人の身にして精霊王

山外大河

文字の大きさ
333 / 431
七章 白と黒の追跡者

31 巻き込む覚悟を 下

しおりを挟む
 多分自然と選択肢から外していたのだと思う。
 元々一人で行くつもりで、その中で偶然ハスカ達の意思を知ることができただけで。初めからそのつもりだったのだから、レベッカに頼ろうなどという選択肢に辿り着くわけがなくて。
 そして今こうして辿り着いたからといって、レベッカが向けてくれた言葉を素直に受け止める事などできる筈がない。

「ちょ、ちょっとまてよレベッカ!」

 俺は思わずそう声をあげた。

「お前も来るって……今から俺が行くところがどういう所かは知ってんだろ!? 知ってるからこうして色々言いに来てくれたんだろ!? そこにお前も行くって………」

「そりゃ行くでしょ。他の精霊を巻き込む様に進言しておいて、自分は行かないとか言ってる事無茶苦茶じゃない」

「……でもお前……」

「でもじゃない。じゃないといくらなんでも筋が通らなすぎる。それに言っておくけど、ウチを巻き込むのは他の精霊を巻き込むのとは話が違うからね」

 そしてレベッカは言う。

「そもそもアンタが戦おうとしているのは元を辿ればウチがアンタを巻き込んだからでしょ。だからウチを巻き込むのは他の精霊を巻き込むのとは全然違う。理不尽でもなんでもなく、アンタにはウチを巻き込むだけの権利があるし、巻き込んだウチにもアンタを助ける意思はある」

 確かにその通りなのかもしれない。
 確かにレベッカは他の精霊を巻き込むのとは何もかも違うんだ。
 第一にレベッカは強い。
 レベッカが暴走したエルの力と同等かそれ以上の力を持っているのだとすれば、それは少なくとも俺よりも遥かに強くて、そしてきっと強いが故にあの時俺と別れて件の銃を使う白衣の男と戦いに行き、そして生きて帰ってきている。
 他の精霊がおそらくエルを剣化した俺やあの結界の男といった高出力の相手に集団で囲んで初めて戦いが成立するのだとすれば、レベッカはおそらく単体での戦いが成立する。
 ……暴走した精霊の精霊術が出力云々以前に異次元の変化を遂げているのは、暴走したエルの風の使い方でよく理解しているから。
 だから生存率は他の精霊よりずっと高い。

 そしてレベッカの言う通り、俺が異世界に渡るきっかけになったのはレベッカだ。
 あの日あの場所でレベッカと遭遇していなければ全てのが起きなかった事で。今こうして戦いに臨む状況を作りだしたのはレベッカだ。
 だからそういう意味ではレベッカを巻き込むのは他の精霊を巻き込むのとは意味合いが変わってくる。
 
 だけど……それでも、レベッカに返す言葉は中々出てこなかった。
 当然だ。出てくる訳がないだろう。

 他の精霊より生存率が高い。
 だけどそれは比較的で、きっとそれは限りなく低い数値で。
 そして俺はレベッカに巻き込まれたのだとしても、レベッカには感謝しているんだ。
 あの時レベッカに異世界に飛ばされていなければエルと出会う事が出来なかった。
 あの日あの場所でエルを救う事が出来なかった。
 レベッカに異世界に飛ばされたからこそ。巻き込まれたからこそ、何よりも守りたい存在が出来たんだ。
 だから……そんな機会を与えてくれたレベッカを。
 そしてこうして手を貸そうとしてくれている様なレベッカを、巻き込む様な選択はできなかった。

 ああそうだ、できなかった。怖かった。
 自分の選択で誰かが居なくなる事が。
 こうして俺なんかに手を差し伸べてくれる相手が、俺の選択でいなくなるのが怖かった。

「……」

 そしてレベッカはそんな俺の心象を感じ取ったのかもしれない。

「……それも躊躇う、か。本当に強情で優しくて臆病な人」

 少し呆れた様にレベッカはそう言った瞬間だった。

「……ッ!?」

 レベッカに突然胸倉を掴まれた。
 突然の出来事に思わず硬直して何も反応できない。
 そしてそんな反応できないでいる俺に対して、痺れを切らしたようにレベッカは強い口調で言う。

「いい加減にしなさいよ! アンタ自分で他の精霊よりエルが大事って言ったよね!? 関係ないもの巻き込んででも助けないといけないって!」

「……ッ」

「もう分かったわよアンタが巻き込めない人間って事は! 優しいのもあるかもしれないけどそれが怖いって事位! 自分の選択で誰かが死ぬのを経験してるのは知ってるから! それが怖いのは流石に分かるし他の子を巻き込めないのはもう仕方がない!」

 だけど、とレベッカは言う。

「それでも差し伸べられた手位は死に物狂いで掴みなさいよ! それが怖い事なら乗り超えろ! 自分から巻き込まれに来た相手を踏みにじって先に進む位の覚悟は見せなさいよ! アンタにとってエルはそうしてでも助けないといけない相手じゃないの!? ウチ一人位踏み越えてでも助けないといけない相手じゃないの!?」

「……ッ」

 逃げ道を塞がれた様な気分だった。
 初めから俺が何かを言うまでもなく、レベッカは自分の意思でそこにいる。
 それも。どうやっても折れない程の強い意志を持って。
 そして俺を助けようとしてくれる正当な理由もあれば、強さだって持ち合わせていて。
 そして巻き込めない、巻き込みたくないと思っていても。声を掛けられる度にそれが強くなっていっても。
 それを上回るように、自分の為にそこまで言ってくれる手を差し伸べてくれる存在に。どうしようもない程絶望的な状況で一緒に戦ってくれると言ってくれるレベッカに、縋りたいと思う気持ちは強くなっていって。
 それに縋ってしまう程に、俺は弱くて脆い人間で。
 そして巻き込んででもエルを助けなければならない事は分かっていて。
 だとすれば。もはや必要なのは覚悟だけだった。

 目の前のレベッカを巻き込むための覚悟。
 自分の選択で誰かが死ぬというトラウマを、乗り超える覚悟を。

「……約束してくれ」

 それでも多分、俺にはその死を乗り超える事はできなくて。
 できないから。できなかったから今の俺が形成されていて。
 だから当たり前の様にその手を取る事はできなくて。
 だけど、約束してくれるなら

「……絶対に死なないって」

「うん、ウチはしなない。アンタもエルも死なせない」

 踏みにじる覚悟も、死なせる覚悟もできないけれど。
 何の根拠もない事でも、約束してくれるなら俺は……俺は。

「……頼むレベッカ。俺を……俺達を助けてくれ」

 なんとか目の前の相手に縋りつける。
 その位の勇気は振り絞る事ができた。

「うん、ウチが全力で手を貸す。任せときなさい」

 そう言ってレベッカは俺の胸倉から手を離し、改めて手を差し伸べてくる。
 俺はその手を多分きっと、弱々しい力で握った。

 こうして俺とレベッカは一時的にタッグを組む事になったのだった。



「さて、じゃあ余計な時間も一杯喰っちゃったし、さっさと行動に移しましょうか」

「ああ」

 余計なという言葉がとても引っかかったが、確かにその通りだ。
 とにかく急いでエルの元に行かなければならない。
 だがしかしレベッカが歩きだした方角は明らかに見当違いな方向だった。

「お、おいどこ行くんだよ。そっちじゃねえよ」

「まさかアンタ、本気で走っていくつもりなの?」

「そりゃ俺馬乗れねえからな……ってそうか、もしかしてお前乗れんのか?」

 もしレベッカが馬に乗れるのなら走る事よりよっぽどいい移動手段を利用できる。
 俺は期待を込めて。というよりあえて徒歩を否定する様な話を出してきたのだから、当然乗れるものだと思ってそう聞いてみるが、レベッカは首を振る。

「いや、乗れないよ?」

「……は?」

 ちょっと待て。

「だったらなんだよ。馬以外になんかあんのか?」

 此処が地球なら寧ろ馬よりよっぽどいい移動手段があるだろうけど、此処は異世界だ。
 技術の発展具合はとてもちぐはぐではあるが、少なくとも事移動手段においては馬が主流だ。蒸気機関車がある以上何かしらの技術は確立されているのかもしれないけれど、一か月間旅した中では車やバイクといった乗り物類は確認できなかった。
 ……そしてそんな異世界の中で。レベッカは言う。

「とにかく着いてきて。アンタに見せたいものがある」

 そう言ってレベッカは先に進んでいく。
 一体向かう先に何があるのかは検討も付かない。
 だけど間違いなくそこに何かがあるのだろう。
 俺はある程度の期待をしつつレベッカの後を追った。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...