人の身にして精霊王

山外大河

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三章 誇りに塗れた英雄譚

32 彼女達の力

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 そんな会話があってから暫く、俺達は怪我の治療に専念することにした。
 専念と言うだけあって完治を目指す。これでようやく俺達の折れた腕が元に戻るという訳だ。
 そしてそれが元に戻るまでの時間というのは、思っていたよりもずっと早い。

「お、終わりました……」

 オドオドしながらそう言うのは金髪の精霊。名前はリーシャというらしい。
 彼女の精霊術は回復系統に特化している。肉体強化なども使えない事はないらしいが、回復術が主となるらしい。そうであるが故にその効力は俺達の一段……いや、、二段は上に行く。

「まさかこんなに早く終わるとは思っていなかった……ありがとう」

「いえいえ……わたしはこれ位しか取り柄ないですから……」

 常時オドオドしたように話す彼女の精霊術は、確かに取り柄と言えるだろう。
 そしておそらく此処に残った精霊達は、人間が定めた基準で言うランクが高い連中なのだろう。

「えーっと、そっちはどんな感じ?」

「だいぶ楽になりましたよ」

 俺の問いにエルがそう答える。
 そんなエルに治療を施しているのは黄緑色の髪の精霊。さっき聞いた自己紹介によると名前はヒルダというらしい。
 彼女の回復術も俺やエルと同等程の力を持っているらしく、エルの言うとおり俺から引きついだ直後からは目に見えてエルの治療は進んでいる様に思える。

「えーっとリーシャ。もし体力的に余裕があったらでいいんだけど、ヒルダと変わってやってくれないか」

「わかりました。その……ヒルダさん。私、変わります」

「分かったよ」

 そんな短いやり取りの末に回復役は交代され、手の空いたヒルダが俺の元に寄ってくる。

「腕もちゃんと戻ってるね」

「ああ。これで何かあった時もある程度対処できる」

「期待してる」

「任せとけ……って言いたいけど、サポートは頼むな」

 エルを剣にすれば強い力が得られる。だけどそれなりに強い相手が大勢いたらきっとそれだけでは足りない。此処にいる精霊達の力を借りなければいけない状況が来るかもしれない。
 だから一応はそれぞれ何ができるか把握しておくべきだ。
 一応こうなるにいたった過程でリーシャは回復特化で他があまりできないって事は分かってる。
 そしてあの黒髪の精霊、アイラの力もある程度は把握している。

『……私、回復術とか無理。戦い専門』

 そう言って自分から周囲の見張りをしに行った。だから言葉の通り、そういう方面にある程度特化しているのかなとは思う。
 ついでに何も言わずに見張りをしている赤髪の精霊……リーシャから聞いた限りナタリアという名前らしい彼女の力は、工場地下の戦闘で炎の矢を放って強烈な飛び蹴りを放っていた事から彼女も戦闘は得意とみて間違いないだろう。もっともそれを俺が把握していたとして、連携などはできなさそうだけど。
 まあいずれにしても、少なくともアイラと、そして結界と回復術を使える程度の事は把握しているヒルダの力を出来る限りしっかりと把握しておいた方がいいだろう。
 だからとりあえず、俺の申し出に頷いてくれているヒルダに聞いてみる事にした。

「なあ、一応聞いておきたいんだけどさ、ヒルダはどんな精霊術を使えるんだ?」

「キミに見せた物でほぼ全部」

「俺に見せた物って言うと……結界と、回復術か?」

「そう。その二つと微弱な肉体強化と切断能力。その程度だからボクは捕まった」

「……そうか」

 守りに徹しているだけでは勝つ事は出来ない。そして守りに徹するだけの力しかなければ逃げる事も難しい。勝たなければどうにもならない状況において、碌な攻撃手段が無いというのは相当に致命的な物だったのだろう。

「でも大丈夫。サポートなら私はできる。今ならあの結界より強いのも張れる」

「それは此処がお前のテリトリーって話か?」

「違う。あの工場の中は精霊術の力が弱まってた。話を聞く限り皆そう。キミは違った?」

「俺は……特に感じなかったな」

 そしておそらくエルも、一人で俺の元までたどり着いた事を考えると弱体化などはされていなかったのだろう。
 きっと工場の中にあったそういうトラップというか設備が、正規契約を結んでいる俺達には作用しなかった。きっとそういう事だ。

「そう。まあ確かに弱体化しててあれなら、色々と無茶苦茶すぎる」

 まあ現状の時点で、戦いの素人があの人数を相手に出来てるだけの出力を出せてるのは無茶苦茶な気がするけどな。
 でもまあ今の一段上があったなら、確かに本当に無茶苦茶な事になっていたのだろう。誰が来ても。何人で来ても。そう簡単には負ける気がしない。
 だけどそんな力は無くて。ないが故にヒルダ達に頼らなくちゃいけない。

「まあそこまでの力は無いからさ……期待してるぜ」

「ボクも、キミとエルには期待してる」

「そりゃどうも」

 そう言いながら俺は軽く体を伸ばし、それからアイラの方に視線を向ける。

「じゃあ俺もアイラに倣って見張りでもしてるか」

 そう言って俺も少しエル達から離れて周囲を見渡す。
 もっとも今は夜な訳で……どうやら地球よりもある程度月明かりが強いこの世界においても、視界は当然悪い。もしかするとアイラとナタリアは目も良かったりするのだろうか?
 ……それにしてもこの世界に来て何度めの満月だ?
 どうもこの世界は地球とは月の満ち欠けのサイクルが違うらしく、既に何度も満月を拝んでいる。
 地球の場合は大体一カ月に一度位の頻度だった気がするけど、この世界じゃ何日に一度だっけ? 数えてないから分からないし、そもそも世界が違うのだから星も色々と違う訳で、アレを月と呼んでいいのかも分からないけれど。
 そんな事を考えながら俺は周囲に警戒を向ける。
 そしてそんな関係ない事を考えている時点で、多分俺は警備員とかは向かないだろうなと、そう思った。
 その後も、荷物とか全部置いてきたけどこれからどうしようとか、そんな深刻な悩みにぶつかったりしながら見張りを続けていると、やがてエルの治療が終わった。
 そこで一旦俺達は見張りを止め、全員で固まる。もっともナタリアは一歩後ろに立っているが。

「じゃあとりあえずエルの治療も終わったし……どうする?」

「一応夜ですし……休んだらどうですか? 多分エイジさん、一睡もしてませんよね?」

「ま、まあな……確かに無茶苦茶眠い」

 俺はあの時寝たフリをしていたわけで、全く眠ってはいなかった。だから眠い。疲れも溜まってるしな。

「……なら眠ればいい。私は色々嫌になってあそこで眠ってた。だから今晩くらいは見張りをしていてもいい」

「悪い……頼めるか?」

 俺達の立場上、全員が同時に眠るのはまずい。だから眠ろうと思えばそういう役を立てる必要がある。
 自分から申し出てくれる奴がいて助かった。
 だから俺はお言葉に甘えて休むことにした。
 寝袋すらなく、布団もベッドもないけれど。それでもまあいい。仕方がない。
 多分明日以降は結構大変な旅になるんじゃないかと思う。だから休めるときに休んでおかないと、いざという時体が動かなくなる。
 だからやがて俺は目を瞑った。
 願わくば叩き起こされる様な面倒事が、俺達を襲うような事が無い事を祈って。
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