人の身にして精霊王

山外大河

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三章 誇りに塗れた英雄譚

13 黒髪の侵入者

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 警備員の男を蹴り飛ばした俺は、とりあえず一撃で事を済ませられた事に安堵の念を込めてそう呟いた。
 一本道に立っていたからな。流石に倒さず通るのは不可能だ。コイツが平和ボケしきってて助かった。でなきゃ戦闘になってたかもしれない。
 ……でも多分、なってないとおかしいんだ。
 既に俺が居るのは地下一階。
 外には警備員はおらず、柵が閉まっているだけ。一階にも警備員を見つけたがたったの一回。ソイツも隠れてやり過ごせた。そして地下一階では精霊すら連れていない、平和ボケしてるんじゃないかと思う位に端から見てもやる気のなさそうな警備員。

 ……どうぞ侵入してくださいとでも言わんばかりのザル警備だ。正直言って、最悪内部に入った時点で何かしらのセンサーにでも引っかかって警報が鳴るなんて事も想定していただけに、あまりに拍子抜け過ぎる。
 ……いや、ひょっとするとこうして襲撃されるなんて事自体が想定外なのかもしれない。
 多分人間にとって、どんな奴でもここを襲うメリットは無いに等しい。あったとしてもそれは俺やシオンの様な、この世界の常識とは逸脱した価値観を持っている奴位だ。
 そして精霊にしたって、態々自分から飛び込んでくるような奴はいないだろう。そんな自殺行為に等しい事をするはずがない。

 つまりはここの警備は、精々やんちゃしてる連中がノリで忍び込んだりした時に捕まえて注意したりだとか……もしくは捕えている精霊が逃げ出した時に抑え込む程度の物でしかないのだろう。
 だとすれば本当に好都合だ。
 このまま極力誰にも見つからないように地下まで降りる。ご丁寧に壁に掛けられた内部の見取り図のおかげで、道に迷うことはなさそうだ。
 だからとにかく前へと進むんだ。こんな所で立ち止まっている場合じゃない。
 多分今倒した警備員の契約精霊もどこかに居るのだろう。多分警備する事を命じられている以上、気は抜いていないだろうし、そもそも抜く気が無い。
 そう命じられれば、きっと最大限の力で命令を遂行してくる。
 ……俺がこの一カ月で見てきたドール化された精霊はみんなそうだった。何事にもまるで手を抜かないんだあいつら。

 抜かないからいずれ限界が来る。すぐに限界が来る。使い潰される。
 そんな破滅の道を、ここで捕まっている精霊に辿らせる訳にはいかない。
 そんな思いで俺は再び走り出した。
 曲がり角で一旦立ち止まり、その先を目視で確認する。
 誰もいなければそのまま突っ切り、誰かがいればその場でやり過ごすか、もしくはルートを変える。
 そうしてゆっくりとだが確実に進んでいき、そしでようやく地下二階へと続く階段へと辿り着いた。
 ここまでは順調。順調過ぎて怖い。
 一か月前。アルダリアスでエルを助けるために地下に潜った際も、初めは順調だったのだ。だから下に降りるにつれて事の難易度が上がるんじゃないかと思う。
 でも願わくば、この調子で精霊たちが捕まっている所へとたどり着ければいいなと思った。
 だけどそんな思いはいとも簡単に霧散する。
 地下二階に降りてしばらくは誰とも出会わなかった。
 だけどしばらく進んだ所で事は起きた。
 曲がり角。先の安全を確認するために僅かに顔を出した所で……背後から声をかけられた。

「よし、誰もいない……ってか?」

 その声を聞いた瞬間、前方に跳躍した。
 そのまま転がるように着地し、声のした方を見据える。
 そこに立っていたのは同い年程の、赤い髪が特徴の少年だ。
 ……状況からして此処の人間だという事が伺える。
 だけど……統一して着られていた警備服をコイツは着ていない。

「いい反応だ。だけど心配すんな。不意打ちはしねえよ。それをする気ならこのフロアに降りてくる前に仕掛けてるさ」

「降りる前から……?」

「……残念だったな。この建物に入った時から捕捉してんだよ。見えない網、とでもいうのか? だからルートの特定も楽勝だったぜ」

 警報は鳴らずとも、後は当初考えていた最悪の状況通りって事か。
 でも……だとすればだ。

「てめえ一人かよ。ていうかなんで不意打ちしてこなかった」

 逃げるべきか。戦うべきか。
 その思考を始めながら、俺は言葉を紡ぐ。

「俺を潰すつもりなら、どうして此処にお前しかいない。なんで放てた初手を放たなかった」

 それに、と続ける。

「俺の行動を読んでいたのなら、なんで今の今まで誰も仕掛けてこなかった。警備員の一人なんか俺に全く気付いていなかったぞ。言っちゃなんだが、てめえら警備する気あんのかよ」

 そうやって捕捉されていたのならば、きっとああいう隙は見せない筈だ。
 その答えを少年は構えを取りながら言う。

「まあ此処に駐屯してる連中は単純に知らなかったんだろうさ。だって伝えてねえからな」

「伝えてない?」

「あんな平和ボケした連中に何ができるんだっつーの。失礼な事言うかもしれねえが、ある程度の相手が来ればアイツらじゃ止められねえ。ぶつかったって怪我するだけだし、そうならないに越したことはねえ。何も知らねえで下手に動かねえほうがアイツらの身の為だ。偶然遭遇しちまえば仕方がねえが、生存率はずっと上がる」

 ……多分コイツは、そもそもの立ち位置があの警備員達と異なるのだろう。そして少なくとも、平和ボケしているとはいえ訓練を受けている人間に失礼な事を言うくらいには実力者。そして警備員の身を案じる様な冗談見たいな事を、平然と当たり前のように言える様な奴なんだ。
 そしてその少年は言葉を続ける。

「んで、少なくとも俺は警備する気はあるぜ? 一時的とはいえ仕事だからな」

 次の瞬間、少年の足が僅かに動いた。

「まあ、私情は挟みまくるけどよ」

 そして少年は動き出す。
 行動は至ってシンプル。持ち込まれたのは接近戦。
 だったら俺に分がある。
 精霊が出力別にランク付けされていることをこの一カ月で知った。
 そして詳細までは分からないものの、エルドさんはエルの事を中々グレードが高い精霊と評していたし、精霊術の特訓を受けている際にエルから聞いた話によると、やはり正規契約を交わしたことによって元から出力が高かったエルも出力が上がっていたらしい。
 つまり今の俺は高ランクの精霊の力を更に強化して扱えている状態にあるわけだ。
 だからもう正規契約の恩恵で、だとかそんな曖昧な事ではなく、ある程度論理的に。そして知識とは別に経験で、俺の出力の高さが精霊を使役する人間の中でも上位にいると証明できている。
  ……だったら出力に関しては、そう簡単には抜かれやしない。
 そんな中での接近戦。きっと俺が最も優位に立ちまわれるであろう間合い。
 そこに飛び込んできてくれるなら、それは紛れもなく好都合だ。
 そして俺は拳を握る。 目に見えて一段スピードが劣っている少年に向かって放つ拳を。
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