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三章 誇りに塗れた英雄譚
15 最強を目指した者
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「……ッ」
次の瞬間、少年は俺に向かって駆け出してくる。
結局接近戦。つまり攻撃の主体が接近戦である事は変わらない。
たった数度のカウンターで分かったコイツの近接戦における戦闘能力は、どう考えたって素人のそれではなく、玄人と呼べるようなものだった。
今度はそこに肉体強化以外の精霊術が加わる。
だとすれば防戦になったら駄目だ。本格的に一気に持ってかれる。
こっちからも仕掛けるんだ!
俺は両手から風の塊を作りだし、ほぼ同時に射出させる。
「んなもん効くかよ!」
かなりの速度で放たれたそれの片方を少年は躱し、もう片方をタイミングを合わせて後方に蹴りを放って踏み抜いた。
そうして訪れるのは、超加速。
「……ッ」
咄嗟に後方に飛びつつ顔面をガードした。
「グアッ……ッ!」
右拳が直撃した左腕がミシミシと嫌な音を立てる。後ろに飛んで勢いを殺さなければ折れていたかもしれない。
でも、その寸前まで行った。多分肉体強化を解けば動かない。
そしてその攻撃を終えてなお、少年は動き続ける。
拳の衝撃と俺の跳躍で空いた距離。その距離を物ともしない完璧な精度で、少年はどこかから取りだしたバタフライナイフを此方に投げつけてきた。
意表を突くような高速の投擲。放たれたナイフは俺の腹部に突き刺さる。
「……ッ」
否、刺さってない。当たっただけで刺さらず落ちた。まるでおもちゃのナイフで刺されたように。
そう認識した次の瞬間、ナイフの当たった所を中心に魔法陣の様な物が展開される。
そしてそれに気付いた時には、もう戦況は動き出している。
「クソッ!」
俺は急接近してきた少年に拳を振るう。
だがそれも空を切る。
「モーションで先読み余裕なんだよッ!」
そして腹部。魔法陣に合わせる様に蹴りが叩き込まれた。
「ァ……ッ!」
激痛と共に、体内の空気を全て吐き出させられた感覚に陥り、その空気とともに吐血する。
明らかに今までの攻撃よりも高威力のそれを受けた俺の体は勢いよく弾き飛ばされ、何度も地面を転がって壁にぶつかりようやく止まる。
……そして目を開いて映るのは、再接近を始める少年。
「っらああああああああああッ!」
俺は力を振り絞って、再び両手から風の塊を作り出し、僅かなタイムラグを設けて交互に射出。
一発目に二発目を当て、周囲に突風をまき散らかせる。
「おっと……やっぱ威力だけはすげーのな」
その風に一旦距離を置いた少年がそう賞賛の言葉を口にする。
それに返事を返すことなく、俺もゆっくりと立ち上がった。
「つーか普通に立ち上がれんのかよ。どんな耐久力してやがんだ?」
その言葉に返答する余裕は無い。
まだ体は動く。今ので骨や臓器が何か所も逝ったかもしれねえが、少なくとも肉体強化を使っている内は動ける。
だけどジリ貧だ。
出力は俺の方が上。だがそれ以外は間違いなく目の前の少年が勝っている。
モーションで先読み余裕とか、まるで格闘技のプロじゃねえか。
……というより実際にそうなのだろう。
俺はそういう相手と戦っているんだ。
例えるならば、名刀を手にした素人とナマクラ刀を手にした達人が切りあってる様な物。
いくら名刀を持っているとしても。いくら出力が上回っているとしても。根本的な土台が脆ければ宝の持ち腐れにすぎない。逆もしかり。
……今の俺に真っ向勝負を挑んで勝てるほどの技量がない。
故に勝ち目がない。
アイツに勝とうと思えば、一旦逃げ隠れて不意打ちを狙うだとか……もしくは刀と刀の勝負に、戦車を持ち込むような。そんな反則技を使わなくてはならない。
そしてその反則技の様な圧倒的な力を俺はもう使えない。これからは使えない。
だとすればこの状況において俺はどうするべきなのか。
……その答えは驚くほどに簡単だ。
俺は足元に風の塊を作り出して踏み抜く。そして勢いよく後方へと飛んだ。
敵前逃亡。それが今できる俺の最善の策。
勝てない相手と戦うメリットなんてない。逃げても厳しいことには厳しいが、ゼロとイチならイチを取る。決して賞賛されるような事ではないが、そもそも賞賛してくれる相手などいない。
だから俺は堂々と逃げる。逃げて逃げて、プランBだ。
なんとかして、捕まっている精霊を助けて此処を脱出する。
つまり、倒さずに脱出するんだ。
鬼門。その難易度は計り知れない。だけど……それしかない!
「てめ……ッ、逃がすかよ!」
一瞬意表を突かれたような表情を浮かべた少年は、此方に接近しつつ再びバタフライナイフを取り出す。それを精霊術で強化する様なそぶりを見せ、そのまま投げつけてきた。
きっとそれは純粋な攻撃。
俺はソレを風の塊を打ち込んで止める。そしてバタフライナイフと接触して乱れた風が少年を失速させる。
……よし。なんとかなりそうだ。
事、逃げることに関しては何とかなる。
だって単純な出力では俺の方が上なのだから。
俺は曲がり角の手前で両手から風を噴出。方向とスピードを調整し、再び風の塊による跳躍。そしてたどりついた階段を駆け上がる。
今のルートはアイツを突破しなければ使えない。一度上の階層から別のルートから下へ降りる。
だけどそう簡単にはいかない。
だってそこには、俺が突破してきた地下一階の警備がいる。
俺が階段を駆け上がって少し移動した先には、下の階層での物音を聞いて駆け付けようとした警備員が居る。
突然の会敵にやや警備員は動揺する。好都合だ。
俺は拳を握りしめ、速度を緩めず全力で警備員に飛びかかる。
挟み撃ちにあえば確実に潰される。
一秒たりとも止まってられない。
そんな思いで俺は拳を放つ。
だけど辛うじてといった風に、その拳は止められる。
……腐っても警備員。たとえ平和ボケしていても、経験に関しては少なくとも俺よりは確実に上だ。
全力でぶつかりあえば勝てる自信がある。だけど……俺の思い描いたような展開にはなっちゃくれない。
次の瞬間、背後で地面を蹴る音が聞こえた。
僅かに視線を向ける。この体勢ではそれしかできなかった。
そこには精霊が居た。
ドール化された、この工場を警備する存在が。
「ガァッ!」
側頭部に蹴りを叩き込まれた。
激痛と共に地面を転がる。転がれた。幸いそこは通路だ。思い描いた道じゃなくても一応の逃げ……道?
「……冗談じゃねえぞ」
まただ。また精霊が現れた。
俺の行く手を阻む、ドール化された精霊が。
「……冗談じゃねえぞオイ!」
それでも俺は風の塊を踏んで強行突破する。
俺はその精霊の隣を勢いよく通り抜けた。
すれ違い際に、精霊はナイフの様な物を振りまわして切りつけてきたが傷は浅い。
僅かな出血で切り抜けた。
切り抜けて、追いつめられた。
元々、精霊達が捕まっていた部屋までのルートしか考えていなかった。
だからこの道を通る事なんて、考えちゃいなかった。
精霊を通り抜け、曲がり角に曲がった先にあったのは大きめの扉。
その時点で嫌な予感はした。そしてその予感は現実の物となる。
「……嘘だろ」
そこにあったのはただの広い部屋。
何の用途に使うかもわからない部屋から読み取れる事は、そこが行き止まりであるという事。
そして周囲の物音と、俺の視界に映った情報で分かること。
「……追いつめたぜ。戦力更に増強してなぁ」
追いつめられた。その事実を周りの全てが伝えてきた。
打開の方法は、誰も教えてくれはしない。
次の瞬間、少年は俺に向かって駆け出してくる。
結局接近戦。つまり攻撃の主体が接近戦である事は変わらない。
たった数度のカウンターで分かったコイツの近接戦における戦闘能力は、どう考えたって素人のそれではなく、玄人と呼べるようなものだった。
今度はそこに肉体強化以外の精霊術が加わる。
だとすれば防戦になったら駄目だ。本格的に一気に持ってかれる。
こっちからも仕掛けるんだ!
俺は両手から風の塊を作りだし、ほぼ同時に射出させる。
「んなもん効くかよ!」
かなりの速度で放たれたそれの片方を少年は躱し、もう片方をタイミングを合わせて後方に蹴りを放って踏み抜いた。
そうして訪れるのは、超加速。
「……ッ」
咄嗟に後方に飛びつつ顔面をガードした。
「グアッ……ッ!」
右拳が直撃した左腕がミシミシと嫌な音を立てる。後ろに飛んで勢いを殺さなければ折れていたかもしれない。
でも、その寸前まで行った。多分肉体強化を解けば動かない。
そしてその攻撃を終えてなお、少年は動き続ける。
拳の衝撃と俺の跳躍で空いた距離。その距離を物ともしない完璧な精度で、少年はどこかから取りだしたバタフライナイフを此方に投げつけてきた。
意表を突くような高速の投擲。放たれたナイフは俺の腹部に突き刺さる。
「……ッ」
否、刺さってない。当たっただけで刺さらず落ちた。まるでおもちゃのナイフで刺されたように。
そう認識した次の瞬間、ナイフの当たった所を中心に魔法陣の様な物が展開される。
そしてそれに気付いた時には、もう戦況は動き出している。
「クソッ!」
俺は急接近してきた少年に拳を振るう。
だがそれも空を切る。
「モーションで先読み余裕なんだよッ!」
そして腹部。魔法陣に合わせる様に蹴りが叩き込まれた。
「ァ……ッ!」
激痛と共に、体内の空気を全て吐き出させられた感覚に陥り、その空気とともに吐血する。
明らかに今までの攻撃よりも高威力のそれを受けた俺の体は勢いよく弾き飛ばされ、何度も地面を転がって壁にぶつかりようやく止まる。
……そして目を開いて映るのは、再接近を始める少年。
「っらああああああああああッ!」
俺は力を振り絞って、再び両手から風の塊を作り出し、僅かなタイムラグを設けて交互に射出。
一発目に二発目を当て、周囲に突風をまき散らかせる。
「おっと……やっぱ威力だけはすげーのな」
その風に一旦距離を置いた少年がそう賞賛の言葉を口にする。
それに返事を返すことなく、俺もゆっくりと立ち上がった。
「つーか普通に立ち上がれんのかよ。どんな耐久力してやがんだ?」
その言葉に返答する余裕は無い。
まだ体は動く。今ので骨や臓器が何か所も逝ったかもしれねえが、少なくとも肉体強化を使っている内は動ける。
だけどジリ貧だ。
出力は俺の方が上。だがそれ以外は間違いなく目の前の少年が勝っている。
モーションで先読み余裕とか、まるで格闘技のプロじゃねえか。
……というより実際にそうなのだろう。
俺はそういう相手と戦っているんだ。
例えるならば、名刀を手にした素人とナマクラ刀を手にした達人が切りあってる様な物。
いくら名刀を持っているとしても。いくら出力が上回っているとしても。根本的な土台が脆ければ宝の持ち腐れにすぎない。逆もしかり。
……今の俺に真っ向勝負を挑んで勝てるほどの技量がない。
故に勝ち目がない。
アイツに勝とうと思えば、一旦逃げ隠れて不意打ちを狙うだとか……もしくは刀と刀の勝負に、戦車を持ち込むような。そんな反則技を使わなくてはならない。
そしてその反則技の様な圧倒的な力を俺はもう使えない。これからは使えない。
だとすればこの状況において俺はどうするべきなのか。
……その答えは驚くほどに簡単だ。
俺は足元に風の塊を作り出して踏み抜く。そして勢いよく後方へと飛んだ。
敵前逃亡。それが今できる俺の最善の策。
勝てない相手と戦うメリットなんてない。逃げても厳しいことには厳しいが、ゼロとイチならイチを取る。決して賞賛されるような事ではないが、そもそも賞賛してくれる相手などいない。
だから俺は堂々と逃げる。逃げて逃げて、プランBだ。
なんとかして、捕まっている精霊を助けて此処を脱出する。
つまり、倒さずに脱出するんだ。
鬼門。その難易度は計り知れない。だけど……それしかない!
「てめ……ッ、逃がすかよ!」
一瞬意表を突かれたような表情を浮かべた少年は、此方に接近しつつ再びバタフライナイフを取り出す。それを精霊術で強化する様なそぶりを見せ、そのまま投げつけてきた。
きっとそれは純粋な攻撃。
俺はソレを風の塊を打ち込んで止める。そしてバタフライナイフと接触して乱れた風が少年を失速させる。
……よし。なんとかなりそうだ。
事、逃げることに関しては何とかなる。
だって単純な出力では俺の方が上なのだから。
俺は曲がり角の手前で両手から風を噴出。方向とスピードを調整し、再び風の塊による跳躍。そしてたどりついた階段を駆け上がる。
今のルートはアイツを突破しなければ使えない。一度上の階層から別のルートから下へ降りる。
だけどそう簡単にはいかない。
だってそこには、俺が突破してきた地下一階の警備がいる。
俺が階段を駆け上がって少し移動した先には、下の階層での物音を聞いて駆け付けようとした警備員が居る。
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俺は拳を握りしめ、速度を緩めず全力で警備員に飛びかかる。
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だけど辛うじてといった風に、その拳は止められる。
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全力でぶつかりあえば勝てる自信がある。だけど……俺の思い描いたような展開にはなっちゃくれない。
次の瞬間、背後で地面を蹴る音が聞こえた。
僅かに視線を向ける。この体勢ではそれしかできなかった。
そこには精霊が居た。
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側頭部に蹴りを叩き込まれた。
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「……冗談じゃねえぞ」
まただ。また精霊が現れた。
俺の行く手を阻む、ドール化された精霊が。
「……冗談じゃねえぞオイ!」
それでも俺は風の塊を踏んで強行突破する。
俺はその精霊の隣を勢いよく通り抜けた。
すれ違い際に、精霊はナイフの様な物を振りまわして切りつけてきたが傷は浅い。
僅かな出血で切り抜けた。
切り抜けて、追いつめられた。
元々、精霊達が捕まっていた部屋までのルートしか考えていなかった。
だからこの道を通る事なんて、考えちゃいなかった。
精霊を通り抜け、曲がり角に曲がった先にあったのは大きめの扉。
その時点で嫌な予感はした。そしてその予感は現実の物となる。
「……嘘だろ」
そこにあったのはただの広い部屋。
何の用途に使うかもわからない部屋から読み取れる事は、そこが行き止まりであるという事。
そして周囲の物音と、俺の視界に映った情報で分かること。
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