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三章 誇りに塗れた英雄譚
23 有言実行
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そんな風に、俺が安堵した直後のことだった。
「なにを……言っているのだお前は」
そんな言葉をエルにぶつけた精霊がいた。
この部屋に入ってから今の今まで、こちらに涙目で強い敵意を向けていた、赤い髪が特徴の精霊だ。
「ソイツが私たちの敵じゃない? ふざけるな、ソイツは人間だぞ! 人間が私達の味方な訳がないだろう!」
当然といえば当然だ。同族であるエルの言葉に徐々に落ち着いて、状況を……こちらの事を理解しようとする者がいる半面、いくら同族の話だとしても、まるで信用できない者もいる。
「味方ですよ。だから私はこの人と一緒にいるし、この人は居てくれるんです」
「それはきっとお前が利用されているだけ――」
「何を言ってるんですか」
エルはその精霊の言葉を掻き消して言う。
「……私達を人間が、騙して何かしようと思う様な存在に見ていると思いますか? 騙すも騙さないもない。何もしないで、突然全部踏み躙る。嘘すら付いてくれないんです。それが人間のやり方でしょう? この世界の人間はこんな回りくどい事はしないでしょ」
人が人を騙して陥れる。そういう事はきっと、この世界でも少し位は起こりえる事だろう。
だけどそもそも騙す様な対象として、精霊を見ちゃいない。そうするだけの存在に見てやれない。
「それに……もしエイジさんが私を騙そうとしていれば、こういう事にはならないでしょう?」
エルは自らの手の刻印を、精霊達に見せつける。
「人間と精霊が契約した際に出てくる刻印。それをドール化していない私が刻んでいる。その意味がどういう事か、分かりますか?」
「それは……ッ」
契約は、お互いをある程度信頼していなければ成り立たない。この世界に人間と精霊ではその信頼がないから、契約はなされず、ドール化という手段が取られる。
その刻印が、俺とエルに刻まれている。それがどういう事か……それはきっと、考えてもらえば理解してくれる。
きっと言葉なんかよりも、それが一番説得力のある事なのだろう。
「この人は……精霊を、まともに見てくれているんです」
その言葉で。見せられた刻印で。中々こちらにまともな目線を向けてこなかった連中も、少しはまともに見てくれる様になった気がする。効果は驚くほどに覿面。それ程までに、俺達の契約はこの世界にとって異質なものなのだろう。
赤髪の精霊も言い返す言葉が見当たらないのか押し黙った。もっとも、それでもその目線からは依然と俺に対する敵意が向けられていて……やっぱり事実と感情は、そう簡単には相いれちゃくれない。
「まあとにかくですよ」
エルは一歩前に踏みだしながら、精霊達に言う。
「あなた方がエイジさんを信頼するかどうかはともかくとして、今は此処から脱出する事を考えたらどうですか? 例え信頼できなくても……それでも。今の私達は、あなた方にとって、利用価値位はあるんじゃないですか? それとも……信頼できないから。怖いから。そんな理由で、此処に留まりますか?」
今までの説得や、見せつけた刻印の効果は覿面だったけど、それでもはいそうですかという風に、こちらを……俺を、頼ってくれるなんてことは無い。無かった。無さそうだった。
でも、それでも。こいつらだって此処にいたい訳じゃない。そして今、利用できるような。縋れるような。そんな立ち位置にいるのは、きっと俺とエルだけだ。
だから一部の少しだけ信じてみようかと思ってくれている精霊も、まるで信頼してくれていない精霊も変わらない。
一律して俺達に助けを求めるか、利用するか。この場においてはそういう選択肢しか、きっと残されちゃいないんだと思う。
実際そういう事だから、行動に示した精霊が出始めたんだと思う。
「……」
黄緑色の髪をした一人の小柄な精霊が、必死に。勇気を振り絞るように、手を差しだそうとしていた。
余程俺の事を……そしてもしかすると、そんな俺を敵じゃないというエルに対して恐怖の念を抱いているのか、何か声をだそうとしているも口がパクパクと動くだけで出てこない。
それでも、俺達の方に手を差し出してくれた。
「エル。誰か来ないか、見張っててくれるか?」
「わかりました」
エルにそう頼んでから、俺はその精霊の元へと歩みよる。
一歩進むと体がビクついているのが目に見えて分かった。それだけ、人間は怖い。自分を此処に連れてきた人間が怖いんだ。
果たして、俺がこの枷をぶっ壊せば、その恐怖を少しは取り払う事が出来るだろうか?
少なくとも、今、目の前にいる人間は味方なんだって事を、分かってくれるだろうか?
そうして俺はその精霊の前に屈みこむ。
そしてまず、精霊の右腕に付けられた枷に手を触れる。
その手は震えていた。だけどこのぐらいの震えならば、今の俺ならどうにかなる。
「……大丈夫だ」
きっと届いてはいない。だけどその言葉を精霊に向けて。
そして、自分に向けて放った。
そして右手で風を発生させ、右手の枷を破壊しにかかる。
その一瞬、精霊が目を瞑っていたのが分かった。そりゃそうだ。今されてる行為は、一歩間違えれば大参事になる事なのだから。
だけど、そんな事にはさせない。
鉄が割れるような、そんな音が周囲に響く。
少女の悲鳴は、聞こえない。
ゆっくりと開かれた彼女の瞳に映るのは、枷なんてのが付いていない、自分の手首だ。
そして俺は手を休めず、左腕と。そして両足に付けられた枷を外していく。
そして全てを外し終えた時、俺は自分の両腕と、俺の顔を交互に見る精霊に、笑顔を見せて言ってやる。
「な、大丈夫だっただろ?」
そう言ってやったあと、俺はゆっくりと立ち上がり、他の精霊に視線を向けた。
今、枷を外したことで、なんとなく……精霊達が俺を見る目が。明確に変わったような、そんな気がする。
エルが言った説得。俺をそれは文字通り実行した。エルの言葉が嘘ではない事を証明したんだ。
だけどきっとそれだけじゃない。
結局信頼してくれない様な精霊の枷を無理矢理壊そうとする荒々しいやり方じゃなく、勇気を見せてくれた精霊の枷を壊してやるという、至極真っ当なやり方で、枷を壊した。
きっと見え方も変わってくる。与える印象も変わってくる。それが変わるに変わって今がある。
多分今ならば。難なくとはいかないだろうけど、それでもコイツらを解放できる。
その程度くらいには。本当にちっぽけだけど、人間が受け取るにしては高すぎるほどの信頼を受け取った。そんな気がした。
そんな気がした直後だ。
「……エイジさん」
エルがやや焦った様な声音でこちらに声をかけてきた。
そちらを振り返ると、入口付近に立って外の様子を見てくれていたエルが、その声の通り怪訝な表情を浮かべている。
俺は一旦部屋の外の様子が見える位置にまで移動して、外の様子を見る。
「……多いな」
「はい。しかも服装からして此処の警備員じゃない人間も混じってます。確かあれは……カラファダの憲兵の制服じゃないですか?」
「……呼ばれて来たって所か」
これまでの倍近い。警備員と憲兵。そして精霊が合わせておよそ二十人という所だろうか。
「どうします?」
「……やるしかねえだろ」
こちらを真剣に警戒しているのだろう。数が多すぎる。
だけどやらなきゃやられる。そして俺達がやられれば、視界の奥に現れた新たな人間に、怯える素振りを見せる精霊達に、きっと未来は無い。
俺は拳を握って覚悟を決めつつ、背後を振りむいて、先程枷を壊した精霊に向かって頼み込む。
「俺達が足止めする! だからその間に他の精霊を頼む!」
「え、あの……」
「頼む!」
困惑する声をあげた精霊に、更に頼み込むと……その精霊は、確かに頷いて他の精霊の枷を外しにかかる。流石にこの状況で俺達が枷を壊す事は出来ない。だから……動いてくれてよかった。
そして俺は前方に陣を取る憲兵たちに視線を戻す。
「手を上げて大人しく投降しろ、テロリスト! もうてめえに逃げ場はないぞ!」
投降するつもちろんない。
そもそも、まだ逃げ場は必要じゃない。
やるべき事は戦う事。俺の後ろに居る精霊達を助けること。
「頼む、エル」
俺は右手でエルの左手を握りしめる。
「はい。絶対に切り抜けましょう」
「当然だ」
そして俺はエルを剣へと変化させる。
正面からも。そして背後からも。驚愕の声が上がった。
そして、その隙を突く。
俺は開口一番に剣を振り抜き斬撃を発生させた。
「なにを……言っているのだお前は」
そんな言葉をエルにぶつけた精霊がいた。
この部屋に入ってから今の今まで、こちらに涙目で強い敵意を向けていた、赤い髪が特徴の精霊だ。
「ソイツが私たちの敵じゃない? ふざけるな、ソイツは人間だぞ! 人間が私達の味方な訳がないだろう!」
当然といえば当然だ。同族であるエルの言葉に徐々に落ち着いて、状況を……こちらの事を理解しようとする者がいる半面、いくら同族の話だとしても、まるで信用できない者もいる。
「味方ですよ。だから私はこの人と一緒にいるし、この人は居てくれるんです」
「それはきっとお前が利用されているだけ――」
「何を言ってるんですか」
エルはその精霊の言葉を掻き消して言う。
「……私達を人間が、騙して何かしようと思う様な存在に見ていると思いますか? 騙すも騙さないもない。何もしないで、突然全部踏み躙る。嘘すら付いてくれないんです。それが人間のやり方でしょう? この世界の人間はこんな回りくどい事はしないでしょ」
人が人を騙して陥れる。そういう事はきっと、この世界でも少し位は起こりえる事だろう。
だけどそもそも騙す様な対象として、精霊を見ちゃいない。そうするだけの存在に見てやれない。
「それに……もしエイジさんが私を騙そうとしていれば、こういう事にはならないでしょう?」
エルは自らの手の刻印を、精霊達に見せつける。
「人間と精霊が契約した際に出てくる刻印。それをドール化していない私が刻んでいる。その意味がどういう事か、分かりますか?」
「それは……ッ」
契約は、お互いをある程度信頼していなければ成り立たない。この世界に人間と精霊ではその信頼がないから、契約はなされず、ドール化という手段が取られる。
その刻印が、俺とエルに刻まれている。それがどういう事か……それはきっと、考えてもらえば理解してくれる。
きっと言葉なんかよりも、それが一番説得力のある事なのだろう。
「この人は……精霊を、まともに見てくれているんです」
その言葉で。見せられた刻印で。中々こちらにまともな目線を向けてこなかった連中も、少しはまともに見てくれる様になった気がする。効果は驚くほどに覿面。それ程までに、俺達の契約はこの世界にとって異質なものなのだろう。
赤髪の精霊も言い返す言葉が見当たらないのか押し黙った。もっとも、それでもその目線からは依然と俺に対する敵意が向けられていて……やっぱり事実と感情は、そう簡単には相いれちゃくれない。
「まあとにかくですよ」
エルは一歩前に踏みだしながら、精霊達に言う。
「あなた方がエイジさんを信頼するかどうかはともかくとして、今は此処から脱出する事を考えたらどうですか? 例え信頼できなくても……それでも。今の私達は、あなた方にとって、利用価値位はあるんじゃないですか? それとも……信頼できないから。怖いから。そんな理由で、此処に留まりますか?」
今までの説得や、見せつけた刻印の効果は覿面だったけど、それでもはいそうですかという風に、こちらを……俺を、頼ってくれるなんてことは無い。無かった。無さそうだった。
でも、それでも。こいつらだって此処にいたい訳じゃない。そして今、利用できるような。縋れるような。そんな立ち位置にいるのは、きっと俺とエルだけだ。
だから一部の少しだけ信じてみようかと思ってくれている精霊も、まるで信頼してくれていない精霊も変わらない。
一律して俺達に助けを求めるか、利用するか。この場においてはそういう選択肢しか、きっと残されちゃいないんだと思う。
実際そういう事だから、行動に示した精霊が出始めたんだと思う。
「……」
黄緑色の髪をした一人の小柄な精霊が、必死に。勇気を振り絞るように、手を差しだそうとしていた。
余程俺の事を……そしてもしかすると、そんな俺を敵じゃないというエルに対して恐怖の念を抱いているのか、何か声をだそうとしているも口がパクパクと動くだけで出てこない。
それでも、俺達の方に手を差し出してくれた。
「エル。誰か来ないか、見張っててくれるか?」
「わかりました」
エルにそう頼んでから、俺はその精霊の元へと歩みよる。
一歩進むと体がビクついているのが目に見えて分かった。それだけ、人間は怖い。自分を此処に連れてきた人間が怖いんだ。
果たして、俺がこの枷をぶっ壊せば、その恐怖を少しは取り払う事が出来るだろうか?
少なくとも、今、目の前にいる人間は味方なんだって事を、分かってくれるだろうか?
そうして俺はその精霊の前に屈みこむ。
そしてまず、精霊の右腕に付けられた枷に手を触れる。
その手は震えていた。だけどこのぐらいの震えならば、今の俺ならどうにかなる。
「……大丈夫だ」
きっと届いてはいない。だけどその言葉を精霊に向けて。
そして、自分に向けて放った。
そして右手で風を発生させ、右手の枷を破壊しにかかる。
その一瞬、精霊が目を瞑っていたのが分かった。そりゃそうだ。今されてる行為は、一歩間違えれば大参事になる事なのだから。
だけど、そんな事にはさせない。
鉄が割れるような、そんな音が周囲に響く。
少女の悲鳴は、聞こえない。
ゆっくりと開かれた彼女の瞳に映るのは、枷なんてのが付いていない、自分の手首だ。
そして俺は手を休めず、左腕と。そして両足に付けられた枷を外していく。
そして全てを外し終えた時、俺は自分の両腕と、俺の顔を交互に見る精霊に、笑顔を見せて言ってやる。
「な、大丈夫だっただろ?」
そう言ってやったあと、俺はゆっくりと立ち上がり、他の精霊に視線を向けた。
今、枷を外したことで、なんとなく……精霊達が俺を見る目が。明確に変わったような、そんな気がする。
エルが言った説得。俺をそれは文字通り実行した。エルの言葉が嘘ではない事を証明したんだ。
だけどきっとそれだけじゃない。
結局信頼してくれない様な精霊の枷を無理矢理壊そうとする荒々しいやり方じゃなく、勇気を見せてくれた精霊の枷を壊してやるという、至極真っ当なやり方で、枷を壊した。
きっと見え方も変わってくる。与える印象も変わってくる。それが変わるに変わって今がある。
多分今ならば。難なくとはいかないだろうけど、それでもコイツらを解放できる。
その程度くらいには。本当にちっぽけだけど、人間が受け取るにしては高すぎるほどの信頼を受け取った。そんな気がした。
そんな気がした直後だ。
「……エイジさん」
エルがやや焦った様な声音でこちらに声をかけてきた。
そちらを振り返ると、入口付近に立って外の様子を見てくれていたエルが、その声の通り怪訝な表情を浮かべている。
俺は一旦部屋の外の様子が見える位置にまで移動して、外の様子を見る。
「……多いな」
「はい。しかも服装からして此処の警備員じゃない人間も混じってます。確かあれは……カラファダの憲兵の制服じゃないですか?」
「……呼ばれて来たって所か」
これまでの倍近い。警備員と憲兵。そして精霊が合わせておよそ二十人という所だろうか。
「どうします?」
「……やるしかねえだろ」
こちらを真剣に警戒しているのだろう。数が多すぎる。
だけどやらなきゃやられる。そして俺達がやられれば、視界の奥に現れた新たな人間に、怯える素振りを見せる精霊達に、きっと未来は無い。
俺は拳を握って覚悟を決めつつ、背後を振りむいて、先程枷を壊した精霊に向かって頼み込む。
「俺達が足止めする! だからその間に他の精霊を頼む!」
「え、あの……」
「頼む!」
困惑する声をあげた精霊に、更に頼み込むと……その精霊は、確かに頷いて他の精霊の枷を外しにかかる。流石にこの状況で俺達が枷を壊す事は出来ない。だから……動いてくれてよかった。
そして俺は前方に陣を取る憲兵たちに視線を戻す。
「手を上げて大人しく投降しろ、テロリスト! もうてめえに逃げ場はないぞ!」
投降するつもちろんない。
そもそも、まだ逃げ場は必要じゃない。
やるべき事は戦う事。俺の後ろに居る精霊達を助けること。
「頼む、エル」
俺は右手でエルの左手を握りしめる。
「はい。絶対に切り抜けましょう」
「当然だ」
そして俺はエルを剣へと変化させる。
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