人の身にして精霊王

山外大河

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七章 白と黒の追跡者

4 全ての始まりの存在

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 その後も恥ずかしさと幸福感を感じながら、俺達は森の中を進んで行く。
 ……ああそうだ、幸福感に満ちていた。それこそ手を繋いだ当初の目的を忘れそうになるくらいには。
 だがそんな幸福感は突然書き消される。
 それ以上の感情に上書きされる。

 前触れもなく、本当に突然の事だった。

 風に何かが引っかかった。

「エイジさん!」

「ああ!」

 俺はエルの手を強く握り刀へ変化させると、すぐさま前方に勢いよく跳んだ。
 次の瞬間俺達が今までいた場所に作法から精霊術によるエネルギー弾とでも言うべきなにかが着弾し、地面を轟音と共に陥没させた。
 もし周囲の風を感じ取って攻撃に気付く事ができなければ大きなダメージを負っていた事は間違いないだろう。
 そして攻撃をかわして地が足から離れた俺を狙うように、こちらに向かって精霊術の雨が降り注ぐ。
 完全にこちらを殺しに掛かっている攻撃の雨。

 ……だが大丈夫だ。

 それでも俺を止める為にぶつかってきた天野の攻撃の回避するよりよっぽど楽だ。

「オオオオオオオオオッ!」

 正面に刀を振るうと前方に風の防壁が姿を表し、轟音と共に着弾する攻撃の9割を防ぎ、防壁が強度の限界を迎え防ぎきれなかった攻撃を、風で体を反らして躱しつつ刀で弾き落とす。
 だが向こうの猛攻はそれで止まらない。
 両サイドから猛スピードで精霊術を纏った精霊が接近してくる。

「まともに説得する猶予もなしかよ!」

『隙を見て私が出ます! それまでなんとか耐えてください!』

「了解!」

 そう叫びながら足元に風の塊を作って上空へと跳びあがる。
 次の瞬間、地上には精霊術で作りだしたと思われる武器を持つ精霊が二人。
 ……そして。

「……ちょっと待て、なんだよこれ」

 上空に出た事により視界に捉えられた前方。そこに精霊が陣取っていた。
 それもまさしく精霊術の雨を降と言わざるを得ない攻撃を放てるだけの人数。いや、それ以上。
 それはもう絶界の楽園、地球へと辿り着く前の、俺やエルとナタリア達のような小規模な集団出はない。
 ざっと見ただけで20人。ただの有象無象ではなく一つの小隊と言ってもいいような集団。

 その集団が一斉に精霊術を発動させた。
 宙に浮く俺を迎撃する為に。

「どうやら説得する隙なんてどこにもなさそうだなクソ!」

『……ッ!』

 でもだったらどうする。戦うのか? この力を精霊に振るうのか!?
 人間の所為でこんな精神状態に追い込んでいる相手に、エルの力を振るうのか!?
 ……いや、違う。まだ攻撃を振るわなくても解決できる手段はある。

 ここは彼女達の領域で、俺が……人間が足を踏み入れたから向こうは迎撃してくるんだ。
 ……だったら。説得が無理ならば、俺が此処から立ち去れば解決する。
 ……まあ無事に出られるかは分からないが決まりだ。

 この攻撃を防いだらこの森から離脱する。

 そう思い、迫りくるであろう攻撃を防ぐ為に防壁を張ろうとした瞬間だった。

「……え」

 精霊の一人と目が合った。
 俺は思わず間の抜けた声が漏れ出し、向こうも一瞬呆けたような表情を浮かべる。

 知っている顔がいた。
 知らない訳がない精霊がいた。
 その紫色の髪の、どこか暴走したエルやナタリアに近い雰囲気を纏った中学生程の女の子は……まさしく全ての始まりと言ってもいい存在で。
 ……彼女と出会わなければ俺はただの一般人だったというほど俺の人生に影響を与えた存在。

 次の瞬間放たれた無数の精霊術。その中で唯一攻撃の手を止めたその精霊が何かを叫んだ。

「皆待って攻撃止めて!」

 そしてその攻撃を防ぎ、防壁を貫いてきた攻撃を捌きながら荒れる思考を纏めようとしていると、エルもまた一人だけ違う反応を見せた精霊に対して言葉を紡ぐ。

『あの精霊は一体……』

 その反応を無理もない。
 エルはあの精霊を知らない。
 あの精霊と出会ったのはエルと出会う前。直前だ。

「俺をこの世界に飛ばした精霊だ!」

『……ッ!?』

 エルが声に驚いた様にならない声を上げる。
 ……俺も驚いたよ。
 エルと共にもう一度この世界へと戻ってきた時とは違って、あの時あの森に辿りついたのは俺一人であの精霊はどこにも居なかった。
 だから……こんな形で再会するとは思わないだろ。

 ……でもきっとこれは朗報だ。

 あの精霊が。俺をこの世界へと飛ばした精霊が、どうして俺への攻撃を止めようとしてくれたのかは分からないが、それでも。止めようとしてくれたならば
 生まれる……交渉の余地が。

 俺は風を操り落下の進路を精霊の小隊がいる地点に近づける。
 そしてその精霊達は戸惑い警戒しながらも、一時攻撃を止めてくれている。
 後方からの追撃もない。他の地点にいる精霊も風を走らせると同じく一時的に止まっているのが分かった。

 そして着地する。
 精霊達がいつでも精霊術を打てるように構える開けた地点に。
 この集団の攻撃を止めさせたであろうあの精霊の正面に。
 その瞬間だった。

 一度は攻撃を止めたが、俺が正面に現れ半ば反射的に一人の精霊が動きだそうとした。
 だがそれを隣りにいた紫髪の精霊が手で制する。

「だから止まってって言ってんでしょうが!」

 その声に動きだそうとした精霊がビクリと動きを止め、代わりに紫髪の精霊が一歩前に出てきた。
 ……どうやら一時的にだが攻撃される心配はなさそうだ。

「エル。とりあえず一旦出てくれ」

『わ、わかりました』

 動揺する様子でそう口にしたエルも、刀から元の形態へと姿を戻す。
 その様子に精霊達の中でざわめきが起こるが、それでも目の前の精霊は俺との距離を詰める。
 そしてやがてその距離は2メートル程度となった。

「……」

「……」

 最も一体どう声を掛けるべきかはわからないけれど。
 そして黙り込んだままでいる俺に対し、その精霊は本当に安心した様な優しい笑みを浮かべて俺に言ったんだ。

「良かった……生きてた」

 別に俺に助けられた訳でもない、恨みの感情しか抱いていない精霊の筈なのに。
 目の前の精霊は人間の俺に対しそう言ったんだ。
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