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南部辺境遠征編

138 カナタ、さらにバラす

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 ミネルバからアフオ男爵が治めるウスタイン領の領都ムンゾまでは、足の速い獣車を使っても4日かかる距離だった。
ライジン辺境伯は、アフオ男爵の家臣に占有されていた代官屋敷を解放すると、その足でムンゾまで突撃しようと動きだした。

「ちょっと待ってください!」

 カナタはさすがにムンゾまで陸路で付き合おうとは思っていなかった。
それは最低でも片道4日はかかる行程に付き合う暇がなかったことが大きな理由だった。
カナタは色々と手を広げ過ぎて、やらなければならない仕事が溜まっているのだ。
その一つがミネルバ領の把握と領地運営の内政仕事だった。
しかし、辺境伯一人で行かせるわけにもいかなかった。

 ムンゾはアフオ男爵にとってはホームであり、領軍の数も1000人を下らない。
一方ライジン辺境伯は現在身一つであり、精鋭と謳われる辺境伯軍を同行させているわけではない。
いくら三英雄の一人でも、たった一人で突撃するには戦力が少なすぎる感は否めなかった。

「僕たち、特にニクが同行しないと流石に無理ですよ。
でも、僕らも片道4日もかけていられないんです」

「身内の不祥事だからな。俺だけでも行くさ」

 辺境伯は、猪突猛進タイプだった。
言い出したら聞かないだろう。
カナタは思案するとある可能性に賭けることにした。

「僕が野良の転移起点を捜索します。
それが見つかったら、【転移】で同行しましょう。
無理ならば、音声通信機で軍隊の出撃を養成し、それと共に行動してください」

 カナタの正論にライジン辺境伯も黙らざるを得なかった。
いくら個の武力で最強クラスとはいえ、たった一人で軍隊と対峙するとなると心もとないのは事実だった。
魔物氾濫の武功賞1位であるカナタの護衛ミク――ライジン辺境伯はニクをミクだと思っている――の戦力を最初から当てにしていたことは否定できなかった。

「わかった。カナタに従おう」

 だが、ライジン辺境伯には予感のようなものがあった。
カナタの幸運値ならば、カナタの言う野良の転移起点がみつかるだろうと。
あの所謂赤い点というやつが、カナタ称する野良の転移起点だった。

 この世界では王族や高位の貴族たちの間でだけ転移起点というものの存在が知られていた。
それは旧文明が使っていた転移門の痕跡だったり、【転移】スキルを持つ者によって設定することが出来ると知られていた。
だが、転移門の痕跡を持つ遺跡や【転移】のスキルを持つ者は、発見次第に国の管理下におかれるのが通例だった。
そのため高貴な者以外に転移起点というもの自体を知る者がいなかったのだ。
さらに野良の転移起点というものが存在していることを認識しているのは、おそらくカナタだけだった。

 カナタは魔力を薄く広げるとムンゾに向かって流して行った。
それは【魔力探知】のスキルの乗った魔力であり、そこで探知するのは赤い起点一択だった。
そのため不特定多数の中からの魔物や人物の捜索よりも広く遠く探知することが可能だった。

「あった。赤い起点だ。
やっぱり街の側に設定されているっぽいな」

 カナタが見つけたのはウスタイン領の領都ムンゾ郊外の転移起点だった。

「これでムンゾまで行けます。
ただ、携行人数が足りないので2回に分けて行きますからね」

 クヮァの獣車とラキスが加わったことで、携行人数がカナタパーティーのみで満員となっていたのだ。
カナタはここでまた自身の【転移】の秘密を暴露してしまっていた。
ライジン辺境伯は、それならライジニアかガーディアから軍を連れて来れるのではないかと気付いたが、さすがにカナタに無理をさせられないと、喉から出かかったせ台詞を飲み込んだ。
カナタの魔力が桁5つぐらい違うことを知らなかったためのことだった。
実はカナタの魔力量ならば、1000人の軍隊でも往復して連れて来られたのだが、それは秘密だった。

「頼む」

 カナタはまずカナタパーティーのみで赤い起点へと転移し、そこから離れた場所にカナタ自身の転移起点を設定、そこからライジン辺境伯を迎えに行った。
そこは小高い丘の頂上にある森の中で、少し進むとウスタイン領の領都ムンゾが一望出来た。

「それで、どう攻めるつもりなんですか?」

 カナタが訊ねるとライジン辺境伯は、ニヤリと笑みを浮かべて答えた。

「これでクックル便よりも早く到着できた。
アフオはまだ何も知らないでいることだろう。
せっかく時間を節約できたのだ。
奇襲あるのみだな」

 ミネルバの代官屋敷がライジン辺境伯に制圧されたことが、アフオ男爵に伝わっていることは時間的に有り得なかった。
それほどカナタの【転移】は戦に有効な手段だった。
自分が攻められていることに気付くことなく、アフオ男爵はライジン辺境伯の攻撃をその身に受けることとなる。
ご愁傷様としか言えなかった。

「行くぞ!」

 そう言うがいなや、ライジン辺境伯はムンゾの門へと竜種の獣車を突撃させた。
カナタは溜め息をつくとクヮァの獣車でライジン辺境伯の獣車を追走した。
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