人の身にして精霊王

山外大河

文字の大きさ
365 / 431
七章 白と黒の追跡者

54 歴戦の修羅場を潜りし者

しおりを挟む
 グランと呼ばれた男の動きを一瞬見て改めて思った。
 やはり精霊で作られた武器は化物染みてると。
 その圧倒的な出力に背筋が凍りつきそうになる。
 今まで自分が振るってきた力がどういう物かを、改めて実感する。
 だけど。だからこそ肌で感じるように理解できた。

 目の前の男自体は、今まで俺が戦ってきた連中と比較して大したことのない相手であるという事が。

 武器化した精霊の圧倒的な出力に振り回されている。
 故に粗く雑。
 そしてそもそもどういうプロセスで武器の形状が決められるのかは分からないが、構えやモーションからまず間違いなく三節根というピーキーな武器の扱いに全く慣れていない事が伺える。
 そしてそれ以前に何より……その一撃でこちらを叩き潰せる事を確信している様な、舐め腐った様な表情。

 故に放たれるのは、慢心に満ちた、ただ恐ろしく早いだけの拙い一撃。

「知らねえよそんな事」

 グランの三節根の一撃を、左腕で辛うじて弾き飛ばした。

 そう、本当に辛うじて。

 周囲に風を展開してその乱れから少しでも相手の動きの軌道を肌で感じとり、加えて視界からもモーションを捉え、その会わせ技で攻撃を先読みする。
 そうして得た情報を元に、風も駆使してやや無理矢理気味に体を動かし、風で勢いを付けインパクトを与える。
 向こうの技量不足に慢心。加えてそこまでして、ようやく軌道を反らすに至った。

 だけどそこに至るまでに何があろうと、今俺が攻撃を捌いたという事実に変わりはない。
 捌き、弾き、反撃の隙を生んだ事には変わりはない。

 だったら次に移れ。そこで満足するな。

 シオン曰く。そして俺自身も理解できている。
 目の前の男に勝つことは難しい。
 故にこの戦いに必要なのはレベッカの力だ。
 だけどそれでも、シオンも言ったように少しでも消耗させた方がいい。
 というより向こうを一人片付けて消耗して戻ってくるのだから、多少なりともコイツも消耗させておかないと話にらない。

 だから反撃に踏み切ることに多少リスクはあっても……此処で僅な隙に攻撃をねじ込め。
 失敗した時の反撃なんて考えるな。
 死に物狂いで、僅かでもダメージを与える!

「っらああああああああああああああああッ!」

 三節根を弾いた勢いそのままに、グランの脇腹に蹴りを叩き込んだ。

「グ……ッ」

 グランの口元から空気が漏れる。苦痛と困惑に塗れた表情を浮かべている。
 ……まさか攻撃を開始する数秒前までは、自分が反撃を喰らっているなんて思いもしなかったのだろう。

 そして、グランが動きだし俺が蹴り飛ばすまでのほんの僅かな時間を、シオンがただ突っ立って過ごす訳がない。

 俺がグランを蹴り飛ばしたとほぼ同時。シオンが何かを放り投げる。
 何かの紙。
 それは例えるならば……誠一が呪符を使って魔術を使っているように。
 そしてグランとシオンの間でその紙が発光し消滅。代わりにそこには薄い紫の六角形の結界が展開される。
 そしてその直後、シオンの手から精霊術が放たれる。

 高速の雷撃。

 その雷撃はシオンが張り巡らせた結界を突き抜け崩壊させそして……速度も威力も目に見えて増幅する。
 そして着弾。

「グオッ……ッ!?」

 雷に撃たれ全身が痺れた様に、俺の蹴りで地面を転がっていたグランの体が僅に痙攣し跳ねる。
 そして一連の流れで生まれたのは新たな隙。

 俺とシオンはほぼ同時に地を蹴った。

 起き上がろうとするグランの動きは露骨に鈍い。おそらく直前のシオンが放った雷撃が、そういう状態異常を引き起こす類いの精霊術だったのだろう。
 それこそアルダリアスの裏路地でエルが喰らったような。
 それでも動けているのだからグランの出力は化物なのだろうけど……それでも。今この瞬間だけは。

 俺達の方が早い!

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ」

 左拳を握り絞めた。
 シオンもまた右拳に何かを纏わせる。

 そして……叩き込む!

「ぐあああああッ!?」

 俺達の拳で勢いよくグランの体が弾き飛ぶ。
 一瞬見えた表情は苦悶の表情。

「くそがッ!」

 弾き飛ばされたグランは俺達が次の追撃を仕掛ける前に辛うじてという風に体制を立て直し、後方へ全力でバックステップし俺達から距離を取る。
 一度流れを変える。断ち切る。そして態勢を整える。その為の退避。

 それを見て俺達もそれ以上の無理な追撃を行わず、バックステップで後方へと下がった。
 次に起きる事に少しでもうまく対応する為に。

「……やるじゃないか、エイジ君。あの一撃をさばくなんて」

「辛うじてだけどな。でもまあ流石にあの舐めた一撃普通に喰らってるようじゃ、今日まで生きてこれてねえよ」

「なるほど……キミもこの短期間でそれだけの修羅場を潜ってきた訳だ」

「まあな。正直殆どエルや助けてくれた人達のおかげで、俺は碌になにも潜っちゃいないのかもしれないけど」

「潜ったさ。一緒に潜ってきたからキミは倒れず立っているんだと思うよ」

「……そりゃどうも」

 言いながら構えを取る。
 そして俺の隣で魔術の様な何かを使い始めるシオンは、神妙な面持ちで言う。

「でもここからは覚悟した方がいい」

「……」

「キミは辛うじて止めた。僕もおそらく辛うじて止められる。だけどここから先、奴の慢心は消えるぞ」

「……だろうな」

 何事も全てにおいて共通する事。
 油断。慢心は発揮できるパフォーマンスを大幅に鈍らせる。
 これまでの攻撃で向こうには少なからずダメージは入っているはずだけれど、それを差し引いてでも余る程の力がここから先のグランには宿る。

「ほら見なよ。ぞっとするね。今からアレが僕らのほうに向かってくる」

「……ほんと、ぞっとするな。絶望感半端ねえ」

 だけど。

「だけど所詮絶望感だけだ。そんな感じがするだけなんだよ。どうすれば勝ちか分かっている以上、本当の意味で絶望的な状況じゃねえ」

 どうすればいいのか。それすらも分からなくてひたすらもがく様な。地球での戦いと比べればこんなもの、絶望感が半端ない位比較的イージーモードだ。

「……鉄みたいなメンタルしてるなキミは」

「もうとっくの昔に溶けてドロドロになってるよ」

「いや、キミの場合はもう形を変えて固まってるよ、間違いなく」

「だといいけどな……っとそろそろだ」

「みたいだね」

 改めて気を引き締める。
 視界の先のグランは今にも再びこちらに攻撃を仕掛けてきそうな雰囲気だった。
 俺達がどんなメンタルをしていたとしても、切り抜ける為に必死にならなければならない事に変わりはない。
 必死になって生き残らなければならない事に変わりはない。

 この絶望的な状況を、乗り超えなくてはならない。

「死ぬなよ、シオン!」

「キミもね、エイジ君!」

「どっちもぶっ殺してやる!」

 そしてグランが叫び声を上げ、勢いよく地を蹴った。
 進行方向は再び俺の方。

 さぁ、第2ラウンドの始まりだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

処理中です...