人の身にして精霊王

山外大河

文字の大きさ
202 / 431
六章 君ガ為のカタストロフィ

15 そして誰もがいなくなる

しおりを挟む
 ゆっくりと時間を掛けて、震えながら伸ばされたエルの手はとうとう俺の手に触れた。
 そしてとても弱々しい力で握られる。不安を露わにするように、エルの全てが見たことも感じた事もない程に弱々しい。
 気が付けば俺はそんなエルの手を強く握っていった。まるで零れ落ちそうな何かを必死に留めようとするように。
 実際そうだったのだろう。離したくないんだ。失いたくないんだ。
 これ以上大切な誰かを失いたくなかったという事もあるのだろうけれど、多分それ以上にエルという存在を失いたくなかったのだろう。
 だから俺の手はエルを離さないように強く、そして優しく握っていた。

「よし、じゃあ帰ろう。立てるか?」

 俺がエルにそう問うとエルは頷いてゆっくりと立ち上がった。
 そして俺はそんなエルの手を引いて歩きだす。

「とりあえず帰ったらさ、風呂を沸かそう。体冷やして風邪引くのは人間も精霊も変わらないだろうからな」

 自然と言葉らしい言葉が俺の口から漏れるようになっていた。
 エルが差し伸べた手を取ってくれた。まだ俺はエルの隣にいられている。それを肌で感じ取って少しばかり気が楽になったのかもしれない。

「その後さ、コーヒーを入れよう。そうやって少し落ち着こう。そしたら二人でどうするか考えるんだ」

 当然少し気が楽になっても気休めなんて言えない。俺がなんとかするから大丈夫だなんてどうしようもない程根拠のないそんな言葉は言ってやれない。それは変わらない。それを変えるにはそれこそ気休めなんて必要がないほどの状況の好転が必要だ。だから結局今の俺がエルに対して言える気休めなんてものはない。
 今はただ、なんでもない事が少しずつ言いやすくなっている。それだけの事。

「それでいいか?」

「……はい」

 俺の言葉にエルはそう返してくれた。
 思えばその言葉がこの場所に来てから初めて聞いたエルの言葉だった。
 それが発せられたのは俺がそうだったように、少しだけでも落ち着いたのかもしれない。冷静になれたのかもしれない。精神状態が少しでもいい方に転がった結果なのかもしれない。
 実際そうだったのだろう。今度は返事ではなくエルの方から声を掛けてきた。

「エイジさん」

 俺の名を呼んでくれる。

「どうした?」

「……ありがとうございます」

「いいよ、別に」

 本当にそんな短い会話。
 だけどそれでも、それで十分だった。それだけでもできるだけで本当に安心できたんだ。少しづつ
自分の中で張りつめていた感覚が解けていくんだ。
 この状況でそうなるのがいい事なのかは分からないけれど、それでもそうであれる事が嬉しい事だけは否定しない。エルとまたちゃんと話ができる事が嬉しいんだ。
 とても当たり前だけど、きっと大切な事だから。
 きっと今は、そんな当たり前な大切な事が簡単に失われてしまうような、そんな状況だから。
 だからそれを失わないように、俺はエルの手を引いて路地の出口へと向かう。
 ……もし此処から出て家へと返るまでに誠一達と出くわしたらどうしようか?
 そうでなくても後日あった時やもし次に連絡が来た時にもだ。
 とりあえず今のエルだけをみてもエルの身に起きた異変は悟られないのだろうけど、それでもエルが雨の中を走って行った事。俺が誠一や宮村からの連絡を一方的に断ち切った事。そんな事実を見られていては何か聞かれる事は間違いないだろう。

 だからちょっと嘘を考えておかなければならない。
 ……ちょっと喧嘩したことにでもしよう。些細な事で喧嘩して、口論になって、そしてその結果。エルと口裏を合わせてそういう風に終わらせよう。こんな酷い事になる様な喧嘩の内容と、俺の電話の件はもう少し考えなければいけないけれど。
 そんな事を考えながら路地裏を出た。
 夕方。大雨の東京池袋。雨で人通りは少ないものの、普段通りの交通量がある表通りへと足を踏み出す。

「……え?」

 そうだ。俺はエルの手を引いて、そういう場所に足を踏み出した筈だったのだ。

「どういう事だ……?」

 目の前に広がっている光景を目にした後、エルへと視線を向けた。エルは視界に映る光景に大きな違和感を感じている様な表情を浮かべている。
 俺もそうだ。抱いたのは違和感と危機感。

「人が……車も……なんで、一体何が起きて……」

 エルの手を握ったまま周囲を見渡す。
 そうして映る世界にはいる筈の人影。いる筈の乗用車。それら全て姿を消している。地方の田舎ならともかく東京池袋。それも夕方にこんな事が起きる筈がない。
 ……いや、違う。全てではない。
 全身を悪寒が走った。それは刻印から伝わってきた物などではなく、純粋に瀬戸栄治という人間がこの状況について抱いた感情の表れだ。
 この異常な状況を目にした違和感。
 そして……どうしようもない危機感。
 こういう事をできる可能性がある相手。
 こういう事をするだけの理由をもっていてもおかしくない相手。 
 そんな相手が一人。25メートル程先の視界に入っっている。

「天野宗也……」

 対策局最強の男が離れた場所に立っていた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...