最強聖女は追放されたので冒険者になります。なおパーティーメンバーは全員同じような境遇の各国の元最強聖女となった模様。

山外大河

文字の大きさ
251 / 280
三章 聖女さん、冒険者やります

ex 受付聖女達、食事会というよりは飲み会

しおりを挟む
 乾杯の後に口を付けた飲み物がアルコールだったという事はシズクもすぐに理解できていた。
 明らかなオーダーミスだ。
 とはいえ別に店員を呼びつけたりはしなかった。

 此処で変に指摘して折角の焼肉を食べる空気が盛り下がるのも嫌だったし、何より普段自分からは飲まないが別に飲めない訳ではない。
 冒険者ギルドの受付嬢として就職した時に、歓迎会で少し飲んだ事があるが寧ろ嫌いでは無かった。
 そしてこの後、アルコールが体内に入った状態でやってはいけない事をやる予定も無い。
 だからまあ気にせず飲んで、目の前の焼肉を楽しんでいこうと思い……此処まで楽しんできた訳だが。

(これはちょっと判断ミスだったかもしれないっすね)

 シズクはカルビを裏返しながら、周囲の皆に視線を向ける。

「それでぇ! ルカ君が全然振り向いてくれなくてぇ!」

「えー大丈夫だってー、アイツ滅茶苦茶ミカの事大事にしてるってぇ」

「それはわかるけどぉ……わっかるけどぉ! なんか違ぅ……というかアンナさん……なんかこう……ルカ君と距離近いよぉ!」

「えーそんな事無いってぇ……無いよ全然……えへへ」

「怪しい……ほら絶対怪しいよねシズク!」

「ちょ、ちょっと一回落ち着かないっすか? ほら水飲んで水」

 どうやらアルコールが来ていたのは自分だけではなく、他の皆もそうだったらしい。そしておそらく同じような理由で申告しなかったのだろう。
 結果テーブルに素面に戻ったら頭抱えそうな酔い方をしている面子が居る。
 ……いや、居るというか、そっちの方が多数派だ。

「あーくそ、なんかいいなぁ浮ついた話できるの! 俺も浮ついた話してえよ! ていうか浮ついた事起きてくれよぉ……」

「考え方を変えたらどうです? 起きるのを待つのではなく起こすのですわ」

「おお、流石唯一の彼氏持ち……なんかそれっぽい事言うな……でも一体どうしたら……モテたくてドラム始めた時だって女の子しか寄って来なかったし……」

「手始めに自分を変える所からしてみたらいかがですか?」

「というとぉ? なぁに変えりゃ良いんだぁ俺は?」

「今のご時世ぃ……こんな事を言うのは良くないのかもしれませんがぁ……立ち振る舞い。そう、立ち振舞いですわ! その男っぽい喋り方をまず女の子っぽくしてみてはいかがですの?」

「な、成程……成程なぁ………………でもこれ俺の内側から湧き出るアイデンティティだろぉ! そのままの俺を可愛いって思って貰いたい!」

「成程……変えろとは言いましたがその考え……嫌いではありませんわ! 自分を強く持って生きなさい。応援いたしますわ!」

「おう、ありがと! ……ちなみにミーシャの喋り方はそれ素?」

「素ですわ! 昔も今もこうですわ!」

「すっげぇ……」

「ああそうだ唯一の彼氏持ちのミーシャさん。私どうしたらルカ君に……好きな人に振り向いてもらえると思いますか!?」

「ノリと勢い」

「ノリと勢い……よーし! 私、アンナさんに負けませんから!」

「え、何の勝負ぅ? あ、すみませーん。レモンサワー追加でお願いしまーす」

「私もお願いします」

「あ、俺も同じの」

「私もお願いしますわ」

「ちょ、皆さん明らかにお酒弱いのにペースが……あ、すみません、お冷ピッチャーでお願いするっす」

 オーダーしながらシズクは心中で呟く。

(駄目だ皆タガが外れてる……今は素面じゃ言わなそうな事を言ってるだけだけど、これはボクがしっかりしないと……)

 呟きながら思い出す。
 ギルドでげっそりしていた、前日上の人間との飲み会に参加していた部長の言葉だ。

『飲み会で酔わねえ奴は損だぞ。話通じるのは素面な奴だけだからな……酒飲んで暴れた奴の代わりに謝ったりフォロー入れたりする役割が周ってくるからよ……くそ本部の馬鹿共、人が謝ってる時に酒瓶で殴ってきやがって……』

 終わり際の言葉のような物騒な事はこのメンツでは無いと思う、というか普通は無いとは思うのだが……それでも、酔ってない人間がしっかりしないといけないというのは社会人の教訓として受け取っている。
 だから自分がしっかりしないといけない。

(いや、ボクじゃなく……ボク達がっすね)

「そんな訳で変な方向に拗れ始めたらボクとシルヴィさんの年下組でなんとかするっすよ」

「もうだいぶ拗れてませんかね? まあ分かってますよ。あ、ほらアンナさんが育ててた肉、早く取らないと焦げますよ」

(……うん、やっぱりシルヴィさんだけ素面だ)

 おそらく流れを考えるとファーストオーダーの段階でシルヴィにも酒が提供されている筈だが、他の皆が最初の一杯でどこかおかしくなり始めていた中、シルヴィに変化は無い。

(というか……マジでシルヴィさんが無事で良かったぁ!)

 一人じゃないという事以上に……シルヴィがこういう時に最もどう転ぶか分からないメンバーだったからだ。
 それこそ酔って暴れたり、酔って寝て暴れたりしてもおかしくない。
 一番大人しそうな見た目と雰囲気なのに、間違いなくこのパーティで一番エキセントリック。
 それがシルヴィだ。

「シルヴィさん。ほんと無事でいてくれてありがとうございます。ほんと良かったぁ」

「え、大袈裟じゃないですか? なんかこう、酔ってないの一人だけじゃなかったというよりは、私が酔ったら大変な事になりそうって思ってたタイプの安堵じゃないですか? ……これってまたいつもの悪質な冗談だったりします? もしかしてシズクさんも酔ってるんじゃないですか?」

(……シルヴィさんのとぼけっぷり、これ普段から酔ってるんじゃないですかね)

 だからアルコールが入っているのにいつもと変わらないんじゃないかと、冗談のように考えて。
 そして思う。

(それにしても……シルヴィさん、酔って皆さんが変わっちゃってるのと同じくらいには、素面な状態で色々変わってるんすよね)

 シズクがシルヴィ達と本格的に関わり始めたのは、パーティーに誘われてからだった。
 だから出発前の三人に受付嬢として接っしはしたが、その時はそれぞれの内面を深く知れた訳では無い。
 だけど最初の依頼の際、シルヴィが弱気で自分に自信が持てないような状態に陥っていた事を殆んど人伝ではあるが知っている。

 それは今のシルヴィを知れば知る程信じがたく思えてしまう事だ。
 それだけの大きな変化だ。
 あまりに乖離している。

 だけど人はそう簡単には変われないのは、今まで生きて来た中で良くも悪くも自他ともに学んできたつもりで、実際最初の依頼がシルヴィに劇的な変化を齎せた可能性は否定しないけれど、そんな単純な話ではないのではないかと思う。

 あの依頼がきっかけで元に戻ったのではないだろうか。
 自信を持てないマイナス思考な状態から、今のシルヴィに。

 変化ではなく、回帰。
 今のシルヴィこそが混じりけの無い本来の状態なのではないかと。

 表立って聞くような真似はしないが、それでもそう思う。
 ……そう、今まであまり聞けていなかった。

(なんかいい機会かもしれないっすね)

 一応自分達にもアルコールは入っている。
 だからラインを見定めながら、酔ったふりして少し位触れても良いのかもしれない。

 シルヴィだけでなく皆の。
 聖女をやっていた頃の話を、ラインを見定めながら少しだけ。
 そう、少しだけ。

 きっとそう簡単に触れてはいけない、デリケートな話もあるだろうから。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

金貨増殖バグが止まらないので、そのまま快適なスローライフを送ります

桜井正宗
ファンタジー
 無能の落ちこぼれと認定された『ギルド職員』兼『ぷちドラゴン』使いの『ぷちテイマー』のヘンリーは、職員をクビとなり、国さえも追放されてしまう。  突然、空から女の子が降ってくると、キャッチしきれず女の子を地面へ激突させてしまう。それが聖女との出会いだった。  銀髪の自称聖女から『ギフト』を貰い、ヘンリーは、両手に持てない程の金貨を大量に手に入れた。これで一生遊んで暮らせると思いきや、金貨はどんどん増えていく。増殖が止まらない金貨。どんどん増えていってしまった。  聖女によれば“金貨増殖バグ”だという。幸い、元ギルド職員の権限でアイテムボックス量は無駄に多く持っていたので、そこへ保管しまくった。  大金持ちになったヘンリーは、とりあえず念願だった屋敷を買い……スローライフを始めていく!?

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

防御力を下げる魔法しか使えなかった俺は勇者パーティから追放されたけど俺の魔法に強制脱衣の追加効果が発現したので世界中で畏怖の対象になりました

かにくくり
ファンタジー
 魔法使いクサナギは国王の命により勇者パーティの一員として魔獣討伐の任務を続けていた。  しかし相手の防御力を下げる魔法しか使う事ができないクサナギは仲間達からお荷物扱いをされてパーティから追放されてしまう。  しかし勇者達は今までクサナギの魔法で魔物の防御力が下がっていたおかげで楽に戦えていたという事実に全く気付いていなかった。  勇者パーティが没落していく中、クサナギは追放された地で彼の本当の力を知る新たな仲間を加えて一大勢力を築いていく。  そして防御力を下げるだけだったクサナギの魔法はいつしか次のステップに進化していた。  相手の身に着けている物を強制的に剥ぎ取るという究極の魔法を習得したクサナギの前に立ち向かえる者は誰ひとりいなかった。 ※小説家になろうにも掲載しています。

追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?

タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。 白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。 しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。 王妃リディアの嫉妬。 王太子レオンの盲信。 そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。 「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」 そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。 彼女はただ一言だけ残した。 「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」 誰もそれを脅しとは受け取らなかった。 だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。

聖女が降臨した日が、運命の分かれ目でした

猫乃真鶴
ファンタジー
女神に供物と祈りを捧げ、豊穣を願う祭事の最中、聖女が降臨した。 聖女とは女神の力が顕現した存在。居るだけで豊穣が約束されるのだとそう言われている。 思ってもみない奇跡に一同が驚愕する中、第一王子のロイドだけはただ一人、皆とは違った視線を聖女に向けていた。 彼の婚約者であるレイアだけがそれに気付いた。 それが良いことなのかどうなのか、レイアには分からない。 けれども、なにかが胸の内に燻っている。 聖女が降臨したその日、それが大きくなったのだった。 ※このお話は、小説家になろう様にも掲載しています

処理中です...