121 / 431
四章 精霊ノ王
ex 変化
しおりを挟む
意識を失う直前の事はよく覚えていない。
だけど自分が予想通り敗北したという事だけは理解できた。
「……」
地面にうつ伏せで倒れている彼女の両手首は背中で何かに固定されていて、それが精霊を捕らえる際に用いられる枷である事は見えなくとも理解できた。
その証拠に精霊術は使えない。
つまりは詰みだ。これ以上どうする事もできない。
それでもこうなる事が予測できていた事もあってか、ある程度は落ち着いていられた。というよりは諦めの感情が覆い尽くして半ば落ち着いている様な錯覚に陥っているのかもしれない。
……それでもある程度だ。
同じ様な経緯で捕まった時も、やはり怖かったし体が震えた。枷で体を拘束されて暗い部屋へと入れられた時も、きっとずっと振るえていたし、いつか来る最後の時に怯えていたのだと思う。
だからきっとあの時。諦めが大半を埋め尽くした感情の中に、僅かに誰かに助けてほしいという願望が混じっていたのかもしれない。
そして今回も、諦めて落ち着いて、それでもやっぱり体は震えて。不安や怯えが全身に纏わりついて。
それ故に誰かに助けてもらう事を願っていたのかもしれない。
「おい、見ろ。信号弾が上がってんぞ」
人間と精霊のペア一組にエルを追わせて残った二組の人間。
その内の姿を消して戦う男が空を見上げながらそう口にした。
「……おいおい、マジかよ。こっちに敵が迫ってるって信号弾だけならまあ賊が出る可能性考えりゃ分かるけどよ……なんだよ全勢力に応援指令って。んな信号弾上がんの始めて見たぞ。これ結構ヤバいんじゃねえの?」
弓矢を武器にして戦う男が、やや焦った様にそんな事を口にした。
そしてそんな事を聞いてしまえば、落ち着いてなどいられない。
(……え?)
この状況で誰かがこちらに向かってくる。仮に大勢の精霊が向かってくるのだとすれば、信号弾が上がってくる方向がおかしい。
この先の湖が目的でこの地に訪れるであろう精霊がこちら側に向かってくるのだとすれば、エル達が居る筈の方角からこちらに向かってくるメリットが無いし、ちゃんとまっすぐ目的地に向かっている一行が現れたのだとしても、だとすればあの方角から信号弾が上がるのはおかしい。
つまり…つまりだ。こちらに来る可能性があるとすれば、自分がほんの少し前まで共に行動してきた精霊達。
(……いや、違う)
そんな程度では、そんな全戦力をぶつけるような信号弾は上がらない。戦ってみて分かった。現状此処にいる人間の戦力だけでエル達を鎮圧するには事足りる。
それでも全戦力を此処に集中させる様な指示が出たのだとすれば……あの人間がこの場に現れる。
その目的は全く分からない。何故精霊の味方をする振りをしているのかも……そもそも本当にそれが振りなのかすらも分からない。分かっていた、そうであると決めつけていた筈なのに分からなくなっている存在が、この場に現れる。
いや、違う。もう……現れた。
アイラ達を引き連れ、大剣を構えてこちらを見据える人間が。
その人間は次の瞬間何かを踏みつけ急加速して目の前に躍り出て、弓を構えた男を薙ぎ払う、そして辛うじてそれを躱したもう一人の男を此処から一時的に引き離した。
そして彼はナタリアを庇うように剣を構えながら、こちらを振り返ることなく言う。
「助けに来たぜ、ナタリア」
「……ッ」
あの時も今回も。きっと誰かに助けて貰いたかった。
そしてあの時も今回も、自分を助けたのはその誰かから外れる存在で、自分にはまるで理解できない存在で。
そんな彼にどういう視線を向ければいいのか。どういう感情を向ければいいのか。何をどうする事が正しくて、真実が一体何であるかを彼女は知らない。未だに知る事ができない。
故に言葉は返せない。
礼の一つも言う事が出来ず、だけど彼の言葉を否定するような言葉もまた、浮かんでくる事は無かった。
……あの工場の地下で助けに来たと言われたときに浮かんできた罵詈雑言はもう、浮かんでこない。
それどころかほんの少しだけ安堵している自分がいた。
人間に助けられるという、裏があるとしか思えない訳のわからない事態。あの工場の地下ではそんな感情は沸いてこなかったその事態に、確かに安堵していた。
(……なんなんだ、一体。コイツは一体何がしたい。私は一体どうしたいんだ……ッ)
その答えを知る事が出来るのは、きっとまだ先の話。
だけど自分が予想通り敗北したという事だけは理解できた。
「……」
地面にうつ伏せで倒れている彼女の両手首は背中で何かに固定されていて、それが精霊を捕らえる際に用いられる枷である事は見えなくとも理解できた。
その証拠に精霊術は使えない。
つまりは詰みだ。これ以上どうする事もできない。
それでもこうなる事が予測できていた事もあってか、ある程度は落ち着いていられた。というよりは諦めの感情が覆い尽くして半ば落ち着いている様な錯覚に陥っているのかもしれない。
……それでもある程度だ。
同じ様な経緯で捕まった時も、やはり怖かったし体が震えた。枷で体を拘束されて暗い部屋へと入れられた時も、きっとずっと振るえていたし、いつか来る最後の時に怯えていたのだと思う。
だからきっとあの時。諦めが大半を埋め尽くした感情の中に、僅かに誰かに助けてほしいという願望が混じっていたのかもしれない。
そして今回も、諦めて落ち着いて、それでもやっぱり体は震えて。不安や怯えが全身に纏わりついて。
それ故に誰かに助けてもらう事を願っていたのかもしれない。
「おい、見ろ。信号弾が上がってんぞ」
人間と精霊のペア一組にエルを追わせて残った二組の人間。
その内の姿を消して戦う男が空を見上げながらそう口にした。
「……おいおい、マジかよ。こっちに敵が迫ってるって信号弾だけならまあ賊が出る可能性考えりゃ分かるけどよ……なんだよ全勢力に応援指令って。んな信号弾上がんの始めて見たぞ。これ結構ヤバいんじゃねえの?」
弓矢を武器にして戦う男が、やや焦った様にそんな事を口にした。
そしてそんな事を聞いてしまえば、落ち着いてなどいられない。
(……え?)
この状況で誰かがこちらに向かってくる。仮に大勢の精霊が向かってくるのだとすれば、信号弾が上がってくる方向がおかしい。
この先の湖が目的でこの地に訪れるであろう精霊がこちら側に向かってくるのだとすれば、エル達が居る筈の方角からこちらに向かってくるメリットが無いし、ちゃんとまっすぐ目的地に向かっている一行が現れたのだとしても、だとすればあの方角から信号弾が上がるのはおかしい。
つまり…つまりだ。こちらに来る可能性があるとすれば、自分がほんの少し前まで共に行動してきた精霊達。
(……いや、違う)
そんな程度では、そんな全戦力をぶつけるような信号弾は上がらない。戦ってみて分かった。現状此処にいる人間の戦力だけでエル達を鎮圧するには事足りる。
それでも全戦力を此処に集中させる様な指示が出たのだとすれば……あの人間がこの場に現れる。
その目的は全く分からない。何故精霊の味方をする振りをしているのかも……そもそも本当にそれが振りなのかすらも分からない。分かっていた、そうであると決めつけていた筈なのに分からなくなっている存在が、この場に現れる。
いや、違う。もう……現れた。
アイラ達を引き連れ、大剣を構えてこちらを見据える人間が。
その人間は次の瞬間何かを踏みつけ急加速して目の前に躍り出て、弓を構えた男を薙ぎ払う、そして辛うじてそれを躱したもう一人の男を此処から一時的に引き離した。
そして彼はナタリアを庇うように剣を構えながら、こちらを振り返ることなく言う。
「助けに来たぜ、ナタリア」
「……ッ」
あの時も今回も。きっと誰かに助けて貰いたかった。
そしてあの時も今回も、自分を助けたのはその誰かから外れる存在で、自分にはまるで理解できない存在で。
そんな彼にどういう視線を向ければいいのか。どういう感情を向ければいいのか。何をどうする事が正しくて、真実が一体何であるかを彼女は知らない。未だに知る事ができない。
故に言葉は返せない。
礼の一つも言う事が出来ず、だけど彼の言葉を否定するような言葉もまた、浮かんでくる事は無かった。
……あの工場の地下で助けに来たと言われたときに浮かんできた罵詈雑言はもう、浮かんでこない。
それどころかほんの少しだけ安堵している自分がいた。
人間に助けられるという、裏があるとしか思えない訳のわからない事態。あの工場の地下ではそんな感情は沸いてこなかったその事態に、確かに安堵していた。
(……なんなんだ、一体。コイツは一体何がしたい。私は一体どうしたいんだ……ッ)
その答えを知る事が出来るのは、きっとまだ先の話。
0
あなたにおすすめの小説
『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる
仙道
ファンタジー
気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。 この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。 俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。 オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。 腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。 俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。 こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。
12/23 HOT男性向け1位
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
自力で帰還した錬金術師の爛れた日常
ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」
帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。
さて。
「とりあえず──妹と家族は救わないと」
あと金持ちになって、ニート三昧だな。
こっちは地球と環境が違いすぎるし。
やりたい事が多いな。
「さ、お別れの時間だ」
これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。
※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。
※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。
ゆっくり投稿です。
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
神は激怒した
まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。
めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。
ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m
世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる