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7、名は、其の者の真価を問う
しおりを挟む「ほ、本当!?記憶が戻ったの?」
女の子は驚いて細い目をいっぱいに見開いている。
慌てて僕は手を振った。
「あ、違う違う!ちょっとだけ、ほんのちょっと!!」
「そ、そうなの?…でもすごいことだわ」
「う、うん」と僕は曖昧に頷いた。
だって、出来れば、あまり思い出したくなかったものだ。
そして、その記憶と、『女の子』と呼ばれた時の凄まじいほどの嫌悪感。
きっと、恐らく、この二つは無関係じゃない。
「聞いてもいい…?どんな記憶だったのか」
女の子は遠慮がちに尋ねてきた。
一瞬、戸惑う。
これは、話すべきなのか。
そうでないのか。
少なくとも、これは僕自身の記憶でしかない。
この女の子や、ほかのユッタと呼ばれる他の人たちとは関係ないものだ。
それに___
「ごめん。その、話したくない、か、な」
思い出すのでさえ嫌で、辛く、痛い。
そのくらいの生々しさと衝撃をあの記憶は持っていた。
僕は、紛れも無い“女性”で。
別に、身体は女性で、心は男性、って言うわけではない。
ちゃんと、心も正真正銘の女だ。
女の子が好きな女の子、とかでも無い、と思う。たぶん。
実際、__かなり癪ではあるけれど__あのフェイって男にもほんのちょっぴりときめいていた。
でも、僕は、“男”を装う。
いや、装わなければ。
僕が、
僕を保つために。
女の子はパッと顔を背ける。
「ご、ごめんなさい…、無遠慮にこんなこと聞いて。あなたの記憶だものね、私に話す必要はない、よね」
「い、いや、その、ごめん。ほんと」
なんだか、僕が悪いことをしたみたいだ。
「そ、そういえば!」
場を明るくしようと、あえて声を高くする。
「ほ、他の人たちは?まだあのホールの中にいるの?見当たらないみたいだけれど」
「ああ、それなら、みんなとっくにそれぞれヴォルフさんのところへ向かったわ」
「ゔえ!?」変な声が出た。
「みんな、ヴィーゼルになることにしたの!?」
「う、うん。そうみたい。とりあえず、ヴォルフさんのところへ行って身分装飾具?を貰わないとどうしようもないから、って。幸い、このアリステムって街には今、ヴォルフさんが何人も滞在しているみたいだから」
女の子は僕が呑気に意識を吹っ飛ばしている最中に起きた出来事を詳しく話してくれた。
みんな、ヴィーゼルに身を置くことを決意したこと。
長老は身分装飾具を受け取れたら一度集会所へ戻ってくるよう言ったこと。
何でもこれは、パーティを組むためらしい。
パーティは大体、4~7人が主流らしく、少ないと格段に危険性が高まるし、逆に多すぎても連携を取れずに自滅してしまう。
そして、パーティは決まったら、長老に直接申請を出さなければならないこと。
嫌な話だが、生死を明確にするためだ。
あとは、パーティには盾役の防御に特化したクラス(習うヴォルフによって種類があるらしい)と傷を癒してくれる回復に特化したクラスが必要不可欠らしいとのことも長老は言っていたそうだ。
右も左もわからない僕らにこんなに助言をしてくれるなんて、素直に嬉しいし、ありがたい。
そして、最後に、長老は何と僕らに名前をつけてくれたそうだ。
ただ単に、呼べないのは何とも不便だから、という理由だそうだが。
「へぇ、ありがたい限りだね。」
素直にそういうと、女の子は「ほんとね」と小さく笑んだ。
良かった。
この子も決心したんだな、闘うことを。
「それで?」僕は女の子にちょっぴりにじり寄る。
「君のつけてもらった名前は?」
「えっとね」そう言って照れくさそうに顔を俯かせる仕草が何とも可愛らしい。
「ミーシャ」
呟くように小さくそう言う。
ミーシャ。
うん、この、大人しそうで可愛らしいけれど、不思議な雰囲気も併せ持つこの子には、ぴったりの名だ。
「うん、すごく君に合ってるいい名だ」
「あ、ありがとう」
そう言って顔を赤らめる表情はほんとに抱きしめたくなる。
いや、しないよ?
それに、あくまで母性本能として、だし。
「あ、あなたの名前は、ね」
「うんうん」
「え、えっと、その」となんだかミーシャは言いにくそうだ。
「実は、あなたの名前をつけたのは…長老じゃなくて…」
そこでミーシャはもどかしそうに一息おいた。
「フェイって人なの」
か細い、小さい声音だったが、僕への衝撃は強かった。
「え!?なんで?なんであんな奴が僕の大事な名前を??」
「え、えと、寝てるんだから誰がつけても変わらないだろ…って」
「はあ!?なにそのわけわかんない理屈」
はらわたが煮え繰り返って灰にでもなりそうだ。
い、いや、落ち着け。僕。
案外、まともな名前かもしれないし。
さすがに人様の名前にとんでもない言葉なんて使わないと思うし。
まだ、聞いてもないんだから。
「…で、僕の名前って?」
生唾を飲み込む。ごくり。
「ロゥ」
「へ?」
気が抜けて変な声が出てしまった。
ロゥ?
全然変じゃない。
むしろ、良い。
女っぽく無いし、男っぽすぎもしない。
何より短くて呼びやすい。
いや、この場合は、呼ばれやすい、かな。
「よ、良かった。変な名前じゃなくて」
ほっと胸をなで下ろす。
でも、次のミーシャの言葉を聞いた瞬間、僕の胸は怒りで熱く燃えたぎることになった。
「漏れるって書いて、漏だって」
「あんの、性悪陰険鬼畜野郎うううううぅっっぅぅぅっぅ!!!!」
僕はフェイ改め、性悪陰険鬼畜野郎に復讐を誓った。
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