人の身にして精霊王

山外大河

文字の大きさ
2 / 431
一章 人尊霊卑の異世界

1 森の中の邂逅

しおりを挟む
 視界がブラックアウトした直後から、まるでバンジージャンプでもさせられたかの様な浮遊感が俺を襲い、そしてやがてそれに耐えていると唐突に視界が明るくなった。
 正確には、土が目の前にあって、そう認識した時には地面に勢いよく叩き付けられる。

「いった……ッ」

 だけどそれ程の高さでもなかったのだろう。痛いといっても耐えられるレベルだった。
 そう……痛みを感じられた。つまりはまだ生きていた。

「ってて……」

 ゆっくりと立ち上がりながら辺りを見渡すと、その光景はさながら森の様だった。

「……森?」

 ……ちょっと待て。散々色々な事があったが、俺のいた所が池袋だった事は間違いない。間違いない筈なのに……なんだよこの四方八方に生い茂る樹木は。

「一体何がどうなってんだよ……」

 都会のど真ん中にいたのに気が付けば森の中なんて、一体何をどうすればこうなるんだ?
 だけどどれだけ考えてもその答えは出てきやしないだろう。
 そもそもこの状況を招いた、あの大通りでの一件。その中で起きていた事の全てが全くもって理解できていないのだから、俺がこんな所にいる理由なんてのが分かる筈が無いのだ。
 だけど分からないからといって、この場でただ呆然としている訳にもいかない。
 とにかく状況を把握する為に人を探す。考えるのはそれからだ。
 整備されていない周囲の地面を見る限り、そもそもあまり人が立ち入る様な場所では無いのかもしれない。だとすれば一体どの位歩けば人に出会えるのだろうか。

 そんな不安抱きながら、第一歩を踏み出そうとしたその時だった。
 背後から草木を分けるガサリという音が聞え、反射的にその音の方向に振り返る。
 そして視界にとらえた存在を見て俺は思わず言葉を失った。
 そこにいたのは、白いフード付きのコートを身に纏った女の子。
 年は俺と同じ位で、ショートヘアーの髪は染めているのか薄い青色に染まっている。顔立ちは非常に整っていて、文字通り言葉を失ってしまうほどに可愛く、そして神秘的な雰囲気を醸し出していた。
 だけどどうやらそういう好意的印象を抱いたのは俺の方だけだったらしい。
 同じくこちらに気付いた少女は、まるで何かに怯えた様に声を上げる。

「き、消えてください。そこから一歩でも私に近づいたら……命は保証しませんよ」
 怯える少女から向けられていたのは明確な敵意の目。そして敵意と共に向けられた右の掌は、何かの道具を使っている訳ではないのに発光し、そして少女の足元には魔法陣の様な物が展開されていた。

「……ッ」

 あの時俺が助けようとした少女が展開させた魔法陣が脳裏にフラッシュバックしてくる。
 何もわからないと言っても、それが出現しているだけで危険な状況だという事は察しが付く。だとすると俺は今、出会ったばかりの女の子に凶器を向けられているという事になる。
 そして凶器を向けられているこの状況では、言われた通りに大人しく消えるのが正解だというのは容易に理解できる。多分こうして猶予期間を与えられている時点で、引けば無事に生き延びられるだろうから。
 だけどこの足は動かない。
 別に怖くて足が竦んでいるとかそういう訳では無く……ただ単にいつもの自分の悪い癖が出ていた。

「その手を下ろしてくれ。別に俺はお前をどうこうするつもりはねえよ」

 逃げる道を捨てて、目の前の女の子の怯えを取り去りたいなんて事を思ってしまった。
 そもそも俺が怯えの原因だったら、俺が居なくなればそれで済む問題だろうけども……どう考えたって、俺は怯えられたり敵意を向けられる様な事は何もしていない。それなのに怯えられると言う事は……不特定多数の他人に怯えていると考えた方が信憑性がある。
 だから会話をしてその原因を探る。探った結果本当に俺が悪いのであれば大人しく逃げるし、違うのであれば力になりたい。
 そんな事を俺は凶器を向けて来ている相手に思ってしまい、それだけならまだしも実行してしまっている。
 ……多分俺にどうこうできる状況じゃないのに。

「……信用できるわけ、無いじゃないですか」

 その言葉は至極当然で、納得のできる言葉だ。
 そもそも凶器を向けて脅迫をする様な心理状況に立たされている奴に、その怯えの対象がどれだけ優しい言葉を掛けたってまともに取りあってくれる訳が無いのだ。
 だから俺はきっと、隙間なく地雷が張り巡らされた道に足を踏み入れているのだろう。
 だけどそんな状態でも、ほんの少しだけ俺の無謀な人助けは前進する。
 いや、前進して霧の中に突っ込んだ様な物で、実質的には後退しているのかもしれない。

「人間の言葉なんて……信用できるわけ無いじゃないですか」

 まるで自分が人間じゃないとでも言いたいような言葉。
 どう考えたって人間なのにと俺は思うが、少し踏みとどまる。本当にそうか?
 目の前の少女の足元には、魔法陣が展開されている。
 そんな超常現象を起こしている少女は……果たして本当に人間なのだろうか。
 はっきり言って……そうでない可能性も十分にあると思った。
 そしてもしそうであるならば、彼女の怯えの対象は、言葉通り人間という種族そのものという事になるのだろう。
 だとすればこんな様な状態になるまで、一体人間はこの子に何をしたんだ?
 俺はこの子の怯えを取り去る為のピース……情報を掴み取るためにそれを聞いた。

「なあ……なんでそんなに人間が信用できないんだ」

 だけどそれを問いかけるという事は、きっと地雷原を踏み抜く様な行為だったのだろう。
 少女の瞳から怯えに交じって怒りが溢れ出た。

「……なんで?」

 俺はそこで、自分の言葉が如何に無茶苦茶な事を言っているかにようやく気付いた。
 怯えている者に対して、その原因を作った奴が何も知らないかのように原因を聞く。
 凶器を向けられる程の事をしていて、その原因を知らない筈が無いのに……知っている立場である筈の俺はその事を聞いてしまった。
 ……罪を罪として認識していないと思われる様な言葉を吐いてしまったのだ。
 吐いたからこそ、少女は怯えながらも叫び散らしたのだろう。

「あんな事を平気でしておいて、それで私達がどう思うかも分からないあなたの様なクズをどうやって信用しろって言うんですか!」

 そうして言葉と共に放たれたそれは、果たして故意によるものか、勢いによる暴発か。それは分からない。だけど結果的に、少女が魔法の様な力を使った直後、俺の体は激痛と共に宙に浮いた。否、飛ばされた。
 危険を感じ正面にクロスさせた腕が、強烈な突風の様な物の直撃で一瞬軋み、呆気なく折れ、あばら骨にまで損傷を受けている事は容易に理解した。
 そしてそれを理解した直後には、痛みは全身を走る事になる。

「ガァ……ッ!」

 勢いよく飛ばされた俺の体は、あの時の誠一のように何度か森の土をバウンドして、最終的に樹木に激突する事でようやく勢いは止まる。
 ……何十メートル飛ばされたのかは分からない。生い茂る樹木でもう少女の姿を見る事は出来ないし、距離は掴めない。だけど体感では百メートル近く飛ばされている気がした。

 そしてそれだけ飛ばされていれば……体が無事で済む訳が無い。

「グ……アァ……ア……ッ」

 全身に激痛が纏わりつく。右腕と左足が曲がっては行けない方向に折れ曲がり、俺の全身から流れ出た血液で赤く染まって行く。当然、起き上がれる訳がない。
 誠一が起き上がれたのは、きっと様々な奇跡が重なり合った結果だ。あんな真似は出来ないし、むしろまだ意識が残っているこの現状が既に奇跡とも思える。
 だけど俺の奇跡はそこまでだ。
 数分前に光を取り戻した俺の視界は再び暗くなっていく。
 そこでふと、あの路地裏での誠一の言葉を思い出した。

『馬鹿正直な正義感を振るい続けてたら、本当にどこかで潰れちまうぞ』

 それが今なのかもしれない。
 こうなった事に後悔があるかと聞かれれば、後悔は死ぬほどある。
 きっと俺のやろうとした事は間違いじゃない。だけどあの状況で、こうなるかもしれない事が分かっていて、なんでこんな事をしてしまったのだろうと、自分の馬鹿さ加減に反吐が出そうになる。
 だけども、自分のやった事を否定する気には何故かなれなかった。
 そうなれないまま、視界は意識と共に再びブラックアウトした。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...