人の身にして精霊王

山外大河

文字の大きさ
281 / 431
六章 君ガ為のカタストロフィ

ex 世界改革の狼煙

しおりを挟む
(……どうなった。今、どうなってる)

 対策局の医務室で、土御門誠一は棚に置かれた電子時計に視線を向けながら不安を募らせた。
 エルに保証された時間はとっくの前に過ぎている。そして現時刻がイルミナティの男が提示した異世界へ渡るための精霊術が使える様になる時間だ。

(……今の所なんの報告もねえけど、まさか俺達の知らない所でもうとっくの前に終わってるなんて事はねえよな?)

 今、医務室の中に居るのは誠一と茜だけだ。
 怪我で動けない誠一は勿論、今の茜も情報を仕入れる事が難しい。
 そして誠一達にとって最悪の自体が発生した場合、その情報が果たして本当に自分達に届けられるのかどうかも分からない。

「……大丈夫だよ誠一君」

 そんな中で茜は不安そうな表情で、誠一を落ち着かせるように言った。

「大丈夫」

「そう……だな。きっと大丈夫だ」

 茜の言葉も誠一の言葉も、自身の不安を和らげるための自己暗示の様な物でしかないのかもしれない。
 そしてそんな自己暗示を掛けている最中に、医務室の扉がノックされた。

(……なんか報告か!?)

 自分達の求めている答えがそこにある気がして、誠一も茜も扉の方に視線を向ける。

「どうぞ、入ってください」

 誠一が扉の向こうの人間にそう言うと、扉はゆっくりと開かれた。

「邪魔するよ」

 入ってきたのは……荒川圭吾。
 その登場は答えが出た事を確信させる物だった。
 目が覚めてから今までの間に、既にこちらの事情を探る為に事情聴取を対策局の魔術師からこの場で受けている。それなりの時間話して当然何も出る事がなかったわけだが、だからと言ってこんなに早く二度目が来るかという事。そしてその人員として局長職の人間が来る確率が低いであろう事。それらが荒川圭吾が栄治とエルの情報を持っていると確信させてくる。
 もっともその報告に荒川が来る事も違和感はあるのだけれど、それでも。

「どうかしましたか?」

 故にそんな尋ね方をしていても答えは分かりきってしまっている。
 医務室に緊張が走った。

「キミ達に報告があって来た」

 そう言う荒川の表情はどこか優しい物に思えた。

「アイツらの事ですか」

「察しがいいな。その通りだ。今回の一件に決着がついた」

「……ッ」

「報告は各班の魔術師や職員に回る手筈になっているが、キミらには直接伝えておこうと思ってね。何せ今回の中心人物はキミ達だ。故に見舞いがてら出向いたという訳だ」

「……それで、アイツらは」

 恐る恐る催促すると、一拍明けてから荒川は言う。

「大丈夫だ。彼らは異世界へと向かったよ」

「……ほ、ほんと? 荒川さん!」

 茜の言葉に荒川は頷く。

「八月上旬に瀬戸栄治君が異世界へと転移した時に観測された精霊術の反応と同じ物を、今回山形県で探知した。かなり危険な状態だった様だがな、無事彼は勝利を勝ち取ったらしい」

「……っしゃあ……ッ!」

 小さく掻き消えそうな声で、誠一はそう口にする。

「良かった! エルちゃんも瀬戸君も無事だよ誠一君!」

 そう言って茜が抱き付いてくる。

「いででででででででッ! 茜ストップ! 嬉しいのは分かるけど色んな意味でストップ!」

「え? あ……ごめん、誠一君。痛くなかった?」

「いや、俺無茶苦茶痛い痛い言ってたよね?」

 申し訳ないのと同時に、なんか普段やらない恥ずかしい事をしていた事に気付いたらしく顔が赤い茜に、とりあえずそうツッコんどく。
 そしてそれから一呼吸置いた後、誠一は呟く。

「そうか。アイツら無事に異世界行けたか」

「ああ。とはいえこれで安心という訳にもいかないがな」

 荒川は近くの椅子に腰かけながら言う。

「彼らは今回奇跡的な成功により異世界へと向かった。だが彼らの置かれる状況が酷い物だという事はキミ達の方が私よりも理解していると思う」

「……はい」

 異世界人に対する精霊への扱い。瀬戸栄治の異世界での立場。味方がおらず孤立無援。
 不安要素で役満が成立する程に、彼らの状況は酷い物だ。

「だからキミも早く怪我を治して協力してくれ。彼らが返ってこれる場所を作る為に」

「……はい!」

 荒川圭吾を始めとする対策局の人間はイルミナティの存在を知らない。

 だが精霊を暴走させる魔術がこの世界に張り巡らされているという事は把握している。
 その真相を知った後、対策局がどういう立ち位置で立ち回るのかは分からないけれど、少なくとも現時点では自分達も、荒川圭吾を始めとする対策局の人間も、考えることは同じの様だ。
 精霊が暴走する。その諸悪の根源を叩き潰す。

(……だけどどうする)

 諸悪の根源がイルミナティの人間かと言われれば、それは違う。
 彼らの話が本当なら、寧ろ彼らはこちら側の人間。
 諸悪の根源はこの世界の意思その物だ。

「……」

 その事実を伝える術を土御門誠一も宮村茜も持ち合わせていない。
 その事を告げようとすれば、イルミナティの男に掛けられた魔術で言葉が出なくなる。そしてその術を解除する事は難しいと魔術のスペシャリストである茜が言っていた。
 ……つまりは対策局の人間の力で。いや、各国の対精霊機関の総力をあげてイルミナティを捜索しなければならない訳だ。

(……できるのか、そんな事)

 五番隊の人間がそういう魔術が展開されている所までは掴んだが、そこから先はきっと更に厳重だ。実際探索のプロフェッショナルである五番隊の日向真や、対策局最強の魔術師である天野宗也がその片鱗も掴めていないのだから、ここから先の捜索は相当難航するだろう。

(……せめて俺達が情報を流せれば)

 そう考えた時だった。

「じゃあ今動ける私は早速協力しちゃおうかな」

 茜が不意にそんな事を言いだした。

「ああ、よろしく頼む。もう彼らはこの世界に居ないのだから、キミ達を謹慎から解いてもなんの問題もあるまい。だからキミには相手方の魔術師の情報を探る任を――」

 茜はその言葉に首を振った。
 そして誠一の方に視線を向け、右手を側頭部に当てながら彼に言う。

「ごめん、誠一君。私嘘付いてた」

「……え?」

 次の瞬間だった。

「……ッ」

 茜の頭部から破砕音の様な物が聞こえた。
 それはまるで張り巡らされた魔術を破壊した様な。

「茜、お前それどういう――」

「私がこれを破壊できるって向こうにバレたらどう出てくるか分かんないじゃん。そしたらもうエルちゃんを助ける為に動いてくれなくなるかもしれない。だったら今はあの男の掌で踊らされてるフリしたほうがいいかなって。でも、もうその必要も無くなっちゃったからさ」

「……なるほど、そういう事か」

 壊す事も。壊せることを話す事もどういう形で向こうにバレるか分からない。だからそれを茜は誠一にも隠した。嘘を付いた。
 そしてそれが嘘だったと認識するのはとても簡単な事だ。
 今まで口にできなかったその魔術の事を話せているという点もあるけれど、それ以上の理由が一つ。
 茜ならその位やってくれるだろうという信頼。
 故にそれが嘘だと本人が言えば、もうそれは嘘だ。
 茜は今、紛れもなくイルミナティ相手の戦いを始めた。

「じゃあとりあえず誠一君も」

「ああ、頼むわ」

 そう言って誠一の頭部に手が添えられ、そして聞こえる破砕音。
 その光景を見ていた、一人取り残された荒川は困惑するように二人に問う。

「ちょっと待て。キミ達一体何を――」

「実は俺達、その精霊を暴走させてる魔術師と顔合わせてきたんですよ」

 問題なく出て来た言葉で、誠一は始める。
 今自分にできる戦いを。

「なんだと!? それは一体――」

「その話を今からしようと思うんですが、よろしいですか?」

 難易度は分からないけれど、荒川圭吾を。対策局の人間を納得させる。
 少なくともこういう事は茜よりも得意だ。だとすればこれは誠一の戦い。

(……死ぬなよ、栄治。こっちも頑張っからよ!)

 異世界へと渡った親友に心中でそう告げて。
 この日、世界改革の狼煙が上がった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...