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七章 白と黒の追跡者
ex 一秒でも長い生存を
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グランが弾き飛ばしたエイジに対して、三節棍を媒体とした斬撃を打ち込んだ。
エイジが飛ばされ斬撃を打ち込まれたのは木々の向こう側。ここからでは安否の確認はできない。
だけど仮に生きていたとしても……間違いなくもう戦える様な状態では無い。
そもそも仮に生きていたらと、死亡している事を前提として考えてしまう程のダメージをエイジは負ってしまっているだろうから。
(……冗談だろ)
その現実にシオンは思わずそう考えるが、端から分かっていた筈だ。
これはそういう戦いだと。
「……さて、これで一人。流石に死んだろアイツ」
そう言ったグランはシオンに視線を向ける。
「つーかお前、見てるだけだったな。何もしなくて良かったのか? あのテロリスト、お前の仲間だったんだろ?」
「……」
……その言葉に返す言葉が出てこない。
代わりに咳き込む度に血液が口から吐き出される。
そして何も言えないでいるシオンに対し、グランは言う。
「いや、動けなかったのか」
「……」
まさしくその通りだった。
まだこの戦いが始まって一度たりとも攻撃を喰らってはいないが、それでも既にシオンの体は満身創痍と言っても過言ではない状態になっている。
レベッカを中心とした秘策を張り巡らせ、グランに雷撃と拳を叩き込む。
蔦で動きの拘束を計り、それが失敗に終わった後、近距離の瞬間移動。
その全てが素の状態であれば。契約している精霊から供給された微弱な力であれば、碌な威力、効力を持たないか、そもそも発動できない様な状態にある。
加えて秘策に至っては発動に留まらず、意地にまで身を削る必要がある。
故に一挙一動全てで。否、動かなくても命を削る必要がある。
そして削り削った結果が今の状態だ。
確かに先の戦いの傷が全て癒えた訳ではないという事もあるが、それでもほぼ自傷により満身創痍の状態に追い込まれている。
(……駄目だ。動揺するな。今は目の前に向けられるだけの意識を全部向けるんだ)
エイジがどうなったかは分からない。
分からないが故にもう信じるしかない。
生きていると信じるしかない。
そして生きていてももう駄目でも。目の前のグランをどうにかしない事にはどうにもならない事は変わらないから。
だから、呼吸を整える。
一秒でも長く立っていられる様に。
「……」
とにかくグランの出方を伺う。
伺い、そして次の一手を構築する。
そしてそうした次の瞬間には、もうグランは目の前にいる。
(……いくぞ、出し惜しみはするな!)
そしてシオンは構築していた精霊術ではない力を発動させる。
精霊術で言う所の肉体強化。
それを技能を駆使して出力を無理やり引き上げた、精霊術の肉体強化の上から重ね掛けする。
体が軋んだ。
臓器が内側から壊れる様な感覚が響き渡り、鼻血が止まらない。
本来必要な力の供給を得られず、それを自ら無理矢理作りだし運用する。それだけでも今のシオンを追いこんでいるにも関わらず、更にもう一段。
とにかく精霊術ではない力で肉体強化を発動させようと考え辿りついた術式。
今だ未完成のソレには、上昇する身体能力による肉体への負荷を軽減する様なセーフティは付属しない。
故にそれもまた命を削る。
時間を稼ぐには全く向かない事が明白な手段。
それでも動体視力が引き上がる。身体能力が跳ね上がる。
真正面から抵抗ができる。
ルミアに敗れた後に会得した、シオン・クロウリーの近接戦闘における最後の手段。
「……ッ」
跳ね上がった動体視力により、グランの三節棍の動きを読み右方にサイドステップで躱す。
辛うじてだがそれでも確かに。
だけどそこで限界が来た。
出力の暴力についていけなかったのではない。
今の状態のシオンならば、他のあらゆる精霊術と別の力を総動員すれば、圧倒的劣勢ながらももう少し持たせる事ができる。
限界が来たのは体の方だ。
「……ッ!?」
次の動きに入ろうとした段階で、体が思う様に動かなかった。
つまりは大きく遅れる。次への動作が。
それは即ち、グランの追撃を許すという事になる。
「……ッ!」
体は動かなくてもその分脳をフル回転させ、そしてなんとか手を動かす。
そして三節棍の軌道に結界を直径1センチの極小にまで圧縮し、強度を増強。その他あらゆる手段でその1センチの結界の強度を上昇させる。
そして自身に掛けられた精霊術の肉体強化の動体視力と筋力を、全て肉体の硬化へとつぎ込み。
後は覚悟を決める。
「グア……ッ!」
直後脇腹に激痛が走った。
結界には当たった。自身の肉体にも対策は施した。
それでも勢いを殺しきれない。殺しきれるわけがない。
そのまま地面をバウンドし、やがて止まる。
意識はある。ダメージも殺せるだけ殺した。致命傷にはなっていない。
(……クソッ!)
だが内側と外側からボロボロになった体は、そう簡単に言う事を聞かない。
動かないのに、グランが近づいてくる足跡だけは聞こえてくる。それに対抗する手段を早く構築しなければならないのに、それすらも中々ままならない。
そしてグランの声が聞こえる。
「……突然スピードが上がったのには驚いたが……なんだ、馬鹿みたいに呆気なかったな」
まだ終わっていない。終わってたまるか。
そう言い聞かせるが、何かをやろうとする前に口から大量の血液が溢れだす。
その余波で維持していた、精霊術ではない力で発動させた肉体強化の術式が破損し崩壊する。
そして。
(……マズイ)
血が足りない。
意識が朦朧とする。精霊術に手を加えられない。新たな術式を構築できない。
打てる精霊術も自分が手を加えなくてもいい微弱な物だけ。
後は秘策の術式を維持する事だけ。それだけしかできない。
実質的に、もう何もできない。
そしてそんなシオンにグランは問う。
「……なあ、最後に教えてくれねえか」
その問いかけは、純粋な好奇心に思えた。
「……お前、なんで俺なんかに負けてんだよ」
それは意味深な問いだった。
なんでもなにも現状起きた事の通りだ。
こちらの技量でどうにかできるレベルを優に超える程、ルミアが作った霊装という歪な武器は協力なのだ。
理由なんてのは、そんな物しかない。
……いや、分かっている。そんなものだけの筈がないんだ。
「あのゴミみたいな精霊でそこまでやれてんだ。まともな精霊使ってたら俺なんかには負けなかったろ」
そうだ。この戦いにも。先の戦いも。
新たな力を追及するよりもよっぽど堅実な対策があった。
少なくともこのグランとの戦いにおいては、完勝できるだけの対策は確かにあった。
ただ単純に精霊が売り出された市場で、大金を払ってSランクの精霊を仕入れてくる。
それだけでシオン・クロウリーという研究者は霊装を持ったグランを圧倒できるのだ。
それでもそうはしなかった。
助けるべき相手の居場所が分からなくなるからなんて言い訳は論外だ。
どちらにしろ敗北すれば基本的にそれで終わり。次があって此処にいる事が奇跡なのだから。
突入前に購入したSランク精霊と契約を結んで事を終わらせればそれでいい。
だけど。それが自分が助けたい相手を助ける為の最善策だと分かっていても取らなかった。
取れなかった。
理由は、ただ一つだ。
「……ただのエゴだよ」
そう、ただのエゴだ。
もうこれ以上精霊を道具として利用したくないという、ただそれだけのエゴ。
それだけで今、地獄の様な思いをしている。
それだけで今、地獄の様な思いをさせている。
「エゴ……か。ここ最近の動向といい、本当に意味の分からない奴になったな」
「……」
考える。実際の所どうすればよかったのだろうか。
その手段を取らなかったのは逃げだったのだろうか。
(いや……違う)
それだけは確信を持っていえた。
……分かっている。自ら自分の首を絞めている事は。
だけどそれでも……間違いではない筈だ。
そこを踏み外す様なら、もう自分は助けたい存在の隣に立つ資格なんてない。
……元よりこの世界の誰よりもその資格はないのに。
そこからも更に遠ざかる。
(助けるんだ……僕は僕のままであの子を)
それがエゴであろうと、きっと間違いではない。
……そして。
「あ?……お前、なんでこの状況で笑っていやがる」
まだ負けてなどいない。
次の瞬間、まるでグランの体に掛かる重力が重くなったように、体が前のめりになる。
「な……ッ!」
この戦いは時間稼ぎだ。
自分達が死ぬ前に、戦いの要がこの場所に到達するまでの時間稼ぎ。
そして……彼女はそこにいる。
最強の精霊。
満身創痍で木に手を掛け、辛うじて立っているがそれでも戦意は消えていない。
「間に……合った」
そしてレベッカは静かにそう呟いた。
エイジが飛ばされ斬撃を打ち込まれたのは木々の向こう側。ここからでは安否の確認はできない。
だけど仮に生きていたとしても……間違いなくもう戦える様な状態では無い。
そもそも仮に生きていたらと、死亡している事を前提として考えてしまう程のダメージをエイジは負ってしまっているだろうから。
(……冗談だろ)
その現実にシオンは思わずそう考えるが、端から分かっていた筈だ。
これはそういう戦いだと。
「……さて、これで一人。流石に死んだろアイツ」
そう言ったグランはシオンに視線を向ける。
「つーかお前、見てるだけだったな。何もしなくて良かったのか? あのテロリスト、お前の仲間だったんだろ?」
「……」
……その言葉に返す言葉が出てこない。
代わりに咳き込む度に血液が口から吐き出される。
そして何も言えないでいるシオンに対し、グランは言う。
「いや、動けなかったのか」
「……」
まさしくその通りだった。
まだこの戦いが始まって一度たりとも攻撃を喰らってはいないが、それでも既にシオンの体は満身創痍と言っても過言ではない状態になっている。
レベッカを中心とした秘策を張り巡らせ、グランに雷撃と拳を叩き込む。
蔦で動きの拘束を計り、それが失敗に終わった後、近距離の瞬間移動。
その全てが素の状態であれば。契約している精霊から供給された微弱な力であれば、碌な威力、効力を持たないか、そもそも発動できない様な状態にある。
加えて秘策に至っては発動に留まらず、意地にまで身を削る必要がある。
故に一挙一動全てで。否、動かなくても命を削る必要がある。
そして削り削った結果が今の状態だ。
確かに先の戦いの傷が全て癒えた訳ではないという事もあるが、それでもほぼ自傷により満身創痍の状態に追い込まれている。
(……駄目だ。動揺するな。今は目の前に向けられるだけの意識を全部向けるんだ)
エイジがどうなったかは分からない。
分からないが故にもう信じるしかない。
生きていると信じるしかない。
そして生きていてももう駄目でも。目の前のグランをどうにかしない事にはどうにもならない事は変わらないから。
だから、呼吸を整える。
一秒でも長く立っていられる様に。
「……」
とにかくグランの出方を伺う。
伺い、そして次の一手を構築する。
そしてそうした次の瞬間には、もうグランは目の前にいる。
(……いくぞ、出し惜しみはするな!)
そしてシオンは構築していた精霊術ではない力を発動させる。
精霊術で言う所の肉体強化。
それを技能を駆使して出力を無理やり引き上げた、精霊術の肉体強化の上から重ね掛けする。
体が軋んだ。
臓器が内側から壊れる様な感覚が響き渡り、鼻血が止まらない。
本来必要な力の供給を得られず、それを自ら無理矢理作りだし運用する。それだけでも今のシオンを追いこんでいるにも関わらず、更にもう一段。
とにかく精霊術ではない力で肉体強化を発動させようと考え辿りついた術式。
今だ未完成のソレには、上昇する身体能力による肉体への負荷を軽減する様なセーフティは付属しない。
故にそれもまた命を削る。
時間を稼ぐには全く向かない事が明白な手段。
それでも動体視力が引き上がる。身体能力が跳ね上がる。
真正面から抵抗ができる。
ルミアに敗れた後に会得した、シオン・クロウリーの近接戦闘における最後の手段。
「……ッ」
跳ね上がった動体視力により、グランの三節棍の動きを読み右方にサイドステップで躱す。
辛うじてだがそれでも確かに。
だけどそこで限界が来た。
出力の暴力についていけなかったのではない。
今の状態のシオンならば、他のあらゆる精霊術と別の力を総動員すれば、圧倒的劣勢ながらももう少し持たせる事ができる。
限界が来たのは体の方だ。
「……ッ!?」
次の動きに入ろうとした段階で、体が思う様に動かなかった。
つまりは大きく遅れる。次への動作が。
それは即ち、グランの追撃を許すという事になる。
「……ッ!」
体は動かなくてもその分脳をフル回転させ、そしてなんとか手を動かす。
そして三節棍の軌道に結界を直径1センチの極小にまで圧縮し、強度を増強。その他あらゆる手段でその1センチの結界の強度を上昇させる。
そして自身に掛けられた精霊術の肉体強化の動体視力と筋力を、全て肉体の硬化へとつぎ込み。
後は覚悟を決める。
「グア……ッ!」
直後脇腹に激痛が走った。
結界には当たった。自身の肉体にも対策は施した。
それでも勢いを殺しきれない。殺しきれるわけがない。
そのまま地面をバウンドし、やがて止まる。
意識はある。ダメージも殺せるだけ殺した。致命傷にはなっていない。
(……クソッ!)
だが内側と外側からボロボロになった体は、そう簡単に言う事を聞かない。
動かないのに、グランが近づいてくる足跡だけは聞こえてくる。それに対抗する手段を早く構築しなければならないのに、それすらも中々ままならない。
そしてグランの声が聞こえる。
「……突然スピードが上がったのには驚いたが……なんだ、馬鹿みたいに呆気なかったな」
まだ終わっていない。終わってたまるか。
そう言い聞かせるが、何かをやろうとする前に口から大量の血液が溢れだす。
その余波で維持していた、精霊術ではない力で発動させた肉体強化の術式が破損し崩壊する。
そして。
(……マズイ)
血が足りない。
意識が朦朧とする。精霊術に手を加えられない。新たな術式を構築できない。
打てる精霊術も自分が手を加えなくてもいい微弱な物だけ。
後は秘策の術式を維持する事だけ。それだけしかできない。
実質的に、もう何もできない。
そしてそんなシオンにグランは問う。
「……なあ、最後に教えてくれねえか」
その問いかけは、純粋な好奇心に思えた。
「……お前、なんで俺なんかに負けてんだよ」
それは意味深な問いだった。
なんでもなにも現状起きた事の通りだ。
こちらの技量でどうにかできるレベルを優に超える程、ルミアが作った霊装という歪な武器は協力なのだ。
理由なんてのは、そんな物しかない。
……いや、分かっている。そんなものだけの筈がないんだ。
「あのゴミみたいな精霊でそこまでやれてんだ。まともな精霊使ってたら俺なんかには負けなかったろ」
そうだ。この戦いにも。先の戦いも。
新たな力を追及するよりもよっぽど堅実な対策があった。
少なくともこのグランとの戦いにおいては、完勝できるだけの対策は確かにあった。
ただ単純に精霊が売り出された市場で、大金を払ってSランクの精霊を仕入れてくる。
それだけでシオン・クロウリーという研究者は霊装を持ったグランを圧倒できるのだ。
それでもそうはしなかった。
助けるべき相手の居場所が分からなくなるからなんて言い訳は論外だ。
どちらにしろ敗北すれば基本的にそれで終わり。次があって此処にいる事が奇跡なのだから。
突入前に購入したSランク精霊と契約を結んで事を終わらせればそれでいい。
だけど。それが自分が助けたい相手を助ける為の最善策だと分かっていても取らなかった。
取れなかった。
理由は、ただ一つだ。
「……ただのエゴだよ」
そう、ただのエゴだ。
もうこれ以上精霊を道具として利用したくないという、ただそれだけのエゴ。
それだけで今、地獄の様な思いをしている。
それだけで今、地獄の様な思いをさせている。
「エゴ……か。ここ最近の動向といい、本当に意味の分からない奴になったな」
「……」
考える。実際の所どうすればよかったのだろうか。
その手段を取らなかったのは逃げだったのだろうか。
(いや……違う)
それだけは確信を持っていえた。
……分かっている。自ら自分の首を絞めている事は。
だけどそれでも……間違いではない筈だ。
そこを踏み外す様なら、もう自分は助けたい存在の隣に立つ資格なんてない。
……元よりこの世界の誰よりもその資格はないのに。
そこからも更に遠ざかる。
(助けるんだ……僕は僕のままであの子を)
それがエゴであろうと、きっと間違いではない。
……そして。
「あ?……お前、なんでこの状況で笑っていやがる」
まだ負けてなどいない。
次の瞬間、まるでグランの体に掛かる重力が重くなったように、体が前のめりになる。
「な……ッ!」
この戦いは時間稼ぎだ。
自分達が死ぬ前に、戦いの要がこの場所に到達するまでの時間稼ぎ。
そして……彼女はそこにいる。
最強の精霊。
満身創痍で木に手を掛け、辛うじて立っているがそれでも戦意は消えていない。
「間に……合った」
そしてレベッカは静かにそう呟いた。
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