人の身にして精霊王

山外大河

文字の大きさ
52 / 431
二章 隻腕の精霊使い

ex サイコパス・リンケージ

しおりを挟む
 彼は接近戦を得意としない。
 それは自信が契約を結んでいるSランク精霊が、精神攻撃に特化しているからというのもあるだろう。それに頼れば剣技は鈍るし、とはいえ頼らないメリットが無い以上、彼はソレに頼り続ける。故に接近戦は得意としない。
 だがしかし、三十代前半程の男、エゴールの手に握られた剣は決してナマクラでは無い。
 寧ろこれ以上ない一級品だ。
 その剣が一人の男を切り裂いた。

「……」

 切り裂いた男の顔をエゴールは知らない。
 だが欲を全面的に出し過ぎた自分たちの立場を考えるに、それが出過ぎた杭を打ち潰しに来た同じ裏の人間だという予想を立て……それは確信に変わる。
 切り付けた剣から伝わる男の精神から引きずり上げた情報が、それを確信に変えた。
 次の瞬間彼は後方に跳ぶ。

「……詰めが甘い」

 そう呟くエゴールの前を斬撃が通過した。
 それは男がエゴールの力で動けなくなる事を前提とした、自分に襲いかかるエゴールを死角から潰すトラップだ。それを知っているから彼は跳び、奇襲は不発に終わる。

「……ッ」

 男が声にならない声を出す中、エゴールは男に急接近し、再び剣撃を浴びせ息の根を確実に止める。
 そして……二度の攻撃で得た作戦概要をまとめ、包囲網からの脱出経路を作成し、その瞬間走り出した。
 まもなく自分達の組織は壊滅する。心中する気は無い以上、逃げる以外に選択肢は無い。
 誰も仲間は連れて行かない。別に愛着も何も無く、ただその場所を宿り木として寄生していただけに過ぎないからだ。足手まといは必要ない。
 とはいえそれに着いてくる者はいる。

「ちょ、なんか嫌な予感はしてたっすけど、ヤベエですってこれ。マジやばいっすよマジで!」

 組織の若い衆と言ってもいい、軽い口調の二十代前半程の男。ナイルが、自身の精霊を連れて必死に追いかけて来ていた。

「何故着いてきた」

「そりゃどう考えたって、アンタに付いて行った方が安全だからに決まってるじゃないっすかぁ!」

 ふざけた口調ではあったが、至極真っ当で正しい回答だ。
 確かに生き残ろうとおもえばそれが一番正しい選択だとエゴールは思うし、実際にそれは正解だった。
 一時間後。無事に包囲網を抜けだしたエゴールの隣には、ナイルが荒い息をしながらも安堵に満ちた表情で座り込んでいた。

「な、なんとか、なったっすね……」

「当然だ。包囲網と言っても即興で組み上げられた穴だらけの策だ。全容を把握さえすれば抜ける事は容易」

 覗き見れば大抵の事は理解できる。それが彼がその精霊と契約してから得たアドバンテージの一つだ。
 だがしかし彼の脳裏には、覗いてしまったばかりに理解できない何かが渦巻いていた。

『とりあえず倒れろよ。エルが怯えてんだろうが!」』

 そんな言葉を発して、エゴールの精霊術を打ち破った少年が居た。
 まるで文字通り精霊を助けに来たという様な発言をした彼の思考を、ズタボロになりながらも必死に包囲網を抜け、運悪く自分の前へと現れた際に盗み見た。
 いや正確には欲しい情報と一緒に付いてきたと言うべきか。
 その一撃で倒し切れねば反撃を喰らう。読めるのならば、その思考の先を読んでおくべきだった。

 でもそれが間違いだった。

 少年は倒れた。追撃の心配は無くなった。
 だがエゴールには、少年から入りこんで来た自分の抱く価値観とはまるで違う何かが全く理解できなかった。
 それに戸惑ったのだと思う。

『俺の術が効かない化物だと思ったが、評価すべきはそれだけだ。殺すべきタイミングで殺さなかった。あの時お前は俺を殺しておくべきだった』

 そんな事を言っておきながら、止めを刺しに掛るまでに遅れが生じてしまった。
 それほどまでに理解しがたい思想をダイレクトに受け取ってしまった彼の思考は混乱していた。それは今も収まらない。
 故に、答えを欲した。

「……って、エゴール先輩?」

 だから足手纏いをここまで連れてきたのだと思う。

「心配するな。殺しはしない。寧ろ、死んでもらったら困る」

 そして彼はその右手に出現させた剣を振るう。
 咄嗟の事にナイルは反応できず、その頬を剣が霞める。
 ただそれだけだ。外傷的なものはただ、それだけ。

「……っ、あぁ!?」

 だが次の瞬間、ナイルは頭を抱えて蹲る。
 まるで脳に何かを流し込まれた様に。
 エゴールはそうした術を扱う精霊と契約している身だ。それなりにその手の衝撃には耐性が付いていたのだろう。
 だがそうでないものには、まるで違う価値観が送り込まれればそれ相応のショックを受ける。
 そうして蹲るナイルを見降ろしながら、エゴールが口を開いた。

「さあお前の意見を聞かせろナイル。お前には……お前の道具が。いや、精霊が、一体どういう風に見えている?」

 そう問うエゴールは安心感に満ちていた。
 言ってしまえば自己完結だ。
 自ら精霊の事を口に出す時、あっさりと道具という単語が出て来て、それがどうしようもなくしっくりきた。その感覚が彼を冷静にさせてくれる。
 では、その自己完結に付き合わされたナイルはどうだろうか。
 きっと浅かったであろう精神的なダメージを負ったエゴールとは違う。深く切り刻まれた様に精神に入り込んで来たその思想を、彼はどう受けとめたのだろうか。
 彼はその問いに答えることはせず、虚ろな瞳で半ば放心状態になりながらも、ゆっくりと隣に立つ精霊に視線を向けた。
 そしてやがて,
ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「なんなんだよ……お前は」

 軽々しい口調もなりを潜め、そして答えも潜めたまま出てきやしない。

 だけどそれでも確かにこの時、そういう会話が交わされた。

 きっとこうして、世界は姿を変えて行く。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...