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六章 君ガ為のカタストロフィ
ex 英断と暴走の果てに
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「まったく、一時はどうなる事かと思ったが……無事終わってくれて良かった」
「そうね。あの精霊が暴走した時は流石に諦めかけたわ。それに……対策局の人達も普通に動いていたみたいだし。あの状況でよくうまくいったわね」
「どうやら対策局も一筋縄ではないらしい。あの状況で討伐を目的に動いていれば完遂は容易だっただろうからな……っときたきた」
自分達以外には聞こえない会話を交わしていると、テーブルに料理が運ばれた。
瀬戸英治とエルが異世界へと向かった直後、イルミナティ日本支部実働部隊隊長の倉橋伊月は部下の蒼井優希と共に山形県内の定食屋にて昼食を取っていた。
警察組織を押さえる事を初めとして、裏方に徹するために山形入りしていた彼らだったが、後は細かな事後処理を残す程度という段階にまで事は進んでいた。
それは特別急ぐようなことでは無いし、タイミングを見計らう必要もある。故に時刻的にもとりあえず昼食を取りに来たわけだ。
「凄い食べるわね」
「経費で落ちるからな。こんな時に食えるだけ食べなければいつ食べる。いつぶりだろうか。ラーメンを大盛りにした上にチャーハンと餃子までつけれるなんて」
「あなた普段どれだけ質素な生活送ってるのよ」
「家庭菜園のかいわれ大根の収穫を待ち望んでいる位には。それにしてもお前は少ないな。ラーメン一杯とは。ライスとかいらないのか?」
「これでも食べ過ぎな位なのだけれど……」
「金の事は気にするな。経費で落ちる」
「……誰もお金の心配なんてしてないのだけれど」
「ほう。さては太ることを気にしてるな?」
「殴るわよ」
「やれるものならやってみたまえ」
「食事中に暴れないわ。行儀が悪いから。……夜道に気を付けなさい」
「えぇ……そんな念入りな奇襲を受けるほど酷い事を言ったかね」
「あなたがやれるものならやってみろって言ったんじゃない。包丁片手に待ってるわ」
「怖いわ! 夜道に黒髪長髪の美人が包丁もって立っているとかホラーでしかないぞ! というか包丁ってもはや殴るって話ではなくなっている!」
「……美人。そっか美人か……」
「ん? どうした蒼井?」
「いえ、なにも」
そう言ってから蒼井はラーメンを啜る。
そこから少しだけ間が空いた後、倉橋は呟いた。
「……しかし我々もまだまだだな」
「私達は私達で、やれることを十分にやったと思うのだけれど。もしかしてあの子達を異世界に送り出す選択をさせたこと、後悔してる?」
「それは常にしているさ。罪のない精霊を虐げ続ける。その行為に後悔しなくなるような人間にはなりくない」
「優しいのね」
「キミもだろう……だから、そういう事ではない」
そして倉橋は一拍空けてから言う。
「まだ我々も、精霊に関して知らないことが多い。知るべき事が沢山ある。そう思ってな」
「あの場に現れた精霊の事?」
「ああ。一ヶ月前に既に亡くなっていた筈の精霊の事だ」
以前対策局に潜入している人間に流させた情報を思い返す。
瀬戸英治が異世界から連れ帰ってきた精霊の一人。ナタリア。
彼女は暴走状態から瀬戸英治との契約で自我を取り戻すも、後に多重契約により死の縁に立たされた契約者を救うために、自ら命を絶った。
今回観測された精霊反応は、その彼女と同じ物。
つまりは間違いなく亡くなってしまっている精霊が瀬戸英治を救った事になる。
「彼女は一体なんだったのだろうか。過去に死んだ精霊が再出現した事などなかった筈だ」
「だけど同じように、観測を始めてから人間と契約を結んだ精霊も、エルとナタリアの二人しかいない。だから私達が知らないだけで人間と契約を結んだ精霊は他の精霊と違ってああいう事になるものなのかもしれないわ」
もしくは、と蒼井は言う。
「彼女は自我があるまま死んでいった。だから未練のような感情が残っていてもおかしくはないんじゃないかしら」
「そしてその未練が彼女を亡霊としてこの世界へ止まらせた……か。本当に彼女達は人間と変わらないな」
「ええ。できればそうであってほしいわね。でも、もしかしたら……」
そこまで言った所で蒼井は言葉を詰まらせる。
「どうした」
倉橋の催促に、蒼井は言いにくそうに答える。
「……精霊は人間に利用される為に生まれてくる資源。それがこの世界の意思で、彼女達の存在理由よね」
「認めたくはないがな……それで、それがどうした」
「この世界の意志が精霊との契約を……信頼関係を物を使う側と物として使われる側という風に捉えていたら。あのナタリアって精霊は物として使われる為に――」
「それ以上は言うな」
荒川が諭すように蒼井の言葉を止める。
「そこから先は彼女への冒涜だ。あの精霊が現れたのは彼女自身の意思だよ」
「……」
「彼女の意思なんだ」
「……そうね」
「冷めるぞ。早く食べよう」
そう言ってからしばらくは静寂が二人の間を包んだ。
事の真偽は分からない。だが彼女達の生まれた経緯や存在意義を考えると、自分達が嫌悪する可能性が合致している可能性の方が高く思える。
そこに彼女の意思などなく。利用する者とされる者との契約に従い、全ては世界の意思に無意識化で振り回された結果。その方がオカルト的な考えよりも遥かに現実的だ。
それでも……そんな事があってたまるかと思う。
もしもそれが本当だとすれば、本当にどうしようもなくこの世界の意思はいかれている。
そして……情けなくも思う。
そんなどうしようもない思想に自分達は抗えない。ただその時を待つしかなくて、そしてその時を待つとしてその時など来るのかどうかも分からない。
……ある程度事情を知っていながら多くの悲劇から目を背ける。
そんな現状を送っているのが悔しくて仕方がなかった。
(……だが、今はこうするしかない。まだ耐える時なんだ)
それに抗うという事は。立ち向かうという事は二十八パーセントで人類を滅ぼす様な選択肢だ。
その不安要素を全てが掻き消す事ができるまでは動けない。
それまでは目を背け続けるしかないのだ。
そして食事の時位、目を背けている事実から目を背けなければやがておかしくなる。だから無理矢理思考を反らす様に、食事に集中する事にした。
蒼井もそうなのだろう。そこから無理に精霊の話題を出してくる事はなかった。
そうして食事を進めていたその時だ。
「は……ッ。いや、ちょっと待て」
倉橋が思い出したようにそう言って箸を止める。
「どうかしたの?」
「あ、いや……まあな」
一度それが脳裏に浮かんでしまうともう離れていかない。
倉橋の思考が不安に押し潰される。
そしてその不安を少しでも逃がすように、倉橋は呟く。
「……ガスの元栓絞めたっけ?」
「……はぁ」
蒼井が呆れたようにため息を付く。
「何かと思えばそんな事。てっきり精霊絡みで何かあったのかと思ったじゃない」
「そんな事とはなんだそんな事とは! 気を付けないと火事になるかもしれないだろうが!」
山形入りする前に一旦自宅に荷物を取りに行ったのだが、その時ガスの元栓を閉めたかどうかが定かではない。
そんな事と言われればそれまでかもしれないが、それでも気になり出したら止まらない。
「そんな防災意識で大丈夫か? 火災保険とかちゃんとしてるか?」
「……なに? あなた本業保険の営業かなにかだったっけ?」
「いや、売ってるこっちも何だかよく分からないプロペラ売ってる」
「……何だか分からない物商材によく営業できるわね……」
まあとにかく、と蒼井は言う。
「……大丈夫じゃないかしら」
「何故そう言える」
「女のカンよ」
「……」
全くもって当てにならない。
(……いや、本当にどうだったかな? 全く記憶にないぞ? んんん?)
とりあえず餃子を食べながら頭を抱えた瞬間だった。
(いやちょっと待て……ッ!?)
倉橋は何かを感じ取ったようにハッとした表情を浮かべる。
「まだ気になってるの? 大丈夫よこういう時は大体閉めてるか」
「……れた」
「え?」
「宮村茜に掛けていた枷が……破られた」
「大丈夫よ。あなたの魔術はそう簡単には破れない。たとえ相手が天才でもね。女のカンだけど」
「……」
「……」
「……」
「……ちょっと待って本当の話?」
「……たった今、土御門誠一に掛けた物も破られた」
やや挙動不審気味になりながら倉橋はそう答えた。
「な、なんでそんな事になったの!?」
「普通に破られた……つまり彼女は我々が思っていたよりずっと天才だったという事だ……はは、この炒飯うまいなぁ」
そう言いながら半ば放心気味に倉橋、炒飯をご満悦。
だが次の瞬間テーブルが勢いよく叩かれ、その音で無理矢理現実へと引き戻される。
そしてその音と共に立ち上がった蒼井が鋭い視線と共に倉橋に言う。
「現実逃避してる場合じゃないでしょ! 一番しっかりしないといけない人がそんなんでどうするの!」
「……」
「指示を出しなさい」
「……こんなポンコツの指示をまだ聞く気があるのかね」
倉橋は自虐気味に言う。
「瀬戸栄治達との接触も失敗し、そして今まさに取り返しの付かない失敗をした。私の指示で正解を導き出せる可能性は限りなく低いと思うが」
その言葉に蒼井は軽くため息を付いてから言う。
「低くたっていいわ」
「……」
「知ってるわよね。実働部隊なんてのは殆どただの慈善事業でしかない。不満があればいつだってただの有象無象のイルミナティに戻れるの。実際どこの国も人の入れ替わりが激しいらしいわ。どれだけ有能なリーダーが率いていたとしてもね」
「……」
「それで、抜けた所も多くてやる事が雑でビビリで挙動不審なあなたがリーダーになってから、実働部隊からいなくなった人は多かったかしら?」
「……いや、あまりいないな」
「皆あなたの思想や人柄に付いていってる。あなたの指示に文句を言う人はいても強く非難する人は上層部を含めて殆どいないわ。皆があなたを支えて動いている。そのつもりで皆あなたに従っている。でなければ今回の作戦は誰も賛同しなかったわ……こんな日本支部の暴走としか言いようがない作戦をね」
今回の作戦。まだ助けられる精霊を助ける為の作戦。
本来であればこういう作戦を実行するには各国のイルミナティの代表と話を付けなければならない。しかしこのリスクだらけの作戦を各国の代表と話を付けようと思えばそれは一晩で終わるわけがない。一晩では全員とコンタクトを取る事すら危うい。しかし時間も掛けられない。
故にこの作戦はイルミナティ日本支部上層部である元老院にしか話を通していない。
日本支部以外のイルミナティはこんな作戦の存在すらも知らない訳だ。
つまりは暴走だ。
倉橋伊月が地べたに頭を擦りつけてまで説得した末に始まったイルミナティ日本支部の破滅的な暴走だ。
「……分かった」
倉橋伊月はこういった立場に立つ自分を役不足だと認識している。
実際実働部隊の隊長として動き始めてからも失敗は多かった。思う様に事を進められない事も多々あった。だから不思議だったのだ。
こんな明らかに人の上に立つ事に向いていない人間が、どうしていつまでも下ろされずにこの立場でいられるのか。
それが自分の部下からも、あろうことか必死の説得の末にこの作戦を認可してくれた上層部からも支持されていたた結果なのだとすれば。今もまだ支持されているのだとすれば。
「蒼井は実働部隊の人間に連絡を回せ。私は元老院と話を付ける」
「分かったわ」
その支持に答えなければならない。
自らの思想に巻き込んだ仲間を守り通さなければならない。
「もしもし、倉橋です」
そしてこの日、一つの戦いの末に精霊の命が救われたその後に。また一つ戦いが始まった。
対策局を始めとする対精霊組織とイルミナティとの戦いが。
そしてこの世界そのものとの戦いが。
倉橋伊月の精霊を救う為の暴走により開幕する。
「そうね。あの精霊が暴走した時は流石に諦めかけたわ。それに……対策局の人達も普通に動いていたみたいだし。あの状況でよくうまくいったわね」
「どうやら対策局も一筋縄ではないらしい。あの状況で討伐を目的に動いていれば完遂は容易だっただろうからな……っときたきた」
自分達以外には聞こえない会話を交わしていると、テーブルに料理が運ばれた。
瀬戸英治とエルが異世界へと向かった直後、イルミナティ日本支部実働部隊隊長の倉橋伊月は部下の蒼井優希と共に山形県内の定食屋にて昼食を取っていた。
警察組織を押さえる事を初めとして、裏方に徹するために山形入りしていた彼らだったが、後は細かな事後処理を残す程度という段階にまで事は進んでいた。
それは特別急ぐようなことでは無いし、タイミングを見計らう必要もある。故に時刻的にもとりあえず昼食を取りに来たわけだ。
「凄い食べるわね」
「経費で落ちるからな。こんな時に食えるだけ食べなければいつ食べる。いつぶりだろうか。ラーメンを大盛りにした上にチャーハンと餃子までつけれるなんて」
「あなた普段どれだけ質素な生活送ってるのよ」
「家庭菜園のかいわれ大根の収穫を待ち望んでいる位には。それにしてもお前は少ないな。ラーメン一杯とは。ライスとかいらないのか?」
「これでも食べ過ぎな位なのだけれど……」
「金の事は気にするな。経費で落ちる」
「……誰もお金の心配なんてしてないのだけれど」
「ほう。さては太ることを気にしてるな?」
「殴るわよ」
「やれるものならやってみたまえ」
「食事中に暴れないわ。行儀が悪いから。……夜道に気を付けなさい」
「えぇ……そんな念入りな奇襲を受けるほど酷い事を言ったかね」
「あなたがやれるものならやってみろって言ったんじゃない。包丁片手に待ってるわ」
「怖いわ! 夜道に黒髪長髪の美人が包丁もって立っているとかホラーでしかないぞ! というか包丁ってもはや殴るって話ではなくなっている!」
「……美人。そっか美人か……」
「ん? どうした蒼井?」
「いえ、なにも」
そう言ってから蒼井はラーメンを啜る。
そこから少しだけ間が空いた後、倉橋は呟いた。
「……しかし我々もまだまだだな」
「私達は私達で、やれることを十分にやったと思うのだけれど。もしかしてあの子達を異世界に送り出す選択をさせたこと、後悔してる?」
「それは常にしているさ。罪のない精霊を虐げ続ける。その行為に後悔しなくなるような人間にはなりくない」
「優しいのね」
「キミもだろう……だから、そういう事ではない」
そして倉橋は一拍空けてから言う。
「まだ我々も、精霊に関して知らないことが多い。知るべき事が沢山ある。そう思ってな」
「あの場に現れた精霊の事?」
「ああ。一ヶ月前に既に亡くなっていた筈の精霊の事だ」
以前対策局に潜入している人間に流させた情報を思い返す。
瀬戸英治が異世界から連れ帰ってきた精霊の一人。ナタリア。
彼女は暴走状態から瀬戸英治との契約で自我を取り戻すも、後に多重契約により死の縁に立たされた契約者を救うために、自ら命を絶った。
今回観測された精霊反応は、その彼女と同じ物。
つまりは間違いなく亡くなってしまっている精霊が瀬戸英治を救った事になる。
「彼女は一体なんだったのだろうか。過去に死んだ精霊が再出現した事などなかった筈だ」
「だけど同じように、観測を始めてから人間と契約を結んだ精霊も、エルとナタリアの二人しかいない。だから私達が知らないだけで人間と契約を結んだ精霊は他の精霊と違ってああいう事になるものなのかもしれないわ」
もしくは、と蒼井は言う。
「彼女は自我があるまま死んでいった。だから未練のような感情が残っていてもおかしくはないんじゃないかしら」
「そしてその未練が彼女を亡霊としてこの世界へ止まらせた……か。本当に彼女達は人間と変わらないな」
「ええ。できればそうであってほしいわね。でも、もしかしたら……」
そこまで言った所で蒼井は言葉を詰まらせる。
「どうした」
倉橋の催促に、蒼井は言いにくそうに答える。
「……精霊は人間に利用される為に生まれてくる資源。それがこの世界の意思で、彼女達の存在理由よね」
「認めたくはないがな……それで、それがどうした」
「この世界の意志が精霊との契約を……信頼関係を物を使う側と物として使われる側という風に捉えていたら。あのナタリアって精霊は物として使われる為に――」
「それ以上は言うな」
荒川が諭すように蒼井の言葉を止める。
「そこから先は彼女への冒涜だ。あの精霊が現れたのは彼女自身の意思だよ」
「……」
「彼女の意思なんだ」
「……そうね」
「冷めるぞ。早く食べよう」
そう言ってからしばらくは静寂が二人の間を包んだ。
事の真偽は分からない。だが彼女達の生まれた経緯や存在意義を考えると、自分達が嫌悪する可能性が合致している可能性の方が高く思える。
そこに彼女の意思などなく。利用する者とされる者との契約に従い、全ては世界の意思に無意識化で振り回された結果。その方がオカルト的な考えよりも遥かに現実的だ。
それでも……そんな事があってたまるかと思う。
もしもそれが本当だとすれば、本当にどうしようもなくこの世界の意思はいかれている。
そして……情けなくも思う。
そんなどうしようもない思想に自分達は抗えない。ただその時を待つしかなくて、そしてその時を待つとしてその時など来るのかどうかも分からない。
……ある程度事情を知っていながら多くの悲劇から目を背ける。
そんな現状を送っているのが悔しくて仕方がなかった。
(……だが、今はこうするしかない。まだ耐える時なんだ)
それに抗うという事は。立ち向かうという事は二十八パーセントで人類を滅ぼす様な選択肢だ。
その不安要素を全てが掻き消す事ができるまでは動けない。
それまでは目を背け続けるしかないのだ。
そして食事の時位、目を背けている事実から目を背けなければやがておかしくなる。だから無理矢理思考を反らす様に、食事に集中する事にした。
蒼井もそうなのだろう。そこから無理に精霊の話題を出してくる事はなかった。
そうして食事を進めていたその時だ。
「は……ッ。いや、ちょっと待て」
倉橋が思い出したようにそう言って箸を止める。
「どうかしたの?」
「あ、いや……まあな」
一度それが脳裏に浮かんでしまうともう離れていかない。
倉橋の思考が不安に押し潰される。
そしてその不安を少しでも逃がすように、倉橋は呟く。
「……ガスの元栓絞めたっけ?」
「……はぁ」
蒼井が呆れたようにため息を付く。
「何かと思えばそんな事。てっきり精霊絡みで何かあったのかと思ったじゃない」
「そんな事とはなんだそんな事とは! 気を付けないと火事になるかもしれないだろうが!」
山形入りする前に一旦自宅に荷物を取りに行ったのだが、その時ガスの元栓を閉めたかどうかが定かではない。
そんな事と言われればそれまでかもしれないが、それでも気になり出したら止まらない。
「そんな防災意識で大丈夫か? 火災保険とかちゃんとしてるか?」
「……なに? あなた本業保険の営業かなにかだったっけ?」
「いや、売ってるこっちも何だかよく分からないプロペラ売ってる」
「……何だか分からない物商材によく営業できるわね……」
まあとにかく、と蒼井は言う。
「……大丈夫じゃないかしら」
「何故そう言える」
「女のカンよ」
「……」
全くもって当てにならない。
(……いや、本当にどうだったかな? 全く記憶にないぞ? んんん?)
とりあえず餃子を食べながら頭を抱えた瞬間だった。
(いやちょっと待て……ッ!?)
倉橋は何かを感じ取ったようにハッとした表情を浮かべる。
「まだ気になってるの? 大丈夫よこういう時は大体閉めてるか」
「……れた」
「え?」
「宮村茜に掛けていた枷が……破られた」
「大丈夫よ。あなたの魔術はそう簡単には破れない。たとえ相手が天才でもね。女のカンだけど」
「……」
「……」
「……」
「……ちょっと待って本当の話?」
「……たった今、土御門誠一に掛けた物も破られた」
やや挙動不審気味になりながら倉橋はそう答えた。
「な、なんでそんな事になったの!?」
「普通に破られた……つまり彼女は我々が思っていたよりずっと天才だったという事だ……はは、この炒飯うまいなぁ」
そう言いながら半ば放心気味に倉橋、炒飯をご満悦。
だが次の瞬間テーブルが勢いよく叩かれ、その音で無理矢理現実へと引き戻される。
そしてその音と共に立ち上がった蒼井が鋭い視線と共に倉橋に言う。
「現実逃避してる場合じゃないでしょ! 一番しっかりしないといけない人がそんなんでどうするの!」
「……」
「指示を出しなさい」
「……こんなポンコツの指示をまだ聞く気があるのかね」
倉橋は自虐気味に言う。
「瀬戸栄治達との接触も失敗し、そして今まさに取り返しの付かない失敗をした。私の指示で正解を導き出せる可能性は限りなく低いと思うが」
その言葉に蒼井は軽くため息を付いてから言う。
「低くたっていいわ」
「……」
「知ってるわよね。実働部隊なんてのは殆どただの慈善事業でしかない。不満があればいつだってただの有象無象のイルミナティに戻れるの。実際どこの国も人の入れ替わりが激しいらしいわ。どれだけ有能なリーダーが率いていたとしてもね」
「……」
「それで、抜けた所も多くてやる事が雑でビビリで挙動不審なあなたがリーダーになってから、実働部隊からいなくなった人は多かったかしら?」
「……いや、あまりいないな」
「皆あなたの思想や人柄に付いていってる。あなたの指示に文句を言う人はいても強く非難する人は上層部を含めて殆どいないわ。皆があなたを支えて動いている。そのつもりで皆あなたに従っている。でなければ今回の作戦は誰も賛同しなかったわ……こんな日本支部の暴走としか言いようがない作戦をね」
今回の作戦。まだ助けられる精霊を助ける為の作戦。
本来であればこういう作戦を実行するには各国のイルミナティの代表と話を付けなければならない。しかしこのリスクだらけの作戦を各国の代表と話を付けようと思えばそれは一晩で終わるわけがない。一晩では全員とコンタクトを取る事すら危うい。しかし時間も掛けられない。
故にこの作戦はイルミナティ日本支部上層部である元老院にしか話を通していない。
日本支部以外のイルミナティはこんな作戦の存在すらも知らない訳だ。
つまりは暴走だ。
倉橋伊月が地べたに頭を擦りつけてまで説得した末に始まったイルミナティ日本支部の破滅的な暴走だ。
「……分かった」
倉橋伊月はこういった立場に立つ自分を役不足だと認識している。
実際実働部隊の隊長として動き始めてからも失敗は多かった。思う様に事を進められない事も多々あった。だから不思議だったのだ。
こんな明らかに人の上に立つ事に向いていない人間が、どうしていつまでも下ろされずにこの立場でいられるのか。
それが自分の部下からも、あろうことか必死の説得の末にこの作戦を認可してくれた上層部からも支持されていたた結果なのだとすれば。今もまだ支持されているのだとすれば。
「蒼井は実働部隊の人間に連絡を回せ。私は元老院と話を付ける」
「分かったわ」
その支持に答えなければならない。
自らの思想に巻き込んだ仲間を守り通さなければならない。
「もしもし、倉橋です」
そしてこの日、一つの戦いの末に精霊の命が救われたその後に。また一つ戦いが始まった。
対策局を始めとする対精霊組織とイルミナティとの戦いが。
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