交際マイナス一日婚⁉ 〜ほとぼりが冷めたら離婚するはずなのに、鬼上司な夫に無自覚で溺愛されていたようです〜

朝永ゆうり

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第三章

パリの街と近づく距離③

 ホテルへ戻ると現実に戻される。
 ベッドルームで私たちを出迎えたのは、クイーンサイズのダブルベッドだ。

 とりあえずシャワーを浴びようということになり、順番にバスルームへ向かった。
 その後またどっちがベッドを使うか押し問答をして、結局三条さんと一緒にベッドに入ることになった。

 二人で入っても、間に大きな隙間のできるくらい大きなベッド。
 確かにこれならと、互いに背を向けベッドに入っている。

 だけど、三条さんが背後にいる。
 そのことを考えるだけで彼を意識してしまい、私はなかなか寝付けなかった。

 布団の中で、小さくため息を零す。すると、三条さんが口を開いた。

「やっぱりソファで寝ることにする」

 そう言って、もぞもぞと彼が布団を出て行く気配がした。
 なんだか急に心細くなる。

「ダメです、行かないで」

 思わず三条さんを引き留めてしまった。
 何を言っているのだろう。

 三条さんは困ったように笑う。
 だけど、無事ベッドに戻ってきてくれた。

「分かった、そばにいる」

 三条さんはそう言うと、なぜか私の方へ寄ってくる。
 彼の気配に振り返ると、三条さんはベッドの上でこちらを向いて横たわっていて、自分の横をぽんぽんと叩いていた。

「ここに来い。こうした方が、眠れるかもしれない」

 暗がりで見えたその優しい笑みに一瞬思考がフリーズするが、すぐにはっとした。
 きっと三条さんは私のことを、眠れなくて我儘を言っている子供のようだと思ったのだろう。

 三条さんの笑顔は、邪心があるようには思えないし、私をからかっているようにも思えなかった。
 単純に、眠れない私を心配してくれているようだ。

「じゃ、じゃあ……失礼します」

 彼の厚意を無下にしたくない。
 私はおずおずと、彼の腕の上に頭を乗せた。

 すると、途端に三条さんに頭を撫でられる。
 くすぐったくて肩をすくめると、三条さんのクスリと笑う声がすぐ上から聞こえた。

「可愛いな」

 それは子供っぽいという意味だろうか。
 私はこんなにドキドキしているのに、三条さんは余裕そうだ。

 ずるいなあ。

 そう思いながら、だけどこの状況を役得だと思ってしまっている自分もずるいと思う。

 だって今、ものすごく――幸せだ。

 ***

 あんな状態では絶対に眠れないと思っていたが、三条さんの頭を撫でるその優しい手の温もりに、いつの間にか寝てしまったらしい。

 目を覚ますと、三条さんが昨夜と同じ状況のまま、私のことを見下ろしていた。
 違うのは彼の手が私の頭ではなく、肩の上に置かれていたことくらい。

 ぼんやりとした思考のまま、私はおずおずと口を開いた。

「お、おはようございます……?」
「おはよう」

 三条さんは優しく微笑むと、私の頭を昨夜と同じようにひと撫でした。

「眠れたみたいで、良かった」

 窓から差し込む朝の光に照らされて、三条さんはやけに色っぽい。急激に、私の思考が覚醒した。

 私ははっとして、頭の位置をずらした。
 夜通し、三条さんは私を腕枕してくれていたのだ。

「あ、あの! 腕、しびれていませんか⁉」

 すると、三条さんはそんな私を見てケラケラ笑う。

「大丈夫だ。それに、なんだか――幸せな朝だ」

 三条さんはそれから、もう一度ふわりと優しい笑みを浮かべた。

「あの朝も、同じだったんだ。あんな状況になっていたことに焦って、取り乱した。だけど、俺はどこか幸せを感じていたんだ」

 三条さんはそう言うと、窓の外を見る。その優しい横顔が、とても格好いい。

 思わず見とれていると、三条さんはすぐにはっとする。
 それから素早く体を起こした。

「今日からパリ観光だったな。俺は向こうで着替えるから。準備が終わったら、向こうで待っている」

 そう言って、そそくさとベッドから降りリビングへ行ってしまった。

 私は急くように三条さんが向こうの部屋に行ってしまったことにしばらくぽかんとしていた。
 体を起こし、着替えをしながら、やっと気づいた。

 三条さんの言った『あの朝』というのは、きっと最初の朝のことだ。
 そこに、幸せを感じていた……?

 彼の発言と彼が焦っていた意味を想像し、急激に頬が熱くなる。
 だけどそれは、私が三条さんの〝家族〟だからであって、恋のような意味はないだろう。
 彼はきっと、人恋しいだけだ。

 私は火照る頬を冷ましながら、出かける準備を再開した。今日からパリの街を思い切り楽しまなくては。


 今日もパリはいい天気だった。
 おかげで、少し寒いが街歩きもとても楽しい。
 エッフェル塔には階段で登ったし、凱旋門からシャンゼリゼ大通りをのんびり歩くのにも最高の気候だ。

 シャンゼリゼ大通りの有名なカフェでランチを頂いた後、私たちはのんびりと歩いてコンコルド広場まで向かった。
 思わず鼻歌を唄いたくなるような、パリの大通り。
 ざっと、一時間くらい歩いていたと思う。

 日は天頂をとっくに越え、優しい午後の日差しを届けてくれていた。

「そろそろ疲れただろう、一度ホテルに戻って準備をして、それからディナーに出かけようか」

 三条さんの提案で、私たちはコンコルド広場を後にした。


 すっかり日の暮れた、午後六時半。
 私たちは互いに正装に着替え、ホテルを出た。

 今日のディナーは、三条さんの予約してくれた三ツ星レストラン。有名シェフのいる、高級フレンチ店だ。

 本場のフレンチなんて緊張してしまう。だけど、三条さんが一緒なら大丈夫な気がする。
 なにより、この店に行ってみたいと言ったのは私だ。

 三条さんは思った通り、とてもスマートに私をエスコートしてくれた。

 作法が分からなくなると、小声で「俺の真似をしろ」と囁いてくれる。それから、「それで大丈夫だ」というように、優しく目くばせもしてくれた。

 おかげさまで、緊張で喉を通すのもやっとになってしまいそうな高級フレンチを、きちんと美味しく堪能することができた。
 特に、サクサクに焼かれたロブスターに野菜のソースがかかったメインディッシュは絶品だった。

 高価なシャンデリアのぶら下がる、白を基調とした豪華な店内。
 デザートを食べ終える頃には、まるで自分が中世ヨーロッパの貴族にでもなって、食事会に招かれているような気分になった。

「美味しかったか?」

 食事を終え、最後にコーヒーを頂いていると、不意に三条さんが聞いてきた。

「はい、とても。感激してしまいました。三条さんのおかげですね」

 そう言うと、三条さんはクスリと笑った。

「俺は何もしていない。早苗が、ちゃんと楽しもうとしたからだろう」

 三条さんの言葉は嬉しい。私は素直に「はい」と頷く。
 名残惜しさを感じながら、私たちはレストランを出た。

 その晩も、三条さんは私を抱きしめて寝てくれた。
 私は、昨夜よりもずっと幸せな気持ちで眠りにつくことができた。
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