやって来たのか知らねえが、頭のニブイやつだとありがたいな」
手にしたスマホで早く動画を撮りたくて気持ちがうずうずしていた。意味もなく、両手を開いたり握ったりと頻繁に繰り返してしまう。
「そうか、こういう状況ならば、そろそろ『いつものヤツ』を始めてもいいかもしれないな。それで『今までの失敗』を全部帳消しにしてやるぜ。待ってろよ、俺の『視聴者たち』! 今夜、オレの最高のショータイムを見せてやるからな!」
ヒカリは自分の欲望を成就させるべく歩き出した。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
8
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる