人の身にして精霊王

山外大河

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四章 精霊ノ王

25 清算

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「……」

 皆がその事実を認識した時、自然とその足取りは湖の方へと向かっていた。
 きっとその瞬間の彼女達が浮かべていたのは笑顔だ。笑顔で茂みから出て湖へと向かっていく。
 立ち止まっていたのは俺とエルだけだった。
 正確にいえば、エルが立ち止まっていたから俺が動かなかったと言っていい。

「……エイジさん」

 声を掛けられて視線を向けると、そこには俺の服の裾を摘まんだエルがいる。
 以前同じ様な事をしていた時とは状況はまるで違うけれど、それでもエルの表情が曇っていて、不安を抱えている事は理解できて……その手がまるで俺を止めようとしている様にも思えてくる。
 そんなエルにどうした? なんて事は言えない。言わなくても分かるし、今更何も知らない風にエルに訪ねてはいけない事だと思う。
 思うから、ただ簡潔にこう告げる。

「……リスクは確かにあるよ。だけど絶対に間違っちゃいない」

 俺の出した答え。絶界の楽園へと向かうという選択肢。
 昨日エルと話した様に確かにリスクはある。それはどうやっても潰せないもので、いつまでも思考の中心に居座り続ける。
 だけどそれでも今回の事で良く分かった。改めて自覚し、考えをまとめた。
 もうそれ以外の選択肢は取れないんだという事。
 それ以外の選択肢を取る事が、もう自殺に等しいんだと言う事。
 だったらリスクに目を瞑ってこの先に進む。それが一番良い筈だ。
 一番良い筈なんだ……それしかないんだよ。

「行こう、エル」

 自然とエルの手を引いて進みだした。
 歩き出した先には既に他の皆が待っていて、何やら不思議そうな表情を浮かべている。

「どうした?」

 俺がそう声を掛けた次の瞬間、きっと俺の表情もそういう風な感じの物になっていたんだと思う。

「……ッ」

 まるでエルに触れた時の様に、普段浮かんでこない精霊術が脳裏に浮かび上がってきた。
 エルを剣化する時が、エルに触れているという条件でしか使えない様に、これもまたこの場所に来たから使えるようになった術という訳か。
 ……つまりだ。

「絶界の楽園へ行く為の精霊術……って事か?」

「……そうみたいですね」

 エルもそう答えたと言う事は、他の皆の表情の変化もそういう事なのだろう。
 そして不思議そうな表情から、彼女達の表情はとても和らいだ物へと変わっていく。
 此処に来るまでに、個々が正解という可能性を示唆する事がいくつかあった。実際に自分達以外の精霊がこの場所に辿り着いていて、目の前で消える瞬間を目にした。
 そして、こうして新しい精霊術が流れ込んできた。
 それだけのピースがそろえば、この場所が正解だという確信を確かに持てる。もう終わりなんだという感情をきっと感じられる。少なくとも彼女達は感じられる。
 だから笑顔を浮かべる。
 この場所を無視して進めば、いずれ間違いなく消える笑顔を浮かべている。
 そしてそんな表情を浮かべた彼女達は、まだ消えずにそこにいる。
 まるで中々出てこない俺達を待っていてくれたみたいだった。

「……これで全員揃った」

 アイラが俺達に視線を向けてそう呟く。

「ああ。だったらもう此処にいる理由もないし、浮かんできた精霊術使って絶界の楽園に――」

「待って」

 言いかけていいる所でヒルダに言葉を遮られる。

「どうかしたか? なんか飛ぶ前にやらないといけない事とかあったか?」

 俺の問いにヒルダは首を振ってから答える。

「やらないといけない事は無いけれど、やっておきたい事はあるよ。一応無事に此処まで来れたらそうしようって話をしてた」

「ん?」

 なんだろう。一体彼女達が何をしたいのかが分からず首を傾げる。
 そんな俺にヒルダ、アイラ、リーシャは固まって……俺達に頭を下げてきた。

「「「あなた達のおかげでここまで来れました。ありがとうございます」」」

 三人合わせて紡がれた言葉は、俺達に向けた感謝の言葉だった。

「この世界での事は、できる限りこの世界で清算して起きたいですから。特にこういう事は先延ばしにしちゃいけないと思うんです」

「……だから今、終わらせる前に言っておく」

「続きは事が済んでから。これだけで僕達の感謝は表しきれない」

 そういう彼女達は上機嫌で……そんな彼女達の傍にいると若干浮いてしまっているナタリアが、バツが悪そうに視線を外す。
 だけどそんなナタリアにヒルダが言葉を向ける。

「ほら、キミも何か言う事無いの?」

 ナタリアにも何か言わせようとする様な言葉。
 寧ろ、今までの言葉の真意はその為にあったんじゃないかと思う。
 何かを言わざるを得ない空気を作る。結果的にそれが出来たのかは分からないが、俺の推測が正しければ、いつか感じた彼女達の間の亀裂は、十分に修復が出来る様なものなんだとう事が理解できて気分が楽になる。
 だけど結局ナタリアから俺達への言葉は無い。だけどそれでもいいと思うし今のままで十分だと思った。
 一応何かを言おうとした素振りを一瞬だけ見せてくれた事。再び目を逸らされる直前の瞳に警戒心は残っていても、寒気がする様な敵意が感じられなかった事。もうそれだけで今は十分。そう思えた。
 俺がそう思えた事を他の皆も納得してくれたし、最後にエルの様子が少しおかしい事に一瞬話が移りかけたが、そこからはエルがいつもの調子に戻って「なんでもないです。ちょっと緊張しているだけで」と答えてそのままその話は流れた。俺達の不安は他の皆には伝わっていない。
 そしてそこまでやった所で、もう本当にこの場に留まっている理由は無くなった。
 もうあとは術を発動させるだけだ。

「えーっと……具体的に飛んだ先にどうやって出るのかってのは分からないけどさ、できればまた皆で一回集まろう」

「そ、そうですね。それがいいです、そうしましょう」

「……一回と言わず何度でも会えばいい」

「今日までありがとう。これからもよろしくって事だね」

「ああ……そういう事。じゃあ皆、やるか」

 俺の言葉に、ナタリア以外の三人がオーと軽く声を上げ、その声を聞きながらエルに尋ねる。

「……大丈夫か?」

「……大丈夫ですよ。一応覚悟の一つや二つ位は決めたつもりです」

「そっか……まあとにかく、向かった先でバラバラになってたらとりあえず合流しよう。俺達ならすぐに出来る筈だ」

「そうですね。真っ先にエイジさんを探します」

「俺もとりあえずお前を探すよ」

 そんなやり取りを交わした後、俺達はついに実行する。

「よし……じゃあ行くぞ」

 そして俺達は精霊術を発動させる。
 それぞれの足元に紫色の魔法陣が展開され、そして視界に映る景色が移り変わった。
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