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二章 隻腕の精霊使い
ex サイコパス・リンケージ
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彼は接近戦を得意としない。
それは自信が契約を結んでいるSランク精霊が、精神攻撃に特化しているからというのもあるだろう。それに頼れば剣技は鈍るし、とはいえ頼らないメリットが無い以上、彼はソレに頼り続ける。故に接近戦は得意としない。
だがしかし、三十代前半程の男、エゴールの手に握られた剣は決してナマクラでは無い。
寧ろこれ以上ない一級品だ。
その剣が一人の男を切り裂いた。
「……」
切り裂いた男の顔をエゴールは知らない。
だが欲を全面的に出し過ぎた自分たちの立場を考えるに、それが出過ぎた杭を打ち潰しに来た同じ裏の人間だという予想を立て……それは確信に変わる。
切り付けた剣から伝わる男の精神から引きずり上げた情報が、それを確信に変えた。
次の瞬間彼は後方に跳ぶ。
「……詰めが甘い」
そう呟くエゴールの前を斬撃が通過した。
それは男がエゴールの力で動けなくなる事を前提とした、自分に襲いかかるエゴールを死角から潰すトラップだ。それを知っているから彼は跳び、奇襲は不発に終わる。
「……ッ」
男が声にならない声を出す中、エゴールは男に急接近し、再び剣撃を浴びせ息の根を確実に止める。
そして……二度の攻撃で得た作戦概要をまとめ、包囲網からの脱出経路を作成し、その瞬間走り出した。
まもなく自分達の組織は壊滅する。心中する気は無い以上、逃げる以外に選択肢は無い。
誰も仲間は連れて行かない。別に愛着も何も無く、ただその場所を宿り木として寄生していただけに過ぎないからだ。足手まといは必要ない。
とはいえそれに着いてくる者はいる。
「ちょ、なんか嫌な予感はしてたっすけど、ヤベエですってこれ。マジやばいっすよマジで!」
組織の若い衆と言ってもいい、軽い口調の二十代前半程の男。ナイルが、自身の精霊を連れて必死に追いかけて来ていた。
「何故着いてきた」
「そりゃどう考えたって、アンタに付いて行った方が安全だからに決まってるじゃないっすかぁ!」
ふざけた口調ではあったが、至極真っ当で正しい回答だ。
確かに生き残ろうとおもえばそれが一番正しい選択だとエゴールは思うし、実際にそれは正解だった。
一時間後。無事に包囲網を抜けだしたエゴールの隣には、ナイルが荒い息をしながらも安堵に満ちた表情で座り込んでいた。
「な、なんとか、なったっすね……」
「当然だ。包囲網と言っても即興で組み上げられた穴だらけの策だ。全容を把握さえすれば抜ける事は容易」
覗き見れば大抵の事は理解できる。それが彼がその精霊と契約してから得たアドバンテージの一つだ。
だがしかし彼の脳裏には、覗いてしまったばかりに理解できない何かが渦巻いていた。
『とりあえず倒れろよ。エルが怯えてんだろうが!」』
そんな言葉を発して、エゴールの精霊術を打ち破った少年が居た。
まるで文字通り精霊を助けに来たという様な発言をした彼の思考を、ズタボロになりながらも必死に包囲網を抜け、運悪く自分の前へと現れた際に盗み見た。
いや正確には欲しい情報と一緒に付いてきたと言うべきか。
その一撃で倒し切れねば反撃を喰らう。読めるのならば、その思考の先を読んでおくべきだった。
でもそれが間違いだった。
少年は倒れた。追撃の心配は無くなった。
だがエゴールには、少年から入りこんで来た自分の抱く価値観とはまるで違う何かが全く理解できなかった。
それに戸惑ったのだと思う。
『俺の術が効かない化物だと思ったが、評価すべきはそれだけだ。殺すべきタイミングで殺さなかった。あの時お前は俺を殺しておくべきだった』
そんな事を言っておきながら、止めを刺しに掛るまでに遅れが生じてしまった。
それほどまでに理解しがたい思想をダイレクトに受け取ってしまった彼の思考は混乱していた。それは今も収まらない。
故に、答えを欲した。
「……って、エゴール先輩?」
だから足手纏いをここまで連れてきたのだと思う。
「心配するな。殺しはしない。寧ろ、死んでもらったら困る」
そして彼はその右手に出現させた剣を振るう。
咄嗟の事にナイルは反応できず、その頬を剣が霞める。
ただそれだけだ。外傷的なものはただ、それだけ。
「……っ、あぁ!?」
だが次の瞬間、ナイルは頭を抱えて蹲る。
まるで脳に何かを流し込まれた様に。
エゴールはそうした術を扱う精霊と契約している身だ。それなりにその手の衝撃には耐性が付いていたのだろう。
だがそうでないものには、まるで違う価値観が送り込まれればそれ相応のショックを受ける。
そうして蹲るナイルを見降ろしながら、エゴールが口を開いた。
「さあお前の意見を聞かせろナイル。お前には……お前の道具が。いや、精霊が、一体どういう風に見えている?」
そう問うエゴールは安心感に満ちていた。
言ってしまえば自己完結だ。
自ら精霊の事を口に出す時、あっさりと道具という単語が出て来て、それがどうしようもなくしっくりきた。その感覚が彼を冷静にさせてくれる。
では、その自己完結に付き合わされたナイルはどうだろうか。
きっと浅かったであろう精神的なダメージを負ったエゴールとは違う。深く切り刻まれた様に精神に入り込んで来たその思想を、彼はどう受けとめたのだろうか。
彼はその問いに答えることはせず、虚ろな瞳で半ば放心状態になりながらも、ゆっくりと隣に立つ精霊に視線を向けた。
そしてやがて,
ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「なんなんだよ……お前は」
軽々しい口調もなりを潜め、そして答えも潜めたまま出てきやしない。
だけどそれでも確かにこの時、そういう会話が交わされた。
きっとこうして、世界は姿を変えて行く。
それは自信が契約を結んでいるSランク精霊が、精神攻撃に特化しているからというのもあるだろう。それに頼れば剣技は鈍るし、とはいえ頼らないメリットが無い以上、彼はソレに頼り続ける。故に接近戦は得意としない。
だがしかし、三十代前半程の男、エゴールの手に握られた剣は決してナマクラでは無い。
寧ろこれ以上ない一級品だ。
その剣が一人の男を切り裂いた。
「……」
切り裂いた男の顔をエゴールは知らない。
だが欲を全面的に出し過ぎた自分たちの立場を考えるに、それが出過ぎた杭を打ち潰しに来た同じ裏の人間だという予想を立て……それは確信に変わる。
切り付けた剣から伝わる男の精神から引きずり上げた情報が、それを確信に変えた。
次の瞬間彼は後方に跳ぶ。
「……詰めが甘い」
そう呟くエゴールの前を斬撃が通過した。
それは男がエゴールの力で動けなくなる事を前提とした、自分に襲いかかるエゴールを死角から潰すトラップだ。それを知っているから彼は跳び、奇襲は不発に終わる。
「……ッ」
男が声にならない声を出す中、エゴールは男に急接近し、再び剣撃を浴びせ息の根を確実に止める。
そして……二度の攻撃で得た作戦概要をまとめ、包囲網からの脱出経路を作成し、その瞬間走り出した。
まもなく自分達の組織は壊滅する。心中する気は無い以上、逃げる以外に選択肢は無い。
誰も仲間は連れて行かない。別に愛着も何も無く、ただその場所を宿り木として寄生していただけに過ぎないからだ。足手まといは必要ない。
とはいえそれに着いてくる者はいる。
「ちょ、なんか嫌な予感はしてたっすけど、ヤベエですってこれ。マジやばいっすよマジで!」
組織の若い衆と言ってもいい、軽い口調の二十代前半程の男。ナイルが、自身の精霊を連れて必死に追いかけて来ていた。
「何故着いてきた」
「そりゃどう考えたって、アンタに付いて行った方が安全だからに決まってるじゃないっすかぁ!」
ふざけた口調ではあったが、至極真っ当で正しい回答だ。
確かに生き残ろうとおもえばそれが一番正しい選択だとエゴールは思うし、実際にそれは正解だった。
一時間後。無事に包囲網を抜けだしたエゴールの隣には、ナイルが荒い息をしながらも安堵に満ちた表情で座り込んでいた。
「な、なんとか、なったっすね……」
「当然だ。包囲網と言っても即興で組み上げられた穴だらけの策だ。全容を把握さえすれば抜ける事は容易」
覗き見れば大抵の事は理解できる。それが彼がその精霊と契約してから得たアドバンテージの一つだ。
だがしかし彼の脳裏には、覗いてしまったばかりに理解できない何かが渦巻いていた。
『とりあえず倒れろよ。エルが怯えてんだろうが!」』
そんな言葉を発して、エゴールの精霊術を打ち破った少年が居た。
まるで文字通り精霊を助けに来たという様な発言をした彼の思考を、ズタボロになりながらも必死に包囲網を抜け、運悪く自分の前へと現れた際に盗み見た。
いや正確には欲しい情報と一緒に付いてきたと言うべきか。
その一撃で倒し切れねば反撃を喰らう。読めるのならば、その思考の先を読んでおくべきだった。
でもそれが間違いだった。
少年は倒れた。追撃の心配は無くなった。
だがエゴールには、少年から入りこんで来た自分の抱く価値観とはまるで違う何かが全く理解できなかった。
それに戸惑ったのだと思う。
『俺の術が効かない化物だと思ったが、評価すべきはそれだけだ。殺すべきタイミングで殺さなかった。あの時お前は俺を殺しておくべきだった』
そんな事を言っておきながら、止めを刺しに掛るまでに遅れが生じてしまった。
それほどまでに理解しがたい思想をダイレクトに受け取ってしまった彼の思考は混乱していた。それは今も収まらない。
故に、答えを欲した。
「……って、エゴール先輩?」
だから足手纏いをここまで連れてきたのだと思う。
「心配するな。殺しはしない。寧ろ、死んでもらったら困る」
そして彼はその右手に出現させた剣を振るう。
咄嗟の事にナイルは反応できず、その頬を剣が霞める。
ただそれだけだ。外傷的なものはただ、それだけ。
「……っ、あぁ!?」
だが次の瞬間、ナイルは頭を抱えて蹲る。
まるで脳に何かを流し込まれた様に。
エゴールはそうした術を扱う精霊と契約している身だ。それなりにその手の衝撃には耐性が付いていたのだろう。
だがそうでないものには、まるで違う価値観が送り込まれればそれ相応のショックを受ける。
そうして蹲るナイルを見降ろしながら、エゴールが口を開いた。
「さあお前の意見を聞かせろナイル。お前には……お前の道具が。いや、精霊が、一体どういう風に見えている?」
そう問うエゴールは安心感に満ちていた。
言ってしまえば自己完結だ。
自ら精霊の事を口に出す時、あっさりと道具という単語が出て来て、それがどうしようもなくしっくりきた。その感覚が彼を冷静にさせてくれる。
では、その自己完結に付き合わされたナイルはどうだろうか。
きっと浅かったであろう精神的なダメージを負ったエゴールとは違う。深く切り刻まれた様に精神に入り込んで来たその思想を、彼はどう受けとめたのだろうか。
彼はその問いに答えることはせず、虚ろな瞳で半ば放心状態になりながらも、ゆっくりと隣に立つ精霊に視線を向けた。
そしてやがて,
ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「なんなんだよ……お前は」
軽々しい口調もなりを潜め、そして答えも潜めたまま出てきやしない。
だけどそれでも確かにこの時、そういう会話が交わされた。
きっとこうして、世界は姿を変えて行く。
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