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二章 隻腕の精霊使い
9 拒絶と強襲
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そして俺もまた、エルのその反応はなんとなく予想できていた。
エルはこの街に入ってから、少なくともあの戦いの前まではずっと、人前では演技をしてきた。少しでも自分から生じる違和感を抑え込むために。
だけどあんな状況で意識を失って、目が覚めた時に目の前に知らない人間がいれば……当然、演技どころでは無いだろう。
本物の敵意と恐怖心が剥き出しになって現れる。
酷く凍てついた空間。きっと出会ったばかりの俺とエルの間でも、こんな空間が形成されていた筈だ。改めて客観的に見るとどれだけ酷い状況だったのか再認識できる。
だけど客観的に見るのはそこまででいい。
俺は……エルの契約者となった俺は、確かにこの空間を形成してしまっている二人の間に、第三者として立っている。
「大丈夫だ、エル。コイツは味方だよ」
俺はエルを落ち着かせる為にそう言ってやる。
だけど俺のそんな言葉に、はたしてそうさせるだけの力はあるのだろうか?
答えは否だ。きっとこの状況を受け入れさせるには、余りにも言葉足らずだ。だけど簡潔にこの状況を説明出来る言葉は、そう簡単に思い付きやしない。
結果的にエルの表情に浮かんだのは困惑だった。当然だ。俺も逆の立場だったら、そういう表情を浮かべていただろう。
俺がどうしようかと考えている所で口を開いたのはシオンだった。
「随分と遅い時間になったけど、ちょっと夕食を買ってくるよ。折角祭りの屋台も出ているしね。だから僕が戻ってくるまでの間、この部屋は好きに使って貰って構わないよ。その血もいい加減洗い流したいだろう?」
まあ確かに、夕食を食べていなければ結構腹がすくだろうし、実際俺もそうなんだけれど……当然ながらそういうつもりでそんな事を言っているのではないのだろう。
「ああ、分かった」
戻ってくるまでに、少しでもこの状況を説明しておいてほしいという事なのだろう。
エルがシオンに対し敵意と警戒心を持っている様に、シオンもまた、精霊が向けて来る敵意や警戒心にトラウマを抱えていてもおかしくないだろうから。
「行くよ」
シオンが椅子に座る金髪の精霊にそういうと、彼女は命令を聞く様にゆっくりと立ち上がってシオンに歩み寄る。
その動きは、言いたくは無いがまるで機械の人形の様だった。
「じゃあ、行ってくるよ」
そう言い残してシオンと金髪の精霊は部屋から出て行く。
こうして部屋の中には、俺とエルの二人だけが残された。
部屋の中からシオンが消えた事にって、エルの警戒心も消え去る。
だけど当然の事ながら、それでこの状況に対する疑問が消え去る訳ではない。
「エイジさん……さっきの人が味方ってどういう……というより、あの後どうなって……」
そこまで言った所で、エルが何かに気付いたらしい。ベッドから飛び降りると、勢いよく俺の元に迫ってきて慌てた様に言ってくる。
「そうだ、怪我! エイジさん、ナイフで刺されて、それで……ッ!」
「それは大丈夫だよ。実際こうしてピンピンしてるだろ?」
「でもまた無理してるんじゃないですか!?」
言われてエルが慌ててそんな事を聞いてきた理由を思い知る。
実際こうしてピンピンしている。だけどあの森の中でも俺は確かにピンピンしていた。
肉体強化を使いやせ我慢で、そう見せていた。
いくら俺が謝って、それがエルの求めた様な謝罪と捉えられたとしても、それでも一度ああいう事があれば、次にそうなった時に無理をしているかもしれないと思われるのは当然なのかもしれない。
だけど、今回ばかりは本当の事なんだ。
「ほら、ちゃんと傷も塞がってる」
俺は服の裾を幕って、ナイフで刺された箇所をエルに見せる。
シオンがしてくれたのは応急処置だ。故に当然、完治という訳ではない。だけど確かに出血は止まっていて、あの時の様な内出血も起きていない。
「……良かった」
そう言ってエルは胸を撫で下ろす。
でも徐々に、そうして浮かんできた安堵の表情は掻き消えて行く。
気が付けばエルはまた俺の服の裾を掴んでいた。
だけど今度はその行為を咎めたりはしない。今、見ている奴は誰もいないし……仮にいたとしても、そいつには見られたっていい。
でもきっと、その行為の元凶はそいつだ。
シオン・クロウリーだ。
「……どうした?」
俺は解りきった質問をエルにする。
「……あの人は、一体何なんですか?」
その問いに、俺はなんと答えるのが正解なのだろう。
……多分俺がシオンの言葉を信じられたのは、俺が異世界から来た人間……実質的に第三者であるからという点が大きいだろう。そしてこの世界で出会う事が無いと思っていた、同じ様な方向性の考えを持っていたからというのも、また大きい。
だけどエルは精霊で、被害者で。
故にきっと信用されない。
エルは俺の事を信頼してくれているみたいだけれど、信頼している人が信頼している人を信頼できるかはまた別の話だと俺は思う。
……だけどだ。
「……とりあえず、お前が気を失っている間にあった事を話すよ」
話さなければ前に進めない。
例えそれが難しい事であろうとも、俺はエルにシオンの事を少しは信頼してもらう様にしなければならない。
正しい事をしているのに、ああいう目で見られているシオンに対する憐れみだとか、そういう思いもあるだろう。きっと少しくらい認められてもいいだろうという思いもきっとある。
だけどまず第一に、エルがシオンをある程度信頼していなければ、そのシオンが作る枷を……ペンダントを、エルは絶対に身に付けないだろう。
……身に付ける事が、客観的に見ればきっと正しい事だろうに。
そしてやはりと言うべきか。俺の話を聞き終えたエルは、ゆっくりと口を開く。
「きっとエイジさんは嘘を言っていないんだと思います。だけど……その人の言っている事は本当に本当ですか? 騙されているんじゃ無いんですか?」
考えた通り、俺の事は信頼されていても、俺が語るシオンをまるで信用しちゃくれない。
「私達を助けてくれたっていうのも……きっと、エイジさんを助けたんだと思います。その人にとって私は、親切をした相手の貴重な所有物程度にしか思われていないんだと思うんです。……いや、そもそも親切ですらないんです。あの路地の人達みたいに私を狙っていて、その為にエイジさんを騙しているんです」
その言葉には大きな矛盾がある。
そもそもそうだとすれば、俺はきっとあの路地裏で死んでいて、エルだけがシオンに連れ去られていた。だからこうして俺達が治療を受けた上でこうしている時点でそれは違うんだ。
だけど指摘はしなかった。
言葉なんてのは自分の胸の内を外部に伝えるツールの様な物だ。当然、感情論で語れば、その言葉には矛盾が出てくる事なんて多々あるんだ。
だけど、矛盾が出ようと出まいと、その言葉からはエルのシオンに対する絶対的な拒絶が伝わってきた。それはその矛盾点を突いて解消しても解消されない。
だからなんの意味も無いんだ。
「だから……その、エイジさんが勧めてくれた事を断るのは心苦しいですけど……そのペンダントとかいうのは、絶対に身に付けたくありません。きっとそれを付けた私を見て、思い通りにいったってあのシオンとかいう人は笑うんです」
「……そうか」
俺はここまで拒絶している相手を言いくるめる術を知らない。
つまりエルに枷を付けようとすれば、それは半ば無理矢理の力尽くになるだろう。
それは……正しくない。絶対に間違っていると断言できる。
だとすれば……俺はどうするべきか。
答えは簡単だ。結局の所、今までと同じ様にして行けばいい。
例えそれが不安定で。いつ何何があるか分からない道だとしても、エルに無理強いをさせる道とどちらが正しいかと言われれば、正しいのはこの道だ。
「分かったよ。じゃあ……当初通り、俺達は普通に絶界の楽園へと向かう。それでいいか?」
「……はい」
安心した様にエルは言う。
きっと一番安心できる道から、外れてしまったと言うのに。
でもきっとこれが、今この状況で取れた最善な判断なんだと。その安心感で溢れた笑顔を見ているとそう思う。
思ったからこそ、もう深くこの事を考えるのは止めた。
考えるべきは、同じ道を歩く事を決めた俺達の今後だ。
当面は目の前の問題。
「……で、話が一段落した所で言わせてもらうけどさ、取りあえず風呂入ろうぜ。血、洗い流したい」
「え? 一緒に、ですか?」
「なわけねえだろ馬鹿……先入れよ」
こんなどうでもいい会話一つで、気分が少し楽になった。
誰の視線の心配も無い。そんな場所での普通の会話。
それができるだけで、気の持ちようが随分と変わる。それがどれだけ俺達がいた空間が異常だったのかを告げて来て……そして同時に安らぎを感じさせる。
でも……きっと今の状態で。エルが今のままの状態で安らぎなんてのを覚えられる場所は、絶界の楽園以外には存在しないのかもしれない。
少なくとも、此処はそういう場所では無かった。
次の瞬間、窓ガラスが勢いよく割れる。
「……ッ」
慌ててそちらを見ると、目に入ったのは窓ガラスを突き破ってきた人間だ。
咄嗟に肉体強化を発動する。だけどできたのはそこまでだ。寧ろこの状況で、よくそれだけでもできたと自分を褒めてやりたい。
だけど褒めても何も出やしない。
突然の奇襲で対応が遅れた俺の胸に手が添えられる。
それはまるで、俺がやっていた圧縮した風を打ち込むのと同じ様に。
そして次の瞬間、胸に激痛が走る。
「グハ……ッ!?」
「エイジさん!」
痛みと共に両足が浮き、吹き飛ばされた。
ドアを突き破って廊下の壁に叩きつけられる。
そして次の瞬間には……もう目の前に、顔に布を巻き素顔を隠した襲撃者が迫っていた。
「……ッ」
襲撃者が放った精霊術を纏っている様な手刀を、なんとか白羽取りで受けとめながら必死に思考を巡らせる。
なんなんだ……この状況はッ!
そしてその答えは出てこずに……エルがいる部屋の中から、更に何枚かのガラスが割れる音が聞こえてきた。
エルはこの街に入ってから、少なくともあの戦いの前まではずっと、人前では演技をしてきた。少しでも自分から生じる違和感を抑え込むために。
だけどあんな状況で意識を失って、目が覚めた時に目の前に知らない人間がいれば……当然、演技どころでは無いだろう。
本物の敵意と恐怖心が剥き出しになって現れる。
酷く凍てついた空間。きっと出会ったばかりの俺とエルの間でも、こんな空間が形成されていた筈だ。改めて客観的に見るとどれだけ酷い状況だったのか再認識できる。
だけど客観的に見るのはそこまででいい。
俺は……エルの契約者となった俺は、確かにこの空間を形成してしまっている二人の間に、第三者として立っている。
「大丈夫だ、エル。コイツは味方だよ」
俺はエルを落ち着かせる為にそう言ってやる。
だけど俺のそんな言葉に、はたしてそうさせるだけの力はあるのだろうか?
答えは否だ。きっとこの状況を受け入れさせるには、余りにも言葉足らずだ。だけど簡潔にこの状況を説明出来る言葉は、そう簡単に思い付きやしない。
結果的にエルの表情に浮かんだのは困惑だった。当然だ。俺も逆の立場だったら、そういう表情を浮かべていただろう。
俺がどうしようかと考えている所で口を開いたのはシオンだった。
「随分と遅い時間になったけど、ちょっと夕食を買ってくるよ。折角祭りの屋台も出ているしね。だから僕が戻ってくるまでの間、この部屋は好きに使って貰って構わないよ。その血もいい加減洗い流したいだろう?」
まあ確かに、夕食を食べていなければ結構腹がすくだろうし、実際俺もそうなんだけれど……当然ながらそういうつもりでそんな事を言っているのではないのだろう。
「ああ、分かった」
戻ってくるまでに、少しでもこの状況を説明しておいてほしいという事なのだろう。
エルがシオンに対し敵意と警戒心を持っている様に、シオンもまた、精霊が向けて来る敵意や警戒心にトラウマを抱えていてもおかしくないだろうから。
「行くよ」
シオンが椅子に座る金髪の精霊にそういうと、彼女は命令を聞く様にゆっくりと立ち上がってシオンに歩み寄る。
その動きは、言いたくは無いがまるで機械の人形の様だった。
「じゃあ、行ってくるよ」
そう言い残してシオンと金髪の精霊は部屋から出て行く。
こうして部屋の中には、俺とエルの二人だけが残された。
部屋の中からシオンが消えた事にって、エルの警戒心も消え去る。
だけど当然の事ながら、それでこの状況に対する疑問が消え去る訳ではない。
「エイジさん……さっきの人が味方ってどういう……というより、あの後どうなって……」
そこまで言った所で、エルが何かに気付いたらしい。ベッドから飛び降りると、勢いよく俺の元に迫ってきて慌てた様に言ってくる。
「そうだ、怪我! エイジさん、ナイフで刺されて、それで……ッ!」
「それは大丈夫だよ。実際こうしてピンピンしてるだろ?」
「でもまた無理してるんじゃないですか!?」
言われてエルが慌ててそんな事を聞いてきた理由を思い知る。
実際こうしてピンピンしている。だけどあの森の中でも俺は確かにピンピンしていた。
肉体強化を使いやせ我慢で、そう見せていた。
いくら俺が謝って、それがエルの求めた様な謝罪と捉えられたとしても、それでも一度ああいう事があれば、次にそうなった時に無理をしているかもしれないと思われるのは当然なのかもしれない。
だけど、今回ばかりは本当の事なんだ。
「ほら、ちゃんと傷も塞がってる」
俺は服の裾を幕って、ナイフで刺された箇所をエルに見せる。
シオンがしてくれたのは応急処置だ。故に当然、完治という訳ではない。だけど確かに出血は止まっていて、あの時の様な内出血も起きていない。
「……良かった」
そう言ってエルは胸を撫で下ろす。
でも徐々に、そうして浮かんできた安堵の表情は掻き消えて行く。
気が付けばエルはまた俺の服の裾を掴んでいた。
だけど今度はその行為を咎めたりはしない。今、見ている奴は誰もいないし……仮にいたとしても、そいつには見られたっていい。
でもきっと、その行為の元凶はそいつだ。
シオン・クロウリーだ。
「……どうした?」
俺は解りきった質問をエルにする。
「……あの人は、一体何なんですか?」
その問いに、俺はなんと答えるのが正解なのだろう。
……多分俺がシオンの言葉を信じられたのは、俺が異世界から来た人間……実質的に第三者であるからという点が大きいだろう。そしてこの世界で出会う事が無いと思っていた、同じ様な方向性の考えを持っていたからというのも、また大きい。
だけどエルは精霊で、被害者で。
故にきっと信用されない。
エルは俺の事を信頼してくれているみたいだけれど、信頼している人が信頼している人を信頼できるかはまた別の話だと俺は思う。
……だけどだ。
「……とりあえず、お前が気を失っている間にあった事を話すよ」
話さなければ前に進めない。
例えそれが難しい事であろうとも、俺はエルにシオンの事を少しは信頼してもらう様にしなければならない。
正しい事をしているのに、ああいう目で見られているシオンに対する憐れみだとか、そういう思いもあるだろう。きっと少しくらい認められてもいいだろうという思いもきっとある。
だけどまず第一に、エルがシオンをある程度信頼していなければ、そのシオンが作る枷を……ペンダントを、エルは絶対に身に付けないだろう。
……身に付ける事が、客観的に見ればきっと正しい事だろうに。
そしてやはりと言うべきか。俺の話を聞き終えたエルは、ゆっくりと口を開く。
「きっとエイジさんは嘘を言っていないんだと思います。だけど……その人の言っている事は本当に本当ですか? 騙されているんじゃ無いんですか?」
考えた通り、俺の事は信頼されていても、俺が語るシオンをまるで信用しちゃくれない。
「私達を助けてくれたっていうのも……きっと、エイジさんを助けたんだと思います。その人にとって私は、親切をした相手の貴重な所有物程度にしか思われていないんだと思うんです。……いや、そもそも親切ですらないんです。あの路地の人達みたいに私を狙っていて、その為にエイジさんを騙しているんです」
その言葉には大きな矛盾がある。
そもそもそうだとすれば、俺はきっとあの路地裏で死んでいて、エルだけがシオンに連れ去られていた。だからこうして俺達が治療を受けた上でこうしている時点でそれは違うんだ。
だけど指摘はしなかった。
言葉なんてのは自分の胸の内を外部に伝えるツールの様な物だ。当然、感情論で語れば、その言葉には矛盾が出てくる事なんて多々あるんだ。
だけど、矛盾が出ようと出まいと、その言葉からはエルのシオンに対する絶対的な拒絶が伝わってきた。それはその矛盾点を突いて解消しても解消されない。
だからなんの意味も無いんだ。
「だから……その、エイジさんが勧めてくれた事を断るのは心苦しいですけど……そのペンダントとかいうのは、絶対に身に付けたくありません。きっとそれを付けた私を見て、思い通りにいったってあのシオンとかいう人は笑うんです」
「……そうか」
俺はここまで拒絶している相手を言いくるめる術を知らない。
つまりエルに枷を付けようとすれば、それは半ば無理矢理の力尽くになるだろう。
それは……正しくない。絶対に間違っていると断言できる。
だとすれば……俺はどうするべきか。
答えは簡単だ。結局の所、今までと同じ様にして行けばいい。
例えそれが不安定で。いつ何何があるか分からない道だとしても、エルに無理強いをさせる道とどちらが正しいかと言われれば、正しいのはこの道だ。
「分かったよ。じゃあ……当初通り、俺達は普通に絶界の楽園へと向かう。それでいいか?」
「……はい」
安心した様にエルは言う。
きっと一番安心できる道から、外れてしまったと言うのに。
でもきっとこれが、今この状況で取れた最善な判断なんだと。その安心感で溢れた笑顔を見ているとそう思う。
思ったからこそ、もう深くこの事を考えるのは止めた。
考えるべきは、同じ道を歩く事を決めた俺達の今後だ。
当面は目の前の問題。
「……で、話が一段落した所で言わせてもらうけどさ、取りあえず風呂入ろうぜ。血、洗い流したい」
「え? 一緒に、ですか?」
「なわけねえだろ馬鹿……先入れよ」
こんなどうでもいい会話一つで、気分が少し楽になった。
誰の視線の心配も無い。そんな場所での普通の会話。
それができるだけで、気の持ちようが随分と変わる。それがどれだけ俺達がいた空間が異常だったのかを告げて来て……そして同時に安らぎを感じさせる。
でも……きっと今の状態で。エルが今のままの状態で安らぎなんてのを覚えられる場所は、絶界の楽園以外には存在しないのかもしれない。
少なくとも、此処はそういう場所では無かった。
次の瞬間、窓ガラスが勢いよく割れる。
「……ッ」
慌ててそちらを見ると、目に入ったのは窓ガラスを突き破ってきた人間だ。
咄嗟に肉体強化を発動する。だけどできたのはそこまでだ。寧ろこの状況で、よくそれだけでもできたと自分を褒めてやりたい。
だけど褒めても何も出やしない。
突然の奇襲で対応が遅れた俺の胸に手が添えられる。
それはまるで、俺がやっていた圧縮した風を打ち込むのと同じ様に。
そして次の瞬間、胸に激痛が走る。
「グハ……ッ!?」
「エイジさん!」
痛みと共に両足が浮き、吹き飛ばされた。
ドアを突き破って廊下の壁に叩きつけられる。
そして次の瞬間には……もう目の前に、顔に布を巻き素顔を隠した襲撃者が迫っていた。
「……ッ」
襲撃者が放った精霊術を纏っている様な手刀を、なんとか白羽取りで受けとめながら必死に思考を巡らせる。
なんなんだ……この状況はッ!
そしてその答えは出てこずに……エルがいる部屋の中から、更に何枚かのガラスが割れる音が聞こえてきた。
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