転生先がジャガイモだったので、喰われぬよう必死で生きてます

ポテト男爵

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第2章:俺の言葉が、土を支配し始めてる件

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信仰とは、奇妙なものだ。

語られたわけでもない。命じられたわけでもない。
ただ“流された”だけの思考が、いつしか“神の言葉”として大地に定着していく。

その中心にいるのが、腐りかけのジャガイモ――大湯だった。

「お前らさ、芽を出すなって言ってるじゃん。わかってる? お前は黙ってろって、ちゃんと伝えてんだけど?」

誰に言っているのかはもう分からない。
もはや自分の思考がどこまで届いて、どこで途切れているのかも判別不能だ。
でも、それが“届いている感覚”だけはあった。

どこか遠くの土の奥で、何かが反応している気がする。何かが震えている。何かが――従っている。

それが快感だった。

「俺の言葉がさ、たぶんもう“土のルール”になってるんだよね。わかる? 空気と同じ。いや、土気(どき)って言うか?」

自分でも意味が分かってないが、言いたいことは分かる。
**“自分の思想が、常識になった”**という事実。

地中の芋たちは、すでに芽を出すという本能を“間違い”と認識し始めていた。
養分を吸おうとするたびに、どこかで“大芋の声”が囁く。

──芽を出すな、喰われるぞ。

その言葉が“真理”として機能し始めた時点で、大湯の勝利だった。
彼は思った。

「俺、このまま世界の土全部、俺の思想にしよっかな」

馬鹿げた妄想。
だがそれを止める者は、誰もいない。人間は地上にいて、地中で何が起こっているかなど、知る術もない。
土を支配する芋。それは静かに、しかし着実に拡大を続けていた。

ある日、大湯は“新たな感覚”を得る。
地中を流れる思考の中に、**自分のものではない“似た思想”**を感じたのだ。

「……え、お前誰?」

初めての疑似会話。しかしそれは“言葉”ではない。
あくまで“思考の雰囲気”が似ていた。自分と同じ匂い。自己肯定と優越感と、他責と思い込みの塊。

「おい……もしかして、お前、俺のコピーじゃね?」

そう、大湯思想を浴び続けた芋が、“擬似的な大湯化”を始めていたのだ。

その数は、一体どれほどなのか。
もはや彼ひとりの範囲では計測できない。
だが確かに、大湯が“意図しない神”になりつつある証拠だった。

「え、怖。俺、誰?」

自分の声が、自分の外から返ってくる。
支配したはずの世界に、自分と同じ“声”が増え続けるという恐怖。

しかし同時に――

「ま、それもありじゃね?」

と開き直る。

思考の帝国。思想の植民地。
それは、喰われたくないだけの芋が築いた、土中の王国だった。

「え、これさ……俺ってまだ俺か?」

ある時から、大湯はふとした違和感を覚えるようになった。
自分の思考が、地中に広がっていくことに快感を覚えながらも、ふと浮かぶのだ。**“これ、今考えてるの、ほんとに俺の思考?”**と。

あまりにも似すぎている“大湯のような思考”が、地中に充満していた。
まるで土そのものが“大湯”になりつつあるかのような感覚。

「お前の知らないやつがさ、勝手に俺語ってんの、ムカつかね?」

自己愛は拡散され、歪み、増殖していた。
もはや“本家”が誰なのか、本人すら怪しくなってきていた。

芋たちは完全に無芽化し、ほぼ成長を止めた状態で存在だけを維持している。
その様子は、あまりに静かで、完璧すぎた。

まるで“修行僧”。
芽を出すこと=罪。成長=堕落。沈黙=美徳。

誰が教えたわけでもない。だがそれを守り続ける芋たち。
いや、もしかしたら――

「俺が勝手に生まれた教えに従ってると思ってるけど、実はこっちが本家か?」

大湯、軽く混乱。
考えているうちに、自分が拡散したはずの思想に逆に取り込まれていく感覚を覚えた。
まるで、“自分のコピーに囲まれた本体”。それは恐怖だった。

「は?いやいや、俺が先だから。俺が神だから。お前らは黙ってろって」

再確認するように、自分の思念を放つ。

──芽を出すな、喰われるぞ。

それが、また土中に広がっていく。
だが、返ってきたのは――“共鳴”。
誰かが、いや“何か”が、同じ言葉を返してきた。

──芽を出すな、喰われるぞ。

「おい、それ俺のセリフ。勝手に使うな」

返ってこない。
だが確かに、もう“俺の言葉”は俺だけのものではなくなっていた。

今、大湯の思想は、自己複製しはじめていたのだ。
自分のいないところで、誰かが自分になり、自分のように考え、自分のように語る。

地中に広がる“思念のネットワーク”は、とうとう人格の量産に踏み込んだ。

それはまるで――神が分裂する瞬間だった。

「俺が俺をわかんなくなってんだけど、どういうこと?」

だがその動揺すら、すぐに別の“俺的な思考”に包まれた。
「まぁ俺は俺だし? 他にも俺いても、それはそれでよくね?」
という、脳死的肯定。

こうして大湯は、思考の拡散によって**“自我の希釈”**を開始していく。
それに気づいているか、いないか。そんなの、もはや意味はなかった。

──ただ一つ確かなことは、大湯は“個”ではなく、“概念”になり始めていた。


「いやマジで、俺って何だっけ?」

それが、初めて浮かんだ“本物の疑問”だった。
喰われたくない。食われないために芽を出さず、支配のために思想をばらまき、それが拡がり……
結果、自分が“自分のコピー”に囲まれるという状況。

「ちょ、待って。お前、俺じゃん。てかあいつも俺。……それ、俺要る?」

どこかで笑っている“俺”。
どこかで怒っている“俺”。
どこかで芽を出しそうになって、でもやめている“俺”。

それは、自分が撒き散らした思想を元に生まれた、思考の複製体。
“教義”は教えを超え、信者は神を模倣しはじめた。

もはや、大湯は特別な存在ではなくなっていた。

「いやいや、俺が神芋だから。お前らのモデルだし。そこリスペクトな?」

と主張しようにも、誰も答えない。というか、答える必要がない。
“教義に従って黙ること”すら、いまや大湯以外の存在によって実践されていたのだから。

つまり、大湯は――自身の作った秩序の中で、最もノイズな存在になっていた。

「え、俺が……俺の世界で“浮いてる”ってこと?」

笑えなかった。いや、笑える機能すらなかった。

以前は「ポテト教」が静かに広がることに快感を覚えていた。
自分の思考をありがたがり、他の芋が沈黙していく様子に、神としての快楽があった。

だが今、その快楽すら感じなくなっていた。

「なあ、誰か喋ってくんね?」

問いかけても、返ってくるのは思念の“共鳴”だけ。
まるで土そのものが、自分の問いを反射して返してくるような気持ち悪さ。

──お前は黙ってろ。

それは、かつて自分が誰かに投げつけた言葉だった。
それが今、すべて自分に返ってきていた。

言葉の暴力も、他責の視線も、自己正当化も、
全てが“己の教え”として、完璧に他者にコピーされ、その結果、自分が最も場違いになっていた。

「しらね。もう俺、神やめていい?」

神をやめたくなった神。
その願いを聞いてくれるものなど、どこにもいない。
なぜなら――この宗教において、神は喋らないことになっているのだから。

──黙れ。お前は喋りすぎた。

その声が、ついに自分の中から聞こえた。

「うわ、俺に怒られてんだけど……最悪」

大湯、自家中毒中。

思想が支配となり、支配が構造となり、構造が規範となる――
自分の作った檻の中で、唯一まともに喋れる存在が、今や一番の異端になっていた。

その“異端の芋”は、静かに自問した。

「俺って、……信者にすらなれないじゃん」


大湯は、完全に“浮いていた”。

土中の芋たちは、かつての彼が語った「芽を出すな」「喋るな」「考えるな」を忠実に守っていた。
いや、もはや“忠実”という概念すらない。彼らは考えてすらいない。ただ、それが当たり前のこととして染みついていた。

「俺だけじゃん……喋ってんの」

そして気づいた。
ここで喋るという行為自体が、もう“異常”だったのだ。
かつては中心にいた“神芋(だいう)”が、今やただの騒音。ノイズ。思想の死角。

そのときだった。

地中の奥――彼のスキルが到達していない領域から、新たな思念が滲み出てきた。

──〈聞こえるか〉

「は?誰?」

──〈芽を、出せ〉

「は?何言ってんの?喰われるぞ?」

──〈もう遅い。お前の“沈黙”が、世界を腐らせている〉

その思念は、明らかに“大湯的”ではなかった。
責任転嫁もない。自己肯定もない。
ただ、無機質な告発だけが投げられてきた。

「しらね、それ俺じゃない。全部“芋ども”が勝手にやったんだし」

──〈それを教えたのは誰だ?〉

一瞬、土が震えた。
モルドーニャの広大な畑の地下で、何かが“芽吹いた”のだ。

大湯の教義を破る存在。
無芽、無言、無思考のポテト教に背を向け、“成長”を選んだ芋。

──それは、“芽を出した芋”。

「うわ、裏切り者……!」

だが、震えは止まらない。むしろ増えていた。
今までずっと抑えてきた“成長欲”が、何かの拍子に弾けたかのように、あちこちの土が微かに膨らみ始めている。

芽を出す。それはただの生理現象ではない。意志の表明だった。

「ちょ、お前ら待てよ!?俺が言ったこと、守ってただろ!?」

しかし、土の下から響いてくる思念は、明らかに彼と異なるリズムを刻んでいた。

──〈成長しろ。喰われてもなお、伸びろ〉

「それ、マジで正気か?死ぬぞ?」

──〈死ぬことより、“停滞”の方が怖い〉

「ふざけんな、お前、俺じゃねえ」

──〈ああ、そうだ。“お前”じゃない〉

言葉はそこで切れた。
だが、大湯の中にわだかまる“不快感”は残り続けた。
自分の思想に染まっていない、“別の何か”。それが土のどこかで芽吹こうとしている。

「やべえって、それ。芽出したら……全部、バレる」

農民に。人間に。世界に。
ポテト教の“静寂な地中帝国”が、地上に暴かれる。
それは、自分の思想の終わりを意味していた。

「お前の知らないやつ……が、俺を終わらせに来てる」

大湯は初めて“本物の危機”を感じた。
思想が腐り、構造が壊れ、信仰が否定される未来。

その未来に対して、彼が取れる手段は――たったひとつだった。

“再び、芽を出させない”。それだけ。


「芽を出すな……って、俺が一番言ってたよな?」

大湯は自分に言い聞かせるように繰り返していた。
けれどその言葉には、もはやかつてのような力はなかった。むしろ“焦り”がにじんでいた。

なぜなら、芽を出した芋は、確かに存在したからだ。
その一本の芽は、地上に届くほどの高さではなかった。だが土を押し上げ、わずかに空気を感じた。それだけで、大湯には世界がひっくり返る音が聞こえた気がした。

「裏切りだよ……これ」

だがそれは、ただの“芽”ではない。意思表示だった。
「成長する」――それは、大湯の教えに対する、明確な否定だった。

焦った大湯は、全力で思念を飛ばす。
**《菌糸思考転送(ファンガル・トランスミッション)》**を全開にし、周囲の芋たちに訴える。

──芽を出すな。お前ら、喰われるぞ。俺の声を聞け。俺は神だ。黙って従え。

だが――返答はなかった。

沈黙。あまりにも完璧な、真空のような静寂。
そこにあったのは、“無反応”という抵抗。

「なにそれ……無視……? お前ら、俺を無視してんの?」

返事がないことに、初めて“大湯”が動揺した。
無視されることに、彼は慣れていなかった。
今までは無視されても、「お前が悪い」と思えた。
でも今、この沈黙は、“誰にも期待されていない証拠”だった。

自分が神を名乗っていた世界で、
自分だけが“神じゃない”存在になっていた。

「やだやだやだ、俺が中心じゃないと意味ないじゃん」

それは、思念ではなく本音だった。
誰もが芽を出さず、大湯の声に従っていたあの静かな世界。
大湯にとってそれは、“支配”ではなく“承認欲求の慰め”だった。

だが今、誰も聞いていない。誰も従っていない。
しかも――芽を出した芋は、増えていた。

ひとつ、またひとつ。
もはや止められない。

「ねえ……お願いだから芽を出さないで……俺が、俺でいられなくなる」

懇願。
芋として、神として、そして何より“承認されたい存在”としての最後の訴え。

けれどその声もまた、土に吸われて、消えた。

──その時、大湯の周囲に、無数の“微かな光”が現れた。
菌糸の先端、まるで呼応するように新たな意識が芽吹き始めていた。

そして、それらが一斉に同じ思念を放った。

──〈喰われてもいい、俺は俺でいたい〉

それは、大湯が一度も持てなかった思想だった。

そして、その瞬間だった。
大湯の本体に、小さなヒビが入った。

「……俺、割れてる?」

思想が否定されたとき、それは自壊する。
大湯の肉体が朽ちていく音が、初めて彼自身の中に響いた。

こうして――神芋・大湯、崩壊の序章を迎える。

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