人の身にして精霊王

山外大河

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三章 誇りに塗れた英雄譚

16 シールドチャージ

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「くそ……ッ」

 その絶望感は、あの地下で必死に逃げていた時と変わらない。
 いや、一対一でも適わないという事実を突き付けられているだけ、こっちの方がタチが悪い。

「さて……もう逃げられねえぞ?」

 言われなくとも、そんなことは分かっている。
 出入り口を塞がれて、どうやって逃げろと言うのだ。
 俺はただ黙って構えを取る。
 現状、相手は精霊を含めて六人。内一人は俺よりも強い。
 ……勝算は限りなく低い。だけど、やるしかねえんだ。

「……戦意はまだ失っちゃいねえか」

 当然だ。まだなんの目的も果たしてないし、失えばもう全てが終わる。
 ……失える訳がねえだろ。

「で、俺らはどうすりゃいい。アンタの援護か」

「正直な話俺一人で事足りる相手だからな。ただ機動力はある。援護しつつ、出入り口を塞いでくれ。後は任せる」

「ほー、一人で事足りる、ねえ。流石精霊輸送のガードやってる人間は違うわ」

 精霊輸送のガード……つまりコイツは、此処に精霊を連れてきた奴の護衛で、それで此処に残っていたのか。なんでそんな奴が此処で警備なんてのをしているのかは分からねえが、再出発までの時間潰しだとか、そういう事だろうか?
 まあ何にしても、俺は最悪のタイミングで攻め込んじまった訳だ。
 もっとも、このタイミング以外で有効なタイミングも無かったとは思うけど。

「よし、後ろは任せた……っと。じゃあそんな訳だから。さっさと潰させてもらうぞ」

 そうして少年が構えた次の瞬間だった。
 工場内に、警報が鳴り響いた。
 まるで、侵入者が現れたと言わんばかりに。

「……きやがったか。精霊が」

 警備員の一人が呟き、少年も同調して言葉を返す。

「お仲間奪還って所か? 話には聞いてたけど、本当に来るんだな。馬鹿じゃねえの?」

「まあな。自分から捕まりに来てるようなもんだ。ほんと、考えなしの馬鹿ばかりだよ、精霊って奴は」

 精霊。つまり俺と同じ目的の奴がこの工場に殴りこみをかけてきたって事か。
 でも、目的が同じ奴が入ってきても、この状況は何も変わらない。
 コイツらをどうにかしない限り、邂逅することもないだろうし、しても俺は人間で相手は精霊。エル以外にドール化されていない精霊を見たことはないが、きっと碌な結果は齎されない。
 だから本当に、何も変わらない。
 この絶望的な状況は、何も変わらない。
 そう思ったけど、結果的にその精霊は俺を助けていた。

「まあ何にしても、精霊が殴りこみに来たならば、話は変わる。アンタらはその精霊と会敵してる連中の援護に行ってくれ」

「アンタは?」

「言ったろ? 俺一人で事足りるんだ。道は俺の精霊に塞がせる。あんたら二人は精霊連れて仕事仲間の所に急げ。一応相手は人間に容赦ねえからな」

「了解。なら此処は任せたぞ、カイル。終わったら特別報酬を上に掛け合ってやる」

「期待してっから、死ぬなよ。アンタら死んだら俺の御報告行かねえじゃん」

「心配すんのそこかよ……ったく」

 そうやって僅かに笑みを浮かべた警備員は、その侵入したという精霊の元へと走っていく。
 そしてきっと、俺の表情も少しはマシになったのだと思う。

「なんだよその表情は。人数が減ったからって、別に状況はそこまで好転してえねえ事に気付いてんのか?」

「……でも少しはマシになっただろ。最初期よりは悪化してっけど」

 まだ、アイツの精霊が残ってる。一対六とかいうふざけた展開は阻止できたが、それでも一体二。圧倒的劣勢は覆らない。
 それでも一度潰えた希望は、再び俺の手の届く範囲にやってきた。
 この好機を逃すな。俺は地を蹴って走り出す。

「お前は入口塞いでろ。後は俺がやる」

 その指示によって精霊はきっと、出入り口を通させない様な戦術を構築してくるだろう。だとすれば、強行突破しようとすれば潰される。倒していかなければ通れない。
 だけどその前に目の前の少年。カイルと呼ばれたシオンの友人を、倒さないと前へは進めない。
 ……考えろ。今まで試さなかった戦術を、何でもいいから考えろ。引っ張り出せ。
 そして俺は拳の間合いへと飛び込む。
 こちらから攻めてきた時のカイルの戦法は、基本的にはカウンターだ。即ち少なくとも此方の初撃は放てる。
 だったらその初撃で意表を付け。
 そして俺は至近距離で足元に風の塊を作り出す。
 至近距離での超加速。それを実行しようとした直前、目の前からカイルの姿が消える。

「……ッ!」

 否、足元!
 瞬時にしゃがみ込んだカイルは、右足を勢いよく滑らせて俺に足払いをかける。
 風の塊を踏む筈だった足が、ずれた。

「うぉッ!」

 右足で踏むはずだった風の塊が、左足に触れた。
 そして起こりうるは当然の現象。
 見当違いの方向への、超加速。
 無理な体制での加速によって生まれる足への負担。
 勢いよく壁に叩きつけられる激痛。
 壁に叩きつけられて一旦床に落ちた俺は、激痛を堪えながらなんとか立ち上がる。

「ほんとタフだな」

「倒れてたまるか」

 そして再び足元に風の塊を作り出し、加速する。
 馬鹿正直に正面へ。
 そして今の至近距離加速以外にもう一つ思い浮かんだ策を、実行に移す。

「うおらああああああああッ!」

 全力で右拳を放った。
 だけどただの拳では無い。
 コークスクリューブロー。
 俺の勘違いで無ければ、手首を内側にひねって打ちだすボクシングのテクニックのはずだ。
 そうする事によってどんなメリットがあるかなんて事は知らない。そう、俺はそんな事は何も知らない。
 だからこの拳はもしかすると、、コークスクリューブローでもなんでもないのかもしれない。
 だけど手の平が外側を向いている。そうであるならば、もう俺にとっては成功だ。
 カイルは俺のモーションで攻撃を先読みして回避しはじめる。つまり俺の拳は当たらない。
 だけど拳以外なら、まだ分からない。
 そしてカイルは外に逃げるように躱す。当然だ。内側ギリギリで交わせば、それはそれで高速移動している俺とぶつかる。だから逃げるなら外。

 そしてそれなら好都合。

 俺は右手の平を軸に、結界を構築する。限界まで小さくした、防御なんて出来たもんじゃない小さな結界を。
 小さくしたことによって、極限まで硬度を高めた結界を。
 そして俺の左手を軸に、手持ち盾の様に動く結界は……この場合、鈍器になりえる。
 そして俺の拳は空を切る。だけど鈍器は叩き込む。

「……ッ!?」

 俺の拳を、いや、結界を顔面に受けたカイルは勢いよく弾き飛ばされる。

 ……ここだ。ここしかない。一気にたたみ掛ける!
 俺は着地と同時に、勢いよくカイルに飛びかかった。
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