人の身にして精霊王

山外大河

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四章 精霊ノ王

16 間違いだなんて言わせない

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 俺はエルを見て、続いてアイラ達に視線を向けながら考える。
 例えばナタリアを助けに行くにはどうすればいいのだろうか?
 そうするにはきっとエルの力を借りなければどうにもならないだろう。結果的に無理な話ではあったが、基本隠れてやり過ごして前へと進めた工場への侵入とは訳が違う。この状況で一人で動くと言う事は、向かう先にいる敵を一人で全て殲滅しなければならないという事になる。
 当然、そんな事は不可能だ。なんとかなって一対一。相性が悪ければそれですら負ける可能性がある。
 故にエルがいなければ、そもそもの行動を起こせない。
 ……エルをこれ以上の危険に巻き込まなければ、ナタリアを助けられない。
 そして仮に俺一人でも何とかなる可能性があったとして、俺一人で行動を起こしても、それは即ちこの一体何時どの位の敵が現れるか分からないこの場所にエルを……いや、エル達を放置する事になってしまう。
 つまりは結局、ナタリアを見捨てて周囲に敵がいない今の内にこの場所から逃げ出す。それしかエル達を比較的安全に先に進ませる方法がない。
 ……だけど。

「なあ、エル。ちょっと相談がある」

「どうしました? ……なんて今更そんなとぼけた事は言いませんよ」

 エルは俺が言いたい事を察した様に言う。

「ナタリアを助けに行きたい。言いたいのって、そういう事ですよね?」

 そりゃまあ色々あったからな。嫌でも察してしまうのかもしれない。
 エルの言うとおりだ。
 ナタリアを見捨てる選択肢がどうしたって正しい様には思えてこない。
 確かに俺にとっては危害を与える精霊だ。だけど……それでも、ナタリアはこんな酷い結末を迎えていい存在じゃない。

『……私を此処に逃がす為に、あの場所に残ったんだと思います』

 ナタリアが俺の事をまるで信用していない以上、エルを逃がす事によって最終的にエルを剣化させた俺が助けに来るなんて可能性を、微塵にも考えていなかったのだろう。
 きっとエルを逃がせばそれで終いで、もう再び会う事はないとすら思っていたのかもしれない。
 そんな風に、きっと自分を犠牲にしてまでエルを助けてくれた。
 そんな事が出来る救われて報われるべき奴を、此処で見捨てるなんて事が正しい事である筈がない。
 そして……そういう事を抜きにしても、ナタリアには借りがある。
 エルを助けてくれたという、大きすぎる借りがある。

「……止めませんよ。どうせエイジさんがやるって決めたらもう何を言ったって止まってくれないでしょうし」

 エルは複雑な表情を浮かべながらそう返してくる。
 そのその言葉に一体どんな言葉を返せばいいのかは分からない。きっと返せる言葉なんてないんだと思う。
 そうして返す言葉が見つからない俺に向けてエルは再び言う。

「でも、正直に言うと、今回は止める気もあまりないんです」

「……え?」

「確かにナタリアが何もしなければ、もっと良い風に事が進んでたんだと思います。私とエイジさんが分断される事もなく、初めから全力で戦えていた。あの子が何もしなければきっとあの子も此処にいるし、こんな風に危険な選択を前にして悩む事もなかったと思うんです」

 だけど、とエルは言う。

「それでも借りがあるんです。あの子が原因で招いた危機だったとしても、それでも私が助けてもらった事に変わりはないんです。だったら……一回位助けようとしたって良い筈じゃないですか。知らない誰かを助けるのは躊躇っても、今回だけは躊躇いたくないんです」

「……エル」

「だからやりましょう、エイジさん」

 エルがそう言ってくれて本当に良かったと思う。
 反対されるんじゃないかと思ったから、こうして同じ目的を掲げられて気が楽になったという事もある。半ば強引に事を進めるような事にならなくて良かったと、本当にそう思う。
 だけどそれ以上に、俺は嬉しかったんだと思う。
 だってそうだ。アイツが助けたかった誰かにそう思ってもらえた。
 その事を仮にナタリアが知れたとして、一体どう思うかなんてのは分からない。だけど俺からすれば、アイツの行動は精霊からすれば決して無碍にしていいようなものじゃないと思う。
 仮に無碍にした精霊がいたとして、そいつを責める事も間違いだとは思うけれど……それでも、誰か一人くらいはナタリアにそういう感情を向けたって良い筈だ。
 向けられなければあまりにも報われない。
 きっとアイツはそういう感情を向けられたくて行動を起こしているのではないのだろうけど、だとしても向けられるに越した事はない筈なんだ。

「……ああ。やるぞ、エル」

 きっとどこか根底にある物は違っているのかもしれない。それでも俺もエルもナタリアを助けたいと思えた。やるべき事は確かに見えた。
 ナタリアは絶対に助けなければならない。この選択を間違いだなんて言わせない。
 そう……言わせない。
 俺とエルが話している間に、ヒルダ達が俺達の元へと返ってきた。

「……お二人共、大丈夫ですか?」

 リーシャが俺達にそんな言葉を掛けてくる。

「……お前らこそ大丈夫なのかよ」

「まあ、私達は致命傷って言える様な怪我は負ってません。なんとか負わずに済みました」

「……そっか。ならとりあえず一安心だ」

 だけどそれでも一線を終えて疲労困憊という様子。加えて致命傷は無いと言ったが、それでも怪我が無い訳ではない。全員がそれぞれすぐに治療したい位の怪我を負っている。俺達がなんとかあの戦いを乗り切った様に、彼女達は彼女たちで必死に死線を乗り越えて此処にいるんだ。
 そんな彼女達にこんな事を言うのは、はっきり言って無茶苦茶な事なのかもしれない。
 だけどそれでも、言わなければ前へは進めない。
 だから俺は彼女達に言う。

「……だけど、安心ばかりはしていられない。今すぐに助けに行かなきゃいけない奴がいる」

 俺は一拍空けてから、目の前の三人に言い放つ。

「俺は……俺達はナタリアを助けたい。その為に、力を貸してくれ!」

 戦力的な意味でも。彼女達を守るという意味でも。此処に三人を残していくわけにはいかない。
 だから三人の協力は絶対に必要なんだ。
 ……そうして俺は三人から言葉が返ってくるのを待つ。
 それが俺達と同じ方角を向いてくれていると祈りながら。
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