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新学期だ!新入生だ!贈り物だ!
♠️(2)
しおりを挟む「いつまでそうしているつもりですか、キース。」
馬車が寮の前に到着し、すでに降りていたエルが、未だ馬車内で項垂れる俺に手を差しのべてくる。
エリオール・R・ガンガルド。
公爵家の長男であり、皇太子である俺が愛称で呼び合うことを許した、というより懇願した友人だ。学校にいる間は、敬語は断られたが、敬称は外して呼んでくれる。
長身、美形、頭脳明晰。
三拍子の揃った貴公子のエスコートの申し出は、男の俺相手にもスマートだ。左右に編み込まれた前髪に、後ろで揺れる長いシルクから、色気すら感じる。
こんな風に振る舞えたら、ジェニエッタももう少し振り向いてくれるのだろうか。そんなことを考えながらエルの手を払い、自分の力で馬車を降りた。
「全く、そんなに落ち込むくらいなら、最初から頼みを聞くなんて、軽々しく言わないでください。」
「…失敗したと思ってるよ。」
少し考えれば分かるでしょうに、とため息をつくエルに、俺は口をひん曲げる。
別に自分がバカだとは思っていない。エルに比べれば劣るかもしれないが。ただ、ジェニエッタを前にすると余裕が無くなるだけだ。
「まぁ、寮が同じ同士になって、結果的に効率良かったですね。」
キットン国立学校には寮が3つある。
ラオリー寮、ミズリー寮、ガスリー寮。かつてバラバラだった国を1つにまとめ、今のセレゴーン帝国を建国した英雄達の名前に由来している。
それぞれR寮、M寮、G寮と略して呼ばれた。
俺とエルがR寮、ジェニエッタと弟のカルーエルはG寮だった。
寮ごとに建物が異なり、学校の敷地内とはいえ、離れた場所にある。
寮対抗の学校行事もあれば、寮ごとに企画されるイベントもあり、キットン国立学校に入学するに当たって、寮選びは重要だった。
重要のはずなのに!
ジェニエッタときたら!
誰もが希望通りの寮に入れるわけではないが、ミドルネームにその名が刻まれている、俺やガンガルド家ともなると話は別だ。
俺たちのミドルイニシャルこそ、その英雄たちの血を引く証だった。
俺は、エルがいたこともあるが、後々ジェニエッタが入学してくることを考えてR寮を選んだのだが、ジェニエッタときたら、わざわざ俺を避けて、友人と同じG寮に行ってしまったのだ。
あの時のショックは大きかった。
ジェニエッタの親友に、勝ち誇られて高笑いをされた屈辱は忘れられない。
自室のドアを開けると、部屋いっぱいに夕日が侵入し、暖かい空気に出迎えられる。
エルと同室のこの部屋もいよいよ6年目。室内の木の香りも、他人がいる部屋で眠ることも、次から次へと散らかされるのもすっかり慣れてしまった。
エルのおかげで、皇太子の特技が整理整頓だ。
俺が荷解きを始めると、エルは片付けもそこそこに、デスクに向かって書類を見始めた。
「まず荷物を片付けたらどうなんだ。」
だからいつも散らかるんだよ。
「明日の新入生ガイダンスの確認をしておきたいんです。朝から忙しくなるので。」
この学校に入学式というものはなく、新入生のガイダンスは、それぞれの寮監督生が勤める。
因みに監督生になれるのは最終学年の各寮の主席で、今学期からR寮のそれはエルだった。
正直に言うと、俺も監督生を狙っていた。かっこいいし。だからこそ主席を取れなかったのは悔しかったが、今となっては、むしろならなくて良かったと思っている。
この時期は忙しいのだ。学校どうこうではなく、ジェニエッタとのプレゼントの攻防戦が。
ジェニエッタが入学する年、彼女の邸宅へ馬車で迎えに行き、その時に入学祝いにリボンを渡した。女生徒の制服はスタンドカラーシャツの襟にリボンを結ぶのだ。笑顔でそれを受け取った彼女は、それをそのまま邸宅に置いて出発してしまった。
翌年からは進級祝いとして贈り物を用意していたが、邸宅で渡すなどと迂闊なことはしなかった。それでも、用意した品を事前に調査され、いざ渡したら兄と被ってるやら、彼女の友人に邪魔されるやら、とにかく、ただ受け取って貰うということが非常に困難だった。
だが、
「今年の俺は一味違うぜ…。」
この件に関しては味方と思っていないエルに背を向けて、プレゼントを隠すように持った。そもそもこの男、いやジェニエッタもそういう節があるが、面白さが最優先で、人をおちょくるのが趣味なのだ。
「なんです?」
背中越しに視線を感じる。
「ふっふっふっ、俺は今年に懸けてるんだ。」
「前も言ってましたね。確かに私達は最終学年ですが、ジェニーはあと3年。婚姻まであと3年あるわけですから、別に今年に懸けなくてもいいのでは?」
ジェニエッタが学校を卒業して、ようやく婚姻の準備に入ることになっている。
婚約破棄など絶対認めるつもりは無い為、別に期限を決める必要も無いのだが、俺はそれまでにジェニエッタを振り向かせたかった。それがジェニエッタ自身の幸せにも繋がるだろうから。
「いや…俺が卒業したら、きっと小躍りする程学校生活を満喫して、俺のことなど今以上に頭から抜け落ちるに決まってる!」
「まぁ、そうでしょうねぇ。」
「俺のこんな地味な顔、絶対忘れられる!」
「フォローしませんよ?」
「長期休暇も帰ってこなくなるかも!」
「それは…許しません!」
まぁ、そうだよな。それはさすがに公爵も許さないだろう。
「キースを!」
「あ、俺を?!」
振り返ると、真顔のエルと目が合い、気まずさから逃げるようにプレゼントに視線を戻した。
大丈夫。他の誰がなんと言おうと、このプレゼントはジェニエッタの心を掴むに違いない。
自分にそう言い聞かせながら、怪しまれないように隠すと、今度はエルが俺の開かれたトランクケースを指差した。
正確にはその上にある、青い包装を施された薄い箱を。
「それはもしかして、キャルに?」
カルーエルの愛称はいつ聞いても女の子のようだ。実際、まだ13歳で華奢な彼は、着ている服を見なければ男と判別するのが難しい。
「ああ。今日はもう寮から出ないだろうし、明日タイミングを見て渡すよ。」
「…私から渡しておきましょうか?」
「いい!!!」
つい声が大きくなってしまったが、ジェニエッタと婚約をしてから学んだことがある。
ガンガルド家の作り笑いには要注意、だ。
端の上げられた口が益々開き、わざと細められた目で見られると、自然と汗が滲み出た。
「何を企んでいるのか知りませんが、上手くいくといいですねぇ、キース。」
ぞっ。
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