人の身にして精霊王

山外大河

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一章 人尊霊卑の異世界

14 そうして俺達は旅に出る

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「良かった……眼を覚ました」

 多分俺は、エルに助けられていた。
 全身の痛みがほぼ無くなっているのはその為で……エルが血塗れなのも、こうなる過程による物なのだろう。
 つまりは必死に隠していた傷を、エルに見られた訳だ。

「本当に危なかったんですよ。もう少し見つけるのが遅かったら間違いなく死んでましたし……あのタイミングでみつけたからと言って、それでも、助けられるかどうか分からない様な状態でした」

 ……まあ確かにそうだ。
 俺が意識を失ってどれだけの時間が経過していたのかは分からないけれど、あの直後から治療を開始したとしても助かるかどうかは分からない。それから更に遅れたのならば尚更だ。

「それだけの傷を、私は負わせて……エイジさんは背負っていたんです」

 申し訳なさそうな表情でそう言ったエルは、俺にこう問いかける。

「なのに……エイジさんはどうしてあんな嘘を付いたんですか」

 嘘。俺の傷は完治している。そんな嘘。

「仕方ねえだろ。あんな傷、負わした本人に見せられるか」

 あの時点で、俺は自分の状態があそこまで深刻な物だとは思っていなかった。
 だけど深刻でなかったとしても、酷い有様ではあったのだと思う。怪我の状態がどうであれ、見せられる訳が無い。
 結果的に見られたのだけれど。

「負い目を感じさせない為、ですか?」

 俺が嘘を付いた直後の言葉を復唱する様にエルは言う。
 図星だ。

「……感じさせてくださいよ、それ位」

 エルは申し訳なさそうな表情で。そしてどこか決意が籠った様な表情で続ける。

「きっとそれから逃げたら駄目なんです。確かにあんな有様を見たくはありませんでしたよ。だけど負い目を感じて償って。私は初めてエイジさんの隣に立てる。そんな気がするんです」

 多分エルは真剣にそういう事を考えてくれている。それは凄く伝わってくるんだ。
 だけどこうなった事が一番正しい顛末だったとは思わない。
 それはこうなった状況で、抱く考えとしてはこれ以上なく素晴らしい物なのかもしれない。だけどそれはこうなった状況においてだけだ。
 何も知らずにもう俺は大丈夫だと。なんの心配も掛けずにいられたという状況の方が俺は正しかったと思う。
 きっとそんな重たい考えなんて、抱かない方がいいと思うから。
 特に負い目なんてマイナスの感情を考えずに、ただ笑っていられるのが最高の形で、これまで苦しめられてきたエルには必要な形だと思うから。
 だから今のエルがどう思っていようと、これは失敗だ。俺が何度も正しいと思った事を実行に移し、その度に失敗してきたのと同じ。ただ純粋な失敗。

「……悪い」

 エルがこの謝罪をどう受け止めるかは知らないが、でもそれは多分エルが思っている様な物ではないだろう。
 次こそは。次こそはうまくやろう。
 俺が正しいと思った事。今届かなかったそれを、今度こそやり遂げよう。
 それが正しい事だと思うから。




 そうして少し休んだ後、俺達は再び歩きだす。
 暫く歩くと森を出た。俺の治療で随分と時間が経過していたのだろう。日はすっかり暮れている。

「それで、その絶界の楽園に行くにはどっちに向かって歩けばいい?」

「北です。ここから真っすぐ北に。そうすれば辿りつける筈です」

 北に、か。アバウトだなぁオイ。まあ別にいいけども。

「で、これからどうするよ。もう日暮れてるけど」

「そうですね……どうしましょうか?」

 ついでに言えば俺達の衣服は血まみれで、更に言えば食料も金も無い。
 本当にどうしようか。
 だからそれも考えよう。何をどうするのが正解かしっかりと考えてそれを実行に移す。
 もう失敗はしない。失敗なんてできない。

「まあ休んだ後だし、何処にいたって外なのは変わらないしな……とりあえず、行けるとこまで行くか? 俺がいた街の掲示板に、周辺の地図が乗ってたんだけど、一番近い街はそれ程遠くなかった筈だし、もしかすれば辿りつけるかもしれない」

 まあそれも憶測ではあるけれど。
 どういう訳か言葉は理解できるが、文字なんかは読めない。だから分かるのはイラストから得られた情報だけだ。

「そうですね。確かこの先に人間の街があったと思いますし……一晩歩けばたどり着くかもしれませんね」

 エルが人間の街と言った事で、ハッとなる。

「そういやお前……人間の街に入ってって大丈夫なのかよ」

「大丈夫ですよ」

 エルは即答した。

「言いたくはないですけど私達、人間には物だとか資源だとか、そういう扱いをされているんです。だからさっきの人達のように、元から私を狙っていて、エイジさんがそれを妨害して私と契約したという事を知らない人には、もうエイジさんの所有物みたいに見える筈なんですよ。それに手を出すというのがどういう事か、なんとなく分かりませんか?」

「強奪……まあ犯罪ってことか」

「物を取られるっていうのはそういう事ですよね。だからきっと大丈夫です」

 そういうエルはなんだか少し悲しそうだ。
 そりゃエルが言ってた通り、言いたくないのだろう。自分が物だなんていうのは。

「でも、もし何かあったら……その時は、その……お願います」

「ああ。分かってるよ」

 その時位は俺がエルを守る。それでいい。
 そんなやり取りの後、俺達はとりあえず歩き出す。
 最終目的地は絶界の楽園。目先の目的地は近くの街。
 そこを目指して俺達は歩く。
 こうして、俺達の旅が始まったんだ。
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