人の身にして精霊王

山外大河

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二章 隻腕の精霊使い

24 そしてその差は埋まらない

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 やがて件のホテルに辿りついた俺達を待っていたのは、この街の警察……いや、憲兵団だった。
 予想はしていたけれど、やっぱり居た。そりゃアレだけの事があってそういった組織が動かなければ、あまりに無法地帯すぎる。
 そして無法地帯で無いのなら……その場から消えた客が血塗れで戻ってくれば、流石に事情聴取位されるのではないだろうか?
 ……まあエルが隣に居る以上、シオンの様な思考を持つ人間以外との接触は控えた方がよさそうだけど……多分下手に躱すと面倒な事になりかねない。

「すまない。少しだけお時間、よろしいかな」

 だからそう言ってきた四十代程の憲兵の言葉に首を振る事は出来ない。
 だけどこれだけは言わせてもらった。

「構わないけど、とりあえず傷の治療しながらでも問題ないですか? 普通に歩いてるけど、これでも全身ズタボロなんですよ」

「……寧ろそれもこっちが承ろう」

 そんなやり取りをした後、俺達は憲兵に連れられてホテルの中に足を踏み入れた。

    




 案内された部屋は空き部屋……いや、空き部屋になった部屋だ。どうも今回の事件を受けて、逃げるようにチェックアウトしてしまった客が居るらしい。
 その部屋に置かれた二人掛けのソファに俺とエルは座り込む。ちなみにシオンは別の部屋に連れて行かれた。きっとただの被害者としての対話ではない事を話しているのではないだろうか。
 ……まあ今考えるべきは俺達の事だ。
 俺達の近くにやってきた女性の憲兵が精霊術を発動させて俺の治療を始める。
 ……予想はしてたよ。
 エルも完治していないものの、十分に活動できるレベルに回復している。流石に目に見えた大怪我を負っていたとすれば、被害者の所有物を治すという風に治療してくれたかもしれないが、今の状態だと目も向けてくれない。いや、神秘的な雰囲気に、異質な物を見る様な視線は感じるのだけれど。
 向けられるのはそんな視線だけで、向けられて当然な物は向けてくれない。
 それを向けられるのが俺しかいないのならば、その役目は俺が担おう。
 俺はエルの手を軽く握り、回復術を発動させる。

「……物を大切に扱うのはいい心掛けだが、今はやめておきなさい。キミ自信の傷の治癒に専念するべきだ」

「……いいんですよ、これで」

 きっと目の前の憲兵には、一体何がいいのか分かっていないのだろう。分かってくれていれば……この世界はどんな世界になっていたのだろうか。
 少なくともこんな世界の人間である憲兵の男は、ゆっくりとこう返答した。

「何も良い事はない。今のその行動も……キミがやった行動も」

「俺がやった行動?」

「我々の調べに間違いが無ければ、キミは奪われたその精霊を奪い返しに行っていたのだろう? シオン・クロウリーと共にね」

「……どの辺まで把握してるんですか」

「その辺までだよ。ウチの鑑識が調べ上げた情報を纏めて、辿りついたのがその辺だ」

 鑑識と聞いてドラマのワンシーンを思い出すが、多分あれとは随分と様子は違うのだろう。
 多分精霊術を用いて、地球の常識とは当てはまらない様な調査方法をしているのではないだろうか。
 まあその事に関しては触れない。皆が知ってて当たり前の事だった場合、知らない俺が可笑しな奴に見られてしまう。そうなるのは多分あまり良い事ではない。

「まあ何にしてもこれだけは言わせてほしい。馬鹿じゃないのかキミは。いや、キミ達はと言うべきか」

「……馬鹿? 馬鹿って何がですか」

「金で命は買えやしない。確かにキミの連れているその精霊はきっと貴重だ。そう簡単に手に入る物ではない。買うとすれば、売るとすれば……そこに多額の金が動く。だけどだからといって、人間の命はたかが金の為に動かしていいもんじゃない」

 金で命は買えない。それはごもっともな話だと思う。金で買えるほど命が安い物であってたまるか。
 だから金の為に命を掛ける様な真似は間違っている。そんな結論は言われなくたって出せるんだ。

「別に俺は金の為に動いた訳じゃないですよ。それは……アンタがひとくくりに纏めたシオンも同じです」

「じゃあキミは……なんの為に動いた」

「……」

 精霊を助けるために動いたと言っても、きっとこの人は、この世界の人間は理解してはくれない。
 理解してくれる様な人ならば、俺の行動を金目的の物だと思わないでくれたはずだ。
 そんな風にしばらく黙りこんでいると、諦めた様に憲兵の男は立ち上がる。

「まあいい。言いたくなければそれでも別に構わない。別にキミは悪事を働いた訳ではないからな。そんな相手に無理矢理尋問を続けるのは趣味じゃない。だけど、これだけは言わせてくれ。キミの行動は間違っていた。もっと大切な事の為に命を使うべきだ」

 ……違う。俺は間違っていない。
 今日、あの時。俺が命を掛けた事は何一つ間違っていない。
 ……きっとこの世界的に間違っていなくても、間違っているのはアンタだ。
 そして間違いといえば……もしかすると俺は一つ誤解していたのかもしれない。

「……話、これで終わりなんですか」

「ああ。無茶で無駄な事をする若者に釘を刺す。その目的は遂げた」

「これ……事情聴取とかじゃないんですか?」

「音声は拾えなかったが、それでも十二分に鑑識の精霊術で情報は掴んだ。だから聞いておくべきはキミが居なくなった後、僕の予想通り精霊を奪い返しに行っていたのかという事の答えを、口頭で聞きたかった。それだけだ」

 まあ確かに、音声は拾えなかったという事は映像は拾えているという事だ。実際、事情聴取なんてする必要のない程の情報を、彼らは得ているのだろう。
 でなければ聞いてくるはずだ。まあもしかしたらそれは、シオンに対して向けられているのかもしれないが。

「だから傷が癒えれば好きにしてもらって構わない。ああ、キミ。後は頼んだ」

 憲兵の男が、回復術を使ってくれていた女にそんな事を言って部屋を出ようとする。

「すみません。最後に一つ、いいですか?」

 そんな憲兵を止めて俺はこの質問を投げかけてみた。

「もしあなたにとって親しい中の人間が、ああいう組織に誘拐されたとしたら……そんな中で、動けるのが自分だけだったとしたら。あなたならどうしますか?」

「助けに行くに決まっているだろう。どんな手を使っても。……そうだね、こういう事の為なら命を使ったっていいと思う」

 速答だ。即答できる位に、彼の親しい仲の人間と彼の傍らに立つドール化した精霊の差は広い。消して縮むことなく、離れて行く。
 きっと長い時間隣に居る筈なのに……何も変わらない。変えようとしてくれない。
 俺はそんな差がほんの少しでも縮まってくれますようにと、エルの手を確かに握りながら、叶う当てのない絵空事を静かに祈った。
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