人の身にして精霊王

山外大河

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三章 誇りに塗れた英雄譚

ex 再始動

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 エルが目を覚まして最初に視界に移ったのは、澄んだ青空だった。

「……朝」

 眠い目を擦りながらゆっくりと体を起こす。
 空が見え、こうして呑気に体を起こす事が出来るという事は、昨日はあれから何も起きなかったのだろう。
 そして空が見えるという事は、昨日起きた色々な事は夢ではなかったという事だ。そうである事が良い事なのか悪い事なのかは一概に言えないが、とりあえずはそういう事だ。

「……おはよう。よく眠れた?」

 一瞬誰に話しかけられたか分からなくなるが、それでも意識が覚醒していくにつれその声の主を認識する。

「あ、はい。おかげ様で眠れましたよ」

「……そう。なら良かった」

 声の主は見張りをしてくれていたアイラのものだ。
 エイジが必死になってまで助けた精霊の内の一人。これから一緒に旅をする仲間の一人。そういう存在が居るという状況にまだイマイチ馴染めていない感じがしたが、昨日の今日なのだからそれはきっと仕方がない。そういう風に考えを纏める。
 纏めたけれど、いずれはそういう状況に適応していかなければならない事も分かってる。
 受け入れなくてはならない事も分かっている。
 だけどあまり良いように事を捉える事は出来なかった。捉えようとしない自分が居た。
 エイジを嫌う精霊を見ればイライラしたけれど、その逆また、方向性は違えどあまり良くは思えない。それがどうしてなのかは分からないけれど、確かにそう思った。
 そして分かろうとしようにもそうするだけの材料もなくて……考えるだけの余裕もなくて。

 冷静に考えて、きっと長くは続かない。

 先の事を考えると、頭が痛くなる。実際昨日は眠りにつくまでずっと痛かった。
 今の自分達が置かれている状況は言ってしまえば旅が始まった時よりも過酷なものだ。アルダリアスで一悶着起きる様な状態に、更にエイジの罪が圧し掛かる。ただでさえアルダリアスにて、都合良くシオン・クロウリーが通りががっていなければ終わっていたのに、そんな助けもない中でエイジとエルに掛る負荷だけが増え、結果どうにかできるキャパシティなんてのを軽く上回ってしまっている。
 故に長くは続かない。敵だらけの旅が長引けばいずれどこかで破綻する。
 長引かなければそうではないだろうが、長引けばきっとそうなる。そうなるだけの事を、昨日、エルとエイジはやってのけた。やってのけてしまった。
 だから願わくば、長引かないようにと願った。
 次の目的地が正解でありますように。それまでどこかで間逆の事も考えていた彼女はそんな事を静かに祈る。
 そしてその場所にたどり着くことによって、自分では止められなかったエイジが止まってくれる事を願った。そしてその隣に自分が居る事も一緒に。
 それを叶えるためにも彼女は彼から離れない。エイジを助ける力となる。不安要素だらけのこの旅を切り抜けるために、持てる力を出し尽くす。
 故に眠る時以外は警戒を絶やさない。
 外にも、内にも。不安要素は乱立する。

「変わりますか? 少し位眠ったほうがいいですよ?」

「……お言葉に甘える」

 そんな短いやり取りを交わして、アイラと見張りを代わる。
 やがて寝転がり瞳を閉じた彼女を見てエルは思う。
 とりあえず彼女は大丈夫だ。そしてリーシャとヒルダも、安全性という不安要素においては問題はないだろう。
 だけど赤髪の精霊、ナタリアだけは不安の塊でしかない。
 目的も分からず、ただはっきりとエイジに対する敵意だけが剥き出しになっていて、そんな彼女が自分達の輪の中にいる。
 それを不安要素と言わないでなんというのだろうか。
 だからいつだって、気は抜けない。警戒心は解かれない。
 でも……だけどだ。

「……朝か。って、なんでエルが見張りしてんだ?」

「あ、おはようございます、エイジさん」

 彼と二人の時くらいは解いてもいいのではないかと思うし、解きたいと思った。
 それは欲なのかもしれない。そんな僅かな時間位気を楽にしていたい。難しい事抜きで今までの様に自然体で接したい。ただ純粋に、エイジと接する時間を楽しみたかった。

「ちょっと早く目が覚めたんで、交代したんです」

「ああ、なる程……じゃあ次、俺と交代する?」

「いや、良いですよ。代わったばかりですから。でも、そうですね……一緒にやりますか」

「じゃあそれで」

 そうしてエルとエイジは背中合わせに周囲に視線を向ける。
 今のところは何もない。何もないからこそ、この時間を大切にしたい。
 交わされるのは本当に他愛のない会話。今この時だけは、これまで歩んできた一カ月と変わらない。変わってほしくない。
 だけど時間は流れゆく。それに伴い会話も終わり、彼ら彼女らの旅は再始動する。
 そうして歩む道が本当に正しいのかどうかは、誰にだってわからない。
 だけどそれが間違っていても、彼女のやる事は変わりない。
 彼の隣に居続ける。それだけはどうしたって変わらないし、変えられないし、変えたくない。
 そんな思いで彼女は彼の隣を歩く。
 不穏な空気を全身で感じ取りながら。
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