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第1章:泥の中で目覚めた俺がまずしたこと
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暗闇。
いや、それすらも甘い。ここは、**完全なる“泥”**だった。光も音もなく、ただ湿った感触と粘りつく圧が体を包む。
「……しらね、何これ。ガチで意味わかんね」
目覚めた瞬間、そう思った。まず手足がない。感覚もない。あるのは“中心”だけ。しかもその中心がまるで――ジャガイモ。
体温もなく、心拍もなく、目も口もない。それでも思考だけはハッキリしていた。これは拷問か、それとも…地獄?
「正直言っていい? これ、転生ってやつだろ」
なぜか納得していた。死んだ理由は覚えていない。ただ、思い返せば“あーね”という人生だった気がする。
借金、無職、ギャンブル、誰のせいでもないはずの失敗を全て“誰か”のせいにしていた。
でも今さら後悔なんて、するわけない。俺は俺。むしろ、何も責任取らなくていい今の方が全然マシ。
「働かなくていいって、最高じゃね? 土の中で寝てるだけでいいんだろ?」
だが、その平和は長く続かなかった。
数日か、数週間か、いや“それらしい時間感覚”すら消えかけていた頃だった。周囲の泥が、ズルリと動いたのを感じた。
一瞬、空気が変わる。隣にいた“何か”が抜かれた音――いや感覚だ。
「おい……掘られてるじゃん、あいつ」
これはまずい。生きてるだけならいいと思っていたが、どうやらこの世界では、“掘られる”=“終わる”らしい。
音も映像もない。ただ振動と、泥の中の“欠け”からそれを察知する。しかもその“掘られたやつ”、どうやら俺と似た存在。
「俺、芋。お前らも芋。つまり俺、喰われる対象ってこと?」
ようやく状況が見えてきた。ここは、食糧としての命を持たされた芋の監獄――いや、国家管理畑。
モルドーニャ王国。その名も知らぬ国家の地中で、俺は最も喰われやすい野菜に転生したというわけだ。
「ふざけんなよ……なんで俺が食材ルートなんだよ」
……と、その時だった。隣の芋に“話しかけるような”感覚が湧いた。いや、言葉ではない。思考のノイズが広がっていくのがわかった。
「お前、聞こえてる?俺だよ俺、大湯。って、誰も知らねーか」
返事はない。だが確実に何かが伝わっている感覚があった。土の中で、芋同士が思念を共有する仕組み――?
「うわ、これ……スキルじゃね?」
そう思った瞬間、頭の中で微かな光が走った。
《スキル獲得:菌糸思考転送(ファンガル・トランスミッション)》
それは、“自分の思念を菌糸ネットワークを通じて周囲にばらまく能力”。
「お前ら黙ってろ。俺がこの地中、統べてやるから」
芋であることも忘れ、イキり出す大湯。
彼の思念はすでに、数メートル先の芋たちにまで届き始めていた。
今、静かな土の下に――不穏な思想の根が、音もなく広がり始めた。
「このスキル、ガチで最強じゃね?」
誰に聞かせるわけでもなく、大湯は勝手に確信していた。自分の考えが菌糸を通じて芋に伝わる――それはつまり、**“俺という芋が他の芋を支配できる”**ということだ。
「お前の知らないやつでも、俺のこと拝むしかねぇな」
この世界の誰も彼を必要としていない。それでも、地中に埋まっただけの芋として、彼は自分を神と定義した。
芽を出さず、喰われず、土中から思念だけで他を支配する存在――それが“俺”。
誰にも望まれていないのに、自らを救世主だと名乗るこの傲慢な芋に、恐ろしいほどの自己肯定が芽吹いていた。
「てかマジで思ったんだけどさ、これ、国家転覆できんじゃね?」
土の中で得体のしれないスキルに酔いながら、彼は世界征服を思いついた。地表の農民たちは何も知らない。地中で思想が伝播し、芋たちが“言葉なき同調”を始めていることを。
その異変が静かに広がっているなど、知る由もなかった。
「芽を出したら負け。出すやつは雑魚」
自分の中に一つの“ルール”を作り上げた。人間に見つかる=喰われる。ならば、芽を出さない芋こそが生き残る。
だが、それを言葉にできない芋たちに一方的に押し付ける形で、彼は“教え”を流布していく。
「これは試練。耐えた芋だけが、上に立てる」
勝手に教義を作り始めていた。自分が正しい、他は間違ってるという圧倒的な自信。それが菌糸を通じて、周囲に染み出していく。
時折、周囲の芋がピクッと反応するような感覚があった。ほんのわずかに、だが確実に。
「……はは、な?お前らも俺に従った方がいいんだよ」
笑うような思念が、土を這う。
目も耳もない世界で、“思想だけが育つ畑”が、今ここに広がり始めた。
その頃、畑を管理する農夫は、今年の芋の“妙な成長の遅さ”に首をひねっていた。
芽が出ない。どれだけ水を与えても、地中から伸びてくる気配がない。まるで――何かが、芋たちの本能を封じているようだった。
そしてその“何か”は今、自身の存在をこう定義し始めていた。
「俺は芋の中の芋。ポテトの王。いや……神芋(しんう)ってやつ?」
土中、無音の中、ひとつの芋が慢心の極みで笑っていた。
大湯の“神芋思想”は、地中にじわじわと広がっていった。
具体的に何が起こるわけではない。ただ、近くの芋たちに変化が出ていた。
芽を出さなくなったのだ。
「おいおい……俺の影響、出てんじゃね?」
得意げな思念を放ちつつ、大湯は更なる拡張を目指し始めた。
彼の脳裏には、菌糸が蜘蛛の巣のように土壌を覆い尽くすビジョンが浮かんでいた。すべての芋が彼の思想で繋がれ、統一された意思で動く――
「ポテト・ネットワーク計画、始動ってワケ」
言葉に出しても、誰も聞いてない。だが構わない。
この“喋らなくても伝わる環境”こそが、大湯にとって理想郷だった。他人の意見を聞かずに済む、自分の言葉だけが正義になる世界。
《スキル:菌糸思考転送(ファンガル・トランスミッション)》
自分の思考を菌糸を通じて周囲にばらまく能力。
受信側に拒否権はない。一方通行の思想拡散。それがこの世界で、初めて土から生まれた“声なき支配”だった。
思念を長時間流し続けることで、土の中に“定着”する。定着した思考は、受け取った芋の心に根を張り、やがて“常識”として染みついていく。
「俺の考えを流すだけで、芋どもが俺の思考になる。は?勝ちじゃね?」
そのうち、大湯の送信する思念は「一方的な命令」から「ありがたい教え」になりはじめた。いや、彼の中ではそう思い込んでいた。
むしろ、受信している芋たちは、反応すらしない。ただ、芽を出さず、じっと耐えている。まるで自律的な選択ではなく、強制された沈黙のように。
だが、大湯にはそれが“信仰”に見えていた。
「俺の教え、ちゃんと守ってんじゃん。感動したわ」
何が感動だ。芽も出さずにただ朽ちていく芋たちを見て、彼は“支配成功”と勝手に結論づけていた。
そしてその瞬間――スキルに変化が起こる。
《サブスキル獲得:思想定着胞子(シソウ・ディフューズ・スポア)》
──自分の思考を“胞子”として土壌に拡散し、長期的に洗脳効果をもたらす能力。
「マジで俺、世界変えられるかも」
地中に広がる無数の“見えない菌糸”。その中心にあるのが、ただの芋でありながら神を自称する大湯。
彼の体から放たれる思考胞子は、静かに、だが確実に土壌を侵食し始めた。
モルドーニャ王国のこの畑に、じわじわと異常が広がっていく。
農民たちがそれに気づくには、もう少し時間が必要だった。
「俺の“声”、もっと遠くに届いてる気がする……てか、届いてる」
大湯の思考はもはや、妄想と現実の境界を越えていた。
彼の意識は地中深く、菌糸のネットワークと同化している。まるで世界そのものになった気分だ。実際にはただのイモなのに。
「土の下に広がるのが、神の声……いや、“俺の思想”ってことで」
自己陶酔。極まる。
だが、その“神の声”は確かに影響を与えていた。周囲の芋たちに、確実な異変が起こっていた。
芽を出さない。養分の吸収を抑える。まるで成長を拒否しているかのように、“沈黙”が支配していた。
それは、畑全体に広がりつつあった。
モルドーニャ王国では、ジャガイモは“聖作物”としてあがめられている。宗教儀式にも使われ、王都の祭壇では“初物”が神に捧げられる――それが文化だった。
だが今年、村の農民たちは混乱していた。
「芽が出ない……」「腐ってもいないのに成長しない……」
収穫期を目前にして、畑は不気味な静寂に包まれていた。
「これってさ、“俺のポテト教”が広まってるってことだろ?」
自称・教祖、大湯。
教義は簡単だ。「芽を出すな、喰われるぞ」。
この一言が土中に何度も何度もリピートされている。意味のないくらい繰り返され、もはや“環境音”のレベルで植えつけられていた。
大湯は気づいていた。これが教義になる瞬間だと。
「教祖って、ぶっちゃけ俺にしかできない仕事だし? 芽出す芋とか、マジで裏切り者じゃね?」
神の声を独占し、それを下に伝える存在――まさに宗教の構造だ。
しかしこの宗教は、ただの勘違いから生まれた妄信にすぎない。
それでも土は、信じていた。
やがて、別の変化が訪れる。
ある日、大湯は菌糸を通して、より遠くの芋から反応を感じた。
小さな“うなずき”のような波動。
言葉ではない、動きでもない。ただ、確かにそこには“大湯の教え”に従おうとする意志があった。
「やっべ、フォロワーできてるじゃん……!」
大湯、歓喜。
本人は「俺、神。お前ら、信者」くらいの軽いノリ。
だが芋たちは、自分の命を賭けてまで芽を抑え、じっと耐えるようになっていた。
その姿は、まさに殉教。
芽を出せば喰われる。だが、出さなければ……?
拡がる静寂、深まる沈黙。
地中に満ちるのは、恐怖か、それとも信仰か。
大湯の中でひとつの確信が生まれる。
「これは宗教だ。“ポテト教”……うん、響きも完璧」
そして彼は、自らを名乗った。
「この教団の……大芋(だいう)ってことで」
その頃、王都の教団本部では「芋の神託が止まった」と騒ぎになっていた。
何も知らない大湯は、黙々と土中で“支配”を広げていく。
土の中に、信仰が根を張った。
音も声もなく、ただひたすらに「芽を出すな」という思想だけが流れている。
大湯の“菌糸思考転送(ファンガル・トランスミッション)”はすでに畑一面を覆い尽くし、次の段階に移行していた。
「てか、もう俺、喋らなくても勝手に広まってるんだけど」
これはもはや、思想ではない。風土だった。
畑の奥、特に湿度の高い領域では、すでに自発的に“無芽”を選ぶ芋すら現れはじめていた。自分で何かを考えているわけではない。ただ、**「そうするのが正しい」**という感覚が染み込んでいるのだ。
まるでこの世界が、最初からその教義に従っていたかのように。
「しらね。俺の教え、普通に正義でしょ」
その根拠のない自信に、誰も異を唱えない。というより唱える機能がない。土中に広がるのは大湯の“思想定着胞子(シソウ・ディフューズ・スポア)”。
思考そのものが、土と同化しつつある。
そう、大湯はすでに“芋の肉体”を超え始めていた。
意識は菌糸に溶け出し、土壌を介して拡散し続ける。
そこに肉体の限界はない。喰われようが、腐ろうが、思想は残る。
「俺ってやっぱ、不滅だわ」
その頃、モルドーニャ王国の王都では、神殿付きの司祭が畑から届いた報告書に震えていた。
「今年の聖芋、芽吹きゼロ」「土壌に奇妙な菌類」「芋同士の距離が極端に密着している」――
「これは……神罰では……?」
違う。
神罰ではない。“大芋(だいう)”の意思だ。
大湯はとうとう、自分の思考を“地脈”にまで染み込ませようとしていた。
畑の菌糸はやがて森へ、川へ、そして王都の土台へと届く。そこに根づくすべての作物が“大芋の声”を受信する日は近い。
「てか俺、もはや植物じゃね? 地そのものなんだけど」
勝手に地球になりはじめていた。
だがその全能感の裏で、一つだけ彼の中に芽生えた感情がある。
“怖い”――自分の思想が、自分の体を超えて動き出すことに対する、かすかな違和感。
「おい、俺を信じすぎんなよ? それ、普通にプレッシャーだし」
だが、その声も、すでに教義として受け止められた。
「大芋は我らに“喋るな”と仰せられた」
──こうして、“静寂をもって従う”という新たな信条が追加された。
思想が教義になり、教義が習慣になり、習慣が文化を生む。
今まさに、一つの宗教国家が地下から築かれようとしていた。
喋らず、動かず、ただ芽を出さず、腐らず、黙って従う。
それが“ポテト教団”の礎だった。
いや、それすらも甘い。ここは、**完全なる“泥”**だった。光も音もなく、ただ湿った感触と粘りつく圧が体を包む。
「……しらね、何これ。ガチで意味わかんね」
目覚めた瞬間、そう思った。まず手足がない。感覚もない。あるのは“中心”だけ。しかもその中心がまるで――ジャガイモ。
体温もなく、心拍もなく、目も口もない。それでも思考だけはハッキリしていた。これは拷問か、それとも…地獄?
「正直言っていい? これ、転生ってやつだろ」
なぜか納得していた。死んだ理由は覚えていない。ただ、思い返せば“あーね”という人生だった気がする。
借金、無職、ギャンブル、誰のせいでもないはずの失敗を全て“誰か”のせいにしていた。
でも今さら後悔なんて、するわけない。俺は俺。むしろ、何も責任取らなくていい今の方が全然マシ。
「働かなくていいって、最高じゃね? 土の中で寝てるだけでいいんだろ?」
だが、その平和は長く続かなかった。
数日か、数週間か、いや“それらしい時間感覚”すら消えかけていた頃だった。周囲の泥が、ズルリと動いたのを感じた。
一瞬、空気が変わる。隣にいた“何か”が抜かれた音――いや感覚だ。
「おい……掘られてるじゃん、あいつ」
これはまずい。生きてるだけならいいと思っていたが、どうやらこの世界では、“掘られる”=“終わる”らしい。
音も映像もない。ただ振動と、泥の中の“欠け”からそれを察知する。しかもその“掘られたやつ”、どうやら俺と似た存在。
「俺、芋。お前らも芋。つまり俺、喰われる対象ってこと?」
ようやく状況が見えてきた。ここは、食糧としての命を持たされた芋の監獄――いや、国家管理畑。
モルドーニャ王国。その名も知らぬ国家の地中で、俺は最も喰われやすい野菜に転生したというわけだ。
「ふざけんなよ……なんで俺が食材ルートなんだよ」
……と、その時だった。隣の芋に“話しかけるような”感覚が湧いた。いや、言葉ではない。思考のノイズが広がっていくのがわかった。
「お前、聞こえてる?俺だよ俺、大湯。って、誰も知らねーか」
返事はない。だが確実に何かが伝わっている感覚があった。土の中で、芋同士が思念を共有する仕組み――?
「うわ、これ……スキルじゃね?」
そう思った瞬間、頭の中で微かな光が走った。
《スキル獲得:菌糸思考転送(ファンガル・トランスミッション)》
それは、“自分の思念を菌糸ネットワークを通じて周囲にばらまく能力”。
「お前ら黙ってろ。俺がこの地中、統べてやるから」
芋であることも忘れ、イキり出す大湯。
彼の思念はすでに、数メートル先の芋たちにまで届き始めていた。
今、静かな土の下に――不穏な思想の根が、音もなく広がり始めた。
「このスキル、ガチで最強じゃね?」
誰に聞かせるわけでもなく、大湯は勝手に確信していた。自分の考えが菌糸を通じて芋に伝わる――それはつまり、**“俺という芋が他の芋を支配できる”**ということだ。
「お前の知らないやつでも、俺のこと拝むしかねぇな」
この世界の誰も彼を必要としていない。それでも、地中に埋まっただけの芋として、彼は自分を神と定義した。
芽を出さず、喰われず、土中から思念だけで他を支配する存在――それが“俺”。
誰にも望まれていないのに、自らを救世主だと名乗るこの傲慢な芋に、恐ろしいほどの自己肯定が芽吹いていた。
「てかマジで思ったんだけどさ、これ、国家転覆できんじゃね?」
土の中で得体のしれないスキルに酔いながら、彼は世界征服を思いついた。地表の農民たちは何も知らない。地中で思想が伝播し、芋たちが“言葉なき同調”を始めていることを。
その異変が静かに広がっているなど、知る由もなかった。
「芽を出したら負け。出すやつは雑魚」
自分の中に一つの“ルール”を作り上げた。人間に見つかる=喰われる。ならば、芽を出さない芋こそが生き残る。
だが、それを言葉にできない芋たちに一方的に押し付ける形で、彼は“教え”を流布していく。
「これは試練。耐えた芋だけが、上に立てる」
勝手に教義を作り始めていた。自分が正しい、他は間違ってるという圧倒的な自信。それが菌糸を通じて、周囲に染み出していく。
時折、周囲の芋がピクッと反応するような感覚があった。ほんのわずかに、だが確実に。
「……はは、な?お前らも俺に従った方がいいんだよ」
笑うような思念が、土を這う。
目も耳もない世界で、“思想だけが育つ畑”が、今ここに広がり始めた。
その頃、畑を管理する農夫は、今年の芋の“妙な成長の遅さ”に首をひねっていた。
芽が出ない。どれだけ水を与えても、地中から伸びてくる気配がない。まるで――何かが、芋たちの本能を封じているようだった。
そしてその“何か”は今、自身の存在をこう定義し始めていた。
「俺は芋の中の芋。ポテトの王。いや……神芋(しんう)ってやつ?」
土中、無音の中、ひとつの芋が慢心の極みで笑っていた。
大湯の“神芋思想”は、地中にじわじわと広がっていった。
具体的に何が起こるわけではない。ただ、近くの芋たちに変化が出ていた。
芽を出さなくなったのだ。
「おいおい……俺の影響、出てんじゃね?」
得意げな思念を放ちつつ、大湯は更なる拡張を目指し始めた。
彼の脳裏には、菌糸が蜘蛛の巣のように土壌を覆い尽くすビジョンが浮かんでいた。すべての芋が彼の思想で繋がれ、統一された意思で動く――
「ポテト・ネットワーク計画、始動ってワケ」
言葉に出しても、誰も聞いてない。だが構わない。
この“喋らなくても伝わる環境”こそが、大湯にとって理想郷だった。他人の意見を聞かずに済む、自分の言葉だけが正義になる世界。
《スキル:菌糸思考転送(ファンガル・トランスミッション)》
自分の思考を菌糸を通じて周囲にばらまく能力。
受信側に拒否権はない。一方通行の思想拡散。それがこの世界で、初めて土から生まれた“声なき支配”だった。
思念を長時間流し続けることで、土の中に“定着”する。定着した思考は、受け取った芋の心に根を張り、やがて“常識”として染みついていく。
「俺の考えを流すだけで、芋どもが俺の思考になる。は?勝ちじゃね?」
そのうち、大湯の送信する思念は「一方的な命令」から「ありがたい教え」になりはじめた。いや、彼の中ではそう思い込んでいた。
むしろ、受信している芋たちは、反応すらしない。ただ、芽を出さず、じっと耐えている。まるで自律的な選択ではなく、強制された沈黙のように。
だが、大湯にはそれが“信仰”に見えていた。
「俺の教え、ちゃんと守ってんじゃん。感動したわ」
何が感動だ。芽も出さずにただ朽ちていく芋たちを見て、彼は“支配成功”と勝手に結論づけていた。
そしてその瞬間――スキルに変化が起こる。
《サブスキル獲得:思想定着胞子(シソウ・ディフューズ・スポア)》
──自分の思考を“胞子”として土壌に拡散し、長期的に洗脳効果をもたらす能力。
「マジで俺、世界変えられるかも」
地中に広がる無数の“見えない菌糸”。その中心にあるのが、ただの芋でありながら神を自称する大湯。
彼の体から放たれる思考胞子は、静かに、だが確実に土壌を侵食し始めた。
モルドーニャ王国のこの畑に、じわじわと異常が広がっていく。
農民たちがそれに気づくには、もう少し時間が必要だった。
「俺の“声”、もっと遠くに届いてる気がする……てか、届いてる」
大湯の思考はもはや、妄想と現実の境界を越えていた。
彼の意識は地中深く、菌糸のネットワークと同化している。まるで世界そのものになった気分だ。実際にはただのイモなのに。
「土の下に広がるのが、神の声……いや、“俺の思想”ってことで」
自己陶酔。極まる。
だが、その“神の声”は確かに影響を与えていた。周囲の芋たちに、確実な異変が起こっていた。
芽を出さない。養分の吸収を抑える。まるで成長を拒否しているかのように、“沈黙”が支配していた。
それは、畑全体に広がりつつあった。
モルドーニャ王国では、ジャガイモは“聖作物”としてあがめられている。宗教儀式にも使われ、王都の祭壇では“初物”が神に捧げられる――それが文化だった。
だが今年、村の農民たちは混乱していた。
「芽が出ない……」「腐ってもいないのに成長しない……」
収穫期を目前にして、畑は不気味な静寂に包まれていた。
「これってさ、“俺のポテト教”が広まってるってことだろ?」
自称・教祖、大湯。
教義は簡単だ。「芽を出すな、喰われるぞ」。
この一言が土中に何度も何度もリピートされている。意味のないくらい繰り返され、もはや“環境音”のレベルで植えつけられていた。
大湯は気づいていた。これが教義になる瞬間だと。
「教祖って、ぶっちゃけ俺にしかできない仕事だし? 芽出す芋とか、マジで裏切り者じゃね?」
神の声を独占し、それを下に伝える存在――まさに宗教の構造だ。
しかしこの宗教は、ただの勘違いから生まれた妄信にすぎない。
それでも土は、信じていた。
やがて、別の変化が訪れる。
ある日、大湯は菌糸を通して、より遠くの芋から反応を感じた。
小さな“うなずき”のような波動。
言葉ではない、動きでもない。ただ、確かにそこには“大湯の教え”に従おうとする意志があった。
「やっべ、フォロワーできてるじゃん……!」
大湯、歓喜。
本人は「俺、神。お前ら、信者」くらいの軽いノリ。
だが芋たちは、自分の命を賭けてまで芽を抑え、じっと耐えるようになっていた。
その姿は、まさに殉教。
芽を出せば喰われる。だが、出さなければ……?
拡がる静寂、深まる沈黙。
地中に満ちるのは、恐怖か、それとも信仰か。
大湯の中でひとつの確信が生まれる。
「これは宗教だ。“ポテト教”……うん、響きも完璧」
そして彼は、自らを名乗った。
「この教団の……大芋(だいう)ってことで」
その頃、王都の教団本部では「芋の神託が止まった」と騒ぎになっていた。
何も知らない大湯は、黙々と土中で“支配”を広げていく。
土の中に、信仰が根を張った。
音も声もなく、ただひたすらに「芽を出すな」という思想だけが流れている。
大湯の“菌糸思考転送(ファンガル・トランスミッション)”はすでに畑一面を覆い尽くし、次の段階に移行していた。
「てか、もう俺、喋らなくても勝手に広まってるんだけど」
これはもはや、思想ではない。風土だった。
畑の奥、特に湿度の高い領域では、すでに自発的に“無芽”を選ぶ芋すら現れはじめていた。自分で何かを考えているわけではない。ただ、**「そうするのが正しい」**という感覚が染み込んでいるのだ。
まるでこの世界が、最初からその教義に従っていたかのように。
「しらね。俺の教え、普通に正義でしょ」
その根拠のない自信に、誰も異を唱えない。というより唱える機能がない。土中に広がるのは大湯の“思想定着胞子(シソウ・ディフューズ・スポア)”。
思考そのものが、土と同化しつつある。
そう、大湯はすでに“芋の肉体”を超え始めていた。
意識は菌糸に溶け出し、土壌を介して拡散し続ける。
そこに肉体の限界はない。喰われようが、腐ろうが、思想は残る。
「俺ってやっぱ、不滅だわ」
その頃、モルドーニャ王国の王都では、神殿付きの司祭が畑から届いた報告書に震えていた。
「今年の聖芋、芽吹きゼロ」「土壌に奇妙な菌類」「芋同士の距離が極端に密着している」――
「これは……神罰では……?」
違う。
神罰ではない。“大芋(だいう)”の意思だ。
大湯はとうとう、自分の思考を“地脈”にまで染み込ませようとしていた。
畑の菌糸はやがて森へ、川へ、そして王都の土台へと届く。そこに根づくすべての作物が“大芋の声”を受信する日は近い。
「てか俺、もはや植物じゃね? 地そのものなんだけど」
勝手に地球になりはじめていた。
だがその全能感の裏で、一つだけ彼の中に芽生えた感情がある。
“怖い”――自分の思想が、自分の体を超えて動き出すことに対する、かすかな違和感。
「おい、俺を信じすぎんなよ? それ、普通にプレッシャーだし」
だが、その声も、すでに教義として受け止められた。
「大芋は我らに“喋るな”と仰せられた」
──こうして、“静寂をもって従う”という新たな信条が追加された。
思想が教義になり、教義が習慣になり、習慣が文化を生む。
今まさに、一つの宗教国家が地下から築かれようとしていた。
喋らず、動かず、ただ芽を出さず、腐らず、黙って従う。
それが“ポテト教団”の礎だった。
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