持たざる者は、世界に抗い、神を討つ

シベリアン太郎

文字の大きさ
97 / 181

第97話 廃坑の奥

しおりを挟む
 激突の刹那、レオンは己の力を解放した。
 ──【原初の力】
 彼の内に眠る【原初の力】が、周囲の空間を揺らす。突風のように吹き抜ける力の奔流が、迫り来る〈黒翼〉の構成員たちを呑み込んだ。

「動くな──お前たちは、ここまでだ」

 空間が歪み、見えない力が鎖のように絡みつく。
 黒衣の者たちは身動きを封じられ、恐怖と驚愕の入り混じった眼をレオンに向けたが、次の瞬間、その意識は闇に沈んだ。
 レオンは淡々とそれらの影を運び、鉱山の入口付近に並べておいた。すべては“確認”のため。〈黒翼〉の侵入経路や人数、戦力の配置──それらを調べる価値はあった。

 だが今、彼に必要なのは前進だった。

「……行こうか。エリオット、お前がいるなら止めてやらないとな」

 崩れかけた坑道を、慎重に進む。鉱山の内部は長年の風化と戦の爪痕で荒れていたが、所々に“最近の足跡”がある。人為的に削られた岩壁、照明の残滓、そして血。〈黒翼〉の残した痕跡だった。
 奥へと進むにつれ、再び黒衣の者たちが現れた。だが、彼らもまた“末端”。【原初の力】の前に、その抵抗は無意味だった。短い戦闘の末、レオンは一人、また一人と影を退け、静かに坑道を進んでいく。

 ──やがて、世界が変わる気配を感じた。
 坑道の最奥。その空間だけが、異様な静寂と圧力に包まれていた。崩れた岩壁。瓦解した天井。そして、苔むした封印の残滓。そこには、明らかに“異なる存在”の気配があった。

「……ここか。間違いない。奥の方に集団の気配を感じる。奴らだな」

 封印され、閉ざされ、忘れられたはずの〈門〉──〈黒翼〉が目指し、ベリアナを現世に呼び戻そうとしている場所。彼らはそう信じている。だが、レオンは知っていた。これは誤りだ。
 オーソンの記憶がそれを教えていた。この場所は、ベリアナとは無関係──しかし、確かに何かが眠っている。そしてそれが何であるか、オーソンの記憶にも答えはなかった。
 ただ、一つ確かなのは、この奥底に“深く、暗く、底知れぬ禍”が潜んでいるということだった。
 レオンは岩壁に掌を添えた。内から感じる脈動。それは、眠る者の鼓動のようでもあり、異界から漏れ出る波動のようでもあった。

「この奥に……エリオットも、いるのか」

 彼の声が、岩壁に吸い込まれていく。まるでそれに応じるように、ほんの一瞬、壁の奥から気配が揺れた──それは、懐かしき者の気配であり、同時に、何かを喪った者の気配でもあった。
 レオンは静かに息を吐いた。これより先が、彼にとって“真の戦い”の始まりとなる。
 崩れた岩壁の隙間から、冷気が吹き出していた。それは風ではない。かつて命が宿り、今は死と沈黙に支配された空間──墳墓から這い出す、怨嗟と闇の息吹だった。
 岩を押しのけ、わずかに開いた隙間から身を滑り込ませる。
 その先には、粗い石段が地の奥へと続いていた。

「……やはり、さらに“下”があるのか」

 灯りはない。だが、闇の中には確かな気配があった。石壁に刻まれた文様、蝕まれた神像、崩れかけた柱──それらが示すのは、ここがただの鉱山跡ではないという事実。
 〈黒翼〉は、これをベリアナだと誤解したまま、“目覚めさせる”つもりでいるのか。
 石段を下りるごとに、空気は重さを増し、音が消え、皮膚が粟立つ。深淵が、レオンを待っていた。
 そして──

「来たか……!」

 闇の中、突如として疾る殺気。細い通路に潜んでいた黒衣の刺客が、刃を閃かせて襲いかかる。レオンは即座に回避し、反撃の一閃で沈黙させた。が、すぐに次の気配が続く。数人の〈黒翼〉。それぞれが異なる武器と術を操り、道を塞ぐ。

「時間稼ぎか……それとも、ここで仕留めるつもりか」

 静かに、だが確実に進んでいくレオン。敵は、ただの末端ではない。数体は術式によって強化された“供物”のような気配を纏っていた。一人、また一人と斃しながら、レオンは最奥へと向かっていく。

 ──そこは、広大な空間だった。
 巨大な円形のホール。天井は高く、崩れかけた石柱がいくつも立ち並ぶ。そして、その中心にあったのは──古代の紋様を刻んだ、幾何学的な光を帯びた石碑。中心には、黒く濁った水晶がはめ込まれ、脈動するように淡く光を放っている。
 その前には〈黒翼〉によって建てられたのであろう、祭壇と思しきものがある。供物として捧げられた動物の遺体。そして今まさに儀式に挑まんとしている術者らしき者たち。彼らもまた〈黒翼〉の一員に違いない。

「……エリオット」

 漆黒の鎧に身を包んだ男が、ゆっくりと振り返る。その顔には、もはや仮面はなかった。目元には深い影、だが瞳はかつての面影を残していた。
 彼の周囲には、数人の〈黒翼〉の幹部と見られる者たちが控えている。誰もがレオンの到来に気付いたが、動かない。いや、動けないのかもしれない。異様な緊張がその場を支配していた。

「よく来たな、レオン」

 エリオットの声が、重く、低く響く。それは、血の繋がった兄の声──かつて、同じ屋根の下にいた者の声。だが、その響きの奥にあるものは、かつてのものではなかった。

「……お前は、もう〈黒翼〉──闇に堕ちたのか?」

 レオンの問いに、エリオットは笑みとも、嘲りともつかぬ表情を浮かべて答えた。

「いや……違う。“選ばれた”だけだ。真に、神に。いや──神を超える存在に」

 背後で、何かが脈打つ音が響く。闇の奥、封印の中で、何かが胎動しつつあった。
 レオンは、静かに息を吐く。

 ──ここが境界線だ。

 過去と、現在と、未来の。
 そして、兄弟の道が、完全に分かたれる場所。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。 ~あらすじ~ 世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。 そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。 しかし、その恩恵は平等ではなかった。 富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。 そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。 彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。 あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。 妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。 希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。 英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。 これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。 彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。 テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。 SF味が増してくるのは結構先の予定です。 スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。 良かったら読んでください!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

独身貴族の異世界転生~ゲームの能力を引き継いで俺TUEEEチート生活

髙龍
ファンタジー
MMORPGで念願のアイテムを入手した次の瞬間大量の水に押し流され無念の中生涯を終えてしまう。 しかし神は彼を見捨てていなかった。 そんなにゲームが好きならと手にしたステータスとアイテムを持ったままゲームに似た世界に転生させてやろうと。 これは俺TUEEEしながら異世界に新しい風を巻き起こす一人の男の物語。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

最強の職業は付与魔術師かもしれない

カタナヅキ
ファンタジー
現実世界から異世界に召喚された5人の勇者。彼等は同じ高校のクラスメイト同士であり、彼等を召喚したのはバルトロス帝国の3代目の国王だった。彼の話によると現在こちらの世界では魔王軍と呼ばれる組織が世界各地に出現し、数多くの人々に被害を与えている事を伝える。そんな魔王軍に対抗するために帝国に代々伝わる召喚魔法によって異世界から勇者になれる素質を持つ人間を呼びだしたらしいが、たった一人だけ巻き込まれて召喚された人間がいた。 召喚された勇者の中でも小柄であり、他の4人には存在するはずの「女神の加護」と呼ばれる恩恵が存在しなかった。他の勇者に巻き込まれて召喚された「一般人」と判断された彼は魔王軍に対抗できないと見下され、召喚を実行したはずの帝国の人間から追い出される。彼は普通の魔術師ではなく、攻撃魔法は覚えられない「付与魔術師」の職業だったため、この職業の人間は他者を支援するような魔法しか覚えられず、強力な魔法を扱えないため、最初から戦力外と判断されてしまった。 しかし、彼は付与魔術師の本当の力を見抜き、付与魔法を極めて独自の戦闘方法を見出す。後に「聖天魔導士」と名付けられる「霧崎レナ」の物語が始まる―― ※今月は毎日10時に投稿します。

レイブン領の面倒姫

庭にハニワ
ファンタジー
兄の学院卒業にかこつけて、初めて王都に行きました。 初対面の人に、いきなり婚約破棄されました。 私はまだ婚約などしていないのですが、ね。 あなた方、いったい何なんですか? 初投稿です。 ヨロシクお願い致します~。

処理中です...