人の身にして精霊王

山外大河

文字の大きさ
291 / 431
七章 白と黒の追跡者

3 手を繋ぐという事

しおりを挟む
 馬車を後にした俺達は再び身を隠せる場所を探して歩き始めた。
 ちなみに俺の衣服は元の血塗れの服から新しいYシャツへと着替えた。流石に血塗れの衣服を着続ける訳にはいかない。
 全身に付着した血液もタオルを濡らしてある程度拭き取り、これで身に纏っていた不快感はある程度払拭できた訳だ。
 ……つまり人の不幸のおかげで助かったという訳だ。流石に複雑な気分ではあるけれど……やっぱり四の五の言っていられる立場ではない。

 そして歩き出してしばらくすると、俺達はようやくそれらしい所に辿り着く事ができた。

「……やりましたね」

「ああ……やったな」

 俺達が今立っているのは森の入り口とでも言うべきだろうか。
 目の前には生い茂る樹木が建ち並んでおり、池袋住まいの日常生活では足を踏み入れない様な空間が広がっている。
 ……そしてここはもしかすると、日常生活から離れた非日常な今でも基本踏み入れる事の無いような異様な空間なのかも知れない。

「……でもこれで一安心とは言えねえな」

「ある程度警戒する必要はありそうですね」

 まずこの森を発見したのはエルだった。
 そう、隣に歩いていて同じ方角同じ景色を見ていた筈なのに、エルだけがこの森を見つけたんだ。
 それも、突然はっきりと目に写った感じで。
 俺はと言うと今こうして間近まで近づかなければ、その面影すら掴めなかった。
 つまりこの森はなんらかの精霊術、もしくは魔術の影響下にあるという事だ。
 だがここは異世界だ。おそらく魔術という可能性は無いだろうから精霊術説が濃厚。もっともどっちだろうと影響を受けている側からすれば大きな違いは無いのだけれど。

「でもまあ多分相手は精霊です。いざとなったら私が何とかしますよ」

「やっぱり精霊か」

「間違いなくこの森がおかしいのは精霊術で結界が張られているからだと思います。そして私に見えてあえて人間であるエイジさんに見えない様な設定にしているってことは、張っているのも精霊でしょう」

「なるほど……しかし森そのものを見えなくするとか、とんでもねえ性能してんな」

 今同じ精霊術を使えるからこそ分かるが、エルと出会った時にあの森に張られていた結界は精霊がそこにいるという気配を消す体度の物だった。
 恐らく精霊としての気配も消せなければ結界としての意味を成さないという事も考えれば、その効果も備わっているのだろう。その場に効力を発揮する設置型の結界としての効力は完全にエルが使えるものの上位互換という事になる。

「多分それだけじゃないですよ」

「……マジでか」

 どうやらそれだけではないらしい。

「聞いた事がある程度ですけど、こういった類の結界は人払いの様な効力もあるものもあるそうです」

「人払いっつーと……対策局の魔術師が使ってたみたいな奴か」

「大体そんな感じだと思います」

「じゃあアレか。近距離まで近づかないと見えないうえに、自然と見えるような距離になる前に自然と進行ルートをずらされるってわけか」

 そして対策局の人間が使っていた人払いに近い形式だとすれば、耐性を持った者……この場合精霊以外の場合は結界を打ち破るか、人払いを無効化する程の強い意志を持ってその場に向かうか。もしくは今の俺の様にエルに連れられてこの場所に来るか。

 結果偶然人間が立ち寄る可能性はほぼ消え失せ、仮に人間が足を踏み入れたとしても、この場所に精霊がいると明確な意思を持って捕獲に臨んだ人間くらいだろう。
 そしてきっとそうした人間は十中八九潰されている。故にこの森の結界はまだ生きている。きっと数人で乗りこんだ人間を潰せるだけの戦力がこの森の中にいるのだろう。

 ……もっとも此処に目星を付大勢の人間を派遣したならば話は変わってくるだろうが、人を動かすのにもコストが掛かる上に、地球へと続いていた湖の近くに張りこんでいた精霊捕獲業者の様に、その場所に人員を割くに見合った報酬が用意されているとも限らない訳だ。
 大勢の人間をこの場所に派遣して精霊はいませんでした。もしくは動かした人員の賃金も払えない程の低ランク。もしくは少人数のせい霊しかいませんでしたでは、あまり考えたくはないが業者視点では話にならない。
 そして事前調査にもコストと大切な人間の命が掛かってくる。

 だからこの場所に大勢の業者が足を踏み入れる事があったとすれば、きっと低コストでこの森を調査してこの森の中がまるで宝箱の様に精霊が大勢いてリスクに対しリターンが上回ったと判断された時位。

 つまりはここは精霊にとってかなりの安全地帯と呼べるのかもしれない。
 どちらかといえば此処の方が精霊にとって楽園なんじゃないか?

 まあ全ては憶測で、色々とこの目で確かめない事には真実は分からないのだけれど。
 ……唯一分かる事があるとすればこんな事だ。

「……まあもし精霊が出てきたらとりあえず頼むわ」

「任せてください、エイジさん」

 この森の中で俺は完全に外敵でしかないという事だ。
 ……うまく和解でもできりゃいいが、それが無理ならさっさと逃げたほうがいい。正直下手をするとこの森の中で精霊に殺されかねない。
 ……でも此処を逃すのは多分痛い選択だ。やれるだけやってみる必要がある。

「じゃあ行くか」

「はい」

 そうして俺達は森の中に足を踏み入れる。
 そして森の中を歩きながらエルとこんな話を始めた。

「ねえエイジさん」

「どした?」

「任せてくださいとは言いましたけど、一体どう説明したらエイジさんが敵じゃないって分かってもらえますかね?」

 ……それを俺に聞かれても、とは思うがとりあえず思いつく案をとりあえず言ってみる。

「さっき馬車の所で言ってたけど、今回はもう精霊加工工場の時と状況が違うからな……もうアレだろ。人間だけど精霊に対する好感度すっげえ高いですアピールでもすればいいのかもしれん」

 いや、それが一体なんやねんって話でもあるんだけど。
 と、そこでエルからこんな提案が出てきた。

「じゃあ少しでも周りからそう見られるように、手でも繋ぎますか」

「……なるほど、ナイスアイデアかもしれない」

 ……なんかこう、友好の証っぽい。多分何もしないよりはいいんじゃないかな。

「じゃあ、はい」

「おう」

 エルに手を差し出されそう言ったものの、俺の手が途中で自然と止まった。

「どうしました?」

「あ、いや、その……なんというか」

 俺は自然とエルから視線を逸らした。
 ……思い返してみよう。
 俺はこの二か月近い日々の中で、エルと何度も手を繋いできた。
 戦いの時、エルを剣へと返る為に。
 異世界で人混みの中を歩くとき、エルの手を引いて歩くために。
 池袋で、俺が不安で押し潰されそうなときに。
 そんな風に、どこか自然な流れで俺達は何度だって手を繋いできた。

 だけどこう、仲いいのを見せつける為に手を繋ぐってさ、なんか恥ずかしくない?

「……まさか恥ずかしいんですか?」

「……おう」

 ……しかも当てられるというね。

「まあでも確かに、仲いいのを見せつけるって少し恥ずかしい所もあるかもしれませんね」

「だ、だよなぁ」

「でも」

 そう否定するように言ってからエルは俺の手を掴む。

「いいじゃないですか、別に恥ずかしくたって」

「……そんなもんかな?」

「そんなものです。なんなら私は池袋の混雑した中で恋人繋ぎとかしちゃってもいいかなーって思います」

「マジかすげえな」

「まあ恥ずかしいですけどね。でも……その、エイジさんは私の彼氏さんで、私はエイジさんの彼女さんなわけです。それ位は一度やってみたかったりするんですよ」

 そう言ってエルはちょっといじわるそうな笑みを浮かべる。

「というかそんな調子でいざデートとかした時どうするんですか」

「いや、そりゃー多分手くらい繋ぐんじゃないかな」

「じゃあ試しにデート気分で行ってみます?」

「……じゃあそれで」

 自然と流されてそう頷いた……んだけど、エルがちょっと待ってくださいとストップを掛けて来る。

「どしたよ」

「やっぱり今のなしでお願いします」

「どしたよ急に」

「えーっとその……私も声を大にしていうのは恥ずかしいんですけどね……初デートはもっとデートデートしてる感じの方がいいです!」

「……そうだな!」

 俺もそれは同意だ!
 ……あっぶねぇ、エルとの初デートがとんでもなく無茶苦茶なシュチエーションになるところだった。

「じゃあまあ特別気にせず普通に手を繋いであるきますか。ただ普通に、えーっと……恋人同士仲いいから手を繋いでる感じで」

「……おう」

 そんな感じで俺達は森の中を手を繋ぎながら歩いていく。

 ……それにしてもデートか。
 そういえば恋人らしい事何もしてねえな。というか恋人らしく振舞う時間も余裕も何もなかったからってのが大きいけれど。
 ……というかあってもできたのか?

 ……今の一連の流れで一つ分かった事があった。
 そりゃ人に仲いいの見せつけるのが少し恥ずかしいってのは確かにある。だけどそれだけじゃない。

 ……多分俺、すげえヘタレだ。

「あ、でもせっかくですし恋人繋ぎとかやってみます?」

「……そ、そうだな!」

 ……この先、なんかエルに手を出せる気がしない。
 ……思いもよらない形で前途多難項目が増えたんだけど、なにこれ?
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...