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第4章 フォース・オブ・ザ・デッド パートⅠ
その5
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保健室から廊下に出ると、沙世理は顔を左右に振って何かを捜す仕草をみせた。
「気になる点でもあったんですか?」
キザムも同じように廊下の左右に目を向ける。なんの変哲もない昼休みの廊下。あの『大惨事』が起こる前はこんなにも平和なんだと思わずにはいられない光景である。
「前のループ世界のときにはいたから、今回もいるんじゃないかと思ったんだけど……」
どうやら沙世理は誰かを捜しているらしい。
「えっ、それってまさか……!」
キザムの脳裏に思い当たる人物が浮かんだ。保健室でキスをしたシーンを思い出す。
「うーん、流玲さん、いないみたいね。前のループ世界では廊下にいたはずなのに。この世界に起きた『変化』のせいで、せっかくの土岐野くんのファーストキスが幻になっちゃったかな」
「ちょっと先生、何を言ってるんですか……ていうよりも、なんであのキスがぼくのファーストキスだって分かったんですか?」
「だって土岐野くん、ガチガチに緊張していたでしょ?」
沙世理が大人の顔でキザムに微笑みかける。
「いや、それは、その……」
そこまではっきり言われてしまうと、さすがに反論出来ない。
「あっ、ひょっとして、これも『バタフライエフェクト』のせいなんですか?」
キスの話を断ち切って、強引に別の話題に持っていった。
「うん、まあ、そうとしか考えられないわね。この『変化』が何か特別な意味を持っているのか、それとも単に『バタフライエフェクト』の結果なのか。そこが一番の思案のしどころだけどね」
沙世理は腕を組んで、何やら眉間にしわを寄せている。
「そんなに深く考える必要はないんじゃないですか? 流玲さんがいないだけのことなんだから。とりあえず、ぼくらはあの『大惨事』さえ防げればいいわけですから」
「たしかにそうなんだけどね、もしも流玲さんが──ううん、さすがにそれは私の考えすぎかしら」
沙世理は自分で言っておいて、すぐに首を振って自分の言葉を言下に否定した。
「とにかく、二階のトイレに向かいましょう。土岐野くんのファーストキスのチャンスも、そのうちきっと訪れるでしょうからね」
「だから先生、ぼくのキスの話は──」
「あら、そのチャンスは意外と早く訪れたわね」
沙世理が立ち止まり、正面に立つ人物を優しく見つめた。
「──流玲さん……」
「キザムくん……」
お互いの目がお互いの顔を見つめる。
「ど、どうしたの流玲さん……?」
「う、うん……少し話がしたいと思って……」
そういえば、キザムが教室を出るときにも流玲は話があると言っていた。
「あっ、教頭先生から用事を頼まれていたことをすっかり忘れていたわ」
わざとらしくそう言って沙世理が廊下を歩いていく。廊下の角を曲がるときにこちらを振り向いて、キザムにだけ分かるようにウインクをよこした。
だから先生、流玲さんとぼくはそういう関係では──。
心中でつぶやきかけたが、そこで自分の心に『変化』が生じているのに気が付いた。
いや、もしかしたら、ぼくは流玲さんのことが──。
前の世界で流玲とキスをしたことが頭に蘇ってきて、唐突に体が熱くなってきた。自分でも頬が赤くなっているのが感じられた。
キスをしたから流玲のことが気になりだしのか、それとも昔からそういう思いを抱いていたのが、キスをしたことではっきりと認識するようになったのか。
いずれにしても、恋愛経験が皆無のキザムには答えが分からなかったが、ひとつだけはっきりと断言出来ることがあった。それは──。
流玲さんを絶対にあの『大惨事』には巻き込まない!
強い気持ちでそう言い切ることは出来た。
「──流玲さん、実はぼくも大事な話があるんだ」
「えっ、大事な話って……?」
「昼休みの間は、絶対に二階の教室に戻っちゃダメだから。とにかく一階にいるようにして。そうだ、保健室にいればいいよ。そこなら安全だから」
「どうしたのキザムくん? 何かあるの……?」
流玲の表情が途端に曇った。キザムがいきなり変なこと言い出したので、不安に思ったのかもしれない。
「ごめん、今はそれ以上のことは言えないんだ……」
ここであの『大惨事』のことを流玲に話してしまうと、沙世理のときと同じように、今度は流玲をタイムループ現象に巻き込むことになる可能性があった。これ以上誰かを巻き込むわけにはいかない。
「大丈夫だよ、流玲さん。午後の授業が始まる前には、すべてが終わっているはずだから」
キザムはあえて楽観的なことを言って、流玲の不安を取り除こうとした。今出来ることといった、これぐらいしかないのだ。
「うん……よく分からないけど、キザムくんも気を付けてね……」
流玲がぎゅっとキザムの手を握ってきた。手のひらを通して流玲の体の温もりがひしひしと感じられた。人の体ってこんなに温かいんだ、と初めて知った気がする。対して、あのゾンビと化した生徒には人の温もりはこれっぽっちも感じられなかった。
これが人間が生きている証なんだ。この温もりを守らないといけないんだ!
そんな風に思っていると、胸の内側からふつふつとやる気が漲ってきた。
「それじゃ、ぼくはもう行くよ」
キザムは足を踏み出しかけたが、そこで一転、自分でも思いもよらぬような行動をとってしまった。流玲の方にふっと体を近付けたかと思うと、流玲の唇に自分の唇をすっと重ねたのである。
流玲の体に一瞬びくんと震えが走った。しかし、キザムの体を撥ねつけることはなかった。
校内の片隅で、青春の1ページが刻まれた。
そのとき、流玲の目にうっすらと涙が浮いていたことに、しかし、キザムは気が付かなかった。
キザムがその涙の正体を知ったのは、ずっと後になってからである。
「気になる点でもあったんですか?」
キザムも同じように廊下の左右に目を向ける。なんの変哲もない昼休みの廊下。あの『大惨事』が起こる前はこんなにも平和なんだと思わずにはいられない光景である。
「前のループ世界のときにはいたから、今回もいるんじゃないかと思ったんだけど……」
どうやら沙世理は誰かを捜しているらしい。
「えっ、それってまさか……!」
キザムの脳裏に思い当たる人物が浮かんだ。保健室でキスをしたシーンを思い出す。
「うーん、流玲さん、いないみたいね。前のループ世界では廊下にいたはずなのに。この世界に起きた『変化』のせいで、せっかくの土岐野くんのファーストキスが幻になっちゃったかな」
「ちょっと先生、何を言ってるんですか……ていうよりも、なんであのキスがぼくのファーストキスだって分かったんですか?」
「だって土岐野くん、ガチガチに緊張していたでしょ?」
沙世理が大人の顔でキザムに微笑みかける。
「いや、それは、その……」
そこまではっきり言われてしまうと、さすがに反論出来ない。
「あっ、ひょっとして、これも『バタフライエフェクト』のせいなんですか?」
キスの話を断ち切って、強引に別の話題に持っていった。
「うん、まあ、そうとしか考えられないわね。この『変化』が何か特別な意味を持っているのか、それとも単に『バタフライエフェクト』の結果なのか。そこが一番の思案のしどころだけどね」
沙世理は腕を組んで、何やら眉間にしわを寄せている。
「そんなに深く考える必要はないんじゃないですか? 流玲さんがいないだけのことなんだから。とりあえず、ぼくらはあの『大惨事』さえ防げればいいわけですから」
「たしかにそうなんだけどね、もしも流玲さんが──ううん、さすがにそれは私の考えすぎかしら」
沙世理は自分で言っておいて、すぐに首を振って自分の言葉を言下に否定した。
「とにかく、二階のトイレに向かいましょう。土岐野くんのファーストキスのチャンスも、そのうちきっと訪れるでしょうからね」
「だから先生、ぼくのキスの話は──」
「あら、そのチャンスは意外と早く訪れたわね」
沙世理が立ち止まり、正面に立つ人物を優しく見つめた。
「──流玲さん……」
「キザムくん……」
お互いの目がお互いの顔を見つめる。
「ど、どうしたの流玲さん……?」
「う、うん……少し話がしたいと思って……」
そういえば、キザムが教室を出るときにも流玲は話があると言っていた。
「あっ、教頭先生から用事を頼まれていたことをすっかり忘れていたわ」
わざとらしくそう言って沙世理が廊下を歩いていく。廊下の角を曲がるときにこちらを振り向いて、キザムにだけ分かるようにウインクをよこした。
だから先生、流玲さんとぼくはそういう関係では──。
心中でつぶやきかけたが、そこで自分の心に『変化』が生じているのに気が付いた。
いや、もしかしたら、ぼくは流玲さんのことが──。
前の世界で流玲とキスをしたことが頭に蘇ってきて、唐突に体が熱くなってきた。自分でも頬が赤くなっているのが感じられた。
キスをしたから流玲のことが気になりだしのか、それとも昔からそういう思いを抱いていたのが、キスをしたことではっきりと認識するようになったのか。
いずれにしても、恋愛経験が皆無のキザムには答えが分からなかったが、ひとつだけはっきりと断言出来ることがあった。それは──。
流玲さんを絶対にあの『大惨事』には巻き込まない!
強い気持ちでそう言い切ることは出来た。
「──流玲さん、実はぼくも大事な話があるんだ」
「えっ、大事な話って……?」
「昼休みの間は、絶対に二階の教室に戻っちゃダメだから。とにかく一階にいるようにして。そうだ、保健室にいればいいよ。そこなら安全だから」
「どうしたのキザムくん? 何かあるの……?」
流玲の表情が途端に曇った。キザムがいきなり変なこと言い出したので、不安に思ったのかもしれない。
「ごめん、今はそれ以上のことは言えないんだ……」
ここであの『大惨事』のことを流玲に話してしまうと、沙世理のときと同じように、今度は流玲をタイムループ現象に巻き込むことになる可能性があった。これ以上誰かを巻き込むわけにはいかない。
「大丈夫だよ、流玲さん。午後の授業が始まる前には、すべてが終わっているはずだから」
キザムはあえて楽観的なことを言って、流玲の不安を取り除こうとした。今出来ることといった、これぐらいしかないのだ。
「うん……よく分からないけど、キザムくんも気を付けてね……」
流玲がぎゅっとキザムの手を握ってきた。手のひらを通して流玲の体の温もりがひしひしと感じられた。人の体ってこんなに温かいんだ、と初めて知った気がする。対して、あのゾンビと化した生徒には人の温もりはこれっぽっちも感じられなかった。
これが人間が生きている証なんだ。この温もりを守らないといけないんだ!
そんな風に思っていると、胸の内側からふつふつとやる気が漲ってきた。
「それじゃ、ぼくはもう行くよ」
キザムは足を踏み出しかけたが、そこで一転、自分でも思いもよらぬような行動をとってしまった。流玲の方にふっと体を近付けたかと思うと、流玲の唇に自分の唇をすっと重ねたのである。
流玲の体に一瞬びくんと震えが走った。しかし、キザムの体を撥ねつけることはなかった。
校内の片隅で、青春の1ページが刻まれた。
そのとき、流玲の目にうっすらと涙が浮いていたことに、しかし、キザムは気が付かなかった。
キザムがその涙の正体を知ったのは、ずっと後になってからである。
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