交際マイナス一日婚⁉ 〜ほとぼりが冷めたら離婚するはずなのに、鬼上司な夫に無自覚で溺愛されていたようです〜

朝永ゆうり

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第三章

パリの街と近づく距離②

 ホテルを出ると、冷たい空気が顔に触れた。
 これから日が沈むからと、コートにマフラーを巻いてきたけれど、十一月のパリは結構寒い。

「ヴァンドーム広場が近いとガイドブックにあったな。その辺りに、行ってみるか」

 三条さんの言葉にコクリと頷くと、彼は満足したようにふっと笑みを漏らして歩き出す。
 その微笑に、私は先ほどまでの部屋での出来事を思い出してしまい、頭をふるふると振った。

 意識したらだめ。
 せっかくだから、今はパリの街を楽しもう。

 私は強くそう思いながら、異国情緒溢れるパリの街で、彼の背を追いかけた。


 私たちはサンテノレ通りを西に向かって歩いた。五分ほどで、ヴァンドーム広場につく。

 ここには、ナポレオンが敵国の大砲で作り上げたというモニュメントがある。
 パリらしい街並みとこの場所の歴史に想いを馳せていると、不意に三条さんが口を開いた。

「ここは、ショパンの最後の地でもあるんだ」

 三条さんはそう言うと、「あそこだ」と指をさす。その方向をみると、何やら観光客らしき人が写真を撮っていた。

「ショパンは自分の死を予見して、死ぬ直前にここに引っ越してきたらしい」
「詳しいですね」

 私が言うと、三条さんは自嘲するように笑みを漏らした。

「幼い頃、ピアノを習っていたんだ。それで、この辺りに来たことがあるのを思い出した。ピアノ自体は、女子みたいだから嫌だと小学生のうちにやめてしまったが」

 三条さんはふっと息を漏らすと、「次に行くか」と歩き出した。

 彼は、かつてピアノを習っていて、パリにも何度か来たことがある。
 三条さんは親に勘当されていると言っていたけれど、きっと大切に育てられてきたのだろうと思った。

 だけど、この話は終わりというように先に行ってしまう三条さんに、私は彼の過去など聞けなかった。


 パリの街はどこの道を歩いてもお洒落だ。
 白を基調とした石造りの建物がどこまでも建ち並んでいる。

 京都も昔の街並みを意識して整備されているが、それ以上にどこも似た景色が続いているように感じた。

「三条さん、迷わないんですか?」

 しばらく歩いて大きな通りに出たとき、思わず聞いてしまった。
 三条さんはガイドブックもスマホも見ずに、スタスタと歩いてゆく。

「街の地図は頭に入っている。あとは、通りの名前を見れば平気だ。ほら、ここはオペラ通り」

 三条さんが指を差した先には、フランス語の看板が立っていた。思わずぽかんとしてしまう。
 フランス語なんて、読めない。

「ちなみに、この道を行ったらホテルに戻れる。あっちがオペラ座で、この道の先はルーブル美術館だ」

 彼の指差す先をキョロキョロとしながら、私はやっぱりぽかんとしてしまった。
 私にはどこがどこだか、さっぱりだ。

 だけど、三条さんの説明にはどれも、行ってみたいと思っていた観光名所の名前がでてくる。
 さすが、パリの街だ。

「じきに日が沈むな。寒くなるから、そろそろどこかに入ろうか。そういえば、早苗が行きたがっていたカフェがこの辺りにあるな。行ってみるか?」
「行きたいです!」

 改めてパリに来たのだと実感し、思わず前のめりに返事をしてしまった。
 すると、彼は私に左手を差し出した。

「迷子にならないか、心配なんだろ? 俺がいれば、大丈夫」

 三条さんはそう言って笑う。どうやら彼は、私がきょろきょろしていたのを、不安がっていると思ったらしい。

 でも、さすがに手を繋ぐなんて。

 恥ずかしくて戸惑っていると、不意に三条さんの左手が右手を掴んだ。

「行くか」

 なぜか、三条さんは満足そうな顔をしていた。


 行こうとしていたカフェは臨時休業で、仕方なくそのままルーブル美術館方面に向かった。
 このあたりには、お洒落なカフェが点在している。

「ここなんかどうだ?」

 すっかり日の暮れたパリの街。まだ少しだけ赤の残る空を背景に、三条さんが赤い軒のおしゃれなカフェ見上げた。

「はい」

 振り向いた彼に答えると、三条さんは扉はカフェの扉を開く。

Bonjourこんにちは

 三条さんはカフェに足を踏み入れると共に、店内にそう挨拶した。店員がやってくる。

 三条さんはそのまま、やってきた男性店員とにこやかに何言か会話をする。すると私たちは窓際の席を案内された。
 私は何もできずに、ただ三条さんについて席に腰を下ろした。

 やがてテーブルに置いてあったメニューを手に取った三条さんは、私をちらりと見た。

「何が食べたい? パリのカフェといえばクロワッサンだが、この店はクラブサンドもおすすめらしい。それから、タルトタタンも美味しいと言っていた」

 さすが三条さんだ。先ほどの会話の中で、そこまで情報を得ていたなんて。
 入店した際に彼の口から流れるようなフランス語がでてきたことに驚いていたが、それ以上に三条さんらしい行為に頼もしさを感じる。

 せっかくなのでクロワッサンを頼むと、三条さんは店員さんを呼び流れるように注文を済ませた。

 しばらくすると、クロワッサンとコーヒーが運ばれてくる。それになぜか、大きなチーズの乗ったサラダも。
 三条さんの前にはチキンのクラブサンドが置かれた。

「このサラダは?」
「おまけに頼んだ。それだけじゃ、腹が減るだろう。今日はもうホテルに戻って、寝るだけだ」

 はっとするが、それもそうだと思い直す。
 私は三条さんの頼んでくれた美味しい軽い夕食を頂きながら、窓の外を流れるパリの景色も楽しんだ。


 会計を済ませて外へ出ると、もうすっかり日が暮れていた。
 夜のパリは至る所にある外灯とお店から漏れる光が温かみがあり、先ほどよりも優しい雰囲気を醸し出す。

 だけど、日本と同じで日が暮れるとすぐに寒くなるらしい。
 防寒はしっかりしてきたはずなのに、私は体をぶるりと震わせた。

「帰るか、早苗」

 三条さんはそう言うと、私にまた左手を差し出す。

「はい」

 つないだ手は温かく、なんだか優しい気持ちになる。

 しばらく歩くと、ルーブル美術館にある、ガラスのピラミッドが見えた。
 ライトアップされたそれは、遠くからだとダイヤのようで、とても美しい。
 思わず見とれながら歩いていると、三条さんがくすりと笑った。

「ルーブルは最終日、な」
「はい、つい。すみません」

 今回の旅行は五泊七日。パリだけでも十分楽しめるからと、余計な予定は入れずにゆっくりと回るつもりだ。

 明日はエッフェル塔と凱旋門、夜にはせっかくだからと三条さんが高級フレンチを予約していくれている。
 三日目は美術館めぐりとノートルダム寺院、四日目は少し足を伸ばしてベルサイユ宮殿。
 そして最終日にルーブル美術館をゆっくり堪能したあとオペラ座に向かう。
 六日目はのんびりホテルを出て、昼の便で羽田に戻る予定た。

 来る前はなかなか余裕を持ったスケジュールなんじゃないかと思っていたが、実際に来てみると歩くだけでもこんなに楽しいから、全部回れるのか不安になる。
 だけど、余計に楽しみで仕方なくなっている自分もいる。

 明日からのパリ観光に想いを馳せながら、私は三条さんに手を引かれてホテルへ戻った。
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