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三章 聖女さん、冒険者やります

16 聖女ちゃんの中の人、キレられる

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 化け物染みた速度で接近するシルヴィの中の人に真っ先に反応したのはステラだ。
 自身に的を絞らせるようにやや前へ出たステラは、中の人が振るった雷の刀身を躱す為の予備動作を行う。

 ……だけどなんだろう、何かとてつもない違和感を感じる。

 そして私がその違和感に気付いたのと──

「二人共ブラフだ!」

 ステラが叫んだのはほぼ同時。
 その瞬間、私は後方にステップを踏み、シズクの隣へ。
 そして持っていた結界の棒でシズクを薙ぎ払うように放たれた見えない何かを防ぐ。

「……ッ!」

 重い一撃。
 まるでステラの方に振るわれた一撃がそのままこっちに来ているみたいに。

 ……まるでじゃなく、実際にそうなんだと思う。
 空気の動きで……風の動きでそれは分かった。

「……めちゃくちゃやるじゃん」

 起きた現象が一体何かという仮説は立てた。
 質量。起きる現象のみを抽出した空間転移。
 具体的な理論は分からないけど、もしそうだとしたら滅茶苦茶な高等技能!

 そして視界の先では一応雷の刀身を回避したステラが、そのままカウンターで拳を打ち込む。
 それを中の人はピンポイントで極小の結界を瞬時に展開させ、相殺とまではいかなくともステラの拳の勢いを削りそして回避。
 その瞬間にはステラの頭上の天井に魔方陣が展開。
 ステラめがけて落雷が降り注ぐ。

「……ッ」

 それをステラはバックステップで回避。
 しかしそんなステラを追撃するように。
 その落雷を目くらましとして使うように。

 中の人はそれに直撃しながらステラとの距離を詰める。
 当然のようにシルヴィの体は無傷。

 そして中の人はその手に雷を纏い、ステラに掌底を打ち込むような動きを見せる。

 だが直後、ステラと中の人の間に結界の壁が出現。
 一撃で破壊されるもその動きは止まり、その間にステラは私達の元まで後退してくる。

「よし、うまく行ったっすね」

 結界を張ったのはどうやらシズクみたいだ。ナイス!
 とりあえずこの場は凌いだ。

 そう、凌いだ。
 今の一連の流れで私の脳裏に浮かんできたのはそんな言葉だった。
 嫌という程伝わってくる。

 ……シルヴィの中の人、滅茶苦茶強い。

 今の一連の動きの中で、おそらくステラは全力で攻撃していないと思う。
 あくまで意識を奪う程度の攻撃を放っているのだろうけど……それでも元々の速度にシズクの強化魔術が乗ったステラの動きについていくのは容易じゃない。
 それに対し、シズクの強化魔術みたいな第三者の支援無しで相対した。
 それも多分向こうも全力で戦っている訳じゃないっぽいし、全く底が見えない。

 そしてさっき私が防いだ一撃。
 あれもとんでもない位高度な技術が使われているし、威力も相当な訳で。

 だからこれは……シズクの時とは逆。

 シズクの時は、シズクのスペックを中の人が全く生かせていなかった。
 だからシズクの出力があっても簡単に撃退できたけど……そんな簡単にはいかない。

 多分、シルヴィの中の人……シルヴィよりも技量が上だ。

「ふむふむ、中々やるのおぬし等」

 涼しい顔でそう言うシルヴィの中の人。
 その表情はきっとそのまま心余裕を表している。

「……面倒な事になったな」

「だね。相当厄介だよ」

 ステラの静かな呟きにそう言葉を返す。

 この戦い、こっちが相当分が悪い気がする。

 多分単純な殺し合いとかなら、三対一の時点で相当優位に進められるだろうけど、これはシルヴィの体を取り戻す戦いだからね。
 出せる攻撃や一撃の威力にある程度のラインを引かないといけない。

 それはこの前の地下での戦いで雑魚相手にやってたのと同じだけど……相手がここまでなら話は別だ。
 本来全力で戦わないといけない相手。
 手なんか抜いてたら一方的に蹂躙される。

 幸いな事に相手もこっちを殺す意思がないみたいだから、結果的にお互いに手を抜いて戦っている訳で、蹂躙とまではいかないと思う。
 だけど……この双方相手を殺さないように戦うというレギュレーションにおいて、こっちと向こうは五分じゃない。

 発揮できる実力のラインが向こうの方が上だ。

「アンナ。一応聞いとくけど、アイツと同じような事できるか?」

「私は無理。ステラは?」

「俺も無理だ」

 同じ事。
 意識を奪う、動きを封じる事に特化した一撃。

 私達が相手の意識を奪う戦い方をする場合、そのやり方はシンプルに手を抜いて戦う感じになる。
 ある程度力をセーブした一撃を放つ。そういう感じ。

 だけど相手は……シルヴィと同じく、それとは違ったやり方ができる。

 言葉をそのまま鵜呑みにするなら、あの剣では相手の命は奪えない。
 つまりはある程度全力を出しても、勝手にセーフティーが用意されている事になる。
 さっきの掌底とかも同じ理屈の攻撃なんじゃないかと思う。

 だから向こうは私達より本来の実力に近い力を振るえる訳だ。
 数で優っていても、そこを上回れるとしんどすぎる。

 厄介以外の何物でもない。

 ……こっちも無傷で拘束したり意識を奪うようなやり方があれば良いんだけど。

「……一応聞くけど、シズクはアイツの動きを止めたり意識奪う事に特化した魔術を使える?」

 一応。
 私とステラがシズクにあまり期待できないのにも理由がある。

「相手が雷属性じゃなきゃある程度やりようは有るんすけどね……私の水魔術を使うとこっちも向こうも危ないかもっす」

「だろうな」

 この辺りが水浸しになったら普通に私達が感電しそうな感じもするし、そうならなくてもシルヴィが危ない。
 今自分が使っている魔術だからシルヴィの体に影響がないみたいだけど、そこにシズクの魔術を挟めば中の人の魔術でシルヴィの体に感電する恐れがある。
 私達に対する攻撃じゃなく、そういう自爆みたいな話になれば威力も分からなくて……そうなるとシルヴィが危ない。
 だから迂闊にシズクの力は使えない。

 ……となると私達はこのまま分が悪い戦いを続けないといけない訳だ。

「作戦会議は良い感じかの? ワシとしてはこのまま諦めてくれた方が楽なんじゃが……おぬし等普通に強いしの」

 余裕そうにそう言う中の人。
 マジで余裕なんだろうな……くそぅ。

 だけど諦めるわけにはいかない。
 なんとか……なんとかシズクの時みたいに中の人を追い出さないと。

 そう考えながら、私達は中の人の言葉を無視して構える。

「……ふむ、まだ続行かの。じゃが一応言っておくがワシはまだもう少し強い力を振るえるぞ? 当然おぬし等と同じように、相手を必要以上に気付付けないというルールを設けた上でじゃ」

「「「……ッ」」」

「だから全力でぶつかり合えば勝敗はどうなるか分からんが、こういう戦い方ならワシは多分おぬし等に負けんよ」

 自信ありげにそう言う中の人。
 多分本気でそう思っているんだろうね。
 その自身に説得力があるから、マジで最悪だ。

 そして私達がどう攻めるべきか各々考え、その一歩を踏み出せないでいる間に、中の人はやや不満そうな表情と声音で言う。

「しっかし……相性は多分悪くないんじゃが、この体違和感が凄いの」

「違和感? なんだよそれ」

 ステラの問いに中の人は答える。

「いや、このちんちくりんで貧相な体がちょっとの。生前のワシはこう、自分で言うのもなんじゃが凄くないすばでぃーな感じじゃったからの。おかげでバランスが悪い」

「アンタ、シルヴィが気にしてる事を……さっさとそこ出てシルヴィに謝ってよ」

「うん、まあ確かに失礼な発言じゃったかの。それはなんか申し訳ない。でもまあ本人には聞こえてないじゃろうし……って、ん?」

 中の人が間の抜けた声を上げる。

「「「……?」」」

 私達も各々クエスチョンマークを浮かべる形になる。

 中の人の構えが、なんかおかしい。

 不自然に右拳を握って……自信の視線の先に持ってきている。

 なんだろう……何かこっちに攻撃を撃つつもりかな?
 いや、でもなんか中の人の表情困惑してない?

 そう思った次の瞬間だった。

「ガハ……ッ!?」

 突然中の人が自身の鳩尾に拳を叩き込んだ!?。

 自爆……いや、ちょっと待って。

「シル……ヴィ?」

「え、いやいやいや、流石にそれはなくない……っすかねえ?」

「いや、でもシルヴィだぞ。なんか今の光景にすげえ納得がいく」

 全員考える事が同じなのか、私達三人はそう呟く。

「ちょ、え、なんじゃこれなんじゃこれ!」

 そう混乱する中の人。
 そこに追い打ちをかけるように今度は右手で頭を鷲掴みにして、そのままよろめくように壁際に向かって動き、そのまま壁に叩きつける。

 ……うん、なんかもう確信できるよ。


 シルヴィめっちゃキレてる。


「ちょ、痛い痛い! な、なんなんじゃこの小娘! お主らの友達一体どうなっとるんじゃ!」

「「「し、知らない……」」」

 私達が知りたいよそんなの。
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