「婚約破棄してください!」×「絶対しない!」

daru

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新学期だ!新入生だ!贈り物だ!

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 白い壁、ウォールナットのフローリングには灰緑色のカーペット、机とベッドが2つずつ。
 クリーム色のカーテンの向こう側は陽が沈んだというのに、大好きなルームメイトはまだ来ない。



「姉さんの部屋は落ち着くなぁ。」

 夕食を済ませ、私の部屋で寛ぐキャルは、そう言って、私の隣、ベッドの上にぼすっと座った。

「カーペットもカーテンもローズが選んだのよ。」

「ローズさん、おしゃれだもんね。僕の部屋もコーディネートしてくれないかなぁ。」

「ルームメイトの子は?」

「寮母さんに聞いたら、明日の朝の予定だって。」

 私の弟は口を尖らせても天使だ。

 私も兄も友人とルームメイトになるよう申請した為、初めての相部屋にもあまり不安を感じなかったが、兄姉きょうだいについて回るばかりの弟には同い年の友人がいなかった。
 初めての相部屋に気負いしていないか姉として心配だったが、どうやら楽しみにしているようで、私は少しほっとした。

 まぁ、もし弟に害をなすような子だったら、排除すればいいだけだけれど。

 そう思ってニッコリ笑いかけると、心を読まれたのか、キャルも同じように笑顔を返して言った。

「仲良くなれるように頑張るから、心配しないでね。」

 うむ、天使だ。



 コンコン。
 ノックの音に返事をすると、ガチャ、とドアが開く。そこには待望の親友、ローズ・G・ブルームンと、彼女の荷物を持った従者の姿があった。

 ミドルイニシャルのGは、もちろんガスリーのGであり、建国の三英傑を指す。

 私と同じく公爵令嬢のローズは、紅色の美しい巻き髪に、艶かしい顔立ちをしている。すっと背を伸ばす姿は、まるで一輪の薔薇が立っているようだった。



「話し声が聞こえると思ったら、あなただったのねキャル!」

 歓声を上げてキャルに駆け寄ると、んーまっ、んーまっ、と左右の頬にキスを3往復繰り返した。

「入学おめでとう。あなたの入寮を心待ちにしていたわ!」

「あはは、ありがとうローズさん。お邪魔してます。」



 兄のいるR寮か、私のいるG寮か、悩んでいたキャルを説得したのはローズだった。
 決め手は、「R寮に入ると、キシュワント皇太子殿下が味方に取り入れようと、すり寄ってくるわよ。」という言葉。その一言で、即決した。





 キャルが殿下を避ける理由は、私にあった。

 キャルがまだ5歳の時、8歳の私は殿下の婚約者に選ばれた。
 ある日、いつものように「一緒に遊んで!」と駆け寄ってきたキャルに、私は「お妃教育に行かないと。皇太子殿下と婚約したから。」と答えた。

 ある時は「ダンスの練習をしないと。皇太子殿下と踊らないとならないから。」と。

 またある時は「皇后陛下のお茶会に出席しなければ。皇太子殿下の婚約者として。」と答えた。

 ことあるごとに恨みがましい断り方をしていたら、自然とキャルの怒りの矛先が、殿下へ向いてしまったのだ。





 ローズは帰ろうとする従者を引き留めると、私に紙切れを渡してきた。

「あなた宛てだと、マーヴェラさんに預かったの。」

「マーヴェラさん?」

「G寮の寮母さんよ。キャル、寮母さんの名前は覚えなさいね。R寮はサーシュリーさん、M寮はカロラッタさんよ。」

 全寮生活に寮母さんは欠かせない。

「いいこと、キャル?」

 ローズが人差し指を立てて、にんまり笑う。

「寮母を制する者は、学校生活を制するのよ。」

 キャルは素直にこくこくと頷き、3人の寮母さんの名前を繰り返した。



「ジェニー、そのメモはエル様から?」

「ええ、ふふ。」

 その内容に、つい笑みがこぼれた。

「キャル、明日は朝から忙しいのだから、もうお部屋にお戻りなさい。」

「えー、兄さんからのメモって気になるよぉ。」

「ふふ、事が済んだら教えてあげるから。もうお休みなさい。」

 粘ったところで、私の言うことが覆らないと分かっているのだろう。キャルは口を尖らせながらも素直に立ち上がり、ローズに挨拶をして部屋を出た。



「それで、メモには?」

「殿下からキャルへの贈り物の内容だわ。青くて薄い箱に、赤いリボンのついた包装。中身までは分からないけれど、手の平サイズ、と書いてあるわ。小さい物のようね。」

「あら、拍子抜けね。"すごい品"を用意されていたのではなかった?」

「そう聞いていたけれど。」

 うーん、と首を傾げる私達に、ローズの従者、チャックがおずおずと口を開いた。

「あの、ローズお嬢様、帰りが遅くなってしまいますので、私はこの辺で…」

お暇させて頂きます、とはローズが言わせなかった。

「待ちなさいと言ったでしょう。必要になるかもしれないのだから。」

 分かりやすく眉尻を下げる従者。
 チャックというまだ20代のこの従者は、私達が小さい頃からローズに付いている。仕事はきっちりこなすが、長く一緒にいる為か、はたまた兄のようにローズを見守ってきた為か、主の前でも表情を隠さず、時には愚痴を溢すこともあるくらい、絶妙な主従関係を保っている。

「お口にチャック。」

 ローズがチャックを黙らせる時に使う常套句だ。



「んー、でも警戒する必要も無いかしらね?」

「…まだ分からないわ。宝石や珍品の可能性もあるもの。私が贈ったペンセットだって、大きくないわ。」

「そうねぇ、万が一被ったら、それこそ嫌よねぇ。念の為、手は打っておきましょうか。」



 ローズは自分のデスクチェアに腰をかけ、拳を顎に充てて考え込む。

 私も頭の中で様々な考えを巡らせた。
 その間にも1度、チャックがそろそろ、と言いかけて、ローズが例の常套句を浴びせた。



「ねぇチャック、今から30人分のプレゼントを用意できるかしら?」

「ジェ…ジェニエッタ様、またまたぁ、お戯れを…。」

「小物でいいのよ。ハンカチでもアクセサリーでも、とにかく青い箱で、赤いリボンを付けて、30個。」

「もう夜ですよ?店はどこも閉まってますよぉ。」

「ジェニー、何かいいこと思い付いたのね?」

「ええ。」

 私がこくりと頷くと、ローズはにやりと笑った。
 チャックの扱いは、やはり主人であるローズが1番良く分かっている。

「チャック、ちゃんと指示したことをこなしたら、お給金を弾んであげるわ。」

 キラリとチャックの目に光が灯った。

「私の名前を使って、ジェニーが指定した包装内容のプレゼントを30個用意しなさい。」

「明日のお昼までにお願いできる?」

「できるわね、チャック?」

「ローズお嬢様、給金はいかほど弾んで頂けるのでしょうか?」

「通常の1.5倍、出しましょう。」

 背筋を伸ばし、引き締まった顔のチャックが、左腕を身体の前で折り曲げ、美しい姿勢で礼をする。

「午前中のうちに、必ずお届けします、ローズお嬢様。」





 チャックがいそいそと出発すると、ローズは荷物の片付けを始めた。

「相変わらず、現金な従者ね。ふふ。」

「お金が絡むと執念深いから、信用できるわよ。安心して待ちましょう。」

 頼もしいわね、と彼女の言葉に賛同する。



 ローズが片付けている間、ローズの家、ブルームン家の領地での土産話を聞きながら、私は白いネグリジェに着替えた。

 ローズもあらかた片付いたトランクケースをしまい、ベッドの上に出してあったネグリジェを手にして、そう言えば、とこちらを振り返った。

「キャルへの贈り物対策はいいとして、あなたへの進級祝いの対策は講じたの?」

 私の目はすっかり丸くなっていることだろう。

「あら、珍しいわね。」

「…すっかり失念していたわ。私へのプレゼントの情報は、何も聞いていなかったから。」

「まぁ、そうなの?去年のこともあるし、さすがに諦めたのかしらね?」

 諦める?あの殿下が?そんなことあるとは思えないが、情報が皆無の状態では対策の立てようもない。

「とりあえず、顔を合わせないようにだけ、気をつけておくわ。」

「そうね、そうしましょう。せっかくキャルが入学したんだもの。今年は殿下との戦より、キャルと歓迎会を楽しみましょ!」

 パンッ、と笑顔で両手を合わせるローズに、私も大きく頷いた。




    
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