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一章 人尊霊卑の異世界
2 命の恩人と精霊術
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目をゆっくりと開くと、最初に目に入ったのは木製の天井だった。
「……生きてる、のか?」
天国なのだろうか? とは思わない。ある程度和らいではいる物の、確かに纏わりついている激痛がまだ自分は生きているのだろうと思わせてくれるから。
「ってて……」
寝かされていたベッドからゆっくりと体を起こす。
八畳程のその部屋は、来客用の寝室とでも言わんばかりに派手な装飾もなく、落ち着いた印象を受ける部屋だった。少なくとも病院の病室などでは無さそうだ。
「此処は一体……」
「僕の家ですよ」
声と共に部屋に一人の青年が入ってきた。
右手の甲に漫画などに出てきそうな刻印を刻んだ、赤髪碧眼の長身。海外のモデルですと言われれば信じるであろうルックスを持つ彼は、心底安心しきった様な様子で俺に言う。
「無事に目を覚ましてくれて良かった。森で見掛けた時はもう駄目かと思いましたよ」
森で見掛けた……つまりこの人が俺を助けてくれたのか。
「あなたが助けてくれたんですよね……ありがとうございます」
素直に礼を言うと、青年はニコリと笑いながら言う。
「いえいえ。困った時はお互い様ですから。気にしなくていいんです」
その浮かべられた笑みからは、所謂裏側というものを感じさせない。
この状況を見るに、救急車も呼べなかったようなあの状況で、死にかけの重傷を負っていた俺をただ純粋な善意で救ってくれた。そう感じさせる様な笑みだ。
……どうやって?
「すみません、一ついいですか?」
「なにかな?」
あの状態の俺は、素人の民間療法でどうにか出来るレベルの怪我を優に超えていた。なのに……俺はどうして生きている? それも腕も足も元通りで。
「あの状態の俺を、一体どうやって助けたんですか?」
「どうって、精霊術ですよ。流石にあれ無しで治せる状態ではありませんでしたから」
「精霊術?」
何なのか分からないその単語を聞いた時真っ先に思い付いたのは、意識が途切れる直前に何度も目にしている魔法陣。
そこまで考えた所で、青年は俺が精霊術を知らないと判断したのだろう。
「少し記憶が飛んでいる様ですね。流石に精霊術を知らないというのは、普通の状態ではありえませんから。となるとそこまで修復出来なかった事を謝らせてほしい。済まなかった」
「あ、いえ……」
青年が謝るタイミングでは無い事も理解しているし……そもそも俺が記憶喪失なんかしていない事も理解している。
何一つ抜け落ちずに、今に至るまで見てきた事は記憶している。だから精霊術なんて呼ばれるものは、忘れたのではなく端から知らなかった筈だ。そして俺が知らないとなれば、それは多分世間一般的に知られていないという事になる。
だとすれば、知らない事は普通じゃないというのはどう言う事なのだろうか。
考えられるとすれば、知らなくて当たり前だった所から知っていて当たり前の所に飛ばされた。そしてそれはもしかすると、池袋から地球の裏側にある森へと飛ばされただとかそういう次元では無く、文字通りの違う世界なのかもしれない。所謂異世界という奴にだ。
そんな物の存在を呑みこめるかといえば否となる。だけどこの目で何度も超常現象を目にしている時点で、俺の常識が真実かどうかは分からないし、なにより俺を死の淵から呼び戻した様な無茶苦茶な力、精霊術なんてのが実際にあって、それが当たり前に人に知られているのならば、例えそれが地球の裏側の事であったとしても、その力は不定期に報道機関のニュースなどで報道される。それが全く及ばない所となれば……もう、そういう無茶苦茶な仮説を立てたって仕方が無いだろう。
「修復できなかったといえば、まだキミの治療も済んでいないんだ。僕はその続きをする為に此処にいる」
そう言った青年は俺に右手を翳す。
次の瞬間、青年の足元に今まで見てきた物と同形の黄緑色の魔法陣が展開され、俺を中心に光の粒子が立ち上り始める。
「これが精霊術です。思い出せましたか?」
「あ、いや……すみません」
「そうですか……まあ良いでしょう。例え思いだせなくてもいずれ目で、耳で。自然と脳に知識は刷り込まれて行きますから」
そう言いながら青年は精霊術と呼ばれる力を行使し続ける。
それは言わば魔法の様な物で、例えば今使われているのは回復魔術といった所だろうか。
「本当は一度で完治させたかったのですが、回復術は基本的に徐々に肉体を再生させていく術ですから。あなたをさっきまでの状態にした所で、昨日は僕も体力切れです」
青年の言う通りこの術の効果は徐々に効いて行くのだろう。現に痛みの変化が分からない。痛い所は痛いままだ。だけどきっと治療は進んでいるのだろう。
そんな気の遠くなる様な作業を、自分の体力ギリギリまでやってくれた……本当にこの人には感謝してもしきれない。
だからこそ……これ以上の迷惑はかけられないだろう。
「すみません。もう大丈夫です。多分体は動きますから」
「いや、でもまだ完治していませんよ? やるならしっかりと……」
「いいんです。命の恩人をこれ以上酷使したくありませんから」
「そう……ですか。まあ普段ならその好意も突っぱねて無理矢理にでも治療しようとしてると思うのですが……今日の所はお言葉に甘えさせていただきます」
精霊術を止めながら、青年は言う。
「実は今日、夕方に結構体力を使いそうな仕事が控えていまして」
この人俺が止めなかったら、それを踏まえて治療しようとしてたのか。良い人すぎるだろ。
「ですがまあ僕はキミを完璧に治療する気でいましたから。それをしないのであれば、他で埋め合わせをしましょう」
「埋め合わせって……」
これ以上迷惑は開けられないと思って取り止めてもらったのに、それじゃあ同じ事だ。
それに、別に助ける事は義務じゃない。Aという仕事ができないから代わりにBをするというならともかく……コレは埋め合わせとかそういう事をする様な状況じゃないだろう。
「うーん。どうしようか……仕事は午後からときたら使えるのは午前中……」
しかしまあ、目の前で色々と考えてくれているところを見せられると、突っぱねる気は無くなってくる。これは多分、迷惑にならない程度に頼らせてもらった方がいいだろう。
「そうだ。お腹すきませんか? いい店を知っているのでそこでお昼でも。ああ、当然こちらから誘ってるんで奢りますよ」
助けてくれて飯まで驕りとか。本当に申し訳なくなってくる。正直お金が掛かる事は断った方がいいのではないだろうかとも思うが……腹は減っているし、この場で日本円が使えるか分からない以上モラルを重視して断るのは命取りな気がする。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、いいんですよ別に」
そう言って青年は笑った後、思いだしたように俺に問いかけてくる。
「ところで今更になりますが……キミの名前は?」
そういえば自己紹介をしてなかった。そして命の恩人に隠す理由などない。
「瀬戸栄治です。あなたは?」
「エルドです。以後よろしく」
「よろしくお願いします」
俺はそう言葉を返したが、よろしく、か。……これ以上よろしくしてもらう訳にはいかないし、何かしらの形で恩を返さないと駄目だなコレ。
そんな事を考えながら、俺はゆっくりとベッドから降りて立ち上がる。
立ち上がってようやく気付いた事だが、俺の着ている衣服は血塗れで、何か服を借りなければいけないしシャワーも浴びないと行けない。寝ていたベッドだって血塗れだ。
だけどそれもエルドさんは許してくれるのだろう。
そんな様な善人だからこそ……尋ねづらかった。
あの森に居た女の子は、人間に激しい怯えと怒りを抱いていた。
そしてあの女の子のすぐ近く。多分百メートル程しか離れていない所にいる俺を、エルドさんは助けてくれた。つまりはあの場所に何か理由があって訪れていた筈なんだ。
それが何ともない事であるならそれで良い。
だけどあそこにエルドさんがいた事と、女の子の怯えに関係性があるとすれば?
そういった事を尋ねるのはまるで何かの罪を擦り付けようとするようで、少なくともエルドさん相手には出来なかった。
だからそういう話題に繋がる様な事……あの場で起きた事は伏せられたまま、俺はシャワーを浴びさせてもらい服を借り、その後連れられる様に俺は家の外に出る。
……エルドさんをただの良い人だと思っていたのは。思おうとしていたのはそこまでだ。
「……生きてる、のか?」
天国なのだろうか? とは思わない。ある程度和らいではいる物の、確かに纏わりついている激痛がまだ自分は生きているのだろうと思わせてくれるから。
「ってて……」
寝かされていたベッドからゆっくりと体を起こす。
八畳程のその部屋は、来客用の寝室とでも言わんばかりに派手な装飾もなく、落ち着いた印象を受ける部屋だった。少なくとも病院の病室などでは無さそうだ。
「此処は一体……」
「僕の家ですよ」
声と共に部屋に一人の青年が入ってきた。
右手の甲に漫画などに出てきそうな刻印を刻んだ、赤髪碧眼の長身。海外のモデルですと言われれば信じるであろうルックスを持つ彼は、心底安心しきった様な様子で俺に言う。
「無事に目を覚ましてくれて良かった。森で見掛けた時はもう駄目かと思いましたよ」
森で見掛けた……つまりこの人が俺を助けてくれたのか。
「あなたが助けてくれたんですよね……ありがとうございます」
素直に礼を言うと、青年はニコリと笑いながら言う。
「いえいえ。困った時はお互い様ですから。気にしなくていいんです」
その浮かべられた笑みからは、所謂裏側というものを感じさせない。
この状況を見るに、救急車も呼べなかったようなあの状況で、死にかけの重傷を負っていた俺をただ純粋な善意で救ってくれた。そう感じさせる様な笑みだ。
……どうやって?
「すみません、一ついいですか?」
「なにかな?」
あの状態の俺は、素人の民間療法でどうにか出来るレベルの怪我を優に超えていた。なのに……俺はどうして生きている? それも腕も足も元通りで。
「あの状態の俺を、一体どうやって助けたんですか?」
「どうって、精霊術ですよ。流石にあれ無しで治せる状態ではありませんでしたから」
「精霊術?」
何なのか分からないその単語を聞いた時真っ先に思い付いたのは、意識が途切れる直前に何度も目にしている魔法陣。
そこまで考えた所で、青年は俺が精霊術を知らないと判断したのだろう。
「少し記憶が飛んでいる様ですね。流石に精霊術を知らないというのは、普通の状態ではありえませんから。となるとそこまで修復出来なかった事を謝らせてほしい。済まなかった」
「あ、いえ……」
青年が謝るタイミングでは無い事も理解しているし……そもそも俺が記憶喪失なんかしていない事も理解している。
何一つ抜け落ちずに、今に至るまで見てきた事は記憶している。だから精霊術なんて呼ばれるものは、忘れたのではなく端から知らなかった筈だ。そして俺が知らないとなれば、それは多分世間一般的に知られていないという事になる。
だとすれば、知らない事は普通じゃないというのはどう言う事なのだろうか。
考えられるとすれば、知らなくて当たり前だった所から知っていて当たり前の所に飛ばされた。そしてそれはもしかすると、池袋から地球の裏側にある森へと飛ばされただとかそういう次元では無く、文字通りの違う世界なのかもしれない。所謂異世界という奴にだ。
そんな物の存在を呑みこめるかといえば否となる。だけどこの目で何度も超常現象を目にしている時点で、俺の常識が真実かどうかは分からないし、なにより俺を死の淵から呼び戻した様な無茶苦茶な力、精霊術なんてのが実際にあって、それが当たり前に人に知られているのならば、例えそれが地球の裏側の事であったとしても、その力は不定期に報道機関のニュースなどで報道される。それが全く及ばない所となれば……もう、そういう無茶苦茶な仮説を立てたって仕方が無いだろう。
「修復できなかったといえば、まだキミの治療も済んでいないんだ。僕はその続きをする為に此処にいる」
そう言った青年は俺に右手を翳す。
次の瞬間、青年の足元に今まで見てきた物と同形の黄緑色の魔法陣が展開され、俺を中心に光の粒子が立ち上り始める。
「これが精霊術です。思い出せましたか?」
「あ、いや……すみません」
「そうですか……まあ良いでしょう。例え思いだせなくてもいずれ目で、耳で。自然と脳に知識は刷り込まれて行きますから」
そう言いながら青年は精霊術と呼ばれる力を行使し続ける。
それは言わば魔法の様な物で、例えば今使われているのは回復魔術といった所だろうか。
「本当は一度で完治させたかったのですが、回復術は基本的に徐々に肉体を再生させていく術ですから。あなたをさっきまでの状態にした所で、昨日は僕も体力切れです」
青年の言う通りこの術の効果は徐々に効いて行くのだろう。現に痛みの変化が分からない。痛い所は痛いままだ。だけどきっと治療は進んでいるのだろう。
そんな気の遠くなる様な作業を、自分の体力ギリギリまでやってくれた……本当にこの人には感謝してもしきれない。
だからこそ……これ以上の迷惑はかけられないだろう。
「すみません。もう大丈夫です。多分体は動きますから」
「いや、でもまだ完治していませんよ? やるならしっかりと……」
「いいんです。命の恩人をこれ以上酷使したくありませんから」
「そう……ですか。まあ普段ならその好意も突っぱねて無理矢理にでも治療しようとしてると思うのですが……今日の所はお言葉に甘えさせていただきます」
精霊術を止めながら、青年は言う。
「実は今日、夕方に結構体力を使いそうな仕事が控えていまして」
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「ですがまあ僕はキミを完璧に治療する気でいましたから。それをしないのであれば、他で埋め合わせをしましょう」
「埋め合わせって……」
これ以上迷惑は開けられないと思って取り止めてもらったのに、それじゃあ同じ事だ。
それに、別に助ける事は義務じゃない。Aという仕事ができないから代わりにBをするというならともかく……コレは埋め合わせとかそういう事をする様な状況じゃないだろう。
「うーん。どうしようか……仕事は午後からときたら使えるのは午前中……」
しかしまあ、目の前で色々と考えてくれているところを見せられると、突っぱねる気は無くなってくる。これは多分、迷惑にならない程度に頼らせてもらった方がいいだろう。
「そうだ。お腹すきませんか? いい店を知っているのでそこでお昼でも。ああ、当然こちらから誘ってるんで奢りますよ」
助けてくれて飯まで驕りとか。本当に申し訳なくなってくる。正直お金が掛かる事は断った方がいいのではないだろうかとも思うが……腹は減っているし、この場で日本円が使えるか分からない以上モラルを重視して断るのは命取りな気がする。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、いいんですよ別に」
そう言って青年は笑った後、思いだしたように俺に問いかけてくる。
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そういえば自己紹介をしてなかった。そして命の恩人に隠す理由などない。
「瀬戸栄治です。あなたは?」
「エルドです。以後よろしく」
「よろしくお願いします」
俺はそう言葉を返したが、よろしく、か。……これ以上よろしくしてもらう訳にはいかないし、何かしらの形で恩を返さないと駄目だなコレ。
そんな事を考えながら、俺はゆっくりとベッドから降りて立ち上がる。
立ち上がってようやく気付いた事だが、俺の着ている衣服は血塗れで、何か服を借りなければいけないしシャワーも浴びないと行けない。寝ていたベッドだって血塗れだ。
だけどそれもエルドさんは許してくれるのだろう。
そんな様な善人だからこそ……尋ねづらかった。
あの森に居た女の子は、人間に激しい怯えと怒りを抱いていた。
そしてあの女の子のすぐ近く。多分百メートル程しか離れていない所にいる俺を、エルドさんは助けてくれた。つまりはあの場所に何か理由があって訪れていた筈なんだ。
それが何ともない事であるならそれで良い。
だけどあそこにエルドさんがいた事と、女の子の怯えに関係性があるとすれば?
そういった事を尋ねるのはまるで何かの罪を擦り付けようとするようで、少なくともエルドさん相手には出来なかった。
だからそういう話題に繋がる様な事……あの場で起きた事は伏せられたまま、俺はシャワーを浴びさせてもらい服を借り、その後連れられる様に俺は家の外に出る。
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