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第二部 ジェノサイド
第23話 光ある方へ
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――――――――――――――――
残り時間――7時間04分
残りデストラップ――8個
残り生存者――10名
死亡者――3名
――――――――――――――――
「ねえ、この紫人からのメールには『関わりのある者』って書いてあるけれど、これってわたしたちの知り合いって捉えてもいいんだよね?」
イツカがスマホの画面を見せるようにスオウの顔の前に差し出してきた。
「ああ、おれもそこがすごく気になっていたところなんだ」
「なんでわざわざ知り合いが途中参加するのかしら? もしかして何か別の意味があるのかな?」
「これってどう考えてもイヤな予感しかしないよな」
スオウがメールに書かれていた『新しいゲーム参加者』についてさらに深く考えようとしていた矢先──。
「──誰かがこっちに来た」
聞こえるか聞こえないか分からないくらいの声で、ぼそっと愛想なくつぶやいたのは美佳だった。
全員の視線が今歩いてきたばかりの道の方に向けられた。
そこにひとりの若い男が立っていた。遠くからでもその派手な身なりが確認出来る。
「まさかとは思うけれど、あの男が新しいゲーム参加者なのかな?」
「どうやらそのまさかみたいだな」
スオウとイツカが会話をしていると、男もこちらの存在に気が付いたらしい。左手を耳の辺りに持っていくと、しきりに頷く様子が見て取れた。
「あの男、スマホで誰かと話をしているみたいだな」
春元が目を細めて遠くの男を眺める。
「それって誰か他にもいるっていうことですか? つまり、新しいゲーム参加者はあの男ひとりじゃないっていうことですか?」
スオウは驚いて訊き返した。
「ああ、なんだかそんな雰囲気だな。イヤな予感がイヤな実感に変わりそうだな」
「なあ、新しいゲーム参加者なんか放っておいて、俺たちも早く移動したほうがいいいんじゃないか?」
慧登が話に加わってきた。
「移動するっていわれてもな、前方にはあの男がいるし、後方には光り輝くイルミネーションが待っているし……。これじゃ、どこにも動けないだろう?」
春元が前後を交互に素早く見やる。
「いや、それはそうだけどさ……」
慧登も視線を男とイルミネーションとの間で何度も素早く動かす。
「とりあえずあの男の正体が分かれば話は早いんだけどな」
「あっ、春元さん、あの男、こっちに来るみたいですよ」
スオウの視線の先で男に新しい動きがあった。スオウたちのいる方に向かって走ってきたのである。
「ちょうどいいや。こっちに来てくれるのなら、ここで待つか。あの男がきたら、話でも聞いてみて──いや、どうやら、そんなに悠長に構えていられるほどの余裕はないみたいだな」
話をしていた春元の声が、途中から急に緊張感を帯びた。顔色も険しくなる。
「えっ? どういうことですか?」
「どうやら雲行きがかなり怪しくなってきたみたいだぜ。スオウ君、男の右手をよーく見てみろ」
春元に言われた通り、スオウは男の右手に焦点を合わせた。すぐに春元が言わんとしていることが理解できた。走って来る男の動きに合わせて、右手のあたりでチカチカと光が見えるのだ。男は右手に何かを握っているのである。
「あの光の輝きからすると、あの野郎、ヤバイものを手に持っているみたいだぜ。こちらの仲間になりたいという訳ではなさそうだな」
「そうなるといったいあの男はいったい何者なんだ……? 紫人からのメールにあった『関わりのある者』という説明文には、何か裏があるということですかね?」
「おそらくそういうことだと思うぜ」
「ねえねえ、こういうのを『前門の虎、後門の狼』っていうんでしょ?」
イツカが珍しく博学を披露するが、誰も気軽に頷けない状況であった。
「仕方がないな。こうなったら、さっきの前言を再度取り消す。危険は承知の上で、イルミネーションが広がる芝生広場を渡って行こう!」
春元が大きな声で決断を下した。
――――――――――――――――
男は仲間2人と一緒に入り口ゲートの鍵を力任せに壊して園内に入っていった。そこで3人は別行動となり、バラバラになって園内に散っていった。そして運よく、男が一番最初に目当ての人間を見つけた。
これは僥倖といっても良かった。男はすぐにスマホを使って若頭補佐に連絡を入れた。若頭補佐は3人で協力して取り押さえろと言ったが、男はひとりでなんとかするつもりだった。この千載一遇のチャンスをモノにして、もっと組織でのし上りたいという願望があったのだ。
腕力にはたいして自信がなかったが、幸いにして事務所を出るときにちゃんと『武器』を用意してきた。この『武器』さえあれば、一般人相手に負けるわけはなかった。
男は右手で『武器』を強く握り締めると、あの男がいる集団に向かって全速力で走っていった。
――――――――――――――――
「感電しないように靴でイルミネーションを蹴るか、踏み付けるかして、この芝生広場を渡るぞ。──この中でゴム底の靴を履いていない者はいるか?」
春元がさっそく全員に確認をとった。春元自身は運動靴を履いている。
「おれはゴム底の靴を履いています!」
スオウは学校の部活動でも使用している、動きやすいゴム底の運動靴を履いていた。ヴァニラと同じような靴である。
「俺も大丈夫だ!」
スーツ姿にゴム底のスニーカーという不釣合いな組み合わせの慧登が返事をする。
これで残ったのは3人の女性陣である。
「ゴメン、私の靴、ゴム底なんだけど、濡れちゃっているみたい……」
イツカが靴の底を春元に向けた。イツカが履いていたのは通学用の茶色のローファーである。イツカが言う通り、水で濡れてしまっている。
「玲子さんの履物も危険そうかな」
憔悴している玲子に代わって、慧登が玲子が履いている靴を確認する。玲子はブランドモノのパンプスを履いていた。イルミネーションの中を歩くのに適していないのは言うまでもない。
「あと残ったのは君だけだが──」
春元が美佳に質問するよりも先に、美佳はもう芝生に向かって歩き出していた。
「君は大丈夫っていうことでいいみたいだな」
苦笑混じりに美佳の背中を見つめる春元だった。
「よし、それじゃ、スオウ君はイツカちゃんをおぶってくれ。玲子さんのことは君に任せたぞ」
春元がそれぞれにてきぱきと指示を飛ばしていく。
「スオウ君、お願い出来る?」
イツカが申し訳なさそうな表情を浮かべて、スオウの顔を見つめてきた。
「任せてくれよ。高校ではバスケ部に入っているからな。体力にはそれなりの自信があるからさ」
スオウはイツカに背中を向けると、その場に片膝を付いた。
「それじゃ、乗るからね」
イツカがスオウの背中に乗る。スオウの背に重みとともに、人肌の温もりが広がっていく。
「大丈夫? 重くない?」
「大丈夫、大丈夫」
「あと……ゴメンね……」
背中のイツカが急にスオウにだけ聞こえる小さな声で謝ってきた。
「えっ? どうしたんだよ? おれは全然平気だから」
「ううん、そうじゃなくて……ほら、分かるでしょ? 私、胸……小さいから……」
「えっ? あっ、うん……その……」
イツカの言葉に戸惑ってしまい、次の言葉が出てこないスオウだった。背中にイツカの体重と温もりを感じていたが、体の柔らかさのことなどまったく考えていなかったのである。青春真っ只中のスオウにとって、この状況は極めて刺激的であったが、いかんせん、デスゲームのせいで緊張状態にあったため、そこまで頭が回らなかったのだ。逆に、こんな状況にも関わらず、自分の胸の大きさを気にしてしまうイツカのことが、なんだかとても愛おしく感じられた。
「そういう話はゲームが終わったあとにしようか」
「あっ、それって暗に私の胸が小さいって認めているっていうことでしょ!」
「いや、違う違う……そうじゃないから……」
2人の高校生による甘酸っぱいやりとりを、少し離れた場所から大人の2人がにやけ顔で見つめていたことなど、無論、当の2人は知る由もなかった。
「なんだったら俺がおぶってやってもいいんだぜ?」
「そんなのお断りよ! あんたの場合は下心が見え見えなのよ!」
春元の誘いの言葉に、ヴァニラが全力の拒否の態度を示す。
「おいおい、そこまで体のラインを気にするほどじゃないだろうが」
「どうやらそこのイルミネーションに顔面を押し付けて欲しいみたいね。頭の中に電流が流れれば、その考えも変わるかもしれないわね」
「おいおい、冗談が冗談に聞こえないんだよな……。おー、怖い怖い」
こちらの2人もまた相変わらずであった。
4人をその場に残して、美佳が最初にイルミネーションが敷き詰められた芝生の上に足を踏み入れていく。その後に、玲子を背負った慧登が続く。美佳も慧登も、一歩一歩ゆっくりと前へ進んで行く。イルミネーションの配線のコードは、靴のゴム底を使って慎重に脇にどけていく。靴底以外の部分がイルミネーションの配線に接触することだけは絶対に避けなければならないので、自然と亀並みのスピードになってしまう。
「おれたちも行きます」
スオウはイツカを背負って立つと、春元に声をかけた。
「ああ、俺とヴァニラがしんがりを務めるよ。もしも、あの男がこの芝生の中まで追いかけてくるようだったら、身軽な俺たち2人でなんとか対処してみる」
「春元さん、あまりムチャはしないでくださいよ。相手は武器を持っているようなんですから」
「もちろん、相手の素性の確認をまず最初にするさ。でもヤバイ相手だったら、そのときは実力行使するしかないからな。出来ればそういう展開はなるべく避けたいところだが、このゲームでは何が起きるか分からないから、最悪の事態を考えて行動するのに越したことはないさ」
春元の言葉の重みをスオウも理解した。
「それよりも、君らも早く移動を始めた方がいいぞ。あの男がこっちに迫ってきているからな」
春元の後方に目を向けると、走ってくる男の姿がさっきよりも大きく見えた。あと5分もしないうちに、ここに到着しそうである。
「じゃ、最後尾をお願いしますね」
「ああ、分かった」
「ヴァニラさんも無理はしないで下さいね」
「大丈夫よ」
スオウは春元とヴァニラに軽く会釈をすると、煌びやかなイルミネーションの光の世界へと一歩足を踏み入れた。
――――――――――――――――
運転席の男は耳に当てていたスマホを一旦膝の上に置くと、後部座席の方に振り返って報告を始めた。
「立石が園内でヤツを見付けたようです。芝生広場の近くにいるみたいです」
「それでヤツを捕まえたのか?」
後部座席でどっしりと腰を下ろしていた男が、少しだけ前方に身を乗り出してきた。
「それが立石の話によると、ヤツは他の誰かと一緒に行動しているようで、捕まえるにはまだ少し時間がかかりそうな感じらしいです。ひとりで手に負えないのならば、他の2人と協力して捕まえろと指示を出しておきましたので、しばらくすればまた連絡が入ってくると思います。──それで我々はどうしますか?」
「ここにいても仕方がないだろう。せっかく若い連中が入り口のドアを開けてくれたんだから、堂々と園内に入っていくまでさ。その頃にはきっとヤツも捕まっているだろうからな」
「分かりました。それでは車を出します」
運転席の男は車をゆっくりと発進させた。
「さて、これで金の方はなんとかなりそうな目途がついたな。あとはあの悪徳刑事にどう説明するかだが……。まあ、そこは上手い具合に話を持っていって、こちらに都合良く話をまとめるまでのことか。──おい、『例のモノ』に弾は込めたな?」
「はい、引きがねを引けば、いつでも撃てるように準備は出来ています」
「よし、いざとなったらあの刑事に使うかもしれないからな。お前もそのつもりでいろよ」
「──いいんですか? あの男、確かに根は腐ってますが、現役の警部ですけど……」
運転席の男の声に初めて動揺が混じった。
「ふん、だからなんだよ。そろそろ、あの刑事との関係も清算しないとならない時期にきたのさ。警部とはいっても、しょせんは田舎のノンキャリア組の刑事だからな。これ以上手を組んでいても、組には大きな得にはならないさ。あの刑事はもうお役御免なんだよ。これからは署長クラスのキャリア組を狙って、より美味い汁をたらふく吸わせてもらうことにするさ。これが新しい極道の稼ぎ方だ。お前もよく覚えておけよ!」
「はい、勉強になります」
「上手くいけば、組織のてっぺんにさらに近付けそうな感じだな」
後部座席の男は不敵な表情で前方をじっと見つめていた。
残り時間――7時間04分
残りデストラップ――8個
残り生存者――10名
死亡者――3名
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「ねえ、この紫人からのメールには『関わりのある者』って書いてあるけれど、これってわたしたちの知り合いって捉えてもいいんだよね?」
イツカがスマホの画面を見せるようにスオウの顔の前に差し出してきた。
「ああ、おれもそこがすごく気になっていたところなんだ」
「なんでわざわざ知り合いが途中参加するのかしら? もしかして何か別の意味があるのかな?」
「これってどう考えてもイヤな予感しかしないよな」
スオウがメールに書かれていた『新しいゲーム参加者』についてさらに深く考えようとしていた矢先──。
「──誰かがこっちに来た」
聞こえるか聞こえないか分からないくらいの声で、ぼそっと愛想なくつぶやいたのは美佳だった。
全員の視線が今歩いてきたばかりの道の方に向けられた。
そこにひとりの若い男が立っていた。遠くからでもその派手な身なりが確認出来る。
「まさかとは思うけれど、あの男が新しいゲーム参加者なのかな?」
「どうやらそのまさかみたいだな」
スオウとイツカが会話をしていると、男もこちらの存在に気が付いたらしい。左手を耳の辺りに持っていくと、しきりに頷く様子が見て取れた。
「あの男、スマホで誰かと話をしているみたいだな」
春元が目を細めて遠くの男を眺める。
「それって誰か他にもいるっていうことですか? つまり、新しいゲーム参加者はあの男ひとりじゃないっていうことですか?」
スオウは驚いて訊き返した。
「ああ、なんだかそんな雰囲気だな。イヤな予感がイヤな実感に変わりそうだな」
「なあ、新しいゲーム参加者なんか放っておいて、俺たちも早く移動したほうがいいいんじゃないか?」
慧登が話に加わってきた。
「移動するっていわれてもな、前方にはあの男がいるし、後方には光り輝くイルミネーションが待っているし……。これじゃ、どこにも動けないだろう?」
春元が前後を交互に素早く見やる。
「いや、それはそうだけどさ……」
慧登も視線を男とイルミネーションとの間で何度も素早く動かす。
「とりあえずあの男の正体が分かれば話は早いんだけどな」
「あっ、春元さん、あの男、こっちに来るみたいですよ」
スオウの視線の先で男に新しい動きがあった。スオウたちのいる方に向かって走ってきたのである。
「ちょうどいいや。こっちに来てくれるのなら、ここで待つか。あの男がきたら、話でも聞いてみて──いや、どうやら、そんなに悠長に構えていられるほどの余裕はないみたいだな」
話をしていた春元の声が、途中から急に緊張感を帯びた。顔色も険しくなる。
「えっ? どういうことですか?」
「どうやら雲行きがかなり怪しくなってきたみたいだぜ。スオウ君、男の右手をよーく見てみろ」
春元に言われた通り、スオウは男の右手に焦点を合わせた。すぐに春元が言わんとしていることが理解できた。走って来る男の動きに合わせて、右手のあたりでチカチカと光が見えるのだ。男は右手に何かを握っているのである。
「あの光の輝きからすると、あの野郎、ヤバイものを手に持っているみたいだぜ。こちらの仲間になりたいという訳ではなさそうだな」
「そうなるといったいあの男はいったい何者なんだ……? 紫人からのメールにあった『関わりのある者』という説明文には、何か裏があるということですかね?」
「おそらくそういうことだと思うぜ」
「ねえねえ、こういうのを『前門の虎、後門の狼』っていうんでしょ?」
イツカが珍しく博学を披露するが、誰も気軽に頷けない状況であった。
「仕方がないな。こうなったら、さっきの前言を再度取り消す。危険は承知の上で、イルミネーションが広がる芝生広場を渡って行こう!」
春元が大きな声で決断を下した。
――――――――――――――――
男は仲間2人と一緒に入り口ゲートの鍵を力任せに壊して園内に入っていった。そこで3人は別行動となり、バラバラになって園内に散っていった。そして運よく、男が一番最初に目当ての人間を見つけた。
これは僥倖といっても良かった。男はすぐにスマホを使って若頭補佐に連絡を入れた。若頭補佐は3人で協力して取り押さえろと言ったが、男はひとりでなんとかするつもりだった。この千載一遇のチャンスをモノにして、もっと組織でのし上りたいという願望があったのだ。
腕力にはたいして自信がなかったが、幸いにして事務所を出るときにちゃんと『武器』を用意してきた。この『武器』さえあれば、一般人相手に負けるわけはなかった。
男は右手で『武器』を強く握り締めると、あの男がいる集団に向かって全速力で走っていった。
――――――――――――――――
「感電しないように靴でイルミネーションを蹴るか、踏み付けるかして、この芝生広場を渡るぞ。──この中でゴム底の靴を履いていない者はいるか?」
春元がさっそく全員に確認をとった。春元自身は運動靴を履いている。
「おれはゴム底の靴を履いています!」
スオウは学校の部活動でも使用している、動きやすいゴム底の運動靴を履いていた。ヴァニラと同じような靴である。
「俺も大丈夫だ!」
スーツ姿にゴム底のスニーカーという不釣合いな組み合わせの慧登が返事をする。
これで残ったのは3人の女性陣である。
「ゴメン、私の靴、ゴム底なんだけど、濡れちゃっているみたい……」
イツカが靴の底を春元に向けた。イツカが履いていたのは通学用の茶色のローファーである。イツカが言う通り、水で濡れてしまっている。
「玲子さんの履物も危険そうかな」
憔悴している玲子に代わって、慧登が玲子が履いている靴を確認する。玲子はブランドモノのパンプスを履いていた。イルミネーションの中を歩くのに適していないのは言うまでもない。
「あと残ったのは君だけだが──」
春元が美佳に質問するよりも先に、美佳はもう芝生に向かって歩き出していた。
「君は大丈夫っていうことでいいみたいだな」
苦笑混じりに美佳の背中を見つめる春元だった。
「よし、それじゃ、スオウ君はイツカちゃんをおぶってくれ。玲子さんのことは君に任せたぞ」
春元がそれぞれにてきぱきと指示を飛ばしていく。
「スオウ君、お願い出来る?」
イツカが申し訳なさそうな表情を浮かべて、スオウの顔を見つめてきた。
「任せてくれよ。高校ではバスケ部に入っているからな。体力にはそれなりの自信があるからさ」
スオウはイツカに背中を向けると、その場に片膝を付いた。
「それじゃ、乗るからね」
イツカがスオウの背中に乗る。スオウの背に重みとともに、人肌の温もりが広がっていく。
「大丈夫? 重くない?」
「大丈夫、大丈夫」
「あと……ゴメンね……」
背中のイツカが急にスオウにだけ聞こえる小さな声で謝ってきた。
「えっ? どうしたんだよ? おれは全然平気だから」
「ううん、そうじゃなくて……ほら、分かるでしょ? 私、胸……小さいから……」
「えっ? あっ、うん……その……」
イツカの言葉に戸惑ってしまい、次の言葉が出てこないスオウだった。背中にイツカの体重と温もりを感じていたが、体の柔らかさのことなどまったく考えていなかったのである。青春真っ只中のスオウにとって、この状況は極めて刺激的であったが、いかんせん、デスゲームのせいで緊張状態にあったため、そこまで頭が回らなかったのだ。逆に、こんな状況にも関わらず、自分の胸の大きさを気にしてしまうイツカのことが、なんだかとても愛おしく感じられた。
「そういう話はゲームが終わったあとにしようか」
「あっ、それって暗に私の胸が小さいって認めているっていうことでしょ!」
「いや、違う違う……そうじゃないから……」
2人の高校生による甘酸っぱいやりとりを、少し離れた場所から大人の2人がにやけ顔で見つめていたことなど、無論、当の2人は知る由もなかった。
「なんだったら俺がおぶってやってもいいんだぜ?」
「そんなのお断りよ! あんたの場合は下心が見え見えなのよ!」
春元の誘いの言葉に、ヴァニラが全力の拒否の態度を示す。
「おいおい、そこまで体のラインを気にするほどじゃないだろうが」
「どうやらそこのイルミネーションに顔面を押し付けて欲しいみたいね。頭の中に電流が流れれば、その考えも変わるかもしれないわね」
「おいおい、冗談が冗談に聞こえないんだよな……。おー、怖い怖い」
こちらの2人もまた相変わらずであった。
4人をその場に残して、美佳が最初にイルミネーションが敷き詰められた芝生の上に足を踏み入れていく。その後に、玲子を背負った慧登が続く。美佳も慧登も、一歩一歩ゆっくりと前へ進んで行く。イルミネーションの配線のコードは、靴のゴム底を使って慎重に脇にどけていく。靴底以外の部分がイルミネーションの配線に接触することだけは絶対に避けなければならないので、自然と亀並みのスピードになってしまう。
「おれたちも行きます」
スオウはイツカを背負って立つと、春元に声をかけた。
「ああ、俺とヴァニラがしんがりを務めるよ。もしも、あの男がこの芝生の中まで追いかけてくるようだったら、身軽な俺たち2人でなんとか対処してみる」
「春元さん、あまりムチャはしないでくださいよ。相手は武器を持っているようなんですから」
「もちろん、相手の素性の確認をまず最初にするさ。でもヤバイ相手だったら、そのときは実力行使するしかないからな。出来ればそういう展開はなるべく避けたいところだが、このゲームでは何が起きるか分からないから、最悪の事態を考えて行動するのに越したことはないさ」
春元の言葉の重みをスオウも理解した。
「それよりも、君らも早く移動を始めた方がいいぞ。あの男がこっちに迫ってきているからな」
春元の後方に目を向けると、走ってくる男の姿がさっきよりも大きく見えた。あと5分もしないうちに、ここに到着しそうである。
「じゃ、最後尾をお願いしますね」
「ああ、分かった」
「ヴァニラさんも無理はしないで下さいね」
「大丈夫よ」
スオウは春元とヴァニラに軽く会釈をすると、煌びやかなイルミネーションの光の世界へと一歩足を踏み入れた。
――――――――――――――――
運転席の男は耳に当てていたスマホを一旦膝の上に置くと、後部座席の方に振り返って報告を始めた。
「立石が園内でヤツを見付けたようです。芝生広場の近くにいるみたいです」
「それでヤツを捕まえたのか?」
後部座席でどっしりと腰を下ろしていた男が、少しだけ前方に身を乗り出してきた。
「それが立石の話によると、ヤツは他の誰かと一緒に行動しているようで、捕まえるにはまだ少し時間がかかりそうな感じらしいです。ひとりで手に負えないのならば、他の2人と協力して捕まえろと指示を出しておきましたので、しばらくすればまた連絡が入ってくると思います。──それで我々はどうしますか?」
「ここにいても仕方がないだろう。せっかく若い連中が入り口のドアを開けてくれたんだから、堂々と園内に入っていくまでさ。その頃にはきっとヤツも捕まっているだろうからな」
「分かりました。それでは車を出します」
運転席の男は車をゆっくりと発進させた。
「さて、これで金の方はなんとかなりそうな目途がついたな。あとはあの悪徳刑事にどう説明するかだが……。まあ、そこは上手い具合に話を持っていって、こちらに都合良く話をまとめるまでのことか。──おい、『例のモノ』に弾は込めたな?」
「はい、引きがねを引けば、いつでも撃てるように準備は出来ています」
「よし、いざとなったらあの刑事に使うかもしれないからな。お前もそのつもりでいろよ」
「──いいんですか? あの男、確かに根は腐ってますが、現役の警部ですけど……」
運転席の男の声に初めて動揺が混じった。
「ふん、だからなんだよ。そろそろ、あの刑事との関係も清算しないとならない時期にきたのさ。警部とはいっても、しょせんは田舎のノンキャリア組の刑事だからな。これ以上手を組んでいても、組には大きな得にはならないさ。あの刑事はもうお役御免なんだよ。これからは署長クラスのキャリア組を狙って、より美味い汁をたらふく吸わせてもらうことにするさ。これが新しい極道の稼ぎ方だ。お前もよく覚えておけよ!」
「はい、勉強になります」
「上手くいけば、組織のてっぺんにさらに近付けそうな感じだな」
後部座席の男は不敵な表情で前方をじっと見つめていた。
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