人の身にして精霊王

山外大河

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三章 誇りに塗れた英雄譚

14 力と力量

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「……」

 そこから先は直観と感覚の勝負だった。
 迫ってくる少年に対し、俺はギリギリまで引きつけてから、一歩踏み出して渾身の右ストレートを放った。
 だけど拳は空を切る。
 ギリギリの回避。僅かに体を屈みこませた少年は、そのままカウンターを放つ様に鳩尾めがけて左拳を放ってきた。

「……グッ」

 鳩尾に放たれた拳は全身に痛みを伝えると同時に、俺の体を僅かに浮かび上がらせる。
 そして次の瞬間には右の拳が顔面に迫っていた。

「うぐ……ッ!」

 直撃。激痛とともに地面を転がり、それでも途中でなんとか体勢を立て戻して瞬時に後方へと飛び、その次の瞬間にその場所に到達した回し蹴りを回避する。

「お、立て直し早いじゃん」

 言葉を返す余裕があまりない。
 初撃。俺の拳は躱せない様なタイミングで放ったはずだ。それも俺が放てる最高速の拳。
 アイツの肉体強化が動体視力にでも秀でているのか……それとも、無茶苦茶な話だがどこに拳が来るのか分かってたのか?
 ……なんにしてもだ。気を抜くとやられる。

「いやーよかったよかった。その位はやって貰わねえと、態々こういう状況作った意味がねえもんな」

 そうやって何かに安堵する少年の言葉を聞いた直後のタイミング。
 呼吸は整った。こちらから仕掛ける。
 俺は足元に風の塊を作りだす。

「せっかくの対人戦だ。いい感じに此方の糧に――」

 そして何かを言いかけた少年めがけて一気に加速する。
 そして無言で。全力の蹴りを側頭部めがけて放った。

「……ッ」

 しかしそれもまた空を切る。
 直後、カウンターとして真上に放たれた右足の蹴りを俺は風を右手から噴出して躱す。
 そしてそのまま左手で風の塊を放つ。
 攻撃が躱された際のプランB。
 そいつを少年は、蹴りあげた勢いで左足を浮かせ、その左足で踏み抜いた。
 直後俺から距離を放つように少年の体が後方へと飛ぶ。きっとその体にダメージは無い。
 俺が風を利用して加速するように、それと同じ要領で防御された。

「ち……ッ!」

 俺は着地後、間髪入れずに走り出す。
 加速を用いて意表を突くのは失敗。だったら、手数だ。
 俺は少年に接近し、左フックを放つ。
 一撃に拘らず、次の攻撃に繋ぐ為の当てる事を重点に置いた攻撃。

「……ッ」

 ソイツは、いとも簡単に躱された。
 だけどまだだ。そう簡単にてめえの攻撃は挟ませねえぞ!
 そのまま失速することなく拳を放つ。それを躱されれば、拳の勢いを利用して蹴りを放つ。
 とにかく。とにかく手数を増やす。だけどただの一撃もまともに当たらない。躱されるか往なされる。
 そして何度目か分からない蹴りを躱された直後だった。

「……この程度か」

 落胆するような声と伴に、気が付けば目の前に少年の足が迫っていた。
 咄嗟に空いた方の足で後方に飛ぶ。
 だけどそれと同時に少年も距離を詰めてきた。
 素人目で見る限り、全く隙が見えない様なモーションで放たれた拳を、俺は腕を十字にして受け止める。
 骨が軋む嫌な音が聞こえる。それだけの体重の乗った完璧な一撃。

「っそがああああああッツ」

 俺はその衝撃で僅かに空いた隙間に、風の塊を作りだし、踏み抜いた。
 少年との距離を一気に取り、肩で息をしながら正面を見据える。
 ……なんでだ。どうして攻撃が当たんねえ。
 目に見える出力じゃ間違いなく俺が上回っている。だとすればやはり動体視力が大きく上回ってんのか?
 とにかく、一体どうやったら攻撃を当てられる?
 そうやって勝利への糸口を探っている最中、少年は一歩、一歩と前へと出ながら口を開く。

「出力は高い。動きをみる限り、戦闘センスもそれなりにある。だからこそ、残念だな」

「……」

「経験が足んねえよ。これじゃああんまり俺の糧にはならなそうだ」

「……糧?」

 俺は少しでも相手の意識をそらして隙を見つけるために、体勢を整えながらそう返した。

「そ、糧。正直対人間の実践経験なんてそう簡単に得られないんだよ。世の中平和だからな。そいつが欲しくて態々てめーと一対一の状況を作ったってのに、期待はずれだぜオイ」

 そして突然その声音は苛立ちの籠った物となり、そして少年は言う。

「こんな調子じゃ、いつまでたってもあの馬鹿を越えられねえ。あの馬鹿を止められねえ」

 そして少年は拳を握って苛立ちを強める。

「シオンの奴を……止められねえ」

 シオン。その名前は瞬時にシオン・クロウリーを連想させる。
 そして俺の動揺に気づいたかどうかは分からないが、それでも少年の言葉は続く。

「名前くらいは知ってるよな。シオン・クロウリーだ。アイツさ、俺のダチ公なんだよ」

 ……ダチ公。友人。それで思い出されるのは、シオンの言葉。

『前に友人に打ち明けたけど……その時は、サイコパス呼ばわりされてしまったからね』

 シオンが自分の事を語ってくれた時に、出てきたそんな言葉。

「大体二年前か? アイツメディアから消えただろ? 俺の前からも消えたよ。反社会的すぎる訳のわかんねえ思想をぶちまけてな。信じられるか? 精霊は人間と変わらない存在だなんて事を言ってやがったんだぜ? 訳わかんねえだろ?」

 同意を求めるような、そんな言葉。
 きっとその流れで、コイツは経験云々の話の核を言うつもりだったのだろう。
 だけど俺から出たのは、返答ではなく、無意識に出てきた苛立ちの声。

「それでてめえはアイツをサイコパスだとか罵ったのか?」

 俺の言葉に、呆気に取られたように少年は一瞬黙り込む。
 だけどそれでも、やがて言葉は返ってきた。

「……なんでてめえがそれを知ってる」

「アイツとは顔合わせたからな。いろいろと話を聞いた。いろいろと助けてもらったよ。俺の精霊がヤバかった時、アイツがいなきゃどうにもならなかった」

 俺の言葉に暫く黙りこむ。
 ……今、攻撃のチャンスか?
 そんな事を考えた時、少年の俺を見る目が、冷たい物へと変わる。

「そうか。てめえ、アイツの同類か。だからこんな真似してんだな」

 そう言ってさらに一歩。そんな視線を向けながら歩み寄ってくる。
 多分……というより間違いなく。俺は勢い余って、言ってはならない事言ってしまったのだろう。
 ……威圧感がすごかった。それは思わず一歩、後ずさってしまう程の物。
 そんな威圧感と共に、声は届く。

「まさかてめえ、アイツの背中を押しちゃいねえだろうな?」

 そして少年は立ち止まる。そして次の瞬間には飛び込んでくるのではないかと思わせる構えを取った。

「だとしたら……いや、そうじゃなくても、こんな所に忍び込んでくるようなサイコ野郎は、絶対にアイツに悪影響を与えてる。だったら、もう私情は挟まない。シオンを止めるための経験値稼ぎは一旦止める。肉弾戦闘だけで戦うだとか、修行染みた戦闘スタイルも捨てる」

 きっとまだ、その戦闘スタイルですら片鱗しか見せていないにもかかわらず……その戦闘スタイルにすら、付いていけていないにも関わらず……少年は、言い放つ。

「ここからは私怨を挟むぞ。全力で確実にてめえを潰す。俺のダチ公の人生をこれ以上狂わせてんじゃねえぞ、この糞野郎がッ!」

 分からない事はいくつかあった。
 シオンを止める云々言ってるやつが、どうしてこんな所で警備に付いてるのかだとか、その他諸々。
 だけど分かることが一つ。
 俺は青年に合わせるように、全神経を集中させて拳を構える。
 此処からが本当の戦いだ。
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