人の身にして精霊王

山外大河

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二章 隻腕の精霊使い

25 境界線の向こう側の友へ

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 事情聴取になっていない事情聴取を終えた俺達は、ひとまずシオンの部屋へと向かっていた。
 あの部屋に俺達の荷物が置いてある。何をするにしても一度は立ち寄らなくてはならない。一応事件現場ではあるため行ってもいいかという事を確認したら、俺達が戻ってきた時点で調査は殆ど終っていたらしく、ホテル内は自由に動いても構わないらしい。こんな事があった場でそうする人が居るかどうかはともかくとして、宿泊も可能。文字通り好きにしても構わない様だ。

「しかし……ひでえ有様だな」

「そうですね……これ、私達の荷物、大丈夫でしょうか?」

「どうだろうな……基本部屋ん中じゃ殴り合ってただけだから、消し飛んでるみたいな事はねえと思うけど……」

 シオンの部屋に向かうまでの廊下には、戦闘の爪痕が多くみられた。
 エルを攫うために。俺を殺す為に。その為に発生した損害だ。廊下で耳に入ってきた憲兵の話によると死者はいないそうだけど、それでも充分すぎる大きな損害。
 それに対して俺達が責任を感じる必要があるのかといえば……どうなのだろうか。それは良く分からない。
 でも結論からいって、俺の取った行動はどこか間違っていたのだろう。
 無関係の人間を巻き込んだ。それが間違いでない訳が無いんだ。こういう事になる可能性を全く考慮しておらず、対策の一つも取らなかったのは、結果論とはいえ十分に過失と言えるのではないだろうか。
 ……俺がもっと考えて行動していれば、少なくともこの場所はこういう事にならなかった筈なんだ。
 ……今後、こういう事を起さない様にこの光景を心に刻んでおかなければならない。

「……どうしました?」

 俺の浮かべている表情が、荷物の状態を懸念している訳ではない事をなんとなく察してくれたのかもしれない。エルがそんな風に顔を覗きこんでくる。

「いや。なんでもないよ。割と真剣に荷物が心配だっただけだ」

 俺はエルにそう返した。
 その言葉をそのまま鵜呑みにしてくれると助かる。
 多分エルは言っちゃ悪いが、人間の事はどうとも思っていない。だから俺の様にこの惨状を重く捉えてはいないだろう。
 捉えない事が良い事なのかどうかは分からないけれど、少なくとも精神衛生上では何も気付かない方が楽だ。知らない方が幸せな事もある。
 だからエルは知らないままで。捉えられないままでいてくれた方がいい。
 少なくともこういう、知らない方がいい事については。

「まあもし駄目になっていたらまた買いに行きましょう。まだお金ありましたよね?」

「そうだな。でもそうなったら、また結構な人込みの中歩く事になるけど大丈夫か?」

 シオンと合流してからも、そういう道を通ってきたけど……だからと言って、エルにとって負担が多い事も変わらない。

「そりゃ一人で歩けとか言われたら無理ですけど……でも、大丈夫です。一人じゃないですから」

「……ああ」

 でも俺達を精神的に参らせるあの視線も、じきに向けられなくなる。
 シオンが作った枷をはめれば、あの視線は無くなるんだ。
 そして俺達に付き纏う危険も……そして今回の様な惨状が、俺達を原因として起きる事もきっと無くなる。
 そういえば俺達はこうして事情聴取を終えてあの部屋へと戻っているけれど、シオンの話は終わったのだろうか。
 一応あの部屋を借りているのはシオンな訳で、アイツに何も言わずに部屋へと入るのは抵抗がある。
 ……でもまあ廊下にいるのもアレなので、上がらせて貰うつもりではいるが。
 そうやってホテル内の惨状を目にしながらシオンの部屋の前に辿りついた俺達は、シオンの部屋へと足を踏み入れる。

「しっかし……やっぱこの部屋周辺が相当酷い事になってるな」

 ドアは突き破られ、窓ガラスも突き破られ。まるで廃墟の様だ。一体修復にいくら掛るんだコレ。

「……で、シオンはまだ戻ってきていない、と」

「みたいですね……あ、私達の荷物」

 エルが床に転がった荷物を発見し、そちらに足取りを向ける。俺もそれに続いた。

「まあ……大丈夫そうだな」

「みたいですね」

 直接攻撃を受けた形跡は無し。中身も無事で、使う分に支障はなさそうだ。これでまず懸念していた事が一つ無くなった。

「……なら話は早い」

 そして買った物がちゃんと無事だったならば、今度こそやっておきたい事がある。

「とりあえずこの服をなんとかしよう」

 初めに此処に辿りついた時に、既に俺の衣服は血塗れだったが、先の潜入で更に酷くなっている。そして比較的マシだったエルの衣服の状態も、悪化していると言わざるを得ない。

「そうですね。改めて気にして見ると……なんかこう、着心地最悪ですし」

「同感だ。まあ何にしても、まずこの血を洗い流してえ」

「同感です」

「じゃあ先入ってこいよ。多分戦闘の影響は受けてねえと思うから、普通に使えると思うぞ」

「いいんですか? 多分エイジさんの方が血、洗い流したいんじゃないかと思うんですけど……」

「いいんだよ。なんとなくだけどさ、男はともかく女の子をそういう状態にしておくのはあまり良くないだろ?」

「そんなものですかね?」

「少なくとも、俺の中ではな」

「じゃあお言葉に甘えて……覗かないでくださいよ?」

「心配すんな。実際にそういう事をする勇気なんてのは、多分皆持ち合わせちゃいない」

「あれ……これ、勇気持ち合わせてたら実行されるんですかね……」

 ……あれ? 確かにその辺どうなんだろう。すんのかな?
 でも約一名。やりそうな奴を知っている。結局頓挫したらしいけど、かなりマジで中学の修学旅行で覗き計画練ってたらしいからな……うーん、なんか高校の修学旅行前に誠一と共に計画練ってる俺の姿が想像できるぞ? 参加すんのか俺も?
 まあそもそもの所、その時に俺がその場にいるかどうかすら、現状分からない。あの場所で、ああいう事があって。あの時点で血まみれで立っていた誠一が、本当に無事なのかどうかも分からない。
 ……あの場で起きた事が一体何だったのかは分からないにしても、誠一が無事だったかどうか位は知りたいな。
 現状それすらも、知る術は無いわけだけど。

「まあ大丈夫だ。実行しない。絶対に覗きとかしねえから」

「……なんでしょうね。そこまで断言されると、かえってちょっと嫌なんですけど……」

「え、なんで?」

「まあ、その……察してください」

 そんな風なやり取りを交わし、俺は着替えを持ったエルを送りだして一人となった。
 異性の気持ちが一番分からない。
 そんな風に冗談めいた事でも言っていないと、気が重くなって参ってしまう。
 それよりも分からない事は……知りたい事は。山程になる。
 その中の一つが、いつ俺の耳に入ってくるのか。そもそも入ってくるのかどうかすら分からないけれど……俺はきっとこの世界のどこを探してもいない親友に、心の中で尋ねた。
 ……またてめぇと馬鹿な話できるよな……誠一。
 その答えはきっと誰も知らない。
 その時が来るまで誰も分からない。その時が来るのかすら分からない。
 だけど願わくば、いずれその時が来ますようにと、そう思った。
 でも……思っても、それはまだ後回しだ。そうすることができる道が見えたとしても、それは後回し。
 まずはエルを絶界の楽園へと連れていく。
 それが今、俺が見えている、もっとも正しいと思う事だから。
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