人の身にして精霊王

山外大河

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六章 君ガ為のカタストロフィ

22 チェックメイト

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「……ッ!?」

 躱す暇はなかった。防ぐ暇はなかった。
 何よりそうするだけの心理的余裕がなかった。

「うぐ……!?」

 そしてエルの蹴りが側頭部に叩き込まれた。
 その衝撃で一瞬意識が飛びかけ、それでもまだ辛うじて意識を留めたまま地面をバウンドしてビルの壁に叩き付けられ弾かれる。
 そして弾かれた俺のこめかみを、気が付けば目の前に接近していたエルの右手に掴まれ、勢いよくビルに叩き付け
てきた。

「ガ……ァ……」

 頭が割れるかと思う程の衝撃。明らかに俺の出力を上回る力で抑え込みに掛かってくる。
 それはまるで獲物を狩る為に。

「……ッ!」

 エルの左手の近くで何かが形成されていた。
 風でできた武器。俺が作る風の塊のような単純なものではない。明確な殺傷能力を秘めている事が分かる……例えるならば風の槍。
 それが次の瞬間にはなんの躊躇もなく俺目がけて放たれた。
 躱しようがなく、防ぎようのない攻撃。
 そして俺はエルに対してなにも出来ない。出来やしない。
 思わず目を瞑る事しかできやしない。
 俺にできる事は、そんな事だけだった。
 だけど目の前に突如展開された結界が激しい衝突音と共にその風の槍を防ぎ切った。
 その衝突音に目を見開く。
 風の槍を食い止めていた結界は俺が展開させた物でもなければ、当然ながらエルの張った物でもない。
 だとすればこの状況で誰がそれを張ったのかという事は明白だった。
 俺の視界の先で急に禍々しい雰囲気を消し去り素に戻っていたエルに。目を見開き、とにかく俺から手を離そうと力を緩めたエルに殴りかかる男。
 天野宗也。彼が俺を結界で守り……そしてエルを殴り飛ばして俺から引き離していた。

「……ッ」

 そしてそれを認識した瞬間、何も考えられなかった自分がいた。
 ただ体を動かして、目の前にいた天野に殴りかかっている自分がいた。
 エルを殴った。エルが殴られた。
 それだけで目の前の男に対して怒りしか沸いてこなかった。
 そしてきっと初めて俺は怒りに身も心も任せて誰かに拳を振るった。
 だけどそんな怒りに身を任せた拳ですら。不意打ちと言って等しい拳ですら天野は片手で受け止める。

「今の様な事があっても俺は悪者か。俺は今お前を助けたつもりだったのだがな」

「……ッ! 黙れええええええええええええええええええええええッ!」

 叫びながら左手に風の塊を形成。それを天野に向かって打ち放つ。
 だけどそれは天野が瞬時に張った小型の結界に阻まれる。その結界は俺の一撃でひび割れただけで天野には衝撃一つも届いていない。
 それところかこちらの攻撃に一応の防御を行った以外は碌に反応を見せない。
 天野は諭す様にエルの事を俺に言うだけだ。
 視界の先で立ち上がり、再びこちらに戦意を向けるエルの事を口にするだけだ。

「現実を見ろ瀬戸栄治。見ろ、アイツはまたこちらを攻撃してくるぞ。親しい仲である筈のお前が此処にいるのにな」

 次の瞬間、その言葉が現実になったかの様にエルの周囲に風の槍が展開され、こちらに向けて射出される。
 エルを大剣や刀にしていた時と比べれば劣るが、それでも今の俺の出力を遥かに上回っている速度と威力の一撃。
 それを天野は正面に展開した結界で全て防ぎきる。
 そして防ぎ切った上で一つの事実を口にした。

「いや、お前もではないな。軌道を見るに明確にお前が狙われていたように思えたが……それでも折れてはくれないか?」

「……」

 確かにその通りだ。
 俺でも理解できた。今の攻撃。風の槍の全てが無差別ではなく明らかに俺に向けて放たれていた。
 先の蹴りは俺が近くにいたからという事で説明が付くだろうが、今のは明確に狙われた一撃だ。
 そう、理解した。理解しただけだ。それ以上の何かは無い。

「……それがどうした」

 理由なんて分からない。
 それが好意的に捕えていい事なのか悲観的に捉えるべき事なのか、それすらも分からない。
 だけど一つだけ揺るがない事がある。
 エルが隣りにいてほしい存在である事だけは変わらない。
 それが揺るがなければ、後はどうだっていい。些細な事なんてどうでもいいんだ。
 それだけあれば俺はエルの味方でいられる。
 俺を守ってくれた人間にだって拳を振るえる。

「それがどうしたあああああああああああああッ!」

 だから拳を振るった。
 自由な左拳を握り絞め全力で。
 ……だが到達前に掴まれていた右手を引かれ、そのまま後方に放り投げられる。

「……ッ!?」

 だが放り投げられただけだ。投げ飛ばされたわけじゃない。推進力は弱く風を駆使すればいくらでも軌道修正できる。
 だがそうしようとした時には俺の目の前に既に数枚の呪符が舞っていた。

「残念だ。お前が折れてくれていればもう少し気楽にやれたのだがな」

 その言葉と共に一枚の呪符から放たれたのは衝撃派。

「ぐ……ッ!」

 衝撃波により空中から叩き落され、地面に叩き付けられる。
 それは意識が飛びかける程の衝撃。だけど今もまた、途切れる事無く意識は此処にある。だったらまだ戦える。まだなんとか立てる。
 だから激痛を堪えながら俺は立ち上がろうとした。
 だけど結局、空中に飛ばされ、衝撃破で叩き付けられ、なんとか立ち上がろうとする。それだけの時間を稼がれた。
 例えばの話、天野宗也が今の俺を本気で殺しにかかったら果たしてそうするまでにどれだけの時間を有するだろうか。
 俺の体は。俺が使うエルの精霊術の肉体強化の最大の特徴は耐久力だ。だからそう簡単には殺されないだろう。
 だけど殺す為の状況を決定付けさせる一撃を喰らわされるにはそう時間はかからない筈だ。
 つまりは……それが答えだ。
 ほんの僅かな時間だったんだ。
 その僅かな時間で、俺の視界に映る世界は一変していた。
 視界の先でエルに向かって動き出そうとする天野がいた。
 そしてその先にはもう既に血塗れで倒れているエルがいた。
 エルが……今まさに死にかけていたんだ。

「……めろ」

 だから天野の動きは。攻撃は追撃だ。

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 エルにとどめを刺す為の最後の攻撃だ。
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