競艇に溺れたポテトの末路

ポテト男爵

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最終章:ポテト塾の終焉

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「おい、今日も講義やるぞぉぉぉ!!!」

留置所の朝。看守が開けた扉から、誰よりも先に叫ぶ声が響く。それはもちろん、ポテトだった。

「今日は“究極の指数”について語る。“無限と舟と俺”。この三角形に隠された“運命の方程式”を、今から黒板(壁)使って証明します。ペンは……鼻血でいける。問題ない」

隣室の男が枕を顔に被る。

「お前、昨日もやってたろ……もういい加減にしろ」

「黙ってろ!! お前の知らない世界で俺は勝ってんだよ!!!」

ボロボロのTシャツの袖には、マジックで書いた「ポテ神」の二文字。髪は爆発、目の焦点は合っていない。だが、ポテトは確信していた。

「今この留置所が“神殿”。俺が“舟の神”。ここが“ポテナッチの聖域”。俺を崇める準備、できてっか? できてねぇなら、ゼロから教えるけど?」

看守は冷たく告げる。

「……今日、起訴されることになったぞ」

「へ?」

「罪状:業務妨害、不法侵入、器物損壊、詐欺未遂、条例違反多数。弁護士は……まだ来てない。来る気配もない」

「いやいやいや、待って待って待って待って? 俺、“神格免責”なんだけど? 宗教指導者だから!? そのへん考慮されてない? あと、俺に関しては“指数に従った行動”だから、むしろ被害者だし。宇宙的に見て」

看守は書類を机に置いて、無言で去る。

ポテト、書類に目を落とす。

そこには、自分がやってきたことの“現実”が書いてある。

・深夜の不法侵入
・ボートの無断操作によるレース不正
・無許可商行為と虚偽表示
・SNSでの誇大広告、詐欺的内容
・未成年者への舟券勧誘

読みながら、ポテトの顔が引きつく。

「ちょ、まじで? 俺、そんな悪いことしてたっけ……? いや、してないっしょ。むしろ“救ってた”側じゃん。あーね、“救い”の尺度が合ってないんだな……それって社会側の問題だし?」

自分に言い聞かせるように、ポテトは壁に向かって笑う。

「な、ポテスピ? お前は知ってるよな。俺が正しいことを。“舟に話しかける”のが罪なら、誰が舟を救うんだよ……? なあ、ポテスピ……なぁ……」

返事はない。

その夜、ポテトはトイレットペーパーに書き殴った新しい教義を読み上げていた。

「“数字は裏切らない、人間は裏切る”……第999条、ポテナッチ大憲章」

その手は震えていた。

その目はもう、舟を見ていなかった。

そして――翌朝。

ニュースが淡々と流れる。

【元自称“指数予想家”の男、不正行為と詐欺の罪で起訴】
【SNSで広がる“ポテ券”被害者の声】
【関係者の供述:「最初は冗談かと思った。今はただ怖い」】

ポテトの名は、ネットの片隅で“狂信者”として晒され、ネタとして消費され、誰も本気で語らなくなった。

かもめは、テレビを見ながら言った。

「……あいつ、もう戻ってこないな」

りゅうも、そのニュースにコメントはなかった。ただ、スマホを伏せた。

留置所の窓辺、朝の光が差し込む中。

ポテトは、小さな声でこう呟いた。

「……俺、まだ無実だけど?」

誰にも聞こえていなかった。

――留置所の最奥、冬が近づく乾いた空気の中。

「……ここが、ポテの“最終聖域”ってワケか」

ポテトはひとり、ベッドの上で正座していた。囚人服の袖は片方破れ、胸元には自分で縫い付けた「指数命」の文字。糸はタオルの繊維。針はクリップをのばしたもの。看守が「危ないからやめろ」と言っても、「これは“魂の手術”だから」と言ってやめなかった。

天井には、自作のカレンダー。日付はもう意味をなしていない。全てのマス目に「舟」と書かれている。

「今日は、2025年ポテ歴元年。舟の新時代、“数字主権”が始まった記念日。“俺の裁き”が、世界の夜明けになる日……」

そんな呟きが、もう何日続いているのか誰にも分からなかった。

外では、ポテナッチ指数の話題は完全に消えていた。ニュースも、SNSも、誰一人その名前を口にしない。

かもめはバイト先で新しい仲間と笑っていた。
りゅうは引っ越しをして番号も変えていた。
りょうは、あの事件以来、ポテトのことを一切話さなくなった。

世界は前に進んだ。

ポテトだけが、止まったままだった。

その日、看守がポテトに言った。

「おい、判決出たぞ。実刑。1年8ヶ月だ。執行猶予はなし。被害者感情が重いってさ」

「へぇ……あーね、それも予定通り。“数字の罪”ってやつな。俺の中では“浄化期間”って呼んでる。これ、指数的に見て“光の始まり”だから」

「……しらねぇよ」

ドアが閉まる。

ポテトは静かに、枕元のノートを開いた。

そこには、ぎっしりと手書きの文字が。

『ポテナッチ・超越型/ver.∞』
『未来舟券構築プロトコル』
『世界統一指数・概念図(未完成)』

「……書き残さないと、世界が詰む。“俺が消えた世界”って、指数が無秩序になる。“舟が暴走する未来”を止めるために……」

誰にも届かない言葉。
誰も読まない文字。
誰も期待しない理論。

それでもポテトは、信じていた。

「俺が、“最後の舟”を導くって」

その声は、誰にも聞かれていなかった。
その想いは、誰にも届いていなかった。
その人間は、もう、誰の記憶にも残っていなかった。

ただひとつ、壁に残された汚れだけが、奇妙な形をしていた。
それは、まるでタバコの煙のようにゆらゆらと歪んで、
舟のような影に見えた。

終わり。
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