「婚約破棄してください!」×「絶対しない!」

daru

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新学期だ!新入生だ!贈り物だ!

♠️(4)

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 各寮の裏にはそれぞれ庭園が用意されている。宮廷の庭を見慣れた俺にはささやかな景色ではあったが、新入生の歓迎パーティーを開くには十分な広さがあった。
 3年生の時にはエルが庭係の筆頭となって手入れをし、その時に植えたケイトウの花が、今年も燃えるように赤々と咲いている。

 ガイダンスを終えてまだ硬かった新入生も、だんだんと緊張が解れたようで、用意された食事やデザート、上級生や友人との会話を各々楽しんでいるようだ。

 かくいう俺も、新入生に囲まれているわけだが。
 皇太子にお近づきになりたい新入生が俺を囲み、俺がそういう事を好まないと知っているエルが、会話の中心を持っていってくれる。

 6年目ともなると、もはや風物詩だな。



「エル、俺、そろそろ抜けてもいいか?」

 あ、要注意の作り笑いだ。

「なぜです?皆キースの話を聞きたがっていますよ?」

 いつもなら、渡せるといいですね、と見送ってくれるのだが。まぁ、今年は仕方がないな。自業自得だ。

「俺の話なんかより、エルに効率的な勉強方法でも聞いた方がいい。なんといってもただの学年主席じゃない。入学以来、満点以外取ったことのない男だ。」

 俺がそう言ってエルの肩を叩けば、新入生から、おぉ、と歓声が上がり、エルはたちまち近くにいた新入生達に詰め寄られた。
 ここぞとばかりにその場を離れると、血管を浮き上がらせる笑顔のエルと目が合って、俺の足と心臓の動きが速まることとなったが、背に腹は変えられない。



 俺は、自室に戻って、さっそくG寮へ向かう準備をする。
 カルーエルへの入学祝と、ジェニエッタへの進級祝いを机の上に置き、引き出しからこぶし程の箱を取り出した。

 箱を開くと、美しいエメラルドに金の装飾が細かく施されたブローチが、キラリと光る。グリーンを寮カラーとするG寮にぴったりのブローチだ。
 キラキラ輝くエメラルドに、勝利を願って箱を閉じた。

 部屋を出る前に、鏡を見るのも忘れない。黒い髪に、少しつり上がった黒い瞳。これといった特徴もない見慣れた顔には、微塵も自信が湧いてこない。
 まぁ、顔なんてどうだっていいんだ。どうせどれほど整っていたってエルには勝てないだろう。そもそもジェニエッタは、顔で人を選ばない。

 直すところは特に見当たらなかったが、一応、上2つ開けていた詰襟ジャケットのボタンを全部閉めた。

 ジェニエッタへのプレゼントは両手で持つ必要があったので、カルーエルへの箱は小脇に挟み、G寮へ向かう。





 他寮に入るには、まず玄関に入ってすぐの受付で寮母に会う必要がある。ジェニエッタのプレゼントも、彼女の部屋届けて欲しかったから、ちょうどいい。

 規則では、寮母に預けることはできるが、直接部屋に届けてもらうというのは御法度だ。以前、それを利用した嫌がらせがあった為らしい。
 だが俺は、ジェニエッタとの戦いの中で教えてもらった。

 寮母を制する者は、学校生活を制する。

 少しずつ、少しずつ、こつこつとマーヴェラさんの信頼を勝ち得ていたおかげで、難なく目的を果たした。いや、難なくというのは強がりだ。多少、気恥ずかしい思いをした。



 中央ホールを抜けるとすぐ裏庭だ。
 その扉を開けた時だった。背中にドン、と衝撃を受けるや否や、足元にドサドサッと大量のプレゼントが現れ、その中にカルーエルへ贈る品も落としてしまったのだ。

 この足元に落ちたプレゼントのなんと怪しいことか。見事に全て手の平サイズで、青い箱に赤いリボン。俺が用意していたプレゼントの包装にずいぶん似ている。



「あぁーしまったわ…あっ!これは大変失礼致しました、キシュワント皇太子殿下!お怪我はございませんか?」

 あぁ、やっぱりな。
 この女生徒は知っている。ジェニエッタの同級生で、ピアーズ男爵の御令嬢、ヘーゼ・ピアーズ。ジェニエッタとよく一緒にいる仲間の1人だ。

「大丈夫だ。俺こそ申し訳ない。」

 そう言って足元のプレゼント達を拾おうとすると、ヘーゼ嬢の方が速くせかせか拾い、持っていた箱に入れ始めた。

「待て、その中に…」

「これ、今年の新入生達へのプレゼントなんです。早く持っていって配らないと!」

 動く手も速ければ口も速い。
 俺の制止を阻むように、それでは、と一言置いて、プレゼントを1つ残らず持っていってしまった。
 この手腕をジェニエッタに買われたのだろうか。一瞬の出来事に唖然としてしまった。

 急いで追いかけたが、既にヘーゼが持っていた箱はG寮の監督生に渡されていた。

 俺は、1つ1つ監督生が新入生にプレゼントを渡す様子を、ぼーっと眺めるしかなかった。



「まぁ、キシュワント殿下、ごきげんよう。」

 薔薇のように甘ったるい声に、条件反射で顔がひきつった。姿を見なくとも誰か分かる。

「久しぶりだな、ローズ嬢。」

「G寮の歓迎パーティーへようこそ。」

「あぁ…。それで、ジェニエッ…」

「おりません。」

「…いない、とは?」

 にやりと微笑むローズに理由わけも無く悪寒が走る。もはやこの女は天敵に近い。

「キャルと一緒にエル様の元に向かいましたが、お会いになりませんでしたか?」

 なんだってーーー?!

 灯台下暗しとは上手く言ったものだ。まさか敵地に潜り込むとは。いや、敵地と考えたのが間違いか。今回はカルーエルのことがあった為、エルも俺の味方ではなかったのだ。

 がっくりと肩を落とすと、可笑しそうにくすくすと笑う。

「ところで殿下、今年は手が軽そうですわね?」

 始まったぞ。薔薇のいばらの絡み付く攻撃だ。

「無理もないですわ。去年なんて、受け取っても貰えませんでしたものね。真心込めた贈り物を受け取って貰えないなんて、わたくしも経験が無い為、想像を絶っしますわ。」

「心配無用だ。気にしていない。」

 嘘だ。ものすごく気にしている。



 去年の今日も、同じように避けられていた。避けるだけならまだ良かった。しかし、去年はプレゼントの内容を前もって知られてしまって、それが割れ物だった為に簡単に破壊できると考えたようで、プレゼント事態を狙われてしまった。

 渡される前に割ってしまえ、とは…正に悪魔の所業。

 プレゼントに用意したのはティーセットだった。ジェニエッタはよくお茶を飲みながら読書をするから、寮でもできるように、と。しかもローズのことも考えて、カップは2つ用意した。

 それなのに…あぁ、思い出すだけで頭を抱えたくなる。

 受け取ってしまえば、わざわざ壊すことはないだろうと思い、寮母に部屋に届けて欲しいとお願いしたが、規則だからと断られた。仕方がないので、他の郵便物と同じように渡して欲しいと託したが、翌日寮母を介して帰って来た。

 挙げ句の果てに、エルが受け取って部屋で使い始めたのだ。センスがいいですね、などと言って愛用しているから、使う度に思い出す。

 俺の心境としては、プレゼントを受け取ってくれなくてもいいから、顔を合わせて話ができたら、それだけで充分だった。
 必要以上に避けられていることが、ただただ悲しく、四六時中ジェニエッタと一緒にいるローズが妬ましかった。
 いっそのこと俺も女だったら…いや、気持ち悪いな。



「諦めも肝心ですわね。押すばかりが戦略ではございませんもの。」

「ソウダナ。」

 ローズの茨を棒読みで流し、とっとと撤退することにする。

「ジェニエッタ嬢がいないなら、俺はもう戻ることにするよ。」

「あら、もうですの?そうだわ、何もご用意していらっしゃらないなら、余ったプレゼント差し上げましょうか?」

 俺が用意した品は、いったい誰の手に渡ったのだろうか。

「…いらないよ。じゃあな。」

 したり顔のローズを横目に、逃げるようにその場を去る。





 これでいい。勝ったと思わせれば、これ以上の策は講じてこないだろう。

 ジェニエッタへのプレゼントは既に渡したも同然。カルーエルへのプレゼントは無くなってしまったが、また後日用意できる物だ。俺が用意したのは、ただのハンカチだった。学生になるに当たって、紳士の第一歩として、ハンカチを用意したのだ。

 高品質に変わりはないが、高価というほどの物でもなく、誰かと被っても、何枚あっても困らない物を選んだのだ。

 しかし、わざわざ渡すのを阻んできたところを見ると、俺の作戦は上手く行ったようだ。

 毎年毎年ジェニエッタにプレゼントを渡そうとする度、いや、その前の情報戦から、厄介なことになるのだ。
 カルーエルの入学はいい目眩ましになると思った。

 エルにしてもジェニエッタにしても、カルーエルへの溺愛ぶりは、火を見るよりも明らかだ。
 であればだ、自分たちが弟に贈る品より良い物を、よりにもよって普段から避けている俺に渡されたくはないだろう。

 だから、それとなく公爵に情報を流したのだ。「カルーエルへの入学祝に最高の贈り物を用意している」と。
 珍しいほどの子煩悩な父親だから、喜んであちこち自慢するだろうと思ったが、どうやらちゃんと子供達にも伝えてくれていたようだ。

 驚くジェニエッタを想像すると、頬の緩みを抑えられない。

 今年は俺の勝ちだ、ジェニエッタ。



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