人の身にして精霊王

山外大河

文字の大きさ
205 / 431
六章 君ガ為のカタストロフィ

18 answer

しおりを挟む
 精霊術を発動させて周囲の風を操作し、それを刀身へと集めて放出させる。
 まずは天野を剣から引き剥がす為に。

「……ッ」

 風が放出され始めた瞬間に天野は剣から手を離し、こちらの腹部に蹴りを叩き込んでくる。
 その勢いで弾き飛ばされ、二度アスファルトをバウンドした所で体制を立て直した。想定とは違うものの天野から離れる事には成功。そしてすぐさま叫びながら天野の元へと駈けだす。
 だけど感情の矛先は果たして天野の方を向いていたのだろうか?

 結局俺がやっている事は思考を天野を倒す事に反らす事だ。
 自分がやっている事がそういう事だと理解できる位には、纏まらなくなっていた思考が纏まり始めている。
 この短期間でだ。必死になって現実から逃げだしているのにすぐに追いつかれて突きつけてくる。
 だから、結局現実逃避なんてのは無駄な足掻きなんだと思う。
 接近して、何度か天野の拳と大剣を撃ち合わせた。
 だけどその短期間。その短期間だけで半ば無意識の内に答えは導き出されてしまった。
 だってそうだ。簡単なんだ。天野が投げかけてきたのはあまりに簡単な問いなんだ。
 それが簡単な物だから、目を背けた。必死になって考えないようにした。明確に自分が答えを得たと認識しないように必死だった。
 きっとどこかで出していた答えに気付いていないフリをしていたんだ。
 ここでエルを助ける事が正しいことなのか否か。

 そんな事は間違っているに決まっている。

 あまりに大袈裟な例えだが、きっとこの問いは一人を助けて世界を捨てるか、世界を救って一人を見殺しにするかという様な問いに近いのかもしれない。
 なんの解決策もないのにエルを助ければ、天野の言う通り関係のない人間を殺す事に繋がるかもしれないのだから。
 命の価値が平等なのかなんてことを聞かれればそれは俺の答えられる範疇にない程に高尚な話になるけれど、それでも一人の命と大勢の命を天秤にかけば、きっと重いのは大勢の命だ。
 例えエルが俺にとってどれだけ大切な存在であってもその事実は。その認識は俺の中では覆らない。
 だから逃げたんだ。そんな答えだから逃げようとしたんだ。
 エルと出会う前のかつての自分の様に。
 何もできやしないのに、それが正しいと思うからといって首を突っ込んでしまう自分が嫌いで。
 嫌いだから。苦痛だらけだから。目の前の光景から目を背けようと。現実から目を背けようと必死になった。
 そうしてきた時の様に逃げだそうとしたんだ。
 エルを自ら失わせるような答えから逃げだしたかったんだ。

 そしてその時と同じように、現実に追いつかれたんだ。

 そうする事は辛い事だけど、それが正しいと思う事だから動くんだ。動こうとするんだ。
 ああ、そうだ。エルを助ける事は間違っている。そんな事は考えたくないけれど、どうしようもなく間違っている。
 だからここでエルを見捨てて大勢の無関係な人間の命を守る事が正しい事なんだと。
 そう認識したから、剣を振るいながらもエルを天野に明け渡そうと心が促していた。

 だけど今回は。今回だけはそこで終わりだった。

 精霊加工工場を襲撃する直前に、エルと共に旅を続けるかエルから離れて工場に捕まっている精霊を助けるかと悩んでいた時の様な、自分の中でどちらも正しいと思っていたような事でもない。
 迷いようもない。迷わせてくれない。明確にただ一つの正しいと思う事が提示されているのに。
 後は否応無しにそこに突き進むしか脳がない。それが瀬戸栄治という人間の筈なのに。
 今も尚、こうして躊躇い立ち止っていた。
 損得勘定無しに背を押されながらも、それでも立ち止っていだ。

 正しいけれどエルを失う道と。
 どうしようもなく間違っているけれどエルを助けられるかもしれない道。
 その分岐路の前で立ち止れていたんだ。
 きっと初めて俺は立ち止れていたんだ。

 ……それはどうしてだろうと、そんな事を考えた。
 そしてそれを考え始めれば、何が正しいのかなんて問いよりも遥かに簡単にその答えは導き出せた。
 半殺しにされてでもエルを助けようとさせたあの強制力。俺の全てを埋め尽くす程に大きかった誇り。
 それに匹敵する程に、俺の中でエルの存在が大きくなっていたんだ。
 無茶をする俺に付いて来てくれて。
 本当に辛かった時に側にいてくれて。
 こんなどうしようもない奴を助けようとしてくれて。
 いつだって俺に手を差し伸べてくれて。

 そんな女の子の存在が、誇りで埋め尽くしていた俺の心に根付いていたんだ。

 引き剥がせない程に。深く依存してしまっている様に。
 エルという存在はどうしたって失えない程に、俺にとっては大きな存在になっていたんだ。
 だから俺は分岐路に立っている。どちらの道にもまだ歩みは進められる。
 かつて、エルを助ける為にシオンと動いた時にシオンから俺の発言に対してこんな言葉を向けられた。
 まるでエルを助ける事が間違ってると思ったら助けない様な、そんな口振りだと。
 そしてあの時俺はその言葉に頷いた。
 相手がどんな奴だろうと。自分とどういう関係性を築いていようと、躊躇いはしても決断するんだと。
 その場の俺はその現実を受け入れて、躊躇いに躊躇ってもその引き金を引くと。

 間違いない。それが瀬戸栄治という人間の本質だ。それこそが自分自身で、そうまでしてでも自分が正しいと思える事に手を伸ばせるのが俺の誇りなんだ。
 きっとシオンにそう語った瀬戸栄治なら、躊躇って躊躇って躊躇って。最終的には引き金を引いたのだろう。
 それが俺という人間だ。それでこそ俺という人間なんだ。

「……」

 だったらもう踏み躙ろう。
 そんな自分は踏みにじろう。
 自分の中の正しさを。
 これまで俺を突き動かしてきた誇りを。
 まだ確かに俺の中に根付いていた瀬戸栄治という人間を。無くなれば抜け殻になってしまう程に大きな瀬戸栄治という人間を構築するその核を。

 全て、全て踏み躙ろう。

 エルを救う。ただそれだけの為に。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...