人の身にして精霊王

山外大河

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六章 君ガ為のカタストロフィ

21 そして世界に弾かれる

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「なん……ッ!」

 発生した無数の鎖は一瞬の内にこちらに向かって伸びてきて、両手両足に絡みついてくる。
 拘束。こちらの動きを封じ込めに来た。
 周囲に大きな被害を与えず尚且つ効果的な先方。そして動きを止めたあとに続くのは同じく囲に被害を与えない攻撃。
 徒手空拳。天野は既に動き出していた。

『エイジさん!』

「大丈夫だ出てくるな! 俺が何とかする!」

 拘束されているのは俺でエルではない。だからエルが出れば自由に動けるがそんなのは自殺行為だ。鎖を切る僅かな時間でも潰される。それだけ戦力差がある。
 だから俺が何とかする。何とかしてみせる。
 俺は最大出力で周囲の風を走らせる。
 鎖に手は触れない。触れられない。両手がもうピクリとも動かない。それでもやってやる。
 特訓で強化した風の操作技術。それをここで見せるんだ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 周囲の風を刃とする。
 そして周囲の鎖。俺に絡みつくその全てを両断する。
 鳴り響く切断音。徐々に弱まる拘束。所要時間は一瞬とは言わずとも高速と言えるはずだ。少なくとも以前の俺が同じ事をやろうと思えば今よりも時間がかかっていた事は間違いない。
 そして……時間を掛けすぎた事もまた間違いない。
 全ての鎖を断ち切り自由の身になった。
 だけどその瞬間にはもう目の前には天野が居る。
 天野の拳が目の前にある。

「ぐあッ!?」

 顔面に拳を叩き込まれた。
 まるで鈍器で殴られた様な重い一撃。それは無防備な俺をアスファルトに叩き付け弾き飛ばすには十分な威力。
 それでもアスファルトを転がりながら無我夢中で風を操作し、体制を立て直しながら後方に低速で風の塊を放つ。そしてそれを無理矢理な体制で踏んで上空へと飛びあがる。
 一旦体制を整えたかった。少しでも距離を置いて反撃の糸口を掴みたかった。
 なのに……なんで。
 なんで天野が俺の頭上にいる?
 咄嗟に剣を振るって頭上の天野に剣を振るう。だが何かしらの手段で空中での推進力を得ていた天野は体を捻るように回避し、その流れでこちらを地上へと蹴り落とす。
 そして激痛と共にアスファルトへと叩き付けられた。
 その瞬間には次の攻撃が飛んできている。
 天野が上空からこちらに降ってくる。

「……くッ!」

 咄嗟に左手から最大出力で風を放出。体に推進力を与えて空から降ってきた天野の蹴りをかわす。

 だけどそれもその場しのぎだ。
 バランスを整え立ち上がる。まだ立てる。まだ戦える。
 だけど俺の力は通用しない。
 再び迫ってきた天野に向けて薙ぎ払う様に刀を振るう。

「……ッ!」

 だけど刃は空を切る。消えた。天野が視界から消えた。
 だけどすぐに居場所に気づく。気付いた所でもう遅い。
 体勢を低くした低空スマッシュ。それが顎に叩き込まれた。
 フィニッシュブロー。対人戦において勝負を決定付ける一撃。そう思わせる程鮮やかで強力で、こちらの脳を揺さぶってくる一撃。
 何か追加で魔術を使ったのかもしれない。明らかに今までの一撃とは威力が違った勝負を終わらせる一撃。
 体が宙を舞い、僅かな滞空時間を得たあと地面に落ちる。
 全身の体力を根こそぎ持っていかれた。それほど深く重い一撃。
 これで決めたつもりだったのだろう。少なくとも俺を殺す気は無さそうな天野からの追撃はない。
 だけどまだ立てる。

『エイジさん……エイジさん!』

 エルの心配してくれる叫びが聞こえる。守るべき存在はまだそこに居る。
 ……だから。まだ立てる。
 ああそうだ立てる。戦える。
 今までも酷い傷で戦ってきたんだ。
 そして何より……立つための気力は溢れ出てくる。
 まだ折れていない。折られてたまるか。
 俺はまだ……立てる。

「……今の一撃でもまだ立つか。願わくば倒れていて欲しかったものだが」

「……」

 倒れない。俺は倒れない。何度だって立ってみせる。たって立って立ち続けて、エルを守り続ける。
 ……その為に一体俺はどうすればいい。
 天野は力を制限している。それでも俺達の間に開いている差は大きい。
 天野はほぼ無傷。こちらは全身打撲。少なくとも両手足は無事だが、どこか折れている骨もあるかもしれない。
 例え諦めなくとも……勝つための道筋がまるで見えてこない。
 ……それでも、手繰り寄せろ。
 何でもいい。卑怯でもいい。ゴミクズみたいな手段だっていい。
 どうしようもないほと間違ってたっていい。
 何か探すんだ。手繰り寄せろ。勝つための手段を。勝利を……ッ!
 俺にまだ戦意がある事が分かってか、天野は再び構えを取る。そこから感じられる気迫はこちらを確実に倒すといったものを感じさせる。

 ……だけどそんな事は知るか。

 例え目の前が真っ暗でも。勝ち取る。何としてでもエルを守ってみせる。
 その為なら俺は何度だっって立ち上がってみせる。立ち向かってみせる。
 そんな思いで。そんな思いを込めて叫びを上げて、こちらも刀を構えて天野へ向けて走り出した。
 勝つために、勝つために、勝つために。
 目の前の化物染みた強さの最強の魔術師を打ち倒して前に進むために。
 立ち塞がった問題を薙ぎ払ってエルに笑ってもらう為に。
 だけど結局天野宗也という障害はあくまで今目の前に立ちふさがっている問題に過ぎない。
 結局本質的な問題は別の所にあって。今すぐにでも解決しなければならない問題は別にあって。それは現状いつ崩壊し始めてもおかしくない綱渡りの様な状態で。
 その崩壊がよりにもよって今であっても何らおかしくはなくて。
 前兆はエルが何かを堪えるように微かに声を上げた事だけだった。
 それだけ。ただそれだけ。俺の叫びに掻き消えたそんな言葉だけ。
 俺が声を上げて動きだした次の瞬間、契約の刻印から激痛が走った。

「……ッ!?」

 その痛みには既視感があった。
 精霊捕獲業者との戦いで、ナタリアによって力を封じ込められた俺がエルを剣化しようとした時、まるで何かに阻害されるように、激痛と共にエルの剣化が解除された事があった。
 あれは今にして思えば抑え込まれた俺の力と通常通りのエルの力。その二つの力が噛み合わなかったが故に起きた現象だったのだと思う。

 そして今の俺とエルの事。
 あの時とは違う。天野の攻撃を何度も喰らってはいるが、精霊術の出力が落ちたという事は無い。俺はいたって普段通りの状態を維持できている。
 だとすれば問題が起きているのはエルの方。
 そして急激に力の出力が落ちる。俺自身に何かが起きたわけでは無い。エルの剣化が強制的に解除された。それ故の出力低下。
 そして背後に感じるのは、禍々しい雰囲気。

 俺は半ば反射的にその方向へと振りかえる。
 そして振り帰った先に見えた光景に対して思わず考えた。
 なんでこんな事になるんだって。
 それは考えていた筈だ。いずれはこうなる可能性も考えていた筈だ。
 それでもこれはないだろって。こんなのってないだろって。
 ただでさえどうしようもない状況で、何で今なんだって。
 まるで誰から出もない。世界という概念が精霊を幸せな道から弾きだそうとしているんじゃないかって思う程にあんまりな展開で……エルは姿を現した。
 禍々しい雰囲気を纏った精霊がそこにいた。
 そしてそんな状態のエルは刀から戻り飛び出していた空中で風を噴出させて、そして放つ。

 最大限の威力を込めて、俺に目掛けて回し蹴りを。
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