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日常
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朝、目覚めて最初に目に入ってくるものは何か?
天井?布団の裏側?――俺の場合は、巨大なスライム。
正確には、起きたときには決まって、俺の上に青みがかった半透明の、ぶよぶよの物体というか存在が、重さもなく乗っかって小刻みに震えているのだ。
何とも形容し難いが、とりあえずスライムと呼んでいた。
別に乗っかられているかといって、身体に異常はない。
軽く叩いてやると、スライムはびくっと飛び跳ねて気体になって空中に霧散してしまう。
それが俺の朝の始まりだった。
歯を磨いたり顔を洗ったりしているときには、洗面所の鏡にいもしない髪の長い女が映り込んで、後ろから俺をじっと睨んでいる。朝飯を食っているときには、蛆虫のような白い虫がぶわーっと目玉焼きの下から這い出てきてどこかへ逃げていく。通っている高校に登校するためにパジャマから制服に着替えているときには、制服の裾から小さな手や足が出たり引っ込んだりを繰り返す。靴を履いて外に出れば、三メートルはある大男が道を横切っていくところだった。いつもの朝だった。普段通りの朝だった。
通学路にも、見慣れた連中がそこら中で顔を覗かせている。
電柱の上には天狗が立ち、線路の脇には歪んだ人の顔がたくさん浮かんだサッカーボールが転がっている。線路を走り抜けていく電車の窓には、白い手形がびっしり。
学校に到着する。校門に吸い込まれていく生徒たちの中には、背中に鬼だとか、老婆だとか、何か得体の知れない黒いモヤモヤとかを背負っているやつが結構いる。
校庭ではボロボロの着物を着た子供たちが泥だらけで遊んでいる。下駄箱の中には何十匹もの小さなネズミが潜んでいて、開けた途端に一斉に逃げ出していく。廊下では一つ目の人間が盆踊りに興じている。それを無視して通り過ぎ、階段を上って俺の教室がある三階へ。
三階の廊下にはでかい蛇が伸びていて、その脇をすり抜ける。身体の中腹が膨らんでいたから、蛙か卵を丸呑みにしたのだろう。途中、校長先生と鉢合わせた。校長先生は狸親父とかではなく、本物の狸なので、尻の辺りからあの狸特有のふさふさした尻尾が生えている。
教室に入ると、天井に大量の蝙蝠がぶら下がっている。爛々と光る眼で、その下で談笑する生徒たちを睨み付けている。俺が席につくと三匹ほど飛び立ち、窓から外へ出ていった。
ホームルームの時間になり、担任の教師が教室に入ってくる。
このクラスの担任は一言でいえば禿げている。頭の前頭部から頭頂部にかけて、毛の一本も生えていない砂漠と化している。そのつるつるの頭を、右肩に乗っかった餓鬼と、左肩に乗っかった悪魔が、取り合うように齧っている。担任には別段痛がっている様子もない。
ホームルームも終わり、一時限目。一時限目は現代文だ。
現代文のおばさん教師が教室へ。似合ってもいない猫の耳が生えているから化け猫だろう。
現代文の授業が終わり、続いては二時限目の数学。
数学の教師は、後ろに下半身の欠けた兵隊の幽霊をぞろぞろ引き連れて教室に入ってきた。その兵隊の中には、上半身の方がないものや、身体はあるが首だけがない者もいた。
二時限目の数学は終われば、お次は三時限目の化学。
薬品に薬品をかけ合わせれば、ぷつぷつと水面から泡と一緒に小さな目玉が浮き上がった。
四時限目は体育である。体操着に着替えて、体育館へと向かう。
体育館には、たくさんの鬼火や狐火があちらこちら中に自由に飛び回っている。
四時限目の体育が終わったら、昼休み。昼食の時間だ。腹の虫がぐーっと鳴く。
俺は家から持ってきた弁当を広げる。隣の席の男子生徒も弁当を広げているが、さらにその隣の男子生徒との談笑に夢中なせいで、弁当の魂を小さな死神に貪り食われていることに気付いていない。いや、談笑していなくともきっと気づきやしないだろうが、横目で見ている俺には「あーあ」という気分だった。魂を抜かれた弁当は不味い。それに消化にも悪いから腹を下す危険性がある。しかし、俺はその男子生徒に、注意したり助言したりはしない。話したところで俺にしか見えていないものだから、狂人扱いされるのがオチだ。
昼休みも終了して、五時限目の世界史だ。
世界史の時間は特に何も現れなかった。わりと珍しいことだ。おかげで授業に集中できた。
まぁ、大して授業の邪魔になるようなものが現れることも少ないが。
ただ六限目の美術の時間に現れた、羽虫の大群は「ぶーん、ぶーん」と羽音が煩くて鬱陶しいことこの上なかったが、それもいつも通りといえばいつも通りのことだった。
すべての授業が終わって、放課後。部活もやっていないから、すぐに下校する。
道中で片腕のない背広を着たサラリーマン風の幽霊に、声をかけられた。
「あの、あなた、見える側の人ですよね?私のこと、見えてますよね?今さっき目が合いましたよね?その、よろしけば私の願いを訊いて――あ、ちょっと待って――」
俺は小走りで早々と立ち去り、その幽霊を引き離した。
面倒事は御免だ。俺は別にどこぞの漫画や小説の主人公のように、何かを解決したり暴いたり、はたまた冒険したりなどしたくもないのだ。ただ俺は平凡で平和な日常が好きなだけだ。
帰宅して宿題をさっさと済ませたら、母が「夕飯よ!」と俺を呼ぶ。
夕飯を済ませて風呂に入ったら、寝るまでやることがないからテレビを観て時間を潰す。
バラエティが放送されていたが、スタジオの床にはゾンビのような腐りかけの幽霊たちが床を這い、呑気に笑っているタレントたちに今か今かと憑りつこうとしていた。もう何かしらに憑りつかれているタレントがほとんどのため、なかなか憑りつきづらいようだが。
眠くなったら、一つ欠伸をして、テレビを消し、家族に「おやすみ」と言って自室の布団に潜り込む。布団の中にいつも先に潜っている、眼球のないおかっぱ頭の女の子を布団の外へと放り出し、闇に浮かぶ小さな魑魅魍魎を遮断するように瞼を下ろす。
そして程なくして、睡魔に誘われるままに夢の中に落ちる。
以上、これが俺の一日の全容だ。この波風のない日常がこれからも続くことを祈っている。
天井?布団の裏側?――俺の場合は、巨大なスライム。
正確には、起きたときには決まって、俺の上に青みがかった半透明の、ぶよぶよの物体というか存在が、重さもなく乗っかって小刻みに震えているのだ。
何とも形容し難いが、とりあえずスライムと呼んでいた。
別に乗っかられているかといって、身体に異常はない。
軽く叩いてやると、スライムはびくっと飛び跳ねて気体になって空中に霧散してしまう。
それが俺の朝の始まりだった。
歯を磨いたり顔を洗ったりしているときには、洗面所の鏡にいもしない髪の長い女が映り込んで、後ろから俺をじっと睨んでいる。朝飯を食っているときには、蛆虫のような白い虫がぶわーっと目玉焼きの下から這い出てきてどこかへ逃げていく。通っている高校に登校するためにパジャマから制服に着替えているときには、制服の裾から小さな手や足が出たり引っ込んだりを繰り返す。靴を履いて外に出れば、三メートルはある大男が道を横切っていくところだった。いつもの朝だった。普段通りの朝だった。
通学路にも、見慣れた連中がそこら中で顔を覗かせている。
電柱の上には天狗が立ち、線路の脇には歪んだ人の顔がたくさん浮かんだサッカーボールが転がっている。線路を走り抜けていく電車の窓には、白い手形がびっしり。
学校に到着する。校門に吸い込まれていく生徒たちの中には、背中に鬼だとか、老婆だとか、何か得体の知れない黒いモヤモヤとかを背負っているやつが結構いる。
校庭ではボロボロの着物を着た子供たちが泥だらけで遊んでいる。下駄箱の中には何十匹もの小さなネズミが潜んでいて、開けた途端に一斉に逃げ出していく。廊下では一つ目の人間が盆踊りに興じている。それを無視して通り過ぎ、階段を上って俺の教室がある三階へ。
三階の廊下にはでかい蛇が伸びていて、その脇をすり抜ける。身体の中腹が膨らんでいたから、蛙か卵を丸呑みにしたのだろう。途中、校長先生と鉢合わせた。校長先生は狸親父とかではなく、本物の狸なので、尻の辺りからあの狸特有のふさふさした尻尾が生えている。
教室に入ると、天井に大量の蝙蝠がぶら下がっている。爛々と光る眼で、その下で談笑する生徒たちを睨み付けている。俺が席につくと三匹ほど飛び立ち、窓から外へ出ていった。
ホームルームの時間になり、担任の教師が教室に入ってくる。
このクラスの担任は一言でいえば禿げている。頭の前頭部から頭頂部にかけて、毛の一本も生えていない砂漠と化している。そのつるつるの頭を、右肩に乗っかった餓鬼と、左肩に乗っかった悪魔が、取り合うように齧っている。担任には別段痛がっている様子もない。
ホームルームも終わり、一時限目。一時限目は現代文だ。
現代文のおばさん教師が教室へ。似合ってもいない猫の耳が生えているから化け猫だろう。
現代文の授業が終わり、続いては二時限目の数学。
数学の教師は、後ろに下半身の欠けた兵隊の幽霊をぞろぞろ引き連れて教室に入ってきた。その兵隊の中には、上半身の方がないものや、身体はあるが首だけがない者もいた。
二時限目の数学は終われば、お次は三時限目の化学。
薬品に薬品をかけ合わせれば、ぷつぷつと水面から泡と一緒に小さな目玉が浮き上がった。
四時限目は体育である。体操着に着替えて、体育館へと向かう。
体育館には、たくさんの鬼火や狐火があちらこちら中に自由に飛び回っている。
四時限目の体育が終わったら、昼休み。昼食の時間だ。腹の虫がぐーっと鳴く。
俺は家から持ってきた弁当を広げる。隣の席の男子生徒も弁当を広げているが、さらにその隣の男子生徒との談笑に夢中なせいで、弁当の魂を小さな死神に貪り食われていることに気付いていない。いや、談笑していなくともきっと気づきやしないだろうが、横目で見ている俺には「あーあ」という気分だった。魂を抜かれた弁当は不味い。それに消化にも悪いから腹を下す危険性がある。しかし、俺はその男子生徒に、注意したり助言したりはしない。話したところで俺にしか見えていないものだから、狂人扱いされるのがオチだ。
昼休みも終了して、五時限目の世界史だ。
世界史の時間は特に何も現れなかった。わりと珍しいことだ。おかげで授業に集中できた。
まぁ、大して授業の邪魔になるようなものが現れることも少ないが。
ただ六限目の美術の時間に現れた、羽虫の大群は「ぶーん、ぶーん」と羽音が煩くて鬱陶しいことこの上なかったが、それもいつも通りといえばいつも通りのことだった。
すべての授業が終わって、放課後。部活もやっていないから、すぐに下校する。
道中で片腕のない背広を着たサラリーマン風の幽霊に、声をかけられた。
「あの、あなた、見える側の人ですよね?私のこと、見えてますよね?今さっき目が合いましたよね?その、よろしけば私の願いを訊いて――あ、ちょっと待って――」
俺は小走りで早々と立ち去り、その幽霊を引き離した。
面倒事は御免だ。俺は別にどこぞの漫画や小説の主人公のように、何かを解決したり暴いたり、はたまた冒険したりなどしたくもないのだ。ただ俺は平凡で平和な日常が好きなだけだ。
帰宅して宿題をさっさと済ませたら、母が「夕飯よ!」と俺を呼ぶ。
夕飯を済ませて風呂に入ったら、寝るまでやることがないからテレビを観て時間を潰す。
バラエティが放送されていたが、スタジオの床にはゾンビのような腐りかけの幽霊たちが床を這い、呑気に笑っているタレントたちに今か今かと憑りつこうとしていた。もう何かしらに憑りつかれているタレントがほとんどのため、なかなか憑りつきづらいようだが。
眠くなったら、一つ欠伸をして、テレビを消し、家族に「おやすみ」と言って自室の布団に潜り込む。布団の中にいつも先に潜っている、眼球のないおかっぱ頭の女の子を布団の外へと放り出し、闇に浮かぶ小さな魑魅魍魎を遮断するように瞼を下ろす。
そして程なくして、睡魔に誘われるままに夢の中に落ちる。
以上、これが俺の一日の全容だ。この波風のない日常がこれからも続くことを祈っている。
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