人の身にして精霊王

山外大河

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六章 君ガ為のカタストロフィ

44 イルミナティ Ⅴ

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「あ、あんな無茶苦茶な奴らが正しいとかふざけんなよ! そんな馬鹿な事あってたまるか!」

「我々もそう思いたいさ……だけど事実だ。誠に遺憾ではあるがね」

 男は一拍空けてから言う。

「異世界にエネミーは出現していないだろう? そしてこの世界には出現する。両世界にある違いが精霊絡みの感情である事を考えれば、その事実は一つの答えだよ」

「待て……そんな程度の事でそう決めつけてんのか?」

 思わずそう反論した。

「この世界の人間と向こうの世界の人間じゃ精霊絡みの事以外にも違う事はある。例えば……あの世界の人間は少なくともこの世界の人間よりも優しいんだ。悪人もいるが基本的には善性の塊だ。精霊の事を除けばまともな連中なんだよ」

 異世界の人間を擁護する事はあまり気が進まない。
 だけど死にかけた俺をエルドさんは救ってくれて、あの人達からみればキチガイにしか見えなかったであろう俺をルキウスも含めて最後まで説得しようとしてくれた。
 シオンだってエルを助けるのに協力してくれたし、アルダリアスを出てからの一か月間も俺は悪い人とは出会わなかった。あり得ない程に人との巡り合わせが強かった。
 だから……この世界と違うのは精霊という存在の捉え方だけじゃない。

「お前の言っている事は本当に正しいのか?」

 そこまで違っていたから。男の主張を否定するには十分な材料だった。
 そして俺に続くように誠一は続ける。

「そもそもだ。この世界の人間が失敗作だってのも、あくまでこの世界にエネミーという存在が現れた事に対するお前らの憶測にすぎないんじゃないか? 本当はもっと違う所に原因がある可能性は? お前らが根本的に間違っている可能性は? それがないと否定できるか?」

「できるさ」

 だが男は二つ返事でそう答えた。

「確かにそうした他の可能性も当時の人間は考えていた。だがそれだと向こうの世界にエネミーが出現していない事の説明が付かない」

「どういう事だ?」

「別にこちらの世界のエネミーも出現した当初からいきなり殲滅できない程の大規模な勢力を持っていたわけでは無い。あくまで段階を踏んだうえで、最終的にそういう術式を世界に張り巡らさざるをえなくなる状況へと追い込まれた。そうなってくれば……例えば人間の悪性が全ての原因だとすれば、異世界にもエネミーは小規模ながら出現している筈だ。キミも見てきたんだろう。こちらよりも小規模かもしれないが、向こうの人間の全てが善人という訳では無いだろう」

「……確かにそうだけど、だからって――」

「それにもう一つ、決定的な証拠がある」

 何か反論しようとした所で男はこちらの言葉に被せてくるようにもう一つの証拠を提示する。

「精霊は世界から生まれる存在だ。そして精霊はエネミーとは違い、人間と意思疎通のできる存在。言わば世界の意思を伝えるメッセンジャーになり得るわけだ」

 そして男は一拍空けてから俺達に答えを告げる。

「ある時以降、この世界に生まれてくる精霊は、自身が人間に使われる資源だという認識を持ってこの世界に現れたそうだ」

「なんだよそれ……」

「当然当の本人たちはそういう認識があっても認めはしなかっただろうがね。だけどそれでも突然そういう認識を持つ精霊が現れた事はもはや確定的な答えだと言ってもいいだろう。そうした過去より遥かに時間が経過した現代において、エルという精霊は、そういう扱いを受けている事を最初から知っていても、自分が資源だという認識は持っていなかった。他の精霊も同様だとすれば、それがより人間へのメッセージであった事が伺える。向こうの世界の人間には今更伝える必要もないだろうからな」

 そして、と男は続ける。

「それからまもなくして、とても抑えられない程のエネミーがこの世界に出現するようになった。おそらく精霊にそうした認識を持たせた事が最終通告のつもりだったのだろう。世界の意思が人間に与えたつもりでいる、真っ当な人間になるための最後のチャンスだった訳だ。それを拒んだ結果が今のこの世界。精霊と人間で何度も話し合って、妥協に妥協を重ねた上で辿り着いた精霊の犠牲の上に成り立つ世界だ」

 だから、と男は言う。

「エネミーが出現しない様な正しい人間になるという事は、キミ達が救いたい精霊を虐げる人間になるという事だ。そんな選択は絶対に選んではならない……選ばせやしない」

「……」

 ……そんな馬鹿な話があるか。
 世界がどういう意図で精霊を生み出そうとそれは勝手だ。もう好きにしろよ。
 だけどそんな自分勝手な正しさにどうして俺達は……エル達精霊は振り回されなきゃいけない。
 それはきっと俺が言える事では無くて、まるで同族嫌悪の様にも感じられて……自分自身の首を絞め続ける様な、もう既に倒れて起き上がらないかつての自分の頭部を蹴り上げるような事だけれど、それでも自分勝手でも、そんな言葉を世界の意思という奴にぶつけたくて仕方がなかった。
 だけど多分そういう事を口にしたとしても変わる事は何もなくて、今の状況をとにかく乗り切る事だけを考えなければいけなくて。だから俺は男に問いかけた。

「だったら……一体どうやってエルを救えばいい」

 エネミーと戦う道も駄目で、人間が世界に適応する事もできないのなら。
 そんなまともな道が閉ざされてしまっているのなら。
 一体はどうしてコイツは俺達の目の前に現れた。

「お前はエルを救いたいって言ったな? お前は俺達に力を貸させてくれって言ったよな? だったらあんだろ。エルを救う方法が他にもあるんだろ? その為に俺達の前に現れたんだろ?」

 コイツらの話が全て本当なのだとすれば、コイツらもまた精霊を殺めながらも精霊を救う側の人間なのだとすれば……エルを救いたいというあの言葉も。協力したいという言葉も本物の筈だ。
 それが本物なのだとすれば、リスクを犯してでも俺達に伝えなくてはならない何かがある筈なんだ。
 それがエルを救うための鍵になる筈なんだ。
 だから、まだ怒りの感情は収まらなくて、それでも不可抗力で精霊を殺めているという考えてみれば対策局と似たような立ち位置に立つ様な存在に、どんな感情を向ければいいのか分からなくなりながらも、それでもその何かに縋るように。

「頼む、一体俺はどうすればエルを救える。教えてくれ」

 ……下げるべきかも分からない相手に頭を下げた。

「……情緒不安定だなキミは。殺意を向けたり頭を下げたりと実に忙しい」

 男はそう言って苦笑するが、それでも男はこういった。

「頭を上げろ。それは自然と我々が精霊を苦しめる悪の組織の様な物では無いとどこかで認識し始めてくれた表れなのかもしれないが、実際問題我々が精霊を死に追いやっているのは変わりない。故に暴走した精霊によって被害を被った人間。そして亡くなった精霊。そして精霊を失い、今も失いかけているキミ。そういう人間には殺意を向けられて当然だし、向けられなければならないとも思うよ」

 故に、と男は言う。

「キミが下手に出る必要なんてどこにもないんだ。流石に殴られて大怪我を負うのは勘弁だから自己防衛位はさせてもらうが」

 そこまで、そうして下手に出るような事を言った男は、ゴホンと軽く咳払いをした後、改めて俺達に言う。

「さて、ではどうやってあの精霊を救うかという話だな」

「あるんだろ!?」

「あるとも。無ければ我々は大人しく傍観していたさ。それでだ瀬戸君。キミに一つ確認しておきたい事がある」

「確認?」

「ああ、確認だ。これを聞いておかなければ無責任にこの策をキミに授けるわけにはいかないからね」

 そして男は一拍空けてから俺に問う。

「キミはあの精霊の為に全てを捨てて戦える覚悟はあるかね」

「当たり前だ」

 即答だった。そこに悩むべき何かは無くて。
 寧ろもう捨ててしまった後なわけで。今更何も躊躇う事なんてない。

「そうか。そこまで強く言えるのならキミにこの策を授け、できうる限りの協力をさせてもらおう」

 そして男はエルを救うための方法を口にする。
 それはもしかすると俺達だけでも辿りつけたかもしれない方法で。だけど男の言う通り、文字通り全てを捨てる覚悟でもなければ選べない選択で。
 おそらく他にも手段があるのなら、選ぶべきではない茨道。

「あの精霊を連れて、もう一度異世界へと渡るんだ」

 再び死地へと足を踏み入れる修羅の道。
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