人の身にして精霊王

山外大河

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七章 白と黒の追跡者

55 慢心が消えるということ

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 一瞬でグランは俺の前へと躍り出て来る。
 早い。そして油断の表情もない。
 だけどどれだけ油断が無くなっても。慢心が無くなっても。それで突然三節棍の扱いがうまくなるわけじゃない。
 間違いなくここから先、複雑な使われ方はしない。先端持って振り回す様な事しかしてこねえ。動画サイトに上がってる様なマジな使い方はしてこねえしできる訳がねえんだ!
 故に変わるのは初撃を躱した後。

 だからまずは初撃を確実に防ぐ!

「……ッ!」

 左手に激しい衝撃が走る。
 防いだ。防いでる筈なのに、それこそ左手を攻撃されたと認識してしまう程の激痛。
 だけどそれでもその一撃を弾き飛ばす。

 ……だが。

 そこから先に、俺の出力で付け入る隙は無い。
 だってもう目の前の男は、攻撃が防がれる可能性を頭に入れているから。
 俺は防いだ所で辛うじてだから。

 だから防がれる可能性を考慮して放った攻撃を防いだ後、俺にできる事は何もない。

 攻めるも守るも間に合わない。
 端から二発目を放つ事を前提として動いていた上に、圧倒的な出力を誇るグランの攻撃の方が早い。
 ……とにかく、歯を、食いしばれ。

「グァ……ッ!」

 グランが放った左拳を腹部にもろに喰らい、肺から空気が漏れ出す。
 構えも何もなってない。三節棍を振り切った後にとりあえず放った様なコンビネーション。
 だけどそれでもたった一撃で意識が飛び描ける程の破壊力。
 たった一撃で意識を持っていかれそうになる。

「……ッ!?」

 弾き飛ばされ地面を転がる。
 それでもなんとか体制を立て直し正面を見据えた瞬間、もう既に三節棍はそこにある。

「……ッ!」

 次の瞬間、顎を打ち上げられた。
 激痛と共に体が文字通り宙に打ち上げられる。
 まだそこに意識が残っているのが奇跡とも思えるような一撃。

 だが意識はまだある!
 追撃もねえ!

 視界の先、グランは次のターゲットをシオンに定めている。
 これは慢心じゃねえ。当然の判断だ。俺だってグランならそうしてる。
 あの出力の攻撃を二撃だ。
 潰せたという確証は持てないが、それでもそれがどういう事を意味するのかは誰よりも俺が知っている。
 99.9%それで潰せるんだ、相手を

 その相手に対し、更に追撃を掛けて倒せた事を確認するのがベストなのは間違いないがこれは二体一の戦いだ。
 しかもその一人はシオン。フリーにしておくリスクがあまりに高い相手。

 故に俺は倒したと判断して、シオンと一対一の戦いに切り替えるのが間違いなく定石だ。
 だけど俺は……その0.1%。

 お前程度の攻撃を諸に二発食らっただけなら、辛うじて踏みとどまれる。
 そしてそもそも、俺に見切りを付けるにしても一手遅い!

「……」

 シオンは静かに手を地面に添える。
 すると地面からは勢いよく無数の蔦が飛び出してきて、グランの体を拘束。同時にシオンは手に何かを纏い走り出す。
 グランは……動けていない!

 今だ……俺も行くぞ!

 激痛に耐えながら左手から風を放出。
 一気に地上へ向けた推進力を得て急落下。
 グランの顔面を蹴り飛ばす為に構えを取る。

 だけど見えた。見えてしまった。

 グランが笑みを浮かべたのを。

「なーんちゃって」

 グランは次の瞬間、あっさりとシオンが出現させた蔦を引きちぎってみせる。
 そして接近していたシオン目掛けて三節棍を勢いよく振るった。

「……ッ!?」

 シオンは苦い顔を浮かべて姿を消し、誰もいなくなった空間を三節棍が通過する。
 直後、後方に口から大量の血液を吐きだすシオンの体が出現。
 なんとなくだが理解できた。
 瞬間移動。その手の類の何かでシオンは辛うじて攻撃を躱した。

「ち、種明かしが早かったか……ま」

 そして攻撃を躱されたグランが視線を向けたのは、空中から降ってきた俺だった。
 ……駄目だ、回避が間に合わ――

「一人潰せりゃ無能な俺にしちゃ上出来だろ」

「ッ!」

 蹴りを放とうとしていた右足を、左手で捕まれた。
 そして次の瞬間、視界が急激に加速する。

「ッ!?」

 咄嗟に左腕で後頭部を守った……次の瞬間、激しい衝撃と激痛が全身を駆け巡る。

「ガ……ぁッ!」

 あの狭量な攻撃を放てる腕力で、そのまま地面に叩き付けられた。

「……ぁ」

 そしてもう一撃。

「……」

 これまでより更に強い衝撃が全身に駆け巡る。
 それこそ自信が五体満足である事を確認しなければ分からなくなる様な。体の何処かが潰れてミンチにでもなっているのではないかと疑う様な強い衝撃。
 こんなもの、防御もなにもなかった。
 ダメージを軽減しようがなかった。
 ……それでもまだ、意識も息もあるけれど。
 ……でも駄目だ。目の焦点が定まらない。体がまともに動かねえ。
 思考だって……纏まらない。 

「……なんだお前、まだ息があんのかよ。化物か」

「……」

「ま、こんだけ丈夫ならあの精霊もそう簡単に壊れねえだろうしいいんだけどよ」

「……ッ!?」

 そんな言葉が耳に飛び込んできた瞬間、思わず目を見開いた。
 全身が無理矢理にでも動いた。
 最悪な未来を回避する為に、軋む体から力を総動員させた。

 まだ辛うじて折れ曲がっていなかった。そこに無事あってくれた左手に風の塊を作りだし、グランに向けて打ちだす。

「っと危ねえ!」

 言いながら、グランは俺から手を離してそれを回避する。
 だけどそれでも、涼しい顔をしてグランは言った。

「でもそれで最後だろ」

 直後、脇腹に走った衝撃に体がくの字に折れ曲がった。
 俺の体を離し、その直後放たれた三節棍による一撃。
 それで勢いよく俺の体は森の木々の合間に弾き飛ばされる。

 そんな俺の視界の先に映ったのは……三節棍から放たれたのかもしれない斬撃。

 ……駄目だ、躱せねえ。

 俺は薄い意識の中で正面に結界と高密度の風の防壁を張り巡らせる。
 だけど目の前の斬撃にそんなものは、紙に等しい。


 あっさりと、俺の耳に破砕音が響いた。
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