“Z”ループ ~タイム・オブ・ザ・デッド~

鷹司

文字の大きさ
19 / 70
第4章 フォース・オブ・ザ・デッド パートⅠ

その5

しおりを挟む
 保健室から廊下に出ると、沙世理は顔を左右に振って何かを捜す仕草をみせた。

「気になる点でもあったんですか?」

 キザムも同じように廊下の左右に目を向ける。なんの変哲もない昼休みの廊下。あの『大惨事』が起こる前はこんなにも平和なんだと思わずにはいられない光景である。

「前のループ世界のときにはいたから、今回もいるんじゃないかと思ったんだけど……」

 どうやら沙世理は誰かを捜しているらしい。

「えっ、それってまさか……!」

 キザムの脳裏に思い当たる人物が浮かんだ。保健室でキスをしたシーンを思い出す。

「うーん、流玲さん、いないみたいね。前のループ世界では廊下にいたはずなのに。この世界に起きた『変化』のせいで、せっかくの土岐野くんのファーストキスが幻になっちゃったかな」

「ちょっと先生、何を言ってるんですか……ていうよりも、なんであのキスがぼくのファーストキスだって分かったんですか?」

「だって土岐野くん、ガチガチに緊張していたでしょ?」

 沙世理が大人の顔でキザムに微笑みかける。

「いや、それは、その……」

 そこまではっきり言われてしまうと、さすがに反論出来ない。

「あっ、ひょっとして、これも『バタフライエフェクト』のせいなんですか?」

 キスの話を断ち切って、強引に別の話題に持っていった。

「うん、まあ、そうとしか考えられないわね。この『変化』が何か特別な意味を持っているのか、それとも単に『バタフライエフェクト』の結果なのか。そこが一番の思案のしどころだけどね」

 沙世理は腕を組んで、何やら眉間にしわを寄せている。

「そんなに深く考える必要はないんじゃないですか? 流玲さんがいないだけのことなんだから。とりあえず、ぼくらはあの『大惨事』さえ防げればいいわけですから」

「たしかにそうなんだけどね、もしも流玲さんが──ううん、さすがにそれは私の考えすぎかしら」

 沙世理は自分で言っておいて、すぐに首を振って自分の言葉を言下に否定した。

「とにかく、二階のトイレに向かいましょう。土岐野くんのファーストキスのチャンスも、そのうちきっと訪れるでしょうからね」

「だから先生、ぼくのキスの話は──」

「あら、そのチャンスは意外と早く訪れたわね」

 沙世理が立ち止まり、正面に立つ人物を優しく見つめた。

「──流玲さん……」

「キザムくん……」

 お互いの目がお互いの顔を見つめる。

「ど、どうしたの流玲さん……?」

「う、うん……少し話がしたいと思って……」

 そういえば、キザムが教室を出るときにも流玲は話があると言っていた。

「あっ、教頭先生から用事を頼まれていたことをすっかり忘れていたわ」

 わざとらしくそう言って沙世理が廊下を歩いていく。廊下の角を曲がるときにこちらを振り向いて、キザムにだけ分かるようにウインクをよこした。


 だから先生、流玲さんとぼくはそういう関係では──。


 心中でつぶやきかけたが、そこで自分の心に『変化』が生じているのに気が付いた。


 いや、もしかしたら、ぼくは流玲さんのことが──。


 前の世界で流玲とキスをしたことが頭に蘇ってきて、唐突に体が熱くなってきた。自分でも頬が赤くなっているのが感じられた。

 キスをしたから流玲のことが気になりだしのか、それとも昔からそういう思いを抱いていたのが、キスをしたことではっきりと認識するようになったのか。

 いずれにしても、恋愛経験が皆無のキザムには答えが分からなかったが、ひとつだけはっきりと断言出来ることがあった。それは──。


 流玲さんを絶対にあの『大惨事』には巻き込まない!


 強い気持ちでそう言い切ることは出来た。

「──流玲さん、実はぼくも大事な話があるんだ」

「えっ、大事な話って……?」

「昼休みの間は、絶対に二階の教室に戻っちゃダメだから。とにかく一階にいるようにして。そうだ、保健室にいればいいよ。そこなら安全だから」

「どうしたのキザムくん? 何かあるの……?」

 流玲の表情が途端に曇った。キザムがいきなり変なこと言い出したので、不安に思ったのかもしれない。

「ごめん、今はそれ以上のことは言えないんだ……」

 ここであの『大惨事』のことを流玲に話してしまうと、沙世理のときと同じように、今度は流玲をタイムループ現象に巻き込むことになる可能性があった。これ以上誰かを巻き込むわけにはいかない。

「大丈夫だよ、流玲さん。午後の授業が始まる前には、すべてが終わっているはずだから」

 キザムはあえて楽観的なことを言って、流玲の不安を取り除こうとした。今出来ることといった、これぐらいしかないのだ。

「うん……よく分からないけど、キザムくんも気を付けてね……」

 流玲がぎゅっとキザムの手を握ってきた。手のひらを通して流玲の体の温もりがひしひしと感じられた。人の体ってこんなに温かいんだ、と初めて知った気がする。対して、あのゾンビと化した生徒には人の温もりはこれっぽっちも感じられなかった。


 これが人間が生きている証なんだ。この温もりを守らないといけないんだ!


 そんな風に思っていると、胸の内側からふつふつとやる気が漲ってきた。

「それじゃ、ぼくはもう行くよ」

 キザムは足を踏み出しかけたが、そこで一転、自分でも思いもよらぬような行動をとってしまった。流玲の方にふっと体を近付けたかと思うと、流玲の唇に自分の唇をすっと重ねたのである。

 流玲の体に一瞬びくんと震えが走った。しかし、キザムの体を撥ねつけることはなかった。

 校内の片隅で、青春の1ページが刻まれた。

 そのとき、流玲の目にうっすらと涙が浮いていたことに、しかし、キザムは気が付かなかった。

 キザムがその涙の正体を知ったのは、ずっと後になってからである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」

(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。 王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。 風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

処理中です...