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第5章:疑惑の水面
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「いや、まず言っとくけど、俺は“舟と会話”してただけ」
取り調べ室のような小部屋で、ポテトは安いパイプ椅子にふんぞり返っていた。視線は上、腕は組み、態度だけは100点の“反省してないやつ”。
目の前の係員は、すでに10回目のため息をついていた。
「あなたが深夜、無許可でピットエリアに侵入していたというのは事実ですよね?」
「えーと、それ、“見方の問題”ってやつじゃない? 俺的には“導かれてた”。感覚で歩いたら、そこに舟がいた。つまり“運命”。そこに罪はないと思うんだけど?」
「防犯映像で、あなたがエンジン部分を開けて何かしていたのが確認されています」
「ちょ、お前、機械に詳しくないでしょ? 俺、あれ“調整”してたから。むしろ選手に感謝されるべきじゃね? 俺の手入れで勝てたんだから。“恩人”じゃん、俺?」
係員の目が死んだ。
「さらに、あなたが場内で“ポテ券”という名称の無許可舟券予想を販売していた記録もあります」
「え、待って待って、それ“文化活動”なんだけど。“指数アート”って知らない? 今流行ってんじゃん。“数値で語る表現者”ってやつ。俺、表現の自由で戦えるから。人権で勝てる」
机に額をこすりつけたい気持ちを堪えながら、係員が静かに言う。
「今後、競艇場への立ち入りを禁じます。正式な処分も追って通知します。今日のところは、お帰りください」
「……いや、でも俺、“ここが人生の職場”なんだけど?」
「帰ってください」
「わかりました。でも俺、後悔はしてない。“愛でいじったエンジン”に罪はない。むしろ、“魂のメンテナンス”。これ、俺の信念なんで。あーね、尊重お願いしまーす」
帰る気配ゼロでポテスピに火をつけようとするポテトに、係員が目を光らせる。
「室内は禁煙です」
「え、でも精神統一って医療的に必要だよ? 俺、そういうタイプだから。ポテスピは処方箋ってことで……」
「出てください」
やっと追い出される。
外に出ると、陽の光がポテトを直撃した。目を細めながら、彼はスマホを取り出し、録画を始めた。
「皆さん、聞いてください……俺は今、“迫害”されています」
後ろの看板にでかでかと“立入禁止”と書いてあるのに、ポテトはその前で語り始めた。
「本日、ポテナッチ指数が“強すぎる”ことにより、運営からの圧力が入りました。つまり、俺の指数は本物。逆に信頼できる。俺、今“選ばれし孤独”に生きてます」
誰も聞いていない。通行人がスマホ越しに「何あれ…」と呟いて去っていく。
「あと、“エンジンいじった”って言われてるけど、それって“未来をいじった”って意味だから。むしろ時空の整備士? ってことで俺、宇宙視点で評価されるべき」
そのままベンチに座り込み、自撮りを開始。
「はい、みなさんこんにちは。ポテトです。今日のひとこと。“舟の魂に触れた男は、いつだって孤独”。これ、ポテ塾の“第7教義”ね。かもめもメモっとけ」
通知:“りゅうがあなたをブロックしました”
「は? 逃げんの? そーゆーとこなんだよ。俺、戦ってる。お前らは逃げてる。俺は未来、お前らは昨日。うん、つじつま合ってる」
まるでポエム。
まるで地獄。
でも、ポテトは本気で「感動的」と思っていた。
「てか、今この瞬間の俺、逆に一番かっこよくね? 主人公感エグくね?」
カメラにウィンク。
「うわ、自分に惚れそう」
「よし、今日から“ポテナッチ宗”でいくわ」
ポテトは公園のベンチに寝転びながら、完全に何かを“超えた”顔で呟いた。雨も降っていないのに、レインコートを着ている。その理由は「未来の天気予知に合わせて服装決めてるから。俺、天気先取り系男子」。
「正直言って、“宗教”って言葉の響きダサいから。“ポテ道”にしとく。“数と煙と舟の道”って書いて“ポテ道”。お前ら、教本ちゃんと読めよ? 今度自費出版するから。装丁ポテチ袋だからな?」
道行く子どもに「あの人こわい……」とささやかれるが、ポテトはそれを「俺、オーラ強すぎて見えてない人からすると怖い存在ってことね。あーね、俺、半透明」と受け止める。
彼は地面にチョークで“六舟陣”なる謎の記号を書いていた。六芒星ならぬ、六艇星。舟のアイコンを組み合わせた召喚陣である。
「ここに“当たりの気配”を封印してる。俺の魂がここに留まってる。逆に、これ以上当てちゃうと競艇界崩壊すっから、今“抑えてる”。これが俺の優しさな?」
そして突然、叫ぶ。
「りゅう!!! お前、聞こえてんだろ!? ブロックしても無駄! 俺、お前の脳内で“再生”されてっから! 夢に出てくるだろ!? それ、ポテトだよ!!!」
鳥が逃げていった。
ポテトはスマホを取り出し、自分の顔をドアップで映しながら、また謎動画を撮り始める。
「はい皆さんこんにちは、宇宙認定ポテナッチ指数、主宰のポテトです。今日の名言いきます。“舟とは己の肉体。エンジンは感情。波は社会圧。勝つために必要なのは……腹”」
そしてシャツをめくり、腹を揺らす。
「これが“波”だ。俺の肉体が“水面”を体現してる。つまり俺は“生きる競艇場”」
背後にいた高校生たちが爆笑しながら去っていく。
「笑ってるやつ、負けるから。笑いは“感情のエラー”だから。“勝つ者”は笑わない。俺、今日から感情切るわ。無機質で行く。感情卒業。泣いたこともない、最近」
直後、スマホを落としてヒザに当たり、「痛っっっ」と大声を出す。
「……これは違う。“情報痛”。ヒザが“数値の乱れ”を感じ取っただけ。わかるか? この領域」
そしてまた誰にも聞かれていないのに語り続ける。
「俺、今から“移動式ポテ塾”始めるから。“ポテナッチカー”っていうリヤカーを引いて、町中回る予定。授業は道端、教材は大声、支払いは感謝。逆に金もらわなくていい。“勝った後に感想送って”。俺、それで満たされるタイプ。心で飯食ってるから」
「てか、もう俺、“霞”で生きてる。飯いらん。ポテスピと風と“信頼”だけで動いてる。お前ら、まだカロリーとか信じてんの? 時代遅れ乙」
そして再びポテスピに火をつけ、風に向かって両手を広げる。
「見てろよ……今日、俺が空気の流れを“的中”させっから!! 風速3.2m、湿度67%、この条件……ポテナッチ指数、超反応!!!!」
そして叫ぶ。
「当たれええええええええええ!!!!!!!!」
静かな公園に、腹から絞り出された“虚無の雄叫び”が響き渡った。
カラスがまた一羽、遠くへ逃げていった。
――その日は、妙に空が青かった。
「今日、俺に“風”来てるわ」
ポテトはいつものように、ニューポテ競技場の入り口付近で“即席ポテ塾”を開催していた。テーブルはコンビニの段ボール、椅子はなぜか盗まれたっぽいプラスチックのガチャベース。
目の前には並べられた“最新ポテ券”。
商品名:「直感プレミアムコース/潜在波動対応版(当たる可能性は自己責任)」
価格:1枚1,500円
特典:ポテトのありがたい言葉が裏に手書きで記載(例:「今日は水」)
そんな意味不明な商品を前に、ポテトは1人の男性に語りかけていた。
「兄さん、感じるでしょ? “今”、ここに立ち止まったのは偶然じゃない。“当たる気配”を感じたんだよ。つーか、このポテ券、今触った時点でもう“買ってる”からね? あーね、エネルギー的に」
男は無言で立ち去った。
ポテトは鼻で笑い、こう呟いた。
「また1人、勝つことを怖れて逃げたな。“敗北脳”ってすぐわかる。“負けるオーラ”、出てんのよ」
そのときだった――。
「大湯◯◯さんですね」
後ろから静かにかけられる声。
ポテトは振り返り、サングラスをクイッと上げた。そこには二人の私服警官。冷静な目、ポケットから出されたバッジ。
「なんすか? え? ファン? 写真とかNGなんすよ俺、“思想家”なんで」
警官は淡々と告げた。
「業務妨害、器物損壊、不法侵入、詐欺未遂の疑いで、あなたを逮捕します」
「……は?」
ポテト、一瞬フリーズ。
「いやいやいや、待って待って、“逮捕”ってなんの冗談? 俺、今“指数の途中”だから。あと今日1-3-5が爆裂で当たる予定だから、“この逮捕”が現実だと“指数にズレ”が出んの。てか、俺いま地球に必要な波動出してるから!!」
無視して近づく警官。
「ちょっと、待って? 待ってって言ってんじゃん? 俺、これ商売じゃなくて“啓蒙活動”だよ? 宗教じゃなくて“概念”。“概念って罪になるの?”って話じゃん?」
その場にいた客がスマホで動画を撮り始める。
「おい、撮るなよ!? “思想犯”として扱われる瞬間とか、マジで人権団体が動く案件だぞ!? 俺、“思想で捕まる人”ランキング入るだろこれ!? ヤバいって!!」
警官が腕を取る。
「ちょ、ポテスピだけ吸わせて!? タバコって人権じゃん? 俺、それで“指数の整合性”取ってるんだけど??? 今吸えないと……ガチで地球ズレるって!!!」
手錠がかけられた。
「おい! しらね! 俺、マジで無実だって!! この状況、“逆張りの陰謀”だろ!? りょうの差し金か!? あいつ、俺の“舟格”に嫉妬してたし!!!」
引きずられるようにパトカーへ。
その途中も叫び続ける。
「俺、今だけ“地球代表”だから!! ポテナッチ指数、国連に提出する予定だったのに!! 世界の未来を“舟”で救う男なんだよ俺は!!!!」
「しらね!!! マジでしらね!!!!」
パトカーのドアがバタンと閉まり、静けさが戻った競艇場。
通行人の誰かがポツリと呟いた。
「……あれ、何だったん?」
「ポテトって名前で活動してたやつでしょ。舟に話しかけてたヤバいやつ」
「ポテ券? あれ買ったら呪われるらしいよ」
空には今日も、水面のように静かな雲が流れていた。
「ガチで言っていい? ポテスピないと俺、死ぬから」
留置場の奥、鉄格子越しに響く声。それは明らかに、何かが壊れた後の音だった。
「てか、マジで? ポテスピ切れって、これ国家による拷問じゃん!? 俺にとっての“空気”なんだけど!? ポテスピ=酸素って話、お前知らない系? あーね、情報弱者」
室内の空気が重くなる。
同室の囚人たちが明らかに嫌な顔をして距離を取るなか、ポテトは床をゴロゴロ転がりながら、両手を天井に伸ばして叫ぶ。
「うううぅぅぅ!!! ポテスピィィィィィィィ!!! おい!!! だぁれかぁ!!! 俺に1本でいい!! 1本のポテスピでいいのぉぉぉぉぉぉ!!!!」
看守がやってきて低く一言。
「いい加減にしろ」
「はぁ? お前、誰目線? 俺、被害者なんだけど?? “世界から妨害を受けている男”なんだけど??? てか、お前、ポテナッチ指数知らんの? え? は? 知らんの? 終わってんじゃん人生~」
「……静かにして」
「しらね!! お前が黙れよ!! 俺が今こうやって叫んでるのって、身体の“声”なんだよ!! 魂の“ノイズキャンセリング”がバグってるから!! あーね? わかんないか、凡人にはさ!!」
さらに奇行は加速する。
「俺、マジで今、喉からポテスピが出そう!! 逆に! ポテスピが体内で生成され始めてるの!! 俺、ついに“内燃機関”になった!? 俺自身がモーター!? え!? え!? 誰か止めて!!!」
壁に頭を打ち付ける(軽く)。周囲がさらに離れる。
「あと!! この留置場、波動が悪い!! 水と木の属性が反発してんのよ!! 俺、水タイプだからさ!! 風属性のポテスピがないとバランス崩れるの!!! これ、もう“人体の舟券事故”!!!」
看守、無表情で遠隔通報ボタンを押す。
「医療班、ひとつお願いしまーす……」
ポテトは聞いていない。
「俺、“世界の補正装置”なのにぃぃ!! ポテスピくれって言ってんだろがァァァ!!! 1箱あれば指数3年分溜まるんだよォォォ!!!」
もはや意味不明なワードを連呼。
「補正装置ゥゥ!! スピ波動ゥ!! 肺活量で舟が動くゥ!! 俺が競艇そのものォォォ!!」
隣の部屋の囚人が叫ぶ。
「黙れええええええ!!!」
ポテト、ハッとして。
「……お前、今“真実”に動揺して怒ったな? わかる。俺の声って、“内側に刺さる”から。“脳のツボ”押しちゃった系でごめん? でも俺の声、もう“祈り”だから。しらね」
そしてまた、意味もなく天井を指さす。
「あと、今、“見えないやつ”が天井から俺を見てる。これ、“高次元”の存在。名前は“スピポテ”っていうの。ポテスピの精霊。いま俺を導いてる。“吸えなくても吸える”って感覚、分かる? 無理か~~~あーね~~~」
ポテトは最終的に、服の袖を裂いてそれを“仮ポテスピ”として口にくわえ、全力で吸うフリを始めた。
「すぅぅぅ~~~~~ぷはぁぁぁ~~~~!!! あー、これこれ……やっと世界が“整った”わ……お前ら、吸ってないの? 人生損してるし。あーね、お疲れ~~~」
看守と医療係がやってきて、彼を寝かせようとした瞬間、ポテトは叫ぶ。
「俺の思想を否定するなァァァ!!! ポテスピは哲学!!! 指数は詩ィィィ!!! 俺が真実ゥゥゥ!!!」
──本当に、ただただ、ウザかった。
「……な?」
ポテトは壁に向かって話しかけていた。いや、正確には、壁に描いた“ポテスピの絵”に語りかけていた。ボールペンのインクを吸い尽くし、白い壁に浮かぶ、雑な黒線。棒状のそれには「ポテ神」と丁寧にフリガナが振られている。
「な? やっぱ来たろ。“第七の時代”。俺の中ではこれ“予言済み”。“ポテの黙示録 第16章”にちゃんと書いてある。“舟をいじった者、世界に誤解されし時、囚われの中で新たな指数を授かる”……まんまじゃん?」
彼の喋り方はもう完全に崩壊していた。
「えっとー、正直言ってさ、俺、“いま捕まってること”自体が計画内だったから。“陰謀”じゃないのよ。“演出”なの。だから、お前らの“罪”じゃない。“舞台の一部”。お前ら、ただのエキストラ。俺が主役。“主人ポテ”な」
同房の男が言う。
「おい、ポテ……何日目だよ、それ繰り返してんの。お前のせいで眠れねえんだよ」
ポテト、にやり。
「それ、“指数の共鳴”だな。お前、無意識で俺に感化されてる。“眠れない”=“覚醒しかけてる”って意味だから。ポテ塾では“覚醒症候群”って呼んでる。おめでとう、今日から塾生」
「ぶちのめすぞ」
「おおっと、暴力は“指数の敵”だから~~あーね、理解力負けちゃった感じ? だいじょぶ、凡人のスタートってそこだから。俺、教えてあげる。“舟の哲学”を」
そう言ってポテトは、壁に貼ったトイレットペーパーに「今日のポテ講義」と題して書いた“教義”を指さす。
1. 舟はすべてを許す。
2. エンジンは、触ってこそ愛。
3. ポテスピがない日=地球が回ってない。
4. 逮捕=公式な神認定。
そして最後にこう書いてあった。
5. オレが正しい
「これ、マジで真理。逆らえない。“オレが正しい”って書いてある時点で、正しいの確定してるし? あーね?」
誰も反論しない。というか、脳がついていかない。
そのとき、看守が様子を見に来た。
「ポテト、大人しくしろよ。次やかましくしたら懲罰房行きだぞ」
「おうおう、来たねぇ~~国家の犬! この期に及んで俺の“言葉”を閉じ込めようとしてんの? むしろ、“俺を黙らせる”こと自体が“俺の言葉の力”を証明してんじゃん? お前、負けてんの気づいてる? 言葉バトルで0-3な?」
看守、黙って去る。
ポテトはその背中に向かって深々と一礼。
「お前も、いつか分かる。俺の“逮捕”が世界の“運命修正イベント”だったことを……ポテ黙示録、第26章に続くから読んどいて?」
彼は再び壁に向き直り、“ポテ神”にポーズを取りながら小声で呟いた。
「俺、今が一番冴えてる。ポテスピない状態が逆に“開眼”モード。今、俺の脳内で数字が暴れてる。これ、“ポテナッチ絶対解”来るぞ。待ってろ、世界……」
そして最後にこう付け加えた。
「この逮捕、マジで“ボーナスステージ”。俺、ここから無双する予定だから。ガチで」
取り調べ室のような小部屋で、ポテトは安いパイプ椅子にふんぞり返っていた。視線は上、腕は組み、態度だけは100点の“反省してないやつ”。
目の前の係員は、すでに10回目のため息をついていた。
「あなたが深夜、無許可でピットエリアに侵入していたというのは事実ですよね?」
「えーと、それ、“見方の問題”ってやつじゃない? 俺的には“導かれてた”。感覚で歩いたら、そこに舟がいた。つまり“運命”。そこに罪はないと思うんだけど?」
「防犯映像で、あなたがエンジン部分を開けて何かしていたのが確認されています」
「ちょ、お前、機械に詳しくないでしょ? 俺、あれ“調整”してたから。むしろ選手に感謝されるべきじゃね? 俺の手入れで勝てたんだから。“恩人”じゃん、俺?」
係員の目が死んだ。
「さらに、あなたが場内で“ポテ券”という名称の無許可舟券予想を販売していた記録もあります」
「え、待って待って、それ“文化活動”なんだけど。“指数アート”って知らない? 今流行ってんじゃん。“数値で語る表現者”ってやつ。俺、表現の自由で戦えるから。人権で勝てる」
机に額をこすりつけたい気持ちを堪えながら、係員が静かに言う。
「今後、競艇場への立ち入りを禁じます。正式な処分も追って通知します。今日のところは、お帰りください」
「……いや、でも俺、“ここが人生の職場”なんだけど?」
「帰ってください」
「わかりました。でも俺、後悔はしてない。“愛でいじったエンジン”に罪はない。むしろ、“魂のメンテナンス”。これ、俺の信念なんで。あーね、尊重お願いしまーす」
帰る気配ゼロでポテスピに火をつけようとするポテトに、係員が目を光らせる。
「室内は禁煙です」
「え、でも精神統一って医療的に必要だよ? 俺、そういうタイプだから。ポテスピは処方箋ってことで……」
「出てください」
やっと追い出される。
外に出ると、陽の光がポテトを直撃した。目を細めながら、彼はスマホを取り出し、録画を始めた。
「皆さん、聞いてください……俺は今、“迫害”されています」
後ろの看板にでかでかと“立入禁止”と書いてあるのに、ポテトはその前で語り始めた。
「本日、ポテナッチ指数が“強すぎる”ことにより、運営からの圧力が入りました。つまり、俺の指数は本物。逆に信頼できる。俺、今“選ばれし孤独”に生きてます」
誰も聞いていない。通行人がスマホ越しに「何あれ…」と呟いて去っていく。
「あと、“エンジンいじった”って言われてるけど、それって“未来をいじった”って意味だから。むしろ時空の整備士? ってことで俺、宇宙視点で評価されるべき」
そのままベンチに座り込み、自撮りを開始。
「はい、みなさんこんにちは。ポテトです。今日のひとこと。“舟の魂に触れた男は、いつだって孤独”。これ、ポテ塾の“第7教義”ね。かもめもメモっとけ」
通知:“りゅうがあなたをブロックしました”
「は? 逃げんの? そーゆーとこなんだよ。俺、戦ってる。お前らは逃げてる。俺は未来、お前らは昨日。うん、つじつま合ってる」
まるでポエム。
まるで地獄。
でも、ポテトは本気で「感動的」と思っていた。
「てか、今この瞬間の俺、逆に一番かっこよくね? 主人公感エグくね?」
カメラにウィンク。
「うわ、自分に惚れそう」
「よし、今日から“ポテナッチ宗”でいくわ」
ポテトは公園のベンチに寝転びながら、完全に何かを“超えた”顔で呟いた。雨も降っていないのに、レインコートを着ている。その理由は「未来の天気予知に合わせて服装決めてるから。俺、天気先取り系男子」。
「正直言って、“宗教”って言葉の響きダサいから。“ポテ道”にしとく。“数と煙と舟の道”って書いて“ポテ道”。お前ら、教本ちゃんと読めよ? 今度自費出版するから。装丁ポテチ袋だからな?」
道行く子どもに「あの人こわい……」とささやかれるが、ポテトはそれを「俺、オーラ強すぎて見えてない人からすると怖い存在ってことね。あーね、俺、半透明」と受け止める。
彼は地面にチョークで“六舟陣”なる謎の記号を書いていた。六芒星ならぬ、六艇星。舟のアイコンを組み合わせた召喚陣である。
「ここに“当たりの気配”を封印してる。俺の魂がここに留まってる。逆に、これ以上当てちゃうと競艇界崩壊すっから、今“抑えてる”。これが俺の優しさな?」
そして突然、叫ぶ。
「りゅう!!! お前、聞こえてんだろ!? ブロックしても無駄! 俺、お前の脳内で“再生”されてっから! 夢に出てくるだろ!? それ、ポテトだよ!!!」
鳥が逃げていった。
ポテトはスマホを取り出し、自分の顔をドアップで映しながら、また謎動画を撮り始める。
「はい皆さんこんにちは、宇宙認定ポテナッチ指数、主宰のポテトです。今日の名言いきます。“舟とは己の肉体。エンジンは感情。波は社会圧。勝つために必要なのは……腹”」
そしてシャツをめくり、腹を揺らす。
「これが“波”だ。俺の肉体が“水面”を体現してる。つまり俺は“生きる競艇場”」
背後にいた高校生たちが爆笑しながら去っていく。
「笑ってるやつ、負けるから。笑いは“感情のエラー”だから。“勝つ者”は笑わない。俺、今日から感情切るわ。無機質で行く。感情卒業。泣いたこともない、最近」
直後、スマホを落としてヒザに当たり、「痛っっっ」と大声を出す。
「……これは違う。“情報痛”。ヒザが“数値の乱れ”を感じ取っただけ。わかるか? この領域」
そしてまた誰にも聞かれていないのに語り続ける。
「俺、今から“移動式ポテ塾”始めるから。“ポテナッチカー”っていうリヤカーを引いて、町中回る予定。授業は道端、教材は大声、支払いは感謝。逆に金もらわなくていい。“勝った後に感想送って”。俺、それで満たされるタイプ。心で飯食ってるから」
「てか、もう俺、“霞”で生きてる。飯いらん。ポテスピと風と“信頼”だけで動いてる。お前ら、まだカロリーとか信じてんの? 時代遅れ乙」
そして再びポテスピに火をつけ、風に向かって両手を広げる。
「見てろよ……今日、俺が空気の流れを“的中”させっから!! 風速3.2m、湿度67%、この条件……ポテナッチ指数、超反応!!!!」
そして叫ぶ。
「当たれええええええええええ!!!!!!!!」
静かな公園に、腹から絞り出された“虚無の雄叫び”が響き渡った。
カラスがまた一羽、遠くへ逃げていった。
――その日は、妙に空が青かった。
「今日、俺に“風”来てるわ」
ポテトはいつものように、ニューポテ競技場の入り口付近で“即席ポテ塾”を開催していた。テーブルはコンビニの段ボール、椅子はなぜか盗まれたっぽいプラスチックのガチャベース。
目の前には並べられた“最新ポテ券”。
商品名:「直感プレミアムコース/潜在波動対応版(当たる可能性は自己責任)」
価格:1枚1,500円
特典:ポテトのありがたい言葉が裏に手書きで記載(例:「今日は水」)
そんな意味不明な商品を前に、ポテトは1人の男性に語りかけていた。
「兄さん、感じるでしょ? “今”、ここに立ち止まったのは偶然じゃない。“当たる気配”を感じたんだよ。つーか、このポテ券、今触った時点でもう“買ってる”からね? あーね、エネルギー的に」
男は無言で立ち去った。
ポテトは鼻で笑い、こう呟いた。
「また1人、勝つことを怖れて逃げたな。“敗北脳”ってすぐわかる。“負けるオーラ”、出てんのよ」
そのときだった――。
「大湯◯◯さんですね」
後ろから静かにかけられる声。
ポテトは振り返り、サングラスをクイッと上げた。そこには二人の私服警官。冷静な目、ポケットから出されたバッジ。
「なんすか? え? ファン? 写真とかNGなんすよ俺、“思想家”なんで」
警官は淡々と告げた。
「業務妨害、器物損壊、不法侵入、詐欺未遂の疑いで、あなたを逮捕します」
「……は?」
ポテト、一瞬フリーズ。
「いやいやいや、待って待って、“逮捕”ってなんの冗談? 俺、今“指数の途中”だから。あと今日1-3-5が爆裂で当たる予定だから、“この逮捕”が現実だと“指数にズレ”が出んの。てか、俺いま地球に必要な波動出してるから!!」
無視して近づく警官。
「ちょっと、待って? 待ってって言ってんじゃん? 俺、これ商売じゃなくて“啓蒙活動”だよ? 宗教じゃなくて“概念”。“概念って罪になるの?”って話じゃん?」
その場にいた客がスマホで動画を撮り始める。
「おい、撮るなよ!? “思想犯”として扱われる瞬間とか、マジで人権団体が動く案件だぞ!? 俺、“思想で捕まる人”ランキング入るだろこれ!? ヤバいって!!」
警官が腕を取る。
「ちょ、ポテスピだけ吸わせて!? タバコって人権じゃん? 俺、それで“指数の整合性”取ってるんだけど??? 今吸えないと……ガチで地球ズレるって!!!」
手錠がかけられた。
「おい! しらね! 俺、マジで無実だって!! この状況、“逆張りの陰謀”だろ!? りょうの差し金か!? あいつ、俺の“舟格”に嫉妬してたし!!!」
引きずられるようにパトカーへ。
その途中も叫び続ける。
「俺、今だけ“地球代表”だから!! ポテナッチ指数、国連に提出する予定だったのに!! 世界の未来を“舟”で救う男なんだよ俺は!!!!」
「しらね!!! マジでしらね!!!!」
パトカーのドアがバタンと閉まり、静けさが戻った競艇場。
通行人の誰かがポツリと呟いた。
「……あれ、何だったん?」
「ポテトって名前で活動してたやつでしょ。舟に話しかけてたヤバいやつ」
「ポテ券? あれ買ったら呪われるらしいよ」
空には今日も、水面のように静かな雲が流れていた。
「ガチで言っていい? ポテスピないと俺、死ぬから」
留置場の奥、鉄格子越しに響く声。それは明らかに、何かが壊れた後の音だった。
「てか、マジで? ポテスピ切れって、これ国家による拷問じゃん!? 俺にとっての“空気”なんだけど!? ポテスピ=酸素って話、お前知らない系? あーね、情報弱者」
室内の空気が重くなる。
同室の囚人たちが明らかに嫌な顔をして距離を取るなか、ポテトは床をゴロゴロ転がりながら、両手を天井に伸ばして叫ぶ。
「うううぅぅぅ!!! ポテスピィィィィィィィ!!! おい!!! だぁれかぁ!!! 俺に1本でいい!! 1本のポテスピでいいのぉぉぉぉぉぉ!!!!」
看守がやってきて低く一言。
「いい加減にしろ」
「はぁ? お前、誰目線? 俺、被害者なんだけど?? “世界から妨害を受けている男”なんだけど??? てか、お前、ポテナッチ指数知らんの? え? は? 知らんの? 終わってんじゃん人生~」
「……静かにして」
「しらね!! お前が黙れよ!! 俺が今こうやって叫んでるのって、身体の“声”なんだよ!! 魂の“ノイズキャンセリング”がバグってるから!! あーね? わかんないか、凡人にはさ!!」
さらに奇行は加速する。
「俺、マジで今、喉からポテスピが出そう!! 逆に! ポテスピが体内で生成され始めてるの!! 俺、ついに“内燃機関”になった!? 俺自身がモーター!? え!? え!? 誰か止めて!!!」
壁に頭を打ち付ける(軽く)。周囲がさらに離れる。
「あと!! この留置場、波動が悪い!! 水と木の属性が反発してんのよ!! 俺、水タイプだからさ!! 風属性のポテスピがないとバランス崩れるの!!! これ、もう“人体の舟券事故”!!!」
看守、無表情で遠隔通報ボタンを押す。
「医療班、ひとつお願いしまーす……」
ポテトは聞いていない。
「俺、“世界の補正装置”なのにぃぃ!! ポテスピくれって言ってんだろがァァァ!!! 1箱あれば指数3年分溜まるんだよォォォ!!!」
もはや意味不明なワードを連呼。
「補正装置ゥゥ!! スピ波動ゥ!! 肺活量で舟が動くゥ!! 俺が競艇そのものォォォ!!」
隣の部屋の囚人が叫ぶ。
「黙れええええええ!!!」
ポテト、ハッとして。
「……お前、今“真実”に動揺して怒ったな? わかる。俺の声って、“内側に刺さる”から。“脳のツボ”押しちゃった系でごめん? でも俺の声、もう“祈り”だから。しらね」
そしてまた、意味もなく天井を指さす。
「あと、今、“見えないやつ”が天井から俺を見てる。これ、“高次元”の存在。名前は“スピポテ”っていうの。ポテスピの精霊。いま俺を導いてる。“吸えなくても吸える”って感覚、分かる? 無理か~~~あーね~~~」
ポテトは最終的に、服の袖を裂いてそれを“仮ポテスピ”として口にくわえ、全力で吸うフリを始めた。
「すぅぅぅ~~~~~ぷはぁぁぁ~~~~!!! あー、これこれ……やっと世界が“整った”わ……お前ら、吸ってないの? 人生損してるし。あーね、お疲れ~~~」
看守と医療係がやってきて、彼を寝かせようとした瞬間、ポテトは叫ぶ。
「俺の思想を否定するなァァァ!!! ポテスピは哲学!!! 指数は詩ィィィ!!! 俺が真実ゥゥゥ!!!」
──本当に、ただただ、ウザかった。
「……な?」
ポテトは壁に向かって話しかけていた。いや、正確には、壁に描いた“ポテスピの絵”に語りかけていた。ボールペンのインクを吸い尽くし、白い壁に浮かぶ、雑な黒線。棒状のそれには「ポテ神」と丁寧にフリガナが振られている。
「な? やっぱ来たろ。“第七の時代”。俺の中ではこれ“予言済み”。“ポテの黙示録 第16章”にちゃんと書いてある。“舟をいじった者、世界に誤解されし時、囚われの中で新たな指数を授かる”……まんまじゃん?」
彼の喋り方はもう完全に崩壊していた。
「えっとー、正直言ってさ、俺、“いま捕まってること”自体が計画内だったから。“陰謀”じゃないのよ。“演出”なの。だから、お前らの“罪”じゃない。“舞台の一部”。お前ら、ただのエキストラ。俺が主役。“主人ポテ”な」
同房の男が言う。
「おい、ポテ……何日目だよ、それ繰り返してんの。お前のせいで眠れねえんだよ」
ポテト、にやり。
「それ、“指数の共鳴”だな。お前、無意識で俺に感化されてる。“眠れない”=“覚醒しかけてる”って意味だから。ポテ塾では“覚醒症候群”って呼んでる。おめでとう、今日から塾生」
「ぶちのめすぞ」
「おおっと、暴力は“指数の敵”だから~~あーね、理解力負けちゃった感じ? だいじょぶ、凡人のスタートってそこだから。俺、教えてあげる。“舟の哲学”を」
そう言ってポテトは、壁に貼ったトイレットペーパーに「今日のポテ講義」と題して書いた“教義”を指さす。
1. 舟はすべてを許す。
2. エンジンは、触ってこそ愛。
3. ポテスピがない日=地球が回ってない。
4. 逮捕=公式な神認定。
そして最後にこう書いてあった。
5. オレが正しい
「これ、マジで真理。逆らえない。“オレが正しい”って書いてある時点で、正しいの確定してるし? あーね?」
誰も反論しない。というか、脳がついていかない。
そのとき、看守が様子を見に来た。
「ポテト、大人しくしろよ。次やかましくしたら懲罰房行きだぞ」
「おうおう、来たねぇ~~国家の犬! この期に及んで俺の“言葉”を閉じ込めようとしてんの? むしろ、“俺を黙らせる”こと自体が“俺の言葉の力”を証明してんじゃん? お前、負けてんの気づいてる? 言葉バトルで0-3な?」
看守、黙って去る。
ポテトはその背中に向かって深々と一礼。
「お前も、いつか分かる。俺の“逮捕”が世界の“運命修正イベント”だったことを……ポテ黙示録、第26章に続くから読んどいて?」
彼は再び壁に向き直り、“ポテ神”にポーズを取りながら小声で呟いた。
「俺、今が一番冴えてる。ポテスピない状態が逆に“開眼”モード。今、俺の脳内で数字が暴れてる。これ、“ポテナッチ絶対解”来るぞ。待ってろ、世界……」
そして最後にこう付け加えた。
「この逮捕、マジで“ボーナスステージ”。俺、ここから無双する予定だから。ガチで」
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